【勝田班月報・6901】
《勝田報告》
 皆さん新年おめでとう御座います。今年もはり切って頑張りましょう。
 今年初期の研究計画:
 1)癌化時までの細胞の特性の変化
 ラッテ肝細胞を4NQO(3.3x10-6乗M、30分、1回)処理し、以後一定期間ごとに染色体の検索、細胞電気泳動度の測定(山田班員)、soft agar内での増殖能の検討(安村班員)をおこなう他、連続的に顕微鏡映画撮影で形態の変化を追究する。一部はRLC-10株を用いてすでに昨年暮に開始しており、次のシリーズはなるべくprimaryに近い培養で、と準備中である。
 2)Exp.#CQ39〜42の後始末
 これらの実験でラッテ肝細胞が肝癌になったのであるが、ラッテに接種して結果の判らぬ内に、培養の一部は更に4NQOで何回も処理しているので、それらの群について、染色体像と腫瘍性を一通り調べてから、凍結して実験の整理を図りたい。一部は既に開始している。 3)RLH-5・P3株の検索
ラッテ肝細胞RLH-5株は、RLC-10株の“なぎさ"変異株であるが、昨秋このRLH-5が合成培地DM-120内で増殖できそうだということを発見し、一部をこの無蛋白無脂質の培地に移したところ以後順調に増殖をつづけ、現在盛んに増殖している。肝細胞としての特徴であるアルギニン非要求性をこの亜株RLH-5・P3(L・P3にそろえてこのように命名した)が示すかどうか、これからしらべる準備をしている。血清培地ではこのような検索はできないので、結果は興味を持たれる。またL・P3細胞は4NQOに対して抵抗性が強く、光に対してはきわめて弱かったので、このRLH-5・P3の4NQO及び光に対する感受性も検討してみる予定である。
 4)細胞混合培養の検索
 さきに、ラッテ肝RLC-10株の培養に、肝癌AH-7974細胞を添加して顕微鏡映画撮影で追究したところ、後者が前者を攻撃し、殺し、最後には貪喰してしまうらしいことを発表したが、この培養を以後そのまま継代していたところ、AH-7974株の染色体モード約88本、RLC-10の42本に対し、混合培養の子孫は、約88本のモードの他に約44本の第2ピークを示した。これが何を意味するか精査すると共に再現性もたしかめたい。

《佐藤報告》
 ◇新しい肝細胞株で4NQOの発癌に成功
 従来、Exp.7系の発癌を月報に報告してきたが、今回は新しい肝細胞を使用して発癌に成功したので報告します。
 実験に使用した株はRLN-251で、20%BS+LDで培養維持していたものを、培養250日目から、20%BS+YLEに変え、252日目より4NQOを10-6乗Mで10回間歇処理したもので、総処理時間は25時間、総培養日数314日、従って最初の4NQO処理日から動物復元までに要した培養日数は62日、動物に500万個の細胞を接種後著明な血性腹水(50ml)と大網部に腫瘍の形成を示した。動物の生存日数は99日。この実験のシェーマを示すと以下のごとくです(図を呈示)。尚、同時に4NQOの処理を受けていないコントロール細胞接種動物には発癌はみられておりません(0/2)。目下、この株を使用して発癌実験を進めており、2月の班会議までには、少しはまとまったものになるのではないかと考えます。
 ◇ラッテ肝細胞発癌株のコロニーの比較
 使用株細胞はしばしば報告して来たExp.7-(2)で、このコントロール細胞、4NQO処理発癌細胞、腫瘍を再培養したものを使用してシャーレにまき込みました。成績は表の通りです(表を呈示)。Plating efficiencyは、Tumor cell lineがやや高い程度です。Colonyの形態は、コントロールと4NQO処理発癌株、腫瘍株との間に著明な差がみられました。従来、肝細胞を使用してTD40などの閉鎖系で発癌実験を行う際にはあまり4NQO処理によって、その形態的差違が見い出されなかったのに較べ、少数細胞でみると、著明な差が見い出された。この事は、DAB飼育ラッテ肝(正常に近い肝より発癌にいたる迄の肝)のコロニー分析で細胞の悪性化とコロニーの形態的変化との相関にも見られたことであるが、コロニーレベルの分析は肝培養細胞の悪性変化の一つの目安になるのでないかと考えられる。

