【勝田班月報・編集後記】

7501:◇仕事にはあるテンポが必要で、これが崩れると、また建て直すのにしばらく時間がかかります。どうも正月というのは大崩れの因になり易いので困りますね。 ◇私も昨年は病気入院ですっかり崩れてしまいましたが、お陰様でこの頃はすっかり快調に戻り、軽い論文からはじめて、4篇、今年に入ってから1篇(これは去年暮からの持越しですが)仕上げました。テンポの崩れない内に、すぐ次のにかかろうと思っています。これはpolyamineの仕事なので少し緊張します。 ◇Polyaminesといえば、松村君の行っているDr.Hayflickの研究室の若い人が、この素早い定量法を見附けたと云ってきました。アメリカでは2、3年前からポリアミンブームでしたから、日本の生化学者たちもそろそろ真似をなじめる頃でしょうね。 ◇昨日岡山の佐藤君がやってきて話しましたが、あちこちの国でずい分タカリに逢ったようです。よっぽど金持に見えたのでしょうね。Thailandは新婚旅行で楽しかったようです。 ◇うちの野瀬君にスコットランドのDr.John Paulから来ても良いとの招待状がきましたが、金の入るのは、来年でしょう。

7502:◇PhiladelphiaのProf.Joseph Leightonが2/24にまた来日します。初め仙台へ行き、名古屋へ行き、京都、奈良、大阪と廻り、3/4に東京に戻り、3/5医科研でセミナーをします。4/9の朝、帰国します。御都合のつく方は、どうぞセミナーにお出かけください。pm3:00〜4:00で“Heterotopic urinary bladders in rats produced by an isograft inoculum
of bladder fragments and air"が演題です。 ◇今週の22日は私の発病の1周忌になります。御心配をおかけしましたが、目下のところ昨年よりはるかに元気ですので御安心下さい。 ◇今月末までに3月号の月報原稿を送って下さい。これが当班の最後の月報になります。来年度どうなりますか、とにかく頑張りましょう。 ◇UICCのfellowshipに黒木君が通りました。フランス・リヨンのIARCです。今年前半に出発でしょう。

7503:◇日増しに暖かくなってきましたね。東京でも梅が咲いています。Dr.Leightonは予定通り3月9日朝羽田発で帰国しました。全くやれやれです。1977年にまたSabarticalYearなので、もし出来ればまた日本に来たいと云っていました。 ◇いよいよ新班の審査の時期になってきましたが、何とか両方の新班が通ってくれると良いですね。3年間皆さんどうも御苦労さまでした。今後もしっかりやりましょう。 
 《巻頭言》 
 班の3年度を終えるにあたって:
 この月報で上記の班が3年目を終ることになる。ともに苦闘してきた仲間ともお別れである。勿論新しい班を申請しているが、その結果はまだ判らない。しかしその申請が通ろうが通るまいが、我々が癌の研究を続けるということは当然である。
 考えてみると、我々もずい分色々なことをやってきたものである。しかしどうも決定打といえるような仕事がない。癌はやはり難物であり、及び腰の仕事では駄目だということである。言葉をかえて云えば相手としては不足のない奴だ。これからも一生懸命やるだけの価値のある敵である。
 この班の前の班のとき、我々は肝細胞の培養内化学発癌に成功した。この班になったからは、ラッテ肺、ラッテ肝なぎさ変異細胞、ラッテ腹膜細胞などをニトロソグアニジンで培養内癌化させ(一回処理)、センイ芽細胞、肝細胞以外の細胞についても培養内化学発癌させることができた。また細胞電気泳動法についても新しい便利な方法を開発して、色々な癌細胞についての知見を得る事が出来た。次に新しい分解酵素の開発により、肝実質細胞の初代及び継代培養が非常に容易となり、今後の発癌実験に大きく貢献できるようになった。 昔は組織培養などは邪道とみなされ、いわば“草の者"的に扱われていたが、今日では色々の分野で必須の研究法とされるようになった。しかし一面、それに甘じて仕事への熱の入れ方が減った傾向があるのではなかろうか。チョコチョコと小手先でサロンサイエンスをやって、それで済ませる。それが“カッコ良い"と思っているわけである。
組織培養屋は今日ではもはや堂々と食って行けるようになったのであるから、私はこれからは彼らを甘やかさず、自分の実力で食って行かせる方針にしたいと思う。

