【勝田班月報・編集後記】

7401:◇乾班員の夫人が1月6日(日)夜、Influenzaで急逝されました。小さな子供さんが2人残されて、乾君もこれから大変なこととお察しします。梅田班員が班を代表して御葬儀に参列してくれました。 ◇東京は連日晴天で、乾燥しきって居ります。先日ごくわずかの雨と雪が降りましたが、公式にはこれは雨量零と記録されました。今も依然として冬型の気圧配置ですので、いつになって雨が降るのやら、皆目見当がつきません。火事の心配だけでなく、健康にも良くありませんね。  
 《巻頭言》
 新年おめでとう御座います。
 と云いたいところですが、研究費の増額よりも物価の方がはるかに何倍も値上りし、実質的には研究費が減額されたのと同じことになってしまいます。
 アラブがくしゃみをすると、こうも日本の経済がガタガタになるとは、何とも情ない極みです。日本には本当の政治家が存在しないということですね。苦難の年になりそうですが、しっかりやりましょう。

7402:◇Dr.Hayflickの来日の希望がきわめて強いので、何とかしてそれをかなえて上げたいと、努力しています。しかし仲々金が集まらなくて困っています。 ◇東京はこの間の降雪が終って、そのあと、また降る、また降るとおどかされていますが、さっぱり降りません。前の雪はまだ陰のところに残っています。 ◇班会議を月の初めにやるとなると、どうも前月の月報の原稿の集まりが悪くて困ってしまいますね。

7403:◇皆さん大変御心配をおかけしました。もうすっかり気分が快くなって一日も早く研究室に出かけたいと思っております。まあ少し働き過ぎたから、一寸休息をとるつもりです。 ◇世の中の物価上昇は困ったものですね。昨年の始に60万円で買えた日立のクリーンベンチを今年になって見積らせたら、何と110万円になっていたということです。科研費のベースアップも、この位上昇するといいのですがね。出る方ばかりが、上昇するのは困りものです。 ◇Dr.Hayflickの来日は今年の秋9月ということになりそうです。資金集めも大分軌道に乗ってきました。講演と観光との盛沢山の旅行日程表を目下作成中というところです。

7404:◇思わぬ長い病院生活になってしまいました。朝は7時に食事、夕食が5時で、9時には消灯です。一日中“めし"を喰わされている感じで、2週間もつづけて1.5キロづつ体重が増えました。 ◇医科研のさくらが今年も見事に咲いたのにこの二日続きの雨でしょんぼりしています。天気さえよかったら、花の下で一杯と思っていたのですがね。
◇今週は交通関係のゼネストをやるようですね。誰と誰が来られるのか、ネズミの世話は大丈夫なのか、ドライアイスはどうなるのかと、今からヤキモキしています。 ◇「風が吹いたら眼医者がもうかる」という話をご存じですか。東京では風が吹くとアレルギー性結膜炎の患者が多発するそうです。アレルギーの原因は花粉だとか。

7405:◇もういつの間にか春も盛りをすぎて、我々の班も第3年度に入ってしまいました。ふり返ってみると、どれだけの能率をあげ得たか、慚愧にたえません。 ◇難波君も5月18日に帰国される由です。早速また班に入ってもらいましょう。◇京大の翠川氏が今年は班友として加わられます。

7406:2月22日に入院してから長い病床生活でうんざりしましたが、さる7月20日にやっと、4カ月振りに退院しています。まだ出勤の準備期間ですが、1日おきにタクシーで通っています。皆さん、お見舞ありがとう御座いました。 

7407:◇長い梅雨であきれますね。お陰様で私も大分元気をとり戻し、日、水曜の他は出勤しています。身体も大分動くようになったので今日から自分で車を運転してくることにしました。 ◇大雨があちこちに降った、というNewsを聞くと、ああ金沢はどうしてるかな、博多は、岡山は、なんて、いつも心配しています。 ◇まだ論文はかきはじめませんが、まず訂正ぐらいからはじめて、Polyamineの仕事のをかこうと思っています。とにかく、ここしばらくはpolyamineを相当突込んで行かねばならぬと覚悟しています。 ◇今年でうちの班も3年目ですが、来年以降どうするか、どんな方針にするか、大いに考えてみなくてはならず成果がそれに伴うか、惰性的な班では存在意義がないと感じているところです。 ◇癌センターの塚本さんが歿くなり、世の政治的癌屋立ちは大いに暗躍しているところでしょう。手先に使われないように機をつけて、仕事に専念しましょう。 
 《巻頭言》
 がん研究の将来の展望
 吉田富三先生が歿くなられたあと、沁々と感じるのは、吉田先生は実に良い仕事をなさったということである。山極先生は癌を実験の段階にもってこられた。これは大きなstepであり“がん"が初めて研究の対象としての舞台に上ったといえるほどである。吉田先生が実に多数の肝癌その他を実験的に作られてそれを“実験室のなかに持込み”得る状態とし癌の多様性を発見なさったということは、実にこれまた大きな新stepといえるのである。ここにおいて、吉田先生は初めは、癌を化学療法ですぱりと治せると考えられたらしいが、その後その“多様性”に目ざめられて、各研究分野の研究者を総動員して、少しでも何とかしたいと考えられたらしい。我々培養屋や生化学者やその他その他・・が拾われたのも“ワラをも掴む”悲壮な御気持だったのではないかと感じる。
 その御気持に対して、皆果してどれだけ奮起して思う存分努力したであろうか。どうも生化学者の悪口になっては気の毒だけれど、癌細胞を“材料”にして研究して、それが癌研究と思う人が多いのではないか。つまり、何とかして“癌”を治療し、予防する気は本当にはない・・という人が多すぎるのではなかろうか。勿論stepのできる陰には、そのような屑が一杯存在することは常であろうが。
 いま、ここに大きく要望されるのは“次のstep”である。如何にして“step"を作るか。なまじ横の展開を図るよりもいま本当に必要なのは、そのことではあるまいか。私は4カ月寝ている間にずい分色々考えたが、病気のときに考えることはあだかも夢の中の良い考えと同じように、或意味では病的なところもあるので、これからまたそれらを練り直して、場合によっては来年度からは新しい班を作り直すことも考慮にいれながら、考えて行きたいと思っている。
 いよいよ梅雨もあけようとし、本格的な酷暑が来るであろうが、皆さんも少し暑さで目でもさまさして、よく考えて頂きたい。