《佐藤挨拶》
 新年あけましておめでとう。誠に筆無精で申訳なく思っています。我々の班も今年は新班として従来の多大の成果をいかす事になると思います。勝田班長の正月を返上しての、申請書書きですでに準備OKの態勢と思います。そのうち申請書のうつしが各自の手にとどくことでせう。いつもながらお世話様です。今度び培養関係者が集ってつくる“培養株細胞の保存維持の研究班”の班長事務をやってみて(勝田先生に大いに指導していただいて)大変だと思います。小生は全くスローモーションですので、これから申請書かきの本番にうつります。
 こうして記録をのこして置くと後になってほんとによかったと思います。今年も来年も大いに頑張って発癌の機構解明に努力し、人間の癌撲滅の大目的に一日も早く到達できる様にしませう。

《藤井報告》
 新年おめでとうございます。
 昨年は移植免疫とマウス補体関係の仕事で追いまくられ、がんの抗原についての、この班での私の仕事の方がすすまず、申し訳ありませんでした。
 本年の仕事の予定として、先づdouble diffusion、micromethodを手技的にも完全にした上で、ラット肝抗原とラット肝癌抗原の間で今までに認められた差が質的なものであるか、量的なものであるかをはっきりさせて行く。今までは、癌特異抗原という質的に異なる抗原に目をつけて来ましたが、正常抗原の量的な減少−抗原基の減少も大いに問題にあると思います。増殖の激しいがん細胞では考えられることですし、がん細胞の補体結合能、免疫溶解反応での態度などからもその可能性はあると思います。量的な、抗原の変化は実験的に容易にやれるので、早速開始しました。
 培養細胞の癌化の過程での抗原性の変化は、上と併行して、癌細胞研究部の御世話になって進めて行きます。培養細胞では、細胞数(供給される)が限定されるので、正常細胞抗原の減少を質的な“欠如"と誤認する可能性があるので、上記の実験をモデルにして行く必要があります。
 その他、今年は16mmムービーを何とかして入手して、正常細胞、癌細胞の免疫溶解の過程を観察してみたいと思っています。当面は、赤血球溶解と、有核細胞溶解の相異が問題ですが、溶解における抗原sitesの問題、補体要求度の問題が、こういう観察から何かヒントが得られればと思います。
 もう一つは、RATアルブミンでcoatした赤血球溶解によるlocalized hemolysis in gel法を使って、アルブミン産生細胞を計測すること等です。この方法自体は、すでにHandbookof Experimental Immunology(ed.Weiv)に出ておりました。

《高木報告》
 昭和44年の新春を御慶び申上げます。昨年は何かと騒々しい一年でしたが、今年は何とか落着いて出来るだけ研究を進めたいと考えています。
 さて、昨年最後の班会議でnitrosoguanidineで処理したWKA rat胸腺細胞を復元したところ、約70日後より生残った3疋のratすべてに腫瘤を生じたことを報告したしました。対照の細胞を接種したratがすべて死亡しましたので、その後再び対照細胞を8疋のWKAratに接種しましたが、これらは73日を経た現在何等腫瘤を生じておりません。
 NG-4を接種して腫瘤を生じた3疋の中1疋は接種後105日目に肺炎をおこして瀕死になりましたのでsacrificeし、fibrosarcomaであることを確かめました。この腫瘤はexpansiveな増殖を示し、左上肢肩甲下にinfiltrationを示した外、metastasisなどはありませんでした。このtumorを再培養した結果、培養後1週間目頃からexplantより円形細胞のmigrationを認め、その後この円形細胞の下にfibroblastic cellsの増殖がみとめられるようになりました。この2種の細胞が同一のものか、あるいは別のものか未だはっきりいたしませんが、培養と共にfibroblastic cellsに所謂fibroblastとtumor cellとがある様に思われて来ました。1つのbottleは24日目に継代し、以後は大体2週間毎に継代して目下4代目ですが、networkを形成しやすいtumor cellsが次第にdominantになり、現在はほとんどを占めているようです。また少数の円形細胞が、それらのtumor cellsの上にくっついたようにしてあります。この円形細胞がprimary cultureで認められた円形細胞と同様なものかどうか、染色標本を作っている処ですが、位相差でみたところではすべてがmitotic cellsとは思われません。この細胞をふやしてさらに動物に接種してみるつもりです。
 細胞を復元した他の1疋は巨大な腫瘤を生じ衰弱がはなはだしくなったので、134日目にsacrificeしました。腫瘤は皮下に生じたもので重量230gありました(写真を呈示)。
 あと1疋のratは腫瘤の大きくなるのは一番おそかったのですが、140日目頃から両下肢と左上肢に麻痺を生じ、衰弱が加って来ましたので、160日目にsacrificeしましたが、これも可成り大きなtumorで脊髄に浸潤しているように思われました。これらについては、次回班会議の時、詳しく報告いたします。 現在NGによる発癌の再現実験を行っていますが、さらに移植実験transformed cellsの核学的検索にも手をつけています。

