【勝田班月報・編集後記】
7701:◇9月の国際シンポジウムのために目下金集めをしています。九大の高木君が自研究室の卒業生から2万円ずつ、計30万円、他に日本ヘキストから20万円をあつめて下さって涙ぐましい努力に感激しました。現在までのところ約120万円あつまりました。目標は最低350万円というところです。何とか行くのではないかという見通しです。招待客にDr.V.J.Evansも追加して、外人(米国人ばかりですが)5人、日本人は山根、安村、勝田の3人、計8人で1日という予定です。場所は椅子が悪いのですけれど、医科研の講堂にしようかと思っています。その日の夕、新館ロビーでビアパーティにします。Dr.Hamも来るとの返事、たったいま届きました。
《巻頭言》
新年おめでとう御座います。
あっと云う間に1年が経ちましたね。その間にどれだけの仕事ができたか、省みると誠に恥しい次第です。急がなくても良いけれど今年こそ何とか良い成果をあげたいものです。 今年は5月19日、20日と川崎医大で、木本・難波組により組織培養学会が開かれます。盛会であることを望むと共に、我々の発表の準備も着々とやっておかなくてはならない時期です。
6月には当研究所で当研究部担当の談話会があります。9月26日は小生が担当で組織培養学会を開き、翌27日に国際シンポジウム“Nutritional
Requirement of Mammalian Cellsin Tissue Culture"というのを開きます。アメリカから4人を招待する予定ですが、そのうちNCIのDr.K.K.Sanford、アルバート・アインシュタインのDr.H.Eagleから出席する旨返事がありました。あとはDr.WaymouthとDr.Hamの返事を待っているところですが、こちらは目下金を集めるのに悪戦苦闘です。
7702:◇裏日本は大雪というのに、東京はカラカラ天気で、濡れたタオルも部屋にさげておくと、あっという間に乾いてしまいます。いつも癌シンポジウムの頃には東京にも雪が降るのが例ですので、皆さんお気をつけて下さい。 ◇9月に開催予定の国際シンポジウムについては、おかげ様でほぼ予定額の資金のあつまる見通しがつきました。開催できます。ありがとう御座いました。
7703:◇あっと云う間に3月になりましたね。今年は東京は大雪がふらないで助かりました。しかし火事の多いのには困ります。我々も火事には気をつけていますが、皆さんもどうぞ万全の御用心を。
7704:◇病理学会で岡山に行ってきました。難波君や佐藤君には大変お世話になりました。ありがとう御座いました。佐藤君の新しい研究室も見せてもらいましたが、きれいに改装されていたのでびっくりしました。難波君には小豆島に連れて行ってもらいました。寒霞渓のスカイラインは初めて通りましたが、すばらしい眺めで、感激して讃岐うどんをたべた上、カレーライスまで食べて、昼寝までしてしまいました。 ◇東京はこのごろ天候が転々と変り、今日は青空に夏のような雲が浮いています。私の家では58年ぶりに鯉のぼりがひるがえっています。
《巻頭言》
Muntiacus muntjak(ほえじか)
これはインドホエジカとも呼ばれるが、染色体数が♂7本、♀6本という、細胞学者にとっては、こたえられない動物である。
第1回の培養は1976-3-3:♂より、血液細胞、耳、内股皮下組織であった。第2回は1976-8-15:死産した胎児を動物室で凍結してしまった。8-21にそれをとかして培養したが、やはり増殖はおきなかった。
第3回は1977-4-4.am11:40出産、4-5.pm2:30新生児をネムブタールで眠らせて開腹;心、腎、肺、胸腺、膵、胃、膀胱、脾、胸骨、皮下の諸組織をとって培養に移した。恐らく♂と推定される。材料の分配は班員に限った:梅田、榊原、乾、加藤、永井、山田、勝田であった。同日夕方、親の♀は死亡した。親♂は返還するように手配した。腎は上皮様の細胞が活溌に増殖している。これはすぐにも実験に使える。胃はbacterial
contaminationを起してしまった。脾は形質細胞株の形態を示す細胞がふえている。胸腺は細網細胞様の細胞が増殖している。肝は残念ながら大変のぞみ薄である。
7705:◇医科研の庭も桜が散り、そのあとのつつじももう盛りをすぎて、すっかり初夏の装いとなりました。 ◇成田空港もごたごたして厭ですね。しかし本音をはくと、出国にも出迎えにもあんな所まで行くのはうんざりですね。 ◇この頃は高岡君がすっかり顕微鏡映画付いて、撮影は勿論のこと、編集までやっています。 ◇第12回班会議は7月頃にしたいと思いますが如何でしょうか。それから来年度の申請をどうするかも御相談したいと思います。 ◇勝田家に58年ぶりに鯉のぼりがひるがえり、研究室の皆さんにおいでを頂いて鑑賞しました。
7706:◇上記のように当班からの癌学会への出題がきまりました。 ◇いよいよ梅雨に入って、むし暑くていやな天気ですね。身体に気をつけて下さい。
7707:◇いよいよ本格的な夏に突入しましたね。私は毎朝“母と子の水泳教室”というNHKテレビを楽しんでいます。水泳の教え方もずい分進歩しましたね。我々も培養の教え方をもっと改良せねばならぬかと痛感します。
7708:◇来月の培養学会と国際シンポジウムの準備も大分進行しました。プログラムもでき上り、会員に発送しました。しかしおどろいたことに、郵送料が9万余円でした。会場もここの講堂の椅子を全部修理し、演壇の大きな机も取払い、トイレも改修しました。問題は250名収容のところに300名もきたりしないか、ということです。Abstractは写真製版にしました。校正の手数がかからないからです。記念品は全部で100余万円です。
《巻頭言》
癌研究は不要か?
