【勝田班月報・6809】
《勝田報告》
 A)4NQOによる培養内細胞変異:
 これまでの月報で報告したように、正常ラッテのセンイ芽細胞や肝細胞の2倍体株(ヘイフリックの云うようにしだいに切れてしまう株ではない)を用いて、これまで4NQO処理をおこない、且その間の細胞形態の変化を顕微鏡映画撮影によって追究してきた。細胞に対する毒性度をしらべた結果、我々は3.3x10-6乗M・30分処理を1回の処理として与えることにしているが、1回以上、系によってさまざまの回数にわたって処理し、色々な変異株を得ている。4NQO処理を受けた正常ラッテ肝細胞の変異株の染色体数の分布図を次に示す。CQ39は4回、CQ40は1回、CQ42は2回の4NQO処理を受けていて、いずれも2nの42本から外れていることが判る(図を呈示)。
 B)4NQOの光力学的作用:
 4NQOがぞうり虫の類に対しphotodynamic actionを示すことは癌センターの永田氏らにより報告されている。この作用が発癌作用とどんな関係があるのかは判らないが、哺乳動物細胞に対しても4NQOがphotodynamic actionを有するかどうかをしらべるため、正常ラッテ肝細胞株(RLC-10)、なぎさ培養によるラッテ肝変異細胞株(RLH-4)、無蛋白無脂質培地継代のマウスセンイ芽細胞L株の亜株L・P3などについて、4NQO処理の後、365mμの光(4NQOの特異吸収ピークの二つの内一つに相当する波長)を各種の時間に照射し、その影響をしらべた。結果は、これらの哺乳動物細胞に対してもやはり4NQOが、photodynamic actionを示すことが明らかとなり、それは4NQOの濃度に正比例して細胞を障害し、4NQO無処理で光のみの照射では現われぬことも判った。これに対しL・P3細胞はきわめて特殊で、4NQOに対しては抵抗性が高く、逆に光に対してはきわめてsensitiveであった。詳細は癌学会で報告する。
 C)純系ラッテの腫瘍:
 日本には純系のラッテが少い。呑竜系も、一部では純系と云われても、皮膚の交換移植からも判るように、純系とは断じ難い。当研究室で15年近くBrother-Sister-matingでinbreedしてきた日本産白ラッテ(その頭文字をとってJAR系と命名)は現在F35に至っているが、F19のとき既に100%皮膚の交換移植が成立した。このラッテを使って、日本では数少い純系ラッテ腫瘍を作ろうと、今年度2月13日にF31の♀ラッテ(生后34日)4匹の皮下にメチールコラントレンを接種した。5月末に至り3/4匹に接種部位に腫瘤を発見。7月末に1匹に腫瘤の急速腫大を認め、これは下腹部に向い膨隆してきた。そこで8月24日にこれを解剖し、1)F32生后35日♀ラッテへ、皮下及び腹腔内接種、2)組織培養、3)凍結保存、4)組織標本に供した。1)は9月2日、皮下群の1/2匹に拇指頭大の腫瘤形成を認めた。他の3匹も肉眼的に同所見の腫瘍を作っていた。2)はexplantsから細胞の生え出しがはじまっている。4)の結果は肉腫、ほぼセンイ肉腫と斎藤教授により診定された。肉腫に何か名前をつけなくてはと、目下考慮中。組織像は来月号に発表する(JAR・F31ラッテにできたMCA肉腫の写真呈示)。

《佐藤報告》
 §4NQO→呑竜系ラッテ培養細胞について:
 全胎児、胎児肺及び肝細胞を培養して5系列7細胞系に発癌させることに成功した。各系で最初に発癌した動物の経過をまとめた(表を呈示)。この表によると4NQOの濃度10-6乗Mで100時間程度の処理、培養細胞の培養中における日数は100〜200日が必要と考えられる。詳細は10月の癌学会で発表の予定。
 §ラッテ肝細胞よりのPure clone:
 以上の実験でラッテ肝細胞が試験管内で発癌し、肝癌をつくることが判明したが、発癌機構解明のためには、培養で少くとも正diploidにある肝実質細胞をpure cloneで作りあげることが望ましい。そのためラッテ肝細胞株からdiploid Pure cloneを作ることを実施しているが、仲々成功しない。目下、培養肝細胞の適合培地の検討をおわり、CO2 incubatorでの適合条件をみつけるに止まっている。此事の詳細については11月の培養学会で報告の予定。 §今月の月報で丁度100号になるとの事で昔を一寸振返って見ました。我々の研究室は、班の“組織培養による正常及び腫瘍細胞の研究”時代にはEhrlich腹水癌、吉田肉腫細胞、C3H乳癌細胞及びDonryu系ラッテ肝細胞の株細胞化を行い、今日迄其等の株細胞を維持し、Ehrlich腹水癌細胞は日本組織培養学会に登録し、現在無蛋白培地に駲化させている。
“組織培養による発癌機構の研究”ではDonryu系ラッテ肝←3'-Me-DABの研究を行って、自然発癌に比して3'-Me-DAB投与が発癌率及び悪性度を上昇させることを見いだした。現在尚ラッテ肝←DABの培養内機作を検索すると共に4NQO発癌を行っている。
今后我々は更に研究をすすめて癌治療の目的まで出来るだけ早く到達したいと考えている。
《山田報告》
 培養細胞の変異に伴う表面荷電の変化
 今月は医科研及び岡山大癌研の御協力により、培養細胞の電気泳動度を種々検索することが出来ましたので、先々月の月報に報告した分も合せて、培養細胞の変異に伴う表面荷電の変化を細胞電気泳動度(E.P.M.)より考えて見たいと思います。