《安村報告》
 Akemasite omedetoo gazaimasu! Mazu aisatu wa kono hen de. Saa sigoto sigoto. Amerika no yatura wa ganzitu sika yasumimasen mono ne. Makete tamaru ka!
☆Soft Agar法(つづき)
 1.AH7974TC細胞:前号の月報(No.6812)で、のべられたC1よりひろわれたSmall colony由来の系C1-Sと、Lafge colony由来のC1-Lの両者のコロニー形成率が比較された。同時にlarge colony(かりに径2mm以上をそう呼ぶことにしているが、この基準ははっきりした根拠にもとづくものではない)の出現の頻度に注目した。この両者の細胞系と1緒に、C6-3系(C6系よりat randomにひろわれた系で3回寒天培地でコロニーをつくらせたもので、統計的にはクローンといえよう)もしらべられた。結果は表のごとくであった(表を呈示)。
 この結果からはC1-SとC1-Lとの間にはPlating efficiency(正確にはColony formation efficiency)が、差があるようにみえる。前者は約16%、後者は30%前後。直接の比較はできぬかもしれないが、原株C1はGBI製のmodified Eagleで約26%であった。 今回の実験はNissuiのこれもmodified Eagleがつかわれた。 (ただしAmino acids、vitaminsの濃度は1xです)。large colonyの出現頻度は、C1-SとC1-Lとの間には差がみられない。奇妙なことにC6-3からは、large colonyの出現は皆無にひとしい。しかしP.E.は3者中もっとも高く33%近くであった。
 2.CO-40細胞:前号の月報(No.6812)でCQ-42細胞のSoft agarでのコロニー形成に成功しなかったことがのべられた。今回はもうひとつ別の系CQ-40(Culb-TC)が同様の方法でこころみられた。結果は表にならずじまいで、コロニー形成はみとめられなかった。培地は前回同様GBI製のmodified Eagle(Ammino acids、Vitaminsそれぞれ2xconc.)に、コウシ血清10%でした。1群4枚のシャーレで、接種細胞数はそれぞれ群あたり35000、17500、8750細胞でした。対照として液体培地にまかれたそれぞれの群からもコロニー形成はみられなかった。したがって今後の実験ではシャーレあたりの細胞数を増加して、コロニーをつくらせる(なんとかして)ことである。もしSoft agar法がtumorigenicな細胞を選択すると、かりに考えるなら、すくなくとも35000細胞の集団のなかにはmalignant cellはいないのかもしれない。あるいはin vitroの条件が、存在するかもしれないmalignant cellをも増殖させないのであろうか。この可能性のほうが大きいかもしれない。なぜなら液体培地においてすら、この35000細胞の細胞集団からは、コロニー形成がみられなかったからである。しかし問題はもっと別のところにあって、malignant cellであってもin vitroに適応していないためにコロニー形成のefficiencyがわるいのかもしれない。いずれにせよ、腰をおちつけてクローン分析をやって、問題をときほぐしてゆこう。(Akemasen de medetakunai ne!)