7408:◇待ちに待っていた研究費がやっと入りました。すぐ皆さんのお手許に届くように手配します。例によって新しい銀行口座を開いて預金してください。◇電気代の急騰のため、クーラーの使用が制限され、今年は暑い夏です。甲子園の高校野球がはじまって、何となく落着かないで困りますね。 ◇先日久振りに休みをとって、郷里の御殿場へ行って来ました。東名を走ったのですが、行きにトンネル内の工事でつまって、10kmを2時間かかり(時速5km)、これにはいささか参りました。お盆であちこちの会社が休み、都内の道路も空いています。

7409:◇あっという間に秋になり、またせわしない学会のシーズンになりましたね。留守の間に株が切れたりしないよう、よく御注意下さい。 
 《巻頭言》
 発癌剤について:
 我々が発癌機構についてしらべるとき、実験系のなかでは次の各段階の変化についてしらべなくてはならない。
 1)発癌剤による細胞の変化。
 2)細胞集団内での癌化細胞と非癌化細胞との間の相互作用。
 3)動物に復元接種されたときの癌化細胞の増殖と動物の腫瘍死。
 しかし、このどの段階についても、やればやるほど何だか訳が判らなくなってくるような感じである。1)についてみても、これまでの培養内発癌実験はほとんどが、対照群も時間的差はあっても、自然発癌している。つまり自然発癌しやすい系を使って、薬剤で引き金をひいている、或は自然発癌を一寸尻押ししている、とも考えられないことはない次第である。
 また、発癌剤が体内で代謝されてはじめて発癌性物質に変って働くようになる−という最近のもっぱらの知見に従えば、一種類の細胞だけを使っていても、その細胞がその薬剤の代謝能を持っていなければ癌化させられない訳で代謝役をする細胞とtargetの細胞とを一緒にまぜて培養するような工夫が必要となる。このことは、未知の物質の癌原性をしらべるときにもあてはまる。それならば何と何の細胞をまぜたら良いのかということが問題になるが、まず肝や腎などはこの役に使ってみるべき細胞であろう。こうなってくると、ある物質に癌原性がある、ということは云えても、無いということは簡単には云えない訳である。また動物の種類によって上記の代謝がおこなわれるものとおこなわれぬものがある以上、人間を対象として論議するときは、人間の細胞を使わなければ駄目ということになる。あらためてヒトの細胞の培養の重要性が再認識されてくることになる。
 2)と3)についてはまた機会をあらためて論ずることにしたい。

7410:◇癌学会(仙台)に行き、また1週間しない内に生化学会(岡山)に行きましたが、特にあまり疲れはしませんでした。岡山では合間に難波君に川崎医大を見せてもらいましたが、実に立派なので驚きました。アメリカの一流の研究所の内でも上の部ですね。その内、培養学会の研究会をやったら良いと思います。 ◇仙台では、学会に“生化学"が減って、“細胞"が増えたのにおどろきました。殊に組織培養が多くなり、人癌の株樹立の報告もかなり目立ちました。問題はそのような株を何の研究にいかに使うか、でしょうが。

7411:◇変な秋で、雨ばかり降ったりしている内に冬に入りかけましたね。この間ある新聞に面白い話が出ていました。第二次大戦の直前、日本の陶芸に魅せられたアメリカの青年が、日本各地を旅行したが、どうも日本の古い情緒が失われてしまっていて、がっかりした。そこで出雲の田舎の方へ行き泊ったところ、蚊帳のなかに青く光るものがあった。よくしらべてみるとホタルだったので、その旨を翌朝家人に話すと、そこの主婦が“お寂しいだろうと思ってホタルを入れておきました”と云ったそうで、実に感激したというのである。培養の仕事は茶道に通じるものがあるが、このような心根も何かしら相通じるところを感じさせる。 ◇論文を書くときは“この研究は文部省のがん研究費の援助によった”という文句ぐらいは忘れずに附けておいてください。もらうときだけはもらって、お礼も云わないというのは、それこそ日本人の心根に反するものです。 ◇培養学会も近附きましたね。皆さんにお目にかかるのを楽しみにして居ます。

7412:◇岡山の佐藤二郎君も無事にバンコックまではたどりついて、ヒトの肝癌の培養をはじめているようです。12月14日頃には帰国の由です。  ◇うちの松村君は無事にStanford大学に落着いてあとから妻子も渡米しました。大学の寮が借りられたそうで、家具、暖房付きなのでほっとしているようです。 ◇先日の培養学会はなかなか盛況でしたね。運営もうまく行って、ひどい時間のおくれもなく、まずまず成功だったと云えますね。◇学会で出しているAnnual Bibliographyの発行が面倒だから、もう止めようなんて若い連中が云い出しているそうですが、困ったものですね。日本で組織培養が盛んであり、且そのレベルも高いということが、世界中に知られるようになったのにBibliographyがいかに貢献したかを気付かないのですね。