 まず培養肝細胞と、その変異株についてのみ、比較すると次のごとくになります(図を呈示)。培養ラット正常肝細胞は図に示すごとく、E.P.M.の平均値は0.8μ/sec/v/cm前後で、いづれもシアリダーゼ処理(30単位、acetate buffer、pH5.6、37℃、30分)(以下すべて同一条件で処理したので、この条件は省略)によりEPMの上昇がみられ、RLC-10では危険率P<0.01で、またExp7-Controlでは0.01<P<0.02の危険率で明らかに差があります。
 これに対して、ラット腹水肝癌細胞の培養株は、特にAH7974TCのEPMは高く、その平均値は1.34μ/sec/v/cmの高値を示します。しかしJTC-2及びJTC-1の平均EPMは低く、変異株と大差ありません。これ等にシアリダーゼ処理を行うとかなりの平均電気泳動値の低下を示し、両株及びAH7974TCすべて危険率P<0.01で、有意の平均電気泳動値の低下を認めました。
 次ぎに4NQOにより悪性化した岡大癌研株Exp(1)-1のEPMは図に示すように、その平均電気泳動値はあまり高くありませんが、シアリダーゼ処理により、EPMの有意の低下(P<0.01)を示し、またこの細胞をラットに復元して作った腫瘤細胞を再培養した細胞についても同様な結果を得ました。
 この細胞系の腫瘤形成はラットに復元後136日を必要としたさうですから、腹水肝癌株より悪性の性質は弱く、それに応じたEPMの変化と考えられます。
 変異肝細胞ではあるがラットに復元しても腫瘤を作らないと云うRLH-5、CQ42、CQ40、CQ39のEPMを図に示します(それぞれ図を呈示)。平均電気泳動度値はRLH-5を除き、正常肝細胞のそれにくらべてあまり差がありませんが、シアリダーゼ処理を行うと正常肝細胞と異り、EPMの上昇がみられません。この処理前後の泳動値間の差についての統計的計算ではRLH-5→P>0.5 CQ42→0.1<0.2 CQ40→P>0.5となり有意の差がなく、しかしCQ39についてはP<0.01となり平均値間ではシアリダーゼ処理により上昇すると云う結果になりました。しかし正常肝細胞のシアリダーゼ処理後の変化とCQ39のそれではかなり差があるようです。
 これらの所見に基き、細胞変異に伴うEPMの変化をまとめて、次のごときシェーマとしました。これは現時点でのin vitro培養ラット肝細胞のEPMの変化のシェーマ(図を呈示)、漸定的な考え方です。CQ系の細胞や、なぎさ培養による変異株が復元されてラットに腫瘍を形成するか否かは勿論今後の問題ですが、一応これらの細胞系を「変異して居るが悪性ではない」と云う立場に立っての話です。
 ラット肝細胞を長期に培養して自然に悪性化したと云う株RLN-38-87及びそのoriginal RLN-38-52のEPMを測定した所、両者はいづれも前記の変異株と同様な知見を得ました。これは先きのシェーマと話しが合いません。しかし、この細胞はラットに復元して腫瘍を作るのに、236日もかかったと云うことですので、悪性化して居る細胞はごく少数でEPMの測定の対象にならなかったのではないかと考えました。
 この点は今後検討すべき問題点と考えます。
 最後に岡大癌研のラット胎児肺細胞及び、その4NQOによる悪性化細胞のEPMの成績を加えます。この細胞はラットに復元すると、60日前後で腫瘤を作るそうですが、明らかに腹水肝癌と同一の結果をなしました。しかもそのEPMは1.40μ/sec/v/cmと云う極めて高い値を示し、またシアリダーゼにより殆んど変化がなく(0.3<P<0.4)、正常肝細胞のそれとは異なります。今後更に変異に伴うEPMの変化を追求したく思って居ります。

《三宅報告》
 皮膚の器官培養を発癌に結びつけようとして、細切した胎生皮膚を皮下組織の附着したままで4NQO、メチルコラントレンなどを投与、病理組織学的に変化の推移を追ってきた。この方式を用いることで2週以内に基底層に属する細胞のHyperchromatism、細胞輪郭の変化などがみられたが、それは細胞へのToxicな影響を、除外しえなかった。Sponge Matrix Cultureという手慣れた筈の培養方式では、培養期間の長さに隘路があることが憶測され、試験管内癌化のためには、より長期にわたる培養を続ける必要を生じ、胎生皮フを細胞単位にまで単離して、単層培養を行う以外に手がないことが判明した。
 方法:
 ヒト又は実験動物(d.d系マウス)の胎生15〜17日の皮フをDermisをつけて剥離、細切して、37℃でトリプシン処理、単離したものをEagle液に10〜20%の小牛血清を用いたものを用いて培養、一定時日の後に再びトリプシン処理して、平型試験管に植えつぎ、20-メチールコラントレンを培養液1mlあたり1μgを添加、直ちに正常の培養液に戻した。(経過表を呈示)。Primary Cultureは5月14日(1968)。
 結果:トリプシン処理后、植えつがれた細胞は、上皮性と考えられるものと、非上皮性と考えられるものの混在である。しばらくすると上皮性とみられるものは消失に傾き、紡錘形のFibroblastと考えられる細胞が勝ってくる。こうした紡錘形のものも、徐々に形態をかえ、偏平な星芒状に転じてゆくものが多く、形質中に顆粒を多く、たくわえた、核小体の鮮明な大きい核をもつようになる。
