【勝田班月報・編集後記】
7301:◇東京はお天気は好いのですが、さすがに次第に寒くなってきました。 ◇梅田班員が元日に日本へ帰って来られて、班も大分メンバーが回復した感じです。Dr.Iype式の肝の培養法も近い内にじっくり教えてもらおうと思っています。 ◇癌の基礎的研究シンポジウムについては、あと1週間後位にプログラムが来るそうですから、すぐコピーを作ってお送りしますが、2月8日(木)、9日(金)ですから御承知おき下さい。
《巻頭言》
新年おめでとう御座います。
1973年がきましたね。皆さん、どんな御心境でこの新しい年をお迎えになりましたか。 我々は癌を治したいと願い、その線に沿って努力してきました。しかし実際の成果として、我々はどこまで到達したでしょうか。振返ってみると、その進歩の遅さに我ながらがっかりするのではありませんか。
ある意味からいえば、癌の研究は色々の領域において、行きずまり行き悩んでいるのではないでしょうか。
このような状況にあるときは、じっと想をこらして、たとえ一つ宛でもその壁を打ち破ることを考えなくてはならないでしょう。飛躍的な、これまでの次元をとび越えた考え方を得るようにすることが大切でしょう。平面的な、横への広がりばかりでは駄目です。これはやはり、自分の手で癌を治さなくてはならない、という決意が根底にないと生まれてこないことだと思います。
癌の研究を細胞レベルでするということは、実に有効な研究手段で、かってはとても不可能とされていたことですが、それが次第に可能になってきた訳で、その進歩の跡を顧みても、今後の進歩の可能性が示唆されていることが判ります。これから10年、20年后にどんなレベルに達しているか、他人事ではなく、自分たちがそれをやらねばならぬ仕事として、熟考する必要があります。
我々の最も近い内に仕上げなくてはならない仕事の一つとして、培養内の化学発癌の実験系を、色々な細胞と各種の化学発癌剤について、もっともっとしっかり確立することがあります。そして、自然発癌と化学発癌との関連性の追究も焦眉の問題です。今年こそは何とか重要な一歩を踏み出せるように、力を合わせて努力しょうではありませんか。
7302:◇“In Vitro"という雑誌が手に入らないので困っていましたが、昨秋小生がアメリカのTC学会に入りましたので、今后は自動的に入ってきます。コピーの御必要の方はどうぞ。 ◇今年6月初旬にボストンで開かれるアメリカのTC学会に演題を2題提出しました。一つは私の肝癌の毒性物質、もう一つはうちの野瀬君のDNase、Alkaline
Phophataseなどの細胞より培地中へのreleaseの問題です。これまで貯めてきた金で彼の飛行機代だけは出すということで、彼も行くことになりました。若い人にそのような経験をさせておくことは良いことと信じます。
7303:◇4月号用の月報原稿は3月31日までに届くようにおねがいします。どうぞお忘れなく。 ◇医科研の地域は一番良質の重油しか使用を許可されません。ところがそれが品不足のため、時々暖房が止まります。今年は暖冬だからまだ助かりますが、これから先どうなることでしょうか。原子力暖房でも考えることになりますかね。 ◇今月末に内地留学で当研究室にきている、阿部君(岩手大)、渡辺君(東京教育大)、丸野内君(三菱生命研)が卒業して帰ることになります。研究室も大分淋しくなることでしょう。
7304:◇桜が咲きはじめ、もうすぐ満開です。今春は病理学会をスキップしたので、ゆっくり仕事をして居られます。いま今年5篇目の論文をかいているところです。Rat
thymusreticulum cellsの第1報です。 ◇3月末で国内留学生がtraining
courseを終えて続々と帰り、当研究室もずいぶん閑散としてきました。 ◇いまアメリカのDr.Hayflickを日本に招待するべく色々の努力を続けています。推薦状を、培養学会、ウィルス学会、病理学会、癌学会、細菌学会からもらい、それに主推薦者として当研究所から申請しましたのでかなり有望と思います。若し旅費がとれたら10月ごろ、日本の各地でseminarをやってもらおうと思っています。どうぞそのときはよろしく。
7305:◇がん特別研究(I)が決まりました。今年度は850万円+25万円(高木班員のところの若い研究者の分です。文部省からの正式通知が東大本部までは来ているのですが、そこでぐずぐずしていて未だ当方へは届いていません)
《巻頭言》
吉田富三教授の御逝去
吉田先生がなくなられた。杏雲堂に入院して居られて、大分軽快されたので、間もなく御退院と伺っていたのだったが。
先生は福島県の御出身で、非常に賭ける精神に富み、運の強い方だった。
佐々木研究所では、実験的肝癌など出来るか判らぬとき、敢然と立向われた。
その後長崎(当時医専)の教授に招かれたとき、先生は長与先生のところに相談に行かれたところ“長崎は良いところだよ。行きたまえ。”と即座に答えられた。そこで決断して長崎に赴任されたのだが、実は長与先生の郷里は、長崎のすぐそばの長与村だったのだ。しかし吉田先生はそこでも精力的に発癌実験をなさり、長崎肉腫(吉田肉腫)を作られた。そこに東北大教授の口がかかり、郷里の東北に戻られた。ところが長崎で後任の教授が講義をしておられた最中に例の原爆が落下、教授は学生諸共爆死された。吉田先生にとっては実に運の良い話であった。
