【勝田班月報・編集後記】

7101:◇今冬は暮から正月にかけ、母と一家で南伊豆をまわり、母にとてもよろこばれました。しかしマイカー族のすごいラッシュで運転する方はクタクタになりました。バリバリ音をたてながら海岸線を突走る車も多かったのですが、同時に事故も多く、いたるところで車が裏返しになったりしていました。我々も仕事の上であまり暴走しないように気をつけましょう。 ◇この新春は当研究室では人の入れかわりが大分あります。名大からの留学生・横田君は帰り、こんどは東医大から新人がきます。有能なtechnicianだった新田君も大学の卒業準備のため1月一杯でやめるため、いま代りを探しているところです。てんやわんやというところです。
 《巻頭言》
 新年おめでとうございます
 我々の班もこの4月から3年目になり最后の年を迎えるわけです。したがって班としてのしめくくりにそろそろ入らなければならぬ時期になりました。
 その次の編成をどのようにし、何をねらうか、はいずれ班会議で討議するにして、いかに今次の班研究をしめくくるか、を考えなくてはならないわけです。
 たとえば発癌剤処理後、なぜ一定期間以上培養しないと動物にtakeされるようにならないのか(細胞数の問題か、悪性度の段階的進行か)。変異した系でもなぜtakeされないものがあるのか(抗原性の強度と細胞膜、接種部位などの問題)。さらにDNAの切断と発癌とにどの程度の相関性があるのか(生化学関係の班員は復元実験をしていないので、その修復につながるものであるかどうか判らない。DNAの切断後、その修復に際して果して本当に“mis-repairing"が起るものかどうか。DNA以外の因子が発癌に関連していることを検討しなくて良いかどうか・・・等々)。
 要するに我々は細胞生物学の研究をしているのではなくて、癌の研究をしているのであり、何とかして一日も早く癌を治療を可能にし、或は癌の発生を予防できるようにしなくてはならない。したがって細胞生物学的な手技で研究していても、たえずその奥の壁に癌の映像を意識しながら研究を進めることがきわめて大切であると信じます。
 我々は研究費が欲しいから班を作っているのではない。癌を制圧するために共同研究をしたいから班を編成しているわけです。
 その意味で、これから如何になすべきか、各班員ともよく沈思黙考して頂きたいと思います。

7102:◇どうも今回の班会議は欠席してしまって申訳ありませんでした。39℃〜40℃の熱がしばらく続いたあと、38℃台、37℃台としだいに下り、2月17日午后やっと退院し、家から通っていますが、まだ少し不安定で、少し忙しいと37℃台に戻ります。まあ当分はゆっくり出てきて早く帰る生活をするつもりです。入院中は、しゃくだから入っている内に論文を一つ仕上げてやれと思ったのですが、3割位残ってしまい、いざ出てみると他の雑事が押寄せ、まだ仕上らない始末です。それに今週中に医学会総会の癌学会の部の展示パネルのレイアウトも済まさなくてはなりません。

7103:◇医学会総会の展示パネルには、いやはや恐れ入りました。癌学会では“自然及び化学物質による発癌”をテーマに絞り、私は上皮性細胞のTC内癌化のパネルの作製と、且全体のレイアウトを依頼されていたのですが、各パネルの係が、てんでんばらばらの案で、しかもひどいのは、学会の展示とまちがえて、自分のデータしか出さないという人もある始末で、一々の人にあたって交渉し、或は上京して頂いたりして、ようやく3月9日にレイアウトだけは出来上ったのですが、まだ写真や図表の方が揃い切らず、これからも余波が続きそうで、とても病後静養など出来たものではありません。 ◇病気の方はお陰様で全身症状も良くなり、客観的所見としては、血沈と白血球数がまだ下らないだけです。 《巻頭言》
 癌研究について−きわめて随筆的に−
 世のなかに、癌の研究をしていると自称する人は多いが、その内果して何%くらいの人が癌の研究を本当にしているのだろうか。癌の細胞を道具にして、且それを口実にして研究費をかせぎ、なかば公然と“癌なんて看板だけだよ”とうそぶいている人がほとんどではあるまいか。そして、そのような人にかぎって、自分の家族が癌になったりすると“癌の研究者はいったい何をぐずぐずしているんだ”と云いたがるのである。真の意味で自分も癌研究の重要な一端を担っているのだという自覚がないのである。
 考えてみれば、臨床家は気の毒である。目の前に患者をかかえて、何とか可能な限りの最善の手をつくしてやらなければならないのである。駄目と判っていてもあきらめる訳には行かない。基礎の研究者は、その苦衷をよく察し、且自分自身の苦悩としてもっと感ずることが必要なのではあるまいか。ここに純粋な基礎的癌研究のほかに、基礎と臨床とのさらに進んだ歩み寄り、或は共同研究といったような、別の研究進展方向も、焦眉の問題として考慮に入れ、実行して行くべきではなかろうか。基礎の各領域のなかでは、病理学が色々の問題の提起者となっているが、それと同様に我々はもっと臨床家に癌の、及び癌患者の問題点について、その提起を求めるべきではあるまいか。
 癌の研究費の使い方、或は配分法についても、この辺でもう一回じっくり考え直してみる必要があるのではなかろうか。日本の癌研究の特徴として、班研究活動がまずあげられるが、それならばそれで、何故もっと徹底した班研究を奨励しないのであろうか。およそ存在価値を認め難いような研究班の多いことは残念の極みで、我々自身もこの辺で充分に反省する必要があると思う。