 メチールコラントレンを作用せしめたものでは、殊に細胞が巨大、偏平化することが早い。メチールコラントレンの作用時間を30分とすると、細胞の変性が強く、2〜3日后には細胞が硝子面から、ほとんど剥脱されるので、作用の時間を極端に短くした。こうして8月17日(約2ケ月后)にNo.18の3回メチールコラントレンを3日間隔に投与したものに、異型な細胞が出現した(写真を呈示)。この細胞は、前に述べた偏平化した多くの細胞群の間に、 境界の明かな集蔟を作ることなく、かなりな範囲に広がって存在する。細胞の形態は紡錘形、大きさは略々Uniform、両端は長い突起をそなえ、相隣れるものと連絡し、時に束状に、時に網状に相つらなっている。細胞は両端から牽引せられ、そのためか豊かな胞体の周囲に位相差像では暈をしめし、重厚な形質のために核は著明にみられない。この細胞群の中には分裂像と考えられるものが散在する。経過を観察中である。

《梅田報告》
 動物の発癌実験において化学剤発癌は、最低数ケ月も要するのに、ウィルス発癌はそれに較べると極端に短時日のうちに腫瘍形成にいたる。in vitroの我々の系でも、ウィルス発癌の場合はtransformed colony形成が簡単に認められ、定量化へと進んできたのに対し、Sunford等の仕事から、勝田先生、佐藤先生の一連の仕事、Heidelberger等の仕事等、完全に腫瘍性を獲得する迄、かなりの培養日数を必要としている。Suchs等のベンツピレン等を使用した実験に端を発し、黒木氏等の4NQOによるtransformed colony形成をin vitroに於けるウィルス発癌実験と同じ様に短時日のうちに認め、in vitro carcinogenesisに成功したとする報告は、私にはいささか納得がいかなかった。はからずも、黒木氏自身、彼の系でもinductionとpromotionの考え方を入れる方向に来ているのを知って、私自身気を強くしている。
 私はin vitroでも化学発癌剤による発癌は、日数を要するものとの考えから、現在mono-layerに生えたprimary rat liver cultureにDABの大量1回、或は小量常時投与を行い、培養を続けている。しかしSunford等の一番最初の発癌実験の記載とか、奥村氏の詳細な報告の如く、対照群の細胞にも生ずるspontaneous transformationの問題が入り込んで居り、複雑な要因がからまっているのは云うまでもない。これ等を充分考慮に入れながら、目下in vitro発癌のcellular levelでの現象を更に深くさぐる努力をしている。
 もう一つ、私のやってきた、そして以后強力に続けたい研究の方向として、化学発癌剤による急性の毒性効果とか、作用機作を調べることがある。Praimaryのrat liver cultureにDAB、黄変米毒素のルテオスカイリンを投与すると、肝細胞だけに特異的な変化を生ずるのに、同時に生えている間葉系の細胞群は障害を受けない。又DABと同じ骨格を持ち、発癌性のないABは、その様な変化を起さない。目下、之等の変化を詳細に調べ、又他の発癌剤についても調べているが、今后は、この急性変化と、発癌機構とどの様に結びついているのかを解明するのが、大きな課題と思っている。

《堀川報告》
 A)培養哺乳動物細胞における
放射線ならびに化学発癌剤障害回復の分子機構の研究(7)
紫外線照射による第一義的な障害がDNA内のpyrimidine dimerの形成にあり、さらにこうした障害回復(pyrimidine dimerの除去)の分子機構が微生物を始めとする多くの材料を用いて次第に明らかにされて来ている。私共のgroupでもEhrlich、マウスL、ブタPS細胞という3種の培養細胞株を用いてthymine dimerの除去機構を探索した結果、Ehrlich細胞にはUV照射でDNA中に形成されたthymine dimerの除去機構、つまり暗回復能をもつことを発見し得た。しかし、大腸菌等でみられるUV障害に対する光回復能は、私共が使用している3種の細胞株では勿論のこと、世界の研究者もいまだに光回復能を保持する高等動物細胞を発見し得る段階に至っていない。
 これまでにpublishされた結果から判断すると、光回復機構を保持するものは、どうやら微生物からはじまってウニの卵とか、特殊な魚類の細胞株、両棲類といったあたりまでのようである。高等な動物細胞には、更に別の機能が発達しているために、こうした光回復能の保持を必要としないのかもしれない。
 一方X線の生細胞に対する影響、つまり障害のprincipal sitesは未だに不明のままであり、ましてやその障害の回復機構は分からない。私共は前述のEhrlich細胞、L細胞を用いて、10KR、5KR、2KRのX線で照射した後、DNAのstrandがどのように切断され、しかも照射後15分、30分、60分と37℃のincubator中で細胞をincubateする間に、切断されたDNAがどのように、rejoiningして行くかといった過程を究明している。