《梅田報告》 
 1)前回の月報No.6812の私の報告で(3)に記載した培養は、そのまま液かえを続けているが、その后異型細胞増殖が盛んにならないまま、fibrousに見える部分(肝細胞とおもわれる)が重層化してきて、それ以上旺盛に増殖するとは思えない。
 2)前回の(4)に報告した培養では、その后即ちDAB投与開始后3週間目位ではっきりとした変異増殖細胞塊が認められた。しかしそれも現在尚増殖は盛んでなく、安村先生の云われる様にうまくtrypsinizeして瓶を小さくしても尚かつ充分な細胞数が得られそうにないので、そのまま液かえを続けている状態である。 今后、前回の班会議の先生方のSuggestionを試みてみて、旨く増殖させる方法を見出す必要性を痛感している。
 3)前々回の班会議で佐藤先生が、肝細胞培養にはYLE或はMEMが非常に良いと云われたのが気になって、2回程実験をしてみた。不一致の所もあり、もう一度repeatしてみたいと思っているが、先ずは2回の実験の結果を報告する。生后4日(2回共)のrat肝をいつもの様にトリプシン、スプラーゼ処理して30cells/ml in LD+20%CSの細胞浮游液を作り(2回目の実験で始めからMEM+20%CSの培地を一部に用いた)、1ml宛Leighton tubeに分注して2〜3日間前培養し、その后各種の培地に変えて、2日后再びそお培地に変えて4日后、型の如く画数算定をおこなった。(表を呈示)  D salineとE salineを比較した時1回目と2回目と全く違った反対の結果になって了った。
Yeast extractは明らかに加えた方が良い。
Endothelの細胞は、核の形がはっきり他の細胞と区別出来るので、別に数えてあるが、Yeast extractを加えたことにより、Endothelialの細胞の方ののび率が、肝実質細胞、中間細胞その他の細胞ののび率より良い様である。
 MEM培地は可成り良く増殖させるが、これもendothelの細胞の増殖率を上げる。
 Primaryの始めからMEM培地にした時は、更にendothel細胞の増殖率が高い様である。
 だいたいの傾向は以上の結論の如くであるが、細胞の増殖率も悪い実験なので、もう一度repeatする積りである。いずれにせよ、結局の所、DLでもLEでも良く増殖している時(実験2)の場合)以外、即ち、培養条件が良くない時はendothelの細胞の方が良く保たれている。

《堀川報告》
 1968年を顧みて
 1969年の新春を迎え皆さんおめでとうございます。今回は表題にかかげたように1968年を顧みてと題し、昨年一年の自分の仕事をふり返り、今年度の新しい出発にそなえたいと思っています。いつごろから当班に加えていただいたか判然とはしませんが、少くとも私が阪大大学院を修了して以来だと思いますから(アメリカに滞在した2年半を除いても)、今年で5年間はこの班でお世話になったわけです。これもひとえに勝田班長の加護と、班員の皆様の御理解によるものと感謝しております。脱班を機に班長に残していった黒木元班員の手紙にもあったように、この班に加はっているという事は実に有益である。発癌とその機構解明をめざして各分野から集まった同志で成るこの班から得たものは数えきれないものがありました。勝田班長の指揮と、また執念のもとに試験管内の発癌は遂に突破され、(いまや4-NQOを用いた発癌は数名の班員で立証された段階にある)、次の問題は当然発癌の機構解明にあると思われます。私もおよばずながら昨年から、(1)「培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構(途中で題目変更)」と、(2)「培養された骨髄細胞の移植によるマウス[骨髄死]の防護ならびにLeukemogenesisの試み」と題して、交互に本月報に研究内容を報告してきました。(1)の問題は放射線とか4-NQOを用いて哺乳動物細胞の遺伝子の損傷と修復機構の本体を追求しようとするものであり、直接発癌実験とは関係はありませんが、制癌とか発癌を考える上にすばらしい基礎的アイディアを導き出すものとして重要であると確信しています。(2)の問題はこれとは裏腹に、骨髄細胞とか胸腺細胞という細胞再生系を用いて細胞の分化動態ひいては試験管内で最も効果的にかつ最もsimpleに発癌機構を究明しようとする(あるいは出来る)系でこれまた大いなる希望をいだいています。(こうした表現はたぶんに勝田班長への言いわけと班員各位への自己宣伝を兼ねたものになりますが悪しからずお許しのほどを)。ただ残念にもいまだりっぱな結果は出ませんが、両system共に非常によい実験系であることは間違いないと自負しています。更に発癌およびその機構を正攻法で攻めるには病理屋さんを始めとするこの道の専門家に比べて、私共にはハンデーがあります。とてもまともにはたちうち出来ないでしょう。しかし、癌には必ずや抜け道がある。遺伝屋なりが攻めるに十分な道が必ずある。またそうしてこそ、これまでに発見出来なかった所から新しい物が発見出来るにちがいないと考えるわけです。まあ癌に関しては私共は生徒にたとえれば幼稚園の園児でしょう。ほんのかけだしで専門家の皆さんから見れば実になまぬるいと云う感じを抱かれるのも当然だと思います。しかし上述しました様な次第で今年も上の2つの問題を中心にして大いに頑張ってみたいと思っています。
 年頭にあたり班員皆さんの御声援と御教示を願ってやみません。