7104:◇三宅班員が健康上の理由から班をやめさせてもらいたいとの御希望ですので、4月からそのように取計らいます。その代り黒木登志夫君を4月から班員に入れたいと思いますのでよろしくおねがいします。
 《巻頭言》
 第18回医学会総会を了えて
 4月5日より7日にかけ、東京で例のお祭りさわぎが行われた。今年は会費がきわめて高くなったので、基礎はあまり出席せず、話はどうしても低い次元でしかできなかった。
 我々のもっとも縁の深いシンポジウムは“細胞のtransformationと癌化"で、司会は釜洞醇太郎教授であった。演題は次の通りである。
 DABによるtransformation       佐藤 二郎
 4NQOによる培養細胞のtransformation 佐藤 春朗
 化学物質による細胞のin vitro悪性化 山本 敏行
 RNAウィルスによるtransformation   山本  正
 DNAウィルスによるtransformation 内田清二郎
 2番と3番の間に追加討論として、角永君が4NQOの仕事を一人前以上にしゃべった。
 内容はあまり新しい話ではなく、きわめて啓蒙的であったが、きわめて印象的なのは、病理関係と微生物関係との間で“transformation"という語に対する解釈が全く相異していることであった。すなわり。ウィルス屋は、transformation=malignant transformationと考え切っているのである。これは前夜の予行演習で判ってお互にびっくりしたとのことであるが、そのまま席上まで持ち越され、結局パネル討論もなしに、統一のないバラバラの話で終ってしまった。司会者が“自分は編成が決ってから押付けられたのだから”と投出してしまっているのだから、話にならないわけである。次にまたお話しにならないのは、聴衆からの質問や討論がさっばい無いことである。(仕方ないから私ひとりで頑張ったが)。つまり聴衆のレベルが非常に低いことを意味している。
終って考えてみると、このような3万人もあつめ、東京中の会場や宿を全部占領してのお祭りさわぎが、果してどれだけ医学に貢献するものであろうか、何かもっと別の方法の方が、適しているのではあるまいか、ということになる。

7105:◇班長の独断ですが、杉村隆教授の門下の佐藤茂秋君を班友として迎えたいと思います。同君は昭和40年東大医学部卒で、現在aldolaseとhexokineseのisozymeの分析をやって居られます。癌細胞の像について仲々面白いことを見出しているので、今後発癌過程の細胞の変化をしらべて頂くことになるでしょう。次の班会議のとき御紹介します。
◇Dr.Joseph Leightonの旅先からときどき便りが届きます。パリでは日本人旅行者が多いのでびっくりしたそうです。 ◇東京は桜が終って、いまツツジのシーズンです。医科研のキャンバスでも実にきれいに咲き乱れています。 ◇花が咲くのが美しいというのは我々の自分勝手な考えで、何も人間に美しく見られたいために咲いているのではない、ということを忘れては困りますね。細胞も同じことで、その気持が判らなければ何をやっているのやら判らなくなってしまう訳です。“細胞よ、何処へ。”

7106:◇今春のTC学会に出席しなかったら、やっぱり落着いて仕事がはかどり、実にうまい具合で、やっぱり学会なんか多すぎるのは良くないことだと痛感しました。 ◇山田班員が英国から絵はがきをよこし、Londonの学会も終って、これから本業の絵描になるような様子です。

7107:◇どうもこの号の班会議はあまり議論が盛り上らず、面白くなかったですね。少し夏ぼけというところかな。 ◇班のシリーズの第13報が(安藤、加藤、高岡、勝田)、International Journal of Cancer,vol.7(No.3),P.455-467,1971に出ました。L・P3及び
JTC-25・P3細胞のDNAへの4NQOの結合の論文です。いまもinositol要求に関する論文をかいていますが、皆せっせと書きましょう。