 正常なEhrlich細胞やL細胞からは、sedimentation constant(S20,w)にして、210single strand DNAが分離されるが、こうした正常細胞を10KRで照射した直後ではsingle strand DNAはS20,wは71程度の小さなものに切断される。だが照射されたこれら細胞を15分、30分とincubateしておくと殆どもとのS20,w=210までrejoining出来ることが分った。これらは勿論5〜20%のsucrose gradient centrifugationによる解析であって、ここで興味あることはUV障害に対して暗回復機構をもつEhrlich細胞でも、さらには暗回復機構をもたないマウスL細胞でもsingle strand DNA breaksのrejoining acivityを殆ど同じ程度もつということで、こうした結果はX線照射によるsingle strand DNA breaksのrejoiningの機構は、UV障害からの暗回復機構とはまったくindepedentのものであることを暗示する。
 一方、X線照射によって誘発されたDNAのdouble strand breakの場合は、前述の2種の細胞を用いて調べた範囲では、rejoining activityの見られないことも分った。 こうしたradiationによる障害回復の分子機構と、これまでやって来た培養細胞に対する4NQO処理による障害の回復機構を比例して検討している。
 B)培養された骨髄細胞の移植によるマウス「骨髄死」の防護ならびに
   Leukemogenesisの試み(5)
 マウス大腿骨骨髄から取り出したbone marrow細胞を一定期間培養した後、X線被爆したマウスに注入し、被爆マウスの骨髄死に対する防護能とspleenへのcolony形成能を指標として培養bone marrow細胞の生物学的活性、およびその分化と増殖の機構、ひいては、こうした系を用いてLeukemogenesisの機構を検索している。現在では30日齢のNC系マウスから得たbone marrow細胞を70%TC-199、10%TPB、20%牛血清からなる培養液で、TD-40瓶内で静置培養し、この培養bone marrow細胞を培養後10〜300日(300日のものは完全にcell lineとしてestablishされた)に取り出して生後60日の700R被爆の同系マウスの尾静脈より注入して、被爆マウスの9日後のspleen表面に形成されたコロニー数と、30日生存率を求めている。同時にbone marrow細胞の培養経過に伴う細胞種の分類、およびオートラジオグラフによるH3-TdRの取り込み能は、従来報告して来たように、経時的に解析を行っている。途中経過はこれまでの月報にて報告して来たので、最近の代表的なresultsを要約してみると以下のようになる。
(1)培養前にみられた多種の細胞群は培養10日頃までに減少、消失し、従来みられなかった巨大単核、二核細胞が次第に増殖し、培養180〜300日に至ると、これが全populationの100%を占めるようになる。(こうした巨大細胞、二核細胞の増殖能はH3-TdRの非常に高い取り込み能と、分裂係数(mitotic index)からもうかがえる)。
 (2)培養bone marrow細胞を注入して、700R被爆マウスのspleenに生じるコロニー数を調べた結果では、培養期間10日以上経過した細胞群においては、対照群(細胞非注入群)との間に有意な差は認められない。
 (3)一方、培養bone marrow細胞を注入した被爆マウスの30日生存率を調べた結果は、培養30日までの細胞を注入した各群では、対照群との間に生存率向上という点で差がみられている。以上、非常に面白い結果が得られており、こうした系を用いて細胞の分化と癌化の機構を検討中である。
 さらに、これに関連して私共はマウスthymus細胞、spleen細胞を培養して、その生物学的機能の検索を進めているが、最近マウスC57BL/6Jax系生後24時間のnew-bornから得た、thymus細胞を一ケ月培養し、生後10日、14日、21日目の同系マウスの皮下、腹腔内に500万個細胞づつ復元すると、非常に高率に腫瘍を作り、しかもこうした癌細胞はtransplantableであることが分って来た。培養期間の短かいこと、復元より腫瘤形成迄要する時間の短いこと、更にbone marrow細胞とかspleen細胞と関連して、非常に重要な生物学的機能をもつthymus細胞であるが故に、この種の実験系は今後の慎重な解析を必要としている段階である。次号にてこれらの詳細を報告する予定である。

《高木報告》
 1)器官培養による発癌実験
ハムスター、ラット、マウス、人などの胎児の皮膚の器官培養による発癌実験を行うにあたり、まず培養法の検討を行い、また発癌物質の添加培養培養した皮膚の移植などを試みた。
 1)培養法の検討
 上記動物の胎児の皮膚を培養するのに、天然培地および種々の半合成培地を用いたが、天然培地のうちwatch glass methodによりchick plasmaとCEEを2:1に混じて凝固させたものが最も効果が良かった。この培地上では妊娠18週目の人胎児の皮膚は、培養後3週目にもなお多数のmitosisが認められた。温度に関して、ハムスターの胎児皮膚を30℃で培養したところ、37℃のものにくらべて明らかに良い結果がえられた。
 2)発癌物質の添加