《三宅報告》
 試験管内の発癌をはたしえないで、又こうして年頭の記事を書くのは何とも辛い事です。 前回12月の班会議で皆さんから、教えていただいたようにH3-MCAのBenzolを、訳なくとばすことが出来ました。これをDMSOにとかして、最終濃度2.5μc/ml(medium)にして、5℃の冷蔵庫に入れました。どうしたことか、凍結してしまいました。こんなことは、今までなかったことです。この濃度で、dd系マウスの皮膚からえた細胞に与えることについては、Auto-radiographyに出てこないことでもあると、実はケイザイ的にこまって了いますので、つつましく、L株細胞でテストすることにしたのです。こうした上で濃度や作用時間を割りだして、あらためて皮膚の細胞に、あてがう決心です。いま露光中で、銀顆粒がどの程度に、どうした条件下で、最もよく出て呉れるかと、たのしみにして待っています。
 尚、本学の外科の研究室に、ラットにDABを与えて乳癌をほとんど100%に作った人がいます。その腫瘍は、興味深い態度を示すもので、Estrogenを与えないと、一旦出来た腫瘍がregressするということです。最初に出来た腫瘍が腺腫であれば、より面白いことですが、癌と考えるべき構造であると、いうことですから、腫瘍が生体の中でホルモンに依存した、Dormancyを示すと考えられます。このdormantになった細胞が、estrogenのために再び活動を起すのを、試験管のなかで、みてほしいという相談をうけました。それは直接に発癌とは結びつかないことかも知れませんが、この2つの相をもった腫瘍の前後を、単層に培養して、Autoradiographyで例によって、みつめることは、あるいは、何かのsuggestionをえられるのではないかと考えています。試験管の中での発癌を、やりおおせなかった者としては、どうも、これ位が、1つの限度でないかと自分で苦笑を禁じえません。
あまり、年頭におしゃべりが過ぎると、また、つらい思いをしなくてはなりませんので、これで筆をおきます。

《安藤報告》
 班員の皆様、明けましておめでとうございます。本年も又いろいろお教えいただきますよう、よろしくお願いいたします。実験の方は先ず培養細胞に慣れる事からはじめなければならなかった昨年よりは少しでも多くの有意義なデータが出せるように頑張るつもりでおります。相変らず、4NQOと細胞との相互作用を調べ続けて行くつもりですが、今年は特に、その分子機構の段階迄すすめるべく張切るつもりです。しかしながら相互作用の分子機構がわかっても発癌の分子機構は気が遠くなる程の大きな距離を感じます。最近は医科研も東大紛争にまきこまれていますが、封鎖されない限り実験は続けます。以下最近の実験一つ記します。
 H3-4NQO処理L・P3細胞の核酸の分析
 先月号にH3-4NQOで10-5乗M 2時間処理のL・P3細胞のRNA、DNAの放射活性が、どのように分布するかの実験を書きました。その際2時間では長過ぎて、すでに修復反応が起ってしまっているのではないかとの疑問が出されました(堀川班員)。それに答えるべく行ったデータである。すなわちH3-4NQO添加後30分(修復反応がそれ程extensiveに起っていないで、しかも十分核酸に結合している時間)に全核酸を分離し、MAK-カラムにより4分劃に分け各々の比活性を測定した(表を呈示)。2時間の値は、先月号から引用したもの。両カラムを比較して次の事が云える。(1)tRNA、DNA、rRNAは、ほとんど同じ比活性である。(2)オリゴヌクレオチド分劃に於ては0.5時間の値の方が約30倍も比活性が高い。
 以上の結果の考察は次号にまわしたいと思います。