先生は御自身の研究成果もまことに立派なものであったが、癌の世界の後輩たちの世話も実によくして下さり、全癌研究者はその恩恵に浴してきたので、全員が御逝去を悼んでいる。
7306:どうも今度の班会議は発癌以外の話が多くなってしまって困りました。しかしこれも一時的な現象と思ってあきらめています。7月号の月報は6月末必着で送ってください。7月の班会議もお忘れなく。
7307:◇そろそろ夏らしくなってきましたね。先日アメリカへ行った時は暑かったり寒かったり、変な気候でした。そのときの色々な話はこの次の班会議のときお話しします。◇癌学会のシンポジウムが本号1頁に記したように開かれましたが、どうもあまり面白くありませんでした。細胞生物学とか生化学とかには貢献するでしょうが〔癌を治す〕という方向に果してどれだけ貢献するか、またその意識がどれだけあるのか、聞いていて淋しい思いをしました。
7308:◇今日は当研究室の創立記念日、無菌祭の日です。考えれば昭和25年の8月4日に第1号の培養を初めて以来、ずい分永い間培養をやってきたものです。そしてウチのおばちゃんの髪に白い毛が混ってきても仕方がないでしょう。実習生を一人仕込み、班会議の月報の速記を一つするたびに白髪がふえてきたのだそうです。私の飲むこととは何の関連もありません。(当局はこの通報に関して一切責任を持ちません。テープは自動的に消滅されます。) ◇この間、今年になって9番目の論文を仕上げました。今年はまだまだ書けそうです。皆さんもしっかりやって下さい。 ◇クローム硫酸のたれ流しが問題になっていますが、うちの松村君が考えたアイディアで、クローム硫酸から出した容器を洗った水にアルミホイルの使い古しを入れて一晩位おくと、6価から3価、さらに0価位にまでにクロームが変化し、問題にならなくなります。液の色も消えてしまいます。ガラス器の洗浄には何といってもクローム硫酸が最高ですので、当研究室ではこの方法を用いています。
7309:◇暑いですね。うちでは15年位使ったクーラーがとうとうパンクしてしまい、あわてて新しいのを買いました。残り3台もパンク寸前のようです。予定外の金がかかるので困っています。 ◇東京は近い内に大地震がありそうだと、みんな恐慌をみたしています。皆さん如何ですか。
《巻頭言》
長く暑い夏:
こういう言葉がよく使われて居る。癌の研究のことを考えると、まさにこの言葉がそのままあてはまるような感じがする。何とかせねば、と思いながら研究が仲々進捗せず、じりじりとする気持を抑えて研究を続ける。長く暑い道程である。
8月6日午后、癌研究所において、文部省がん特別研究の班長会議が開かれた。その世話人は故吉田富三教授に代り、桜井氏が任命された。この件に関して私はずい分異論をとなえ抗議した。
1) 任命前に全班長に相談してしかるべきであったのではないか。
2) 癌研の所長という意味、M.D.という意味からむしろ新所長の菅野博士の方がふさわしいのではないか。(桜井氏はPh.D.)。
〔文部省の返答〕 桜井博士の方が年が上だったから。
〔私〕 年が上というなら一杯人がいるでしょう。医科研でも斎藤教授や山本教授がいる。(この発言が、さも医科研勢がこの権力の座を狙っていると大阪勢に思われ、あとであいつには来年度の研究費は出すまいという声になったという。)
3) これだけ沢山の班がありながら、そのなかのどれだけの班が本気で癌を癒したいと思っているのか、私には判らない。
こんなことで私はあとで山本教授からさんざん叱られました。しかし何故この発言が悪かったのか、いまだに私には理解できません。殊に私の強調したいのは、政治ではなく、癌患者を癒す方向にみんなちゃんと向いて欲しいということです。現在では癌を道具に使って、研究費をかせぐことばかり考えている研究者が多すぎます。それらは何らかのたしにはなるでしょうが、切迫感がありません。そういう連中にかぎって、自分の子供や奥さんが癌になると、大さわぎすることでしょう。自分の怠慢を棚にあげて。
7310:◇いよいよ秋らしくなりましたね。明日から癌学会で、いまごろ皆さんさぞ大忙しでしょう。しっかりやって下さい。それに月末には組織培養学会も控えていますからね。◇私はいま今年に入って10番目の論文をかいています。吉田富三先生の記念号としてGann
monographを出すというので書かされるのですが、新しいことは余りなくて恥しい次第です。 ◇窓の外に飛行機の音がきこえます。あんな風に人間が空を自由にとべる時代になったのに、どうして我々は癌を癒せないのか、これまた恥しい次第です。
7311:◇東京も大分さむくなってきて、研究室のなかで風邪が流行して困っています。皆さんもどうぞお身体をお大切に。 ◇いよいよ明後日(7日)に台湾に出かけます。ほんの短期間、11日までの旅行ですので、本当のカケ足旅行ですが、国交がなくなったからといって、公用旅券を出してくれず、はじめて私用旅券で出かけます。むごいものですね。あっという間に手のひらをひっくりかえす感じで、びっくりしました。こんどは女房がぜひ一緒に行きたいというので、むこうにもさぞ迷惑をかけることと思いますが、私とても足に鎖をひきずって行く感じです。
7312:◇私の手ちがいで、11月迄に送って下さった原稿が12月用にまわってしまったのが若干あります。御寛容下さい。