 器官培養下の胎児皮膚に発癌物質として、4NQOを添加した。濃度は10-6乗mol程度が適当と思われたが、この濃度では殆ど変化はみられなかった。液体半合成培地を用いて培養したマウスの皮膚に10-4乗molの4NQOを添加した時、培養後72時間して表皮の一部に突起状の肥厚を認めた。またplasma clotを用いて培養した人胎児皮膚において、4NQO 10-5乗mol添加群に幾分mitosisの増加がみられたが、これらの変化がどの程度悪性化にむすびつくか、は判らない。
 3)培養した皮膚の移植
 plasma clotを用いて7日間培養した雑種ハムスター胎児の皮膚をハムスターに移植した。培養中4NQOを添加した群と対照群との間に、観察した約20週の間には殆ど有意と思われる変化はみられなかった。一方移植成功率が非培養群では8/17であるのに、培養群では15/17と可成り高率である点は注目されるべきで、さらに検索したい。培養条件についてはなお検討する予定である。
 2)細胞培養による発癌実験
 newbornよりweanlingに至るラットの胸腺および肺の細胞を培養し、一部ラット胸腺より分離した株細胞を使用した。
発癌物質としては4HAQO、4NQO、Nitrosoguanidine(NG)を用いた。
 1)4HAQO添加実験
 ラットの胸腺細胞を用いて4実験行ったが、うちWistar King A(WKA)ラット胸腺の2代目の細胞に10-5乗molの濃度を2回作用せしめたもので、処理後約15日でpile upしたcolonyをえた。この細胞を増殖せしめて生後3週の同系ラット皮下に100万個細胞数接種したが、腫瘤の形成はみられなかった。
 2)4NQO添加実験
 王様系ラット胸腺より分離した株細胞を用いて2実験、Wistar King A(WKA)系ラット胸腺のprimary cultureを用いて3実験、ラット肺のprimary cultureを用いて2実験行った。
4NQOは10-6乗、5x10-7乗、2x10-7乗molの濃度に培地で稀釋し、種々の時間、回数を作用せしめた。うち株細胞に10-6乗mol作用せしめたものから変異細胞のcolonyをえたが、移植実験には成功しなかった。またWKA系ラット胸腺培養の2代目以後、2x10-7乗molを頻回作用せしめたものがmorphological transformationをおこしたので現在移植実験中である。
 3)NG添加実験
 前記株細胞を用いて4実験、ラット胸腺のprimary cultureを用いて10実験、ラット肺のprimary cultureを用いて3実験を行った。
NGは1μg/mlより500μg/mlに至る濃度で種々の時間および回数作用せしめた。そのうちWKA系ラット胸腺3代目の細胞にNGを10μg/mlになるように滴下し、6日間放置したものより変異細胞をえた。この細胞を処理後約40日目に、同系のwianling ratに100万個細胞数接種したが、腫瘤は作らなかった。しかし処理後約170日目頃より対照と比して細胞の増殖度が目立ってよくなり、対照が1週間に約5倍程度の増殖を示すのに対して処理細胞は約10倍程度の増殖を示した。形態的にも対照はmonolayerを示すのに対して処理細胞はcriss crossが著明でpile upする傾向がつよかった。一般にNGは、細胞に変異をおこさしめる至適濃度の幅がせまいようで処理後相当長期にわたり細胞の増殖がみられず、従ってmorphological transformationがおこるまでのincubation timeが、長いように思われる。さらにNGを作用せしめる培養組織として、幼若WKAラット胃の培養をこころみて上皮性細胞の増殖をみた。これが如何なる組織に由来する細胞か未だ同定しえないが、この細胞を用いた発癌実験を計画している。変異細胞の染色体については目下検索中である。

《安藤報告》
 1)癌の遺伝子変異説の検討
 いかなる機序によって癌が発生するかに関して現在二つの考え方がある。(月報6705)。すなわち発癌剤、その他の作用によって正常な細胞が変異を起すのか、あるいは初めから混在していた悪性細胞が逆淘汰されてくるのか、という考え方である。しかしながらこの癌細胞の発生の由来のいかんにかかわらず、癌細胞は正常な細胞の持つ種々な調節機構に異常をきたしている。この癌細胞の異常性は病理学的、生化学的、その他の種々の研究手段によって現在迄にかなり明らかにされている。それにもかかわらず残念なことには、明らかにされて来た事は全て正常細胞と癌細胞の表現形質の量的な差でしかなく、本質的と思われる質的な差異は見出されてはいない。したがって一歩立入って、それでは癌細胞の遺伝子はどうなっているのであろうか、DNAレベルの変異を起しているであろうか、という疑問には何も答えない。私はこの問題に何らかの手がかりを得ようと次のような計画を立て、実験を進めている。
 当勝田研究室で無蛋白無脂質合成培地で8年間にわたり培養されている、マウス皮下センイ芽細胞由来のL929の亜株L・P3を使用し、これに薬剤処理をすることにより、種々の表現形質の異なる変異株を誘導する。次にそれ等の変異株及び原株の間にDNAを介しての、この表現形質の転換(transformation)が起るか否かを調べる。すなわち、その表現形質の変異は単なる細胞内調節機構の異常によるのではなく、遺伝子中のDNAの変異に由来するならば、次にこの手法を応用することによって前述の疑問−癌細胞は遺伝子変異によるか−に直接回答しうることになる。すなわち癌性がDNAによって他の細胞に移るとすれば、まさに癌は遺伝子変異によると結論出来るわけである。このような実験計画にしたがって次の予備実験を行っている。
