【勝田班月報・編集後記】
7001:◇とうとうやられました。大晦日から熱の出ていたのを、元日の午後に医科研に出かけてこじらせてしまい、その晩から5日まで、完全な寝正月でした。典型的なインフルエンザで、38℃台の熱だけが主症でした。こんなに寝たのは10年振り位ですが、鬼のカクランだとか、人間であるのが判ったとか、影の声はうるさいものです。暮に家内の兄がインフルエンザをこじらせて、肺炎から心疲労のため急逝しましたので、家内も一生懸命サービスしてくれました。 ◇今春は、病理学会も培養学会も大阪ですが、萬国博のあおりで、泊るところが空いていないとの噂も高いので、果して学会がやれるかどうか。
◇永井君は暮の28日に帰国しましたが、目下風邪で休んでいます。香川靖雄君は無事アメリカ着とのことです。
新春を迎えて:
皆さん、おめでとう御座います。1970年と、遂に70年代に突入しましたね。
ふりかえってみますと、この月報の第1号の発行された年が1960で、実に感慨無量です。6月17日発行となっていますから、この5月で満10年経ったことになります。人の出入りこそありましたが、皆で力を合わせてよくここまで歩んできたものです。
物事を仕とげるには10年が単位だ、とよく云われていますが、これまでの10年間での我々の成果の内、最大のものはやはり“培養内での化学発癌実験の系を樹立した”ということでしょう。
今后の10年間に我々がどんな成果をその上に積み上げ得るか、楽しみであるとともに、ますます責任を重く感じなければならないと思います。
歴史的にみても科学の進歩はめざましいもので、Kochが細菌を発見してから未だ100年経っておらず、組織培養法も、それらしいものが形をとってきたのは今世紀の初めです。残生だけであったのが、細胞の増殖をひき起せるようになり、組織片単位でしか培養できなかったのが、細胞単位で扱えるようになり、さらに1コの細胞からの純系培養も可能となり、異なる細胞のF1も作られ、そしてここに細胞を化学発癌剤で確実に変異させられるようになったのである。
殊に過去20年間の培養界の進歩を考えると、今後10年間にどんな躍進がなされるか、想像を絶するものがあるかもしれない。我々としても、たえず前進していなければ取残されてしまう。ましては他をリードして行こうと考えたら、並大抵の努力ではなし得ない。
年頭にあたって皆さんお互いによく覚悟しましょう。
7002:◇この建物の4階の癌体質研究部部長の斎藤教授がニューギニアに“かび”の調査に行ったまま、予定日になっても帰ってこられないので、あの山奥の人喰人種に喰われてしまったのであろう、と目下研究部では専らの噂です。肥っていて見るからに旨そうですし、ロックフェラーの息子が近年喰われたという報道もありますから、かなり真実に近いのではないかと、一同目をこらし、耳をすませているところです。 ◇東京は永いことカラカラ天気で、そのあと気狂い低気圧で少し降ったと思ったら、またカラカラがはじまりました。どうも原爆実験に世界中が支配されてしまったのではないでしょうか。
◇1月31日に長女の息子が生まれましたが、こんなのは決してお目出度くなく、絶対にオジイサンとは呼ばせない、大兄さんとか、親々とか、色々の説が出ているところです。
《巻頭言》
“LYSOSOMES IN BIOLOGY AND PATHOLOGY"
“なぎさ”発癌説、あるいはcell hybridizationなどについて考えると、どうしても関心はlysosome及びその機能に向けられてくる。ふだんは外界から取込まれる異物を分解する酵素をそなえているにもかかわらず、ときには分解せずに、極端な場合には遺伝物質の融合さえも許す。あるいはその分解酵素の作用で、その細胞自体をも自己融解する。この辺の機構がもう少し解明されると、発癌機構の研究にも大いに役立ってくるのは当然である。発癌剤と細胞成分との結合にしても、薬剤が細胞にとり込まれて最初にぶつかる成分がlysosomeであるから、なぜlysosomeが細胞質あるいは核までもの薬剤の侵入を許すのか、生死判定に用いるdye
exclusion testにしても、なぜこういう場合には細胞成分と結合させずに素早く細胞外に追出してしまえるのか、考えると誠に興味のつきない対象である。
7003:◇医科研の新館ももうほとんど出来上りました。やっぱり二つ並んでみると立派に見えます。こんど御鑑賞下さい ◇Texasへ行く準備も徐々ですが進んでいます。Dr.LeoSachsなどと初対面の勝負ですから緊張します。こちらは肝細胞の悪性化というテーマを与えられていますから、いくらか優位の態勢にありますが、この機会に日本のTCグループの活躍をできるだけ紹介したいと願っています。最後の日にHoustonを早く飛び出してNewYork大学でセミナーをやりたいと思っていたら、昨日になって映画の予定表がとどき、その日の午前に私たちの映画を上映ということでおジャンになりました。CanadaのDr.Morganのところからまた招待の口がかかり、急遽予定変更です。Madisonでのセミナーを終えてすぐCanadaへ飛び、またすぐ飛び帰ってアメリカ・コロラドのDenverを経由、SanFranciscoのStanford大学へ行ってセミナーです。この前よりも密度の高い旅行になるかも知れません。胃が無事に保ってくれれば良いですがね。 ◇東京も大分暖くなって春めいてきました。もうすぐ桜のつぼみもふくらんでくることでしょう。 ◇前にきていた英国のお嬢さんから日本語の手紙が届きました。立派な書体で、間ちがいもなく、堂々たるものです。山田君、堀川君、松村君たちは舌でも噛んだら如何なものでしょうか。