7504:◇医科研はいま桜が咲きかけてとてもきれいです。京都もさぞきれいでしょうが、当研究室からは一人も医学会総会へは行きません。 ◇年度末の研究報告書がやっとでき上って、いまほっとして月報の編集にかかり、仕上げたところです。 ◇乾君が4月18日に再婚されます。おめでとう御座います。 
 《巻頭言》
 新班の発足にあたって
 いよいよ今月から新年度に入った。班が通るかどうかはまだ判らない。しかしどうであろうとも我々は今まで通りチーム力を結集して共同研究を促進したいものである。
 今後の命題としてはやはりヒトの細胞を使うということに一つの重点をおかなくてはならないであろう。しかしヒトの場合には上皮細胞の培養法がまだ開発されておらず、上皮細胞を使おうと思ったら、そこからはじめなくてはならない。それまでは非上皮細胞を用いての実験もしておかねばならぬ。一方、復元試験法の開発も必要である。これももう一歩というところである。要するに対照の接種の成績がはっきりしないのである。
 乾班員のはじめた経胎盤発癌の研究も今後大いに進展させるべき分野であろう。これはこんど仲間に入った三菱生命研の加藤君の協力の下にさらにさらに伸びて行くことが期待される。

7505:◇こんどの班会議は困りましたね。ストライキもしかし英国女王の訪日で或は回避できるかも知れませんね。 ◇今秋の癌学会は〆切期日がいつもよりも早いので、すこしまごつきますが、班研究の分はこんどの班会議のとき、提出と題名をきめましょう。用意してきて下さい。

7506:◇先日癌研の桜井氏より今年度のがん特 、 のリストが送られてきました。まだ文部省からは公式の通知がきませんが、とにかく、うちの班が通っていることは確実のようです。大蔵省が研究費の削減を命じているので、それでごたごたして遅れているようです。その位のことをはね返せないようでは文部省の存在意義がありませんね。

7507:◇またもや暑くて長い夏がきましたね。しっかり頑張りましょう。

7508:◇どうも今年は暑い夏ですね。暑中見舞に号外を1枚同封しました。誰もがヒヤッとしたそうですから、夏向きでしょう(今度は「学内調査班」で医学部教授の「醜聞」を追跡する岡山大学)。 ◇先日の朝日新聞に下のような記事が出ました。彼はかなりハッタリ屋なので他の人の追試を早く見たいものである。(がんの細胞には電磁場見られず:発癌に関する全く新しい理論が米国立のがん研究所のアルバート・セントジェルジ博士によって発表された。同博士によると、正常な細胞の増殖には電磁場が重要な影響を及ぼしているのに、がん細胞には電磁場がないというのである。電磁場がなくなると細胞増殖のコントロールがきかなくなり、癌化するとのことである)  
 《巻頭言》
 真似ごとは止めよう:
 他人が何か新しいことを始めるとすぐそれに飛びついて、ちょいと横に拡げるという研究者が日本には多い。右のマンガは非常に鋭くその点をついている(「ヤッパリ日本人に本物を見せるんじゃなかった。女王を大量生産し出した」−相も変らず日本人を物まね民族と、きめつけてウサをはらしている英イブニング・スタンダード紙のマンガ)。マウスを使った仕事がでると、ラッテで、ハムスターでと“本邦初演”をはじめる。全く情けない次第である。
 研究をはじめるときはまず自分の目的をはっきりと確認し、それに最も適した研究方法をえらび、或は作り、その上に立って“自分”の研究を築いて行くことが大切である。他人のアイディアの借物では、せいぜい横の面に仕事を拡げる位で、新しいステップを作るような縦の仕事はできっこない。

7509:◇どうも今年は残暑が続いて驚きましたね。今日はやっと峠を越しそうな気配になりました。 ◇この間の班会議は午前中は長く、午後は皆駆足で新しい形式をとりました。これからもこのような重点主義はときには面白いと思います。いよいよ癌学会が近付いて皆さんお忙しいことでしょう。大阪でお目にかかるのを楽しみにして居ります。