 L・P3を単個培養によりNG(N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine)処理をする。処理後増殖を回復してきた細胞からクローニングをくり返すことにより、幾つかの純クローンを分離した。現在各クローンについて栄養要求性に変異を生じているか否かを検索中である。 2)4NQOの作用機序の細胞培養による研究
 4NQOは杉村らにより、生体内で4HAQOに還元される事により発癌性を獲得する事が示された。又腹水肝癌AH130のDNAに、腹水蛋白に結合する事がin vivoで示されている。しかしながら、この核酸、蛋白、あるいはその他の生体物質の内、いずれとの結合が癌化に直接みちびく反応であるのかについては全く不明である。そこで私共は細胞培養を利用する事により、動物体という多因子系による問題の複雑化を避け、より精密な発癌過程の分析を企図した。 H3-4NQOを前述のL・P3細胞に与え、細胞中へのとりこみ、及び細胞成分との結合のkineticsを調べることにより、最も4NQOとの反応性に富む成分は何かを検討した。結果は次の如くである。4NQOと細胞内蛋白質、核酸との結合は、37℃において、30分で最大となり以後3〜4時間はほぼ一定値を保っていた。またこの結合にあずかる蛋白は、DAB及びMCで示されたような特異蛋白ではなく種々の分子量を持つ殆ど全ての蛋白を含んでいた。目下核酸との結合様式、結合物の安定性等検討中である。

《安村報告》
 1.発ガンのSelection説の検討(つづき):
 月報のNo.6804に勝田班長がふれておられるが、Dr.L.Diamondのシリアン・ハムスター胎児細胞の培養内自然発ガンの報告は、このいわゆる自然発ガンの原因として3つのfactorを考察していた。つまりこの癌化は1)あらかじめ生体内に存在していたかもしれないvariantで、malignantのきざしのあるものをselectionによって継代中にひろいあげたか、2)未知のtransforming virusによるか、3)まだ不明の物理的、化学的な原因によるものか、ということであった。あるいはこれ以外の原因があるかもしれないし、これらの原因が互いに絡み合っていることも考えられよう。
 月報のNo.6808では上記の原因のうち、1)の仮説の可能性の分析のためにMacPhersonらによるSoft agar法の利用について予報された。実験の狙いは同号の討論にのべた如くです。 1-1.シリアン・ハムスター胎児細胞の初代培養では100万個、50万個/plateではSoft agar中のColony生成はみとめられない。そのご再び初代培養と2代継代培養によるSoft agar中のColony生成が試みられたが、いずれも結果はマイナス。
 1-2.以上のデータはSoft agar法がmalignant transformed cellをselectiveに増殖させることにあったとすれば当然のことのようにみえよう。しかしColony生成がゼロではなんとも前進のしようがない。
 1-3.最近E.TjottaらがPolyoma vurusによるtransformed cellが、Conditioned madiumを加えたSoft agarでよりよくColonyを生成するし、polyoma virusで処置しあい宿主細胞(BHK21/C13)も同様mediumでColonyを生成すると報告した。そこでこのconditioned mediumを加える方法をこころみた。
 1-4.Conditoned mediumは初代培養細胞と2代培養上清を液かえの際にプールして集められた。初代培養細胞と2代継代細胞が出発材料、Conditioned mediumはSoft agar中に100%(agar以外の培養液は100%Conditioned mediumということ)、50%、0%の割合にして各群5枚のplateをつかった。結果は接種細胞数100万個に対して、3週めに初代培養細胞の群のうち、Conditioned medium 100%のところでColony(0.1mm以下)が1コ、50%のところで1コ出現した。しかしそのごColonyの増殖はなく壊死におちいってしまった。いずれからもColonyを分離して増殖させることはできなかった。ついでなされた同様の実験ではConditioned mediumの割合を75%、50%、25%、0%でなされた。75%と50%の群で接種細胞数100万個につき、それぞれ5枚のPlat中2枚に数コ〜10数コのColony生成をみとめた。しかしこれらのColonyが増殖可能かいなかは、実験進行中なので、詳細は次回へ。
 2.AH7974TC細胞のSoft agar中での増殖:
 上記のSoft agar法をつかって行われているハムスター細胞の実験のControlとして、われわれのtechnicの信頼度をしらべるとともに、基礎実験がAH7974TC細胞でなされた。接種細胞100/Plateで11〜30のColonyができ、成績は上々。(Soft Agar中のAH7974TC細胞コロニーの写真を呈示。この実験ではconditioned Mediumはつかっていない。)

《藤井報告》
 培養ラット肝細胞とその変異株細胞の抗原について