7004:◇UICCの提出原稿の〆切が4月15日迄に必着というので、この数週間実に忙しい思いをしました。それで月報の発行がすっかりおくれてしまいました。 ◇当研究部に新しい助手が一人入ります。野瀬君といって、東大薬学の水野研究室で博士過程を今春卒業した男です。今後ともどうぞよろしくおねがいします。
7005:◇Houston行きが迫ってきて、何となくテンヤワンヤしています。よっぽど早目早目と準備したつもりでも、何かしら思いがけないことが起り、おくれを生じます。殊に映画の録音では、こちらの責任ではなく事故が起り、余計な手数がかかってしまいました。◇今年の癌学会も大いに張切って、我班から立派な仕事を沢山出しましょう。6月27日には、抄録の御用意できる方はCopyを作ってきて下さい。 ◇今年は月報の写真は16枚宛用意して下さい。
7006:◇3週間の旅行でやっぱり疲れました。Houstonのあとは、N.Y.へ行きN.Y.大学でDr.Green、Albert
EinsteinでDr.Eagleに初めて逢いました。次にMadisonに行き、McArdle
Lab.で色々な人に話をし、North ChicagoのAbbottという大きな製薬会社の研究所に寄り、Denverに移り(ここは週末で、休養だけ)、CaliforniaのStanford大学ではDr.Hayflickと逢い、最后にハワイで一晩泊ってRentacarを借りて島内をまわり、“オバサン"にサービスしました。Houstonを含め、合計8回しゃべり、講演料550ドルをかせいで来ました。Houstonの一般演題の部と、McArdleのセミナーは録音をとってあります。班会議のとき、前者だけでも御紹介しましょう。
《巻頭言》
第10回UICC国際会議に出席して:
Houstonにあつまった人たちは4000人近いとききましたが、その内日本人は400人に近く、街を歩いていても時々日本語が耳に入る始末でした。しかしそのなかの果して何人がきちんと演説をし、討論もできたかどうか、その辺にかなり問題があると思います。
学問的には、外人はもうすでに読んだことのあるような話ばかりで、すこしも面白くなく、これはまさに「お祭り」である、という一致した結論でした。日本人ばかり生まじめに少しでも新しいことを、と努力していました。
学会の運営はきわめてずさんで“東京のときの方がよっぽど良かった”ともっぱらの評判でした。当研究所の外科の人の発表のときなど、あらかじめ手紙で磁気録音の映写機を用意しておく、といったにも拘らず、用意してなく、大あわてでした。スライドを落したり、逆さに入れたりするのは朝食前です。
シンポジウムの方は、LeoSachsが実に実におしゃべりで、とめどなく一人でしゃべりまくっていました。SachsとHeidelbergerの部屋の仕事は、どちらもきれいすぎるので疑問をもつ人が多く、殊にSachsは、一旦腫瘍性をもった細胞がそれを失なったのを、revertantと称し、大ぜいの人に攻撃されていました。いずこも同じようなものですね。Sanfordの話は4年前にきいたのと全く同じようで、血清の種類により自然発癌率がちがう、という類いでした。Heidelbergerの話は、例のMondalとの連名で出した仕事で、小さなカバーグラスに細胞を1コずつ附着させ、それをMCAで処理すると、高率に癌化するというのが主体でした。黒木君のは日本にいた時の仕事で、皆さんもよく御承知のところです。小生はDAB系の仕事から4NQOにいたる班のこれまでの仕事をまとめて、紹介しましたが、上皮性の細胞を悪性化させたという点で注目され、司会者のDr.Geyも特にその点を強調して紹介してくれました。
7007:◇暑くなってきましたね。しかし頑張りましょう。8月号用の原稿は8月5日までにおねがいします。
7008:◇研究費が9月10日ごろ届くだろうというニュースがたった今入りました。例によって若干のおくれがあると思いますが、一応その位だろうということは御承知おき下さい。届き次第に各班員の皆さんにお送り申し上げますから、そのとき同封する注意書きに従って落度のないように処理して下さい。◇黒木君から最近手紙がきて、仕事が仲々うまく行かぬとこぼしていました。例のMondal
& Heidelbergerの仕事やChenの仕事の追試が少しもうまく行かず、自分で作った株でtransformationがうまく行ったと思ったら、3週后にはそれもspontaneous