7510:◇月報を一つ出したと思ったら、すぐまた次の月報なのでうんざりします。いつもおねがいしているように班会議のときにきちんと抄録をもってきて下さらないから、遅れ遅れになってしまうのです。今月末は11月号用の〆切ですからお忘れなく。 ◇うちに実習にきている東大医学部の学生が電顕を大分きれいにとれるようになりました。来春の培養学会にでも出させようかと思っています。 ◇東京もだんだんと寒くなってきました。独協大でお目にかかるのを楽しみにしています。 
 《巻頭言》
 第34回癌学会総会に出席して:
 御承知のように10月1、2、3日と大阪のRoyal Hotelで癌学会が開催された。これまでの例で(たとえば東京UICC)、ホテルを使うと会場の広いのがなくて困ったので、今回もきわめて心配していたが、Royal Hotelは仲々良くできて、その点の心配は解消した。企画は成功したと思う。来秋の会長が山本正教授なので、我々は大いに手伝わねばならず、こういうことも心配の種なのである。
 日本の癌研究の流れをふりかえってみると、初めは化学療法万能で、ほとんどの研究費をこの面にばかり注いで、何とかして一発で癌を治せる薬を、と求めていた。ところがその内、癌の多様性が判ってきて、これではいけないと、癌とは何であるか、をしらべるようになった。生化学の面からの研究も激増した。それは華やかに見えたが、その内やっぱりどうにもならないことが悟られ、こんどは免疫学とウィルス学に移った。しかしこれも、どうも、ということで細胞学に移ってきている。近年における組織培養による研究の発表が、癌学会では実にふえてきた。これは良いことでもあるが悪いことでもある。粗製濫造にならないように、よく監視している必要があると痛感する。

7511:◇寒くなってきましたね。来年度の特 の研究費申請書をやっと昨日書き上げてほっとしたところです。毎年のことですが、うんざりですね。自分だけのことならもっと楽な稼ぎ方があったのですが、ずい分永い間苦労したなあと、つくづく思います。私がやめたら、あとを誰がやってくれるのでしょう。解散してしまえば良いと云えば、それも手ですが。 《巻頭言》
 日本組織培養学会について:
 先日独協医大で開かれた研究会は大変成功であったと思う。これは私だけの意見ではなく、他の沢山の参加者がそう云っていた。特にユニークなのは、Symposiumなどをやめて、Work shopにしたことだと思う。これまでのSymposiumは概してParaposiumに終っているのが多かった。それに比べればWork shopなどはまさに培養学会向きの催しであると感じる。ただ、ヒトの肝の培養は実に評判が悪かった。九大・仁保君の発表は、仲々しっかりしていると云われていたが、カナダのオンタリオ癌研に留学中になされた仕事であったためだろうか。吉田俊秀君の映画は私は4度目であったが、やっぱり面白かった。しかし私が不思議に思うのは、この映画のタイトルに吉田君の名前が全然出てこないことである。
 培養学会のはじまりの頃について私は話をさせて頂いたが、当初はきわめて進歩的にすべてを運営したのに、その後若い人たちがしだいに保守的な形に変えて行こうとするのはどういう訳であろうか。若いほど保守的なのである。下のコピーは“組織培養”という名の雑誌の10月号の編集後記の一部であるが、この雑誌が培養学会の機関誌的役割とは誰が決めたのであろうか。総会の承認も得ていないではないか。学会が一介の営業誌にサービスすることは全くない。雑誌を作るのなら、米国のIn Vitroとか欧州のExptl.Cell Res.のような国際的な雑誌を作ることを心掛けるべきではなかろうか。日本細胞生物学会ではすでにその線で歩き出しているのである。情ない規模の考え方である。

7512:◇あっという間に1年がすぎて、12月号の編集後記を書くことになりました。早いものですね。この1年間に何ができたと云えるか、反省にたえません。 ◇2カ月間国内留学で来ていた難波正義君が昨日倉敷へ帰りました。短い滞在期間でしたが、よく色々の成果をあげられ、我々もうれしくなりました。いまに続々と発表して下さることでしょう。 ◇東京もようやく冬型の気象配置に入って、晴天で寒風という日がつづきます。九大の高木班員がむかし悲しくなったという気候です。これを書いている私のそばで、うちのオバチャンがこわい顔をしてにらんでいます。何故でしょうか?