先般癌の班長会議が開かれたが、癌研究グループに対する一般の反感の激しさから、癌研究に対する批判がかなり生まれていることが判る。
1)これまで、がん、自然災害が“特別研究"であったが、こんど環境科学というのが特定研究から昇格して特別研究になった。これは工学、無機化学のchemistsなどが中心となる。
2)癌関係では“総括班"というのができて、内部では桜井氏、梅沢氏んどが化学療法にあたり、放射線の梅垣氏もこれにあたる。外部では山村氏、橋本氏などがあたる。結局グループ別に総括委員を設けることになる。この場合の“総括"とは“批判"のことである。各グループは3カ年間の計画を桜井氏に提出する。(審査はしない)。
なお特Iの研究は3年間毎とし、50%はproject研究、50%は従来と同じとする。特 は従来と同じ形式とする。
Project研究というのは一部のボスが自分で考えた愚案を提出するだけのものであり、厚生省システムに近い。
研究成果の批判ということは、私がかって吉田富三先生に提唱したが入れられるところとはならなかった。判定がむずかしいというのである。こんどの連中は果してどんな構想をもっているであろうか。しかしこれよりもprojectの方にもっと問題がある。どうせ禄でもないideaを出すのに決まっている。Research
projectというものは、ごく大まかなものにしておかなくてはならない。こまかいprojectは研究者にまかせるべきである。さもないと厚生省の例のように、一部のボス連の金のとりっこに終るであろう。
7709:◇とにかくくたびれました。学会の次の日など昼寝を4時間余にわたりねむりこけました。そのあとも数日間は2〜3時間の昼寝をせざるを得ない状況でした。皆さん、本当に御援助をありがとう御座いました。
《巻頭言》
INTERNATIONAL SYMPOSIUM “SUTRITIONAL REQUIREMENTS
OF MAMMALIAN CELLS IN TISSUE CULTURE"
無事に終了:
さる9月26日の日本組織培養学会例会につづき、翌27日に国際シンポジウムが開催された。これは各方面からの経済的援助に支えられて開催できたもので、そのほか数多くの方々の陰の援助を頂いた。これは大変ありがたいことだった。
お陰様で学会もシンポジウムも大変スムースに成功裡に終りました。本当にありがとう御座いました。
総参加人員数は会員98人、非会員89人で合計187人。この内で開催を手伝って下さった方は、癌細胞研究部10人、その他の機関の方16人で合計26人。
人数があまり多いと医科研の講堂では収容できず、大変なことになると心配していたのですが、頂度良い位の人数におさまってほっとしました。
講堂の改造、カーテンのとりかえ、トイレの洋式便器、手洗いの手拭紙、その他色々用意しましたが、ホテルの部屋を借りたりすると1日100万円近くかかりますので、とても無理でした。
ふりかえってみて、とにかく無事にどれもうまくすりのけて済んだような感じです。
7710:◇この秋は途方もなく忙しくて、次から次と、諸々の準備がおくれてしまいました。この間やっと9月号の月報を出したと思うと、もう10月号です。アゴを出しかけました。 《巻頭言》
木下良順教授逝去される:
木下先生は東大医学部出身で病理学の専攻であった。和歌山県の出身で、北海道大学教授を経て、昭和9年阪大医学部(病理)教授、22年には大阪市立医科大学学長を併任、奥さんが外国人であるが、第二次大戦前に奥さんがすでに危機を予知して、食糧、衣糧その他を買いためておられ、戦中、戦後の苦難時を突破することができた。これで以後、木下先生は奥さんに頭があがらなかったといわれる。昭和24年に渡米され、カリフォルニア、ロサンゼルスの郊外に“City
of Hope Medical Center"を作られ、所長として癌の研究に熱中された。以後日本人の留学生を多数引きとって面倒をみられ、例えば大野君、掛札君のような逸材が輩出した。阪大時代にはButter
Yellowによるラッテ肝癌の発生などで有名であった。39年から同研究所の名誉所長であった。その後脳溢血になられたが、かなり軽快した。しかしこの9月7日午后1時半、直腸ガンのため逝去された。
7711:◇今年の秋は変な秋で、なかなか秋にならない内に立冬になりましたね。
◇組織培養学会も国際シンポジウムもピタリと決まって、うまく行ったので全くほっとしました。これでもうこんなお役をしょわされることはないでしょうね。参加者もちょうど会場一杯で助かりました。多すぎても少なすぎても困るところでしたからね。
7712:◇いくら待っても抄録をよこさない人がいるので、今月号は大分おくれました。◇1月号は感想文のようなもので結構ですから、1月7日まで届くようにおねがいします。◇急に冬型気象になって寒いですね。今年中に片附けようとする仕事が重なってフーフー云っています。どうぞ良い新年をお迎え下さい。