transformationをおこしてしまって、がっかりとのことです。我々のグループは主にラッテを使っているので、その点の心配はずっとすくないことは有難いですね。彼は2年以上居ようと思っていたが、これではwaste
of timeだから早く帰ろうかとも考えはじめたと書いていました。 ◇イタリーのPadova大学から恒例の科学教育映画祭への参加勧誘状がまわってきましたので、Houstonへ持って行った映画を出してみようかな、と目下考えて準備しています。 ◇東京も暑さは峠を越えかけています。光化学スモッグの警報を出すことにしたと云いますが、そんなものを出されても我々は何をしたら良いのか、肝腎のところを教えてくれませんね。 ◇2年前の夏にきたことのある英国のお嬢さん、Miss
Frances Hunter(Ph.D)がまた先日やってきました。当研究部をbaseにしてあちこち歩いています。想不変かわいい人です。どなたか名のり出るbachelorはいませんか。とても日本びいきです。
《巻頭言》
癌化機構の研究の将来
培養内の化学発癌の実験系は一応は整ってきて、これを横に展開することは容易になった。しかし、前回の班会議で話したように、我々としては次の段階的進捗を図らねばならない地点に到達している。この我々の頭上にそびえている難関にむかって、どうすれば、水平ではなく、垂直方向に進み得るか、である。この際、想を深くこらし、できるだけ有効な途をかぎ分けて歩かなくてはならない。
この問題を大きく分類すると、まず根底としては、なぜ癌ができて、結果としてなぜ人間が死ななければならないか、であるが、第1段階の問題としては、どのような機序で変異細胞が生体内に生じ(その大部分は生体の綜合的抵抗によりselect
outされてしまうと考えられるが、実証はない)、残生し、増殖をはじめるか、である。第2段階としては、なぜその癌細胞が生体内で増殖をつづけることができ、或は転移巣までも形成できるか、である。第3段階は、癌ができることによって、なぜ患者が死ぬか、である。
これらの段階の問題は、さらに細分して分析的に考えなくてはならない。しかしいずれの場合にも、生体との相互関係をたえず念頭におきながら思考することが必要である。たとえば変異の時期だけでも、どんな機構で変異するのか、selecting
outの現象が実際にあるのかどうか(あるとすればその機構は?)。癌としてdormantなものがどうして活動をはじめるようになるのか。dormant状態の時期があるとすれば、なぜその時期において宿主は変異細胞を始末してしまえないのか。どんな原因で増殖を開始するのか・・等々である。
培養内で上皮性細胞、癌、を作ったという点で日本は世界をリードしている。このリードをうばわれないために、我々はさらにさらに努力を続ける必要がある。
7009:◇やっとのことで研究費がきました。皆さんさぞお待ちかねだったでしょう。例によって、その内、業績のあがり方に応じて班長手元金のなかから第2次配分をいたしますから、大いに張切って仕事をやって下さい。 ◇黒木君から先日便りがあり、ウィスコンシン大学もしだいに学内が騒然としてきて、この間はキャンバス内にある陸軍の数理研究所にダイナマイトが仕掛けられ、隣接の建物をふくめ、約600万ドルの損害だそうです。その上、また別にも仕掛けたぞ、との電話があり、やはりアメリカの学生は日本のよりも規模がちがうと思います。何しろ警官の方でもすぐに射殺してしまうのですから。
7010:◇いよいよ学会シーズンに入りましたが、皆さん如何お過しですか。今年は東京の天気も不順で、いやな毎日を送っています。 ◇このところ鬱病にかかって“とても癌などは、なおせないようだ”とぼやいています。誰が癒してくれる人はありませんか。
◇上に書きませんでしたが、班会議の最后にアメリカから帰朝された奥村氏にpm4.35より5.10まで体験談をお話して頂きました。班会議はpm5.10閉会でした。
7011:◇Dr.J.Leightonがその内あちこち廻って歩くと思いますからよろしくおねがいします。日本食とくにスシが大好きです。
7012:◇会計報告をこの前おねがいしましたように、1月末日までにぜひ送って下さい。訂正を要する報告も例年かなり見られますので。 ◇先日、当研究部の忘年会として、皆で箱根へ行ってきました。行った日はすごく風の強い日で、駒ケ岳の頂上にのぼったら、Dr.Leightonがすっとばされそうになり、奥さんに手をひっぱられて救かりました。しかしその翌日は無風の日本晴で富士山のきれいな姿を充分たのしみました。 ◇このときは同行、車8台でしたが、内1台がいきなり横から飛出した車にぶつけられ、ドアを大破しました。三重県からきたという自衛隊員の自家用車でしたが、女2人を同乗させ、口論していたため、頭にきたのだそうです。“女を2人のせたりするから当然の結果だ”と笑い合いましたが。 ◇1971年度はすでに班研究の申請を終了しましたが、1972年度については、このごろ小生少し考えているところです。当班も大分永く続きましたし、班を二つに分けて、例えば堀川氏に発癌関係をやる班を持ってもらい、私は正常腫瘍細胞間の相互作用の研究班を作るということも考えています。