 癌抗原の存在が、宿主の免疫学的抵抗性の成り立つ基盤出あり、癌に抗原性の在ることを立証することが、癌の免疫学的研究の起点となる筈である。化学発癌のばあい、各例性質の異なる癌の発生することが示されており、それらの抗原のちがいについての発表もある。
すでに、本研究班では“なぎさ"培養によるラット肝細胞の変異(勝田)、ハムスター胎児細胞の4-NQO処理による培養内発癌(黒木)、ラット肝細胞の3'MeDABおよび4-NQO処理による培養内発癌(佐藤)に成功している。比較的単一な細胞群を扱う組織培養実験では、培養細胞の変異過程を追跡することが可能であり、有利に癌抗原の分析をすすめられる筈である。
 培養内細胞の癌化にともなう抗原性の変化を検討することが、筆者に課せられたテーマであるが、今まで、ラット肝細胞、いくつかのラット肝癌、培養ラット肝細胞とその変異株等について、double diffusion法とimmune adherence(IA)法によって、それらの抗原の検討をおこなって来た。
 1.Double diffusion法による抗原分析
 培養細胞を主としてあつかう関係から、少量の細胞について実験をすすめる必要があり、double diffusion(Ouchterlony)の変法であるmicrodiffusion法(月報、No.6710に記載)を、採用した。この方法は、Ouchterlony法より抗原−抗体沈降線の検出が鋭敏に出来、20万個の少数細胞でも実験可能であることが、基礎実験で示された。
 抗原液:細胞20万個に対して、0.5%Na-deoxycholate-PBSを0.5mlの割に加えて浮游させ、ホモジナイズ后、その遠沈上清(2,000rpm、20分)を抗原液として用いる。培養細胞は、医科研癌細胞研究部のものである。
 抗血清:ウサギ抗ラット肝組織抗血清(RALS)、ウサギ抗ラットAH13抗血清(RATS-AH13)
の原血清を用う。
成績のあらまし:
 1)ラット肝組織は、RALSに対して5本の沈降線を示すが、
 2)培養ラット肝細胞(RLC-9)は、この中の1本と共通な沈降線のみをつくった。
 3)培養ラット肝細胞変異株(“なぎさ")RLH-5は、RALSに対して、全く沈降線をつくらない。 4)このRLH-5細胞は、抗ラット肝癌抗血清(RATS-AH13)に対して弱いけれども、1本の沈降線を示した。
 小括:培養ラット肝細胞が成熟ラット肝の抗原の大部分をもたないことは、培養ラット肝細胞が新生児ラット肝由来であることと、肝組織中の一群の細胞にかぎられることによると考えられるが、変異株では、変異以前の抗原を失い、別に肝癌の抗原(この場合AH13と共通な抗原)を獲得するようである。このような肝癌にみられる抗原が、癌の抗原によるのか、contaminationによる微生物の抗原によるのかは、今后慎重に検討されなければならない。
 2.Immune adherence(IA)法による抗原分析
 IA現象(免疫粘着現象、Nelson,R.A.,Jr.)は、抗原-抗体-補体複合体に人赤血球が粘着する反応で、極めて鋭敏な免疫反応である。細胞表面の抗原の検出は、抗体、補体、人赤血球を加えて反応させ、顕微鏡下に、人赤血球の粘着している細胞を識別し、算定することによって可能である。また凝集反応(免疫粘着赤血球凝集反応、immune adherence hemagglutina-tion)-西岡-として、反応の強さを判定しうる。
 方法:培養細胞を、培養の状態のまま抗体と反応させる目的で、小型の培養小角ビン中で1日培養し、TC-199液で洗滌した后、稀釋抗血清、1/5とモルモット補体用血清、1/20を、各0.25ml宛を加え、37℃で30分間反応させた后、2%人赤血球(O型)浮遊液0.1mlを添加して、さらに37℃で30〜60分反応させる。反応后、TC-199液で数回洗って、浮游赤血球を流し去ってから、倒立顕微鏡下にIAのおこっている細胞を識別算定する。
 成績のあらまし:
 1)培養ラット肝細胞(RLC-10)は、ウサギ抗ラット肝抗血清(RALS)によって強いIA(++++)を示すが−(double diffusiondeha反応弱く、沈降線1本のみ)−、“なぎさ"変異種(RLH-3、RLH-4とRLH-5)は、弱いIAを少数の細胞にみとめたにすぎない(±)。しかし、これらの変異株はいづれもウサギ抗ラット肝癌AH7974(RATS-7974)には、稍ついIAを示した(+)。
 2)ウサギ抗AH130抗血清(RATS-AH130)にたいして、AH130細胞−腹腔継代細胞−は33%、培養AH130(JTC-1)は68%のIA陽性細胞を示した。抗AH7974抗血清(RATS-AH7974)では、前者は27%、後者は43%の細胞がIA陽性であった。この傾向は、AH7974細胞とその培養継代細胞についても観察された。
 すなわち、ラット肝細胞は、各肝癌に対応する抗体とつよくIA反応をおこす他、非対応の他の肝癌に対する抗体ともかなりつよいIA反応を示すことがわかる。
 また培養ラット肝癌細胞の方が、元の腹腔継代細胞よりむしろ強いIA反応をおこしたことは興味ある点である。この点に関して、培養液中のcalf serumが細胞に吸着され、calf serumと用いた抗血清、補体との間の自然抗体によるIA反応が、反応増強にあづかってないかどうかが問題となる。この問題は、培養AH7974細胞をcalf serumをふくむ“199"液(10%)中においても(室温、30分)、IA反応に影響がみられなかった最近の実験から一応否定してよいと思われる。