《永井報告》
 §肝癌細胞より生産されるtoxic metaboliteについて−第3報
 肝癌AH-7974を培養した培地には、正常肝細胞の増殖を阻害する透析可能(コロジオンバッグ)な低分子toxic metaboliteが存在する。前号で、このtoxic metaboliteの単離を試み、まずSephadex G-15でのゲル濾過分劃をおこなった。その結果、得られるFr.Iと の両分劃にのみ毒性効果が検出されること、毒性効果はfibroblastに対しては全く検出されないので分劃前の培地が示す毒性作用の特性を完全に再現していること、を報告した。現在、この分劃実験を再度試み、分離されるピークのパターンはかなりよく再現し得ることを確めることができた。500mgの透析外液凍結乾燥物より得られるFr.(I+ )の得量は32.9mgであった。これを現在Sephadex G-25で再分劃中である。又、培地のみの透析外液分劃をSephadexG-15で分劃したが、得られた分離ピークパターンはAH-7974透析外液の場合と一部違うピークパターンを示した。たとえばFr.Iと が溶出される以前に既に1つのピークが現われ、より高分子量成分の存在を示した。そのほか、Saltピークの直後に出現するピークはこの場合見出されなかった。Fr.Iと に相当すると考えられるピーク部分を集めると66.7mgの固型分が得られた。カラムには576mgの透析外液分劃をのせた。以上の結果からすると、培地中の透析可能な低分子物質のうち、分子量の比較的大きな成分は、AH-7974細胞によってとりこまれ代謝されるか、あるいは、細胞より分泌される分解酵素により分解されてしまうものと考えられる。現在、精製は進行中であり、詳細は次回以降発表の予定。
 御挨拶:以上のような具合で、仕事は快調に進み出したところで、私1個人の理由から一昨年からの約束でどうしても米国に出かけなければならなくなり、仕事を中断せざるを得なくなってしまいました。もっとも仕事は私の友人の星元紀君(教養・生物)によって引きつがれます。現在分劃精製中のものについての毒性検定成績は勝田班長よりいずれ報告されるものと思います。これまで長い間私のわがままを心よく許して下さった班長および班員の皆様に心より御礼申上げます。色々学ぶことが出来たのは大きな忘れ得ない収穫でした。帰国の際には又一層の御交誼をお願い致します。皆様の御研究の躍進を祈ります。

《山田報告》
 おめでとう御座居ます。昨年よりこの研究班に入れて戴き、種々御指導戴くと同時に、economical supportを戴き、願ったりかなったりで御座居ます。
何卒今年も宜しく御指導の程お願い申しあげます。
 新年号には新しい年を迎へての感想みたいなものでもとの事ですので、最近感じたことを一つ書いてみたいと思ひます。
 この話しは数年前ロンドンに居た時から始まります。1965年の2月だったと思ひます。朝から曇り勝ちで、午後から雨がぱらつき人出もまばらな或る夕暮でした。ロンドンの中央にあるハイドパークのはづれに建てられている第一次及び二次の戦勝記念碑をスケッチしたことがありました。雨はやがて密度を増し、街路樹の下で雨をさけながら漸く一枚の絵を(スケッチの写真を呈示)描き終った頃は、もう吾々家族三人を除いて誰れ一人居ないひっそりとした日没だったと思ひます。指先は氷りつき、文字通り臍まて冷きってしまった頃、漸く腰をあげ、近くのナイトブリッヂのキャフェテリアに飛びこんで暖い紅茶をすすりながら、入口で買った新聞をみて驚きました。 「Winston Churchill死す!」と書いてあるのです。第二次大戦を勝利に導いた偉大なる指導者であったチャーチルの死の日の夕暮に、その戦勝記念碑を、戦争に負けた日本の一家族のみが見守って居たと云う偶然を不思議に思ったものです。
 あれから4年近く過ぎました。最近、偶然その時に買った新聞Daily Telegremを見なおしてみて驚きました。こんなふうに書いてあるのです。
『Sir Winston Churchill dead peaceful end with wife & family at bedside.Queen's Message:Whole world is poorer』
 この新聞はあの日に読んだ筈です。あのパイパア、パイパアと叫ぶコックニイの新聞売りから買ったこの新聞は一入の感慨を持って読んだ筈です。
 にもかかわらず「世界は貧しくなった」と云う女王のメッセージに何の抵抗も感ずることなく読んで居たのです。それ故この文章が記憶に残らなかったと思うのです。
 勿論このWhole worldと云う意味は多分に英連邦を意味して居るとは思うのですが、その裏には依然として世界をリードして居ると云う過去の大英帝国の意識と、自信が現れて居ることは事実だと思ひます。それよりも問題だと思うのは、そして驚きに感じたのは、私自身のこの記事に対する感じ方なのです。「イギリスに住むと、知らず知らずに、イギリス人の自信が己れみづからのものになると云う心理なのです」。
 そして何の抵抗もなくチャーチルが死んだことにより世界が貧しくなったと、素直に感じるのかもしれません。そして日本に帰るとそんな自信は喪失して、その言葉が奇異に感ずるのかもしれません。自信などと云うものは所詮そんなものかもしれません。



編集後記


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