7108:◇東京はいま猛暑のさかりです。◇朝の出勤でも、車から降りると汗がダーッと流れます。皆さんお元気ですか。もうちょっとすれば涼しくなりますから我慢しましょう。◇今年はどうした訳か文部省から研究費が例年より早く届いてびっくりしました。例年といっても昔は6月末までには来ていたのですから、このごろの怠慢ぶりが少しは改善されてきたというだけのことでしょうが。 ◇黒木班員が9月4日羽田着で帰国するそうです。彼のことですから色々と帰国談も面白いことと期待しています。9月の班会議がたのしみですね。 ◇11月の組織培養学会を担当する梅田班員からシンポジウムの内の一つの司会をたのまれました。目下演者を考えていますが、化学発癌に関するものです。 ◇この秋は、財団法人“高松宮妃癌研究基金”が東京で国際シンポジウムをひらきます。そのなかの培養内化学発癌のsessionのspeakerに私がえらばれました。主として前に班会議で提議した“悪性化のparametersへの疑義”について話したいと思っています。
 《巻頭言》
 Dr.Hans Lettre逝去さる
 我々が1966年に東京で“International Conference of Tissue Culture in Cancer
Research"を開催したとき、御夫妻でドイツから出席されたDr.Hans Lettre。その奥さんから数日前黒枠の葉書が届き、去る7月27日に御夫君が急に狭心症で歿くなられたとのことです。Dr.はGottingen大学を1932年に卒業され、化学、生化学、微生物学を専攻されたPh.D.で、Heidelberg大学の教授であり、Heidelbergにある実験癌研究所の所長でした。行年63才。ドイツでの癌のボスでした。
 まことに惜しいことをしました。早速、日本組織培養学会の名と私個人からとで弔電を打っておきました。
 心から追悼いたしましょう。
 ドイツは日本とちがって、ボスが死ぬと研究所は解散してしまいますので、奥さんをはじめ、残された人たちは路頭に迷うことになります。きびしいものです。

7109:◇この4月の午后黒木君がやっと帰ってきました。18日の班会議には出席できますから、久方ぶりで御歓談下さい。おそらく9月10日附で医科研に移ることになるでしょう。オバサンはもう嬉しくてワクワクしています。やっぱり若い人の方が良いらしいですね。アメリカにおける最近のTC内発癌の研究状況をこれからよく説明してもらいましょう。これを書いていたらオバサンが覗き見て私の右のホッペタをつねりました。癌になるかも知れません。 ◇18日には山田班員がマグロのトロ提供の予定。
 《巻頭言》
 癌はどうしたら癒せるか?
 佐々木研の人たちを中心として癌の多様性が見出され、制癌剤は、今日の段階では、癌細胞集団のすべてを殺すことは不可能ということが明らかにされてきている。汎方向性をもった画期的な薬剤でない限り、この方向でのアプローチは絶望的ではあるまいか。とくに癌細胞の正常細胞とは異なる決定的な特性が未だ掴まれていない今日、非常に困難な途である。もちろん我々はその特性の解明には努力を続けなければならないが。
 放射線などによる治療は、周囲の正常組織を障害することが必至であるし、場合によっては反って癌化させている可能性もある。
 残る途として今日考え得ることは“今日の段階では”免疫しかない。宿主の抵抗力にたよる他はないようである。これははなはだ無力な発言のようにひびくかも知れない。しかしこれまで克服されてきた病気のほとんどは、医者が癒したのではなく、患者自身の抵抗力によって治癒したものということができる。但し、免疫といっても、これまでの癌免疫屋のような考え方、研究の進め方では、何百年経っても癌は癒せないであろう。もっと全然別個の観点に立って、考想をこらした研究でなくてはなるまい。

7110:◇山田班員御手料理のまぐろのえらの刺身は美味かったですね。腕前も見事で一同感嘆しました。どうもありがとう御座いました。 ◇いよいよ癌学会が迫ってきましたね。最後の追込みに皆さん入っておいでと思います。しっかりやりましょう。それにしても癌学会の報告にTCのふえたのはおどろくべきものですね。去年よりももっと多くなっているでしょう。アメリカ式に数だけは増えて行くのでは困りますがね。

7111:◇12月号の原稿をお忘れなく11月30日迄に必着でお送りください。 ◇11月16〜
18日と高松宮妃基金の国際癌シンポジウムが東京で開催され、当班の関係者では、勝田、黒木、梅田、安藤などの諸班員が出席しました。 ◇東京も寒くなってきました。医科研の庭もきれいな紅葉が目を楽しませてくれます。沖縄問題に関して色々とさわがしい時節ですが、自然はどうしてこんなにきれいなのでしょうか。

7112:◇1月号の原稿は1月7日までに到着するように送って下さい。新年の抱負も書いて下さい。 ◇歳末が迫って東京もゴタゴタ混雑して困っています。 ◇ニトロソ化合物がすっかりジャーナリズムにさわがれ、一般の人はこれで癌の原因が全部判ってしまったと思っているようですね。