 小括:
 1)IAによる実験で、培養ラット肝細胞変異株(“なぎさ")は、変異以前の抗原の多くを失内、一方、ラット肝癌に共通な抗原を獲得しているようにみえる。
 2)AH130、AH7974細胞と、それぞれの培養継代細胞は、正常ラット肝抗原の多くを示さないが(この成績は上に記さなかったが)、対応する抗体の他に、非対応の抗体にもかなり強くIAを示し、ラット肝癌に共通な抗原のあることを示唆している。
 培養継代細胞の方が、腹腔継代細胞よりも強いIAを呈する事実は、培養によって、細胞膜面に抗原−抗体反応がおこり易くなるような、あるいは抗原の露出を来すような変化がおこっていることを示唆する。

《永井報告》
 1)Ektobiologyと糖質・脂質
 細胞の機能には質的に異なる二つの面があるものとみられる。その一つは、個々の細胞そのものの生命維持に必須な機能である。これには蛋白質や核酸があづかっており、今迄の生化学の対象の中心となっていた。これが障害を受けたときには、病気よりもむしろ死を招く。いま一つは、細胞が一定の秩序のもとに集まっていとなむ、いわば、細胞の社会的な機能に関するもので、これがおかされても、前者のようには、直ちに死に至ることはない。その生物学をKalckarはEktobiologyの名で総括している。これに大きな役割をはたしていると考えられるのは、細胞表面の特異構造であり、物質的には糖質や脂質が主役になるものと予想される。我々は、癌問題をむしろこの第2の角度から把握していこうという考えで研究をすすめている。
 2)研究目的
 この問題に、生化学的にアプローチしていこうとして、我々がまずとりあげたことは、Ektobiologyにおける主役物質は何かということである。そこで、いうところの糖質や脂質がそうなのかどうか、これをまず明らかにしようとして実験をしくんできた。Ektobiolo-gicalな現象が典型的にあらわれてくるものの一つは、発生と分化の問題であろう。そこでは、2つの異なった生殖細胞の融合としての受精に始まって、形態形成にみられる細胞集団の完璧な秩序のうちにある特異な移動運動など、いろいろな問題がある。ここに着目して、かつ、大量の材料が入手しうるということから、さしあたってウニの配偶子およびその胚を材料として実験をおこなってきた。
 まず研究の焦点を、細胞の表面に存在すると予想される糖脂質にしぼって、次の項目をとりあげた。1)実際に糖脂質が配偶子や胚に存在するか。2)それはどのような化学構造のものか。3)それらに細胞表面の特異性に関係づけてもよいような、特異的な構造上の違いが見出されるか。4)発生、分化の過程の途上において、それらに何らかの変動がみられるかどうか。
 3.実験成績
 それに対して現在までにえられた答は、1)ウニの配偶子(精子および卵)および胚には、確かに糖脂質が存在する。それらはシアル酸を構成分の一つとして有するもので、その糖脂質(シアロムコリピド)の数は、9種以上にも達する。 2)それらは複雑な化学構造を有するが、構造上には一定の関係があり、一連の代謝経路上にのっているものと考えられる。3)精子と卵とでは存在する糖脂質の種類に違いが実際にみられた。のみならず、ウニの種類が違えば存在する糖脂質の構造も違ってくる(種特異性)ことがわかった(月報No.6808)。4)そのうちのいくつかでは化学構造の決定がおこなわれた。すなわち、ムラサキウニ精子の糖脂質のうちの一つはセラミド-Glc(6←2)シアル酸←シアル酸であり、卵の糖脂質のうちの一つはセラミド-Gic-Glc(シアル酸一分子)であることなどがわかっている。
 現在これらの脂質の化学構造の決定を更にすすめるとともに、その細胞における存在位置、発生途上における変動などの生物学的な面を追究しようとしている。
 ウニ胚は一層の細胞が中空のゴムマリ状にならなだ胞胚期から、第一次間充織細胞の陥入に始って、原腸形成に向って表層が陥入していく嚢胚期を経て、発生、分化をすすめていくが、この際の細胞の陥入運動は何によるものであろうか。まず考えられるのは、細胞間の接触状態にひとつのゆるみがおきるのではないだろうか、ということである。我々はこれを、たとえば細胞表面のシアル酸が表面から脱離するためによるのではないかと考え、シアリダーゼの特異的阻害物質を陥入期直前に作用させてみたが、何等の影響もみられなかった。しかし、プロテアーゼの強力なinhibitorであるトリペプチド、Leupeptineを作用させたところ、原腸陥入が全く抑制されることを見出した。この場合、細胞はそのまま生存を続けた。このことをどのように解釈するかであるが、この陥入期に至って細胞からプロテアーゼが分泌され、それが細胞間をつないでいる基質に作用して分解し、その結果細胞間の結合をゆるめるのではないかと、現在のところ考えている。これもまた、細胞の定着、migration、といったEktobiologyの問題の一つである。Leupeptineはつまりこのプロテアーゼ作用を抑制し、それが陥入の抑制となってあらわれてくるとみるのである。

編集後記


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