【勝田班月報・編集後記】


6301:◇新年おめでとうございます。今年も元気にしっかりやりましょう。色々な工事が“オリンピックまでに”と云われていますが、我々の発癌はオリンピックまで待たずに仕上げたいものです。 ◇先日インターン生が3人やってきて、うちの部屋に大学院学生として入りたいというのです。気の変るおそれもあるので、いいとこ2人位かも知れませんが、とにかく段々とそういう人がでてきたということは有難いことです。 ◇東北大から昨年放医研に移った宇田川啓次君が12月22日に急逝されました。服毒自殺とか、本当に気の毒なことをしたものです。どうしてそんな気持に追込まれたものか。折角これからという研究者が失われるとは国家的に考えても大きな損失です。皆さん今后自殺したくなったら事前に御相談下さい。 ◇伝研の病理部長はこれまで吉田富三教授が兼任して居られましたが、この3月末定年を控え、さる12月1日附で草野信男助教授が昇任。これで変則的な形が元に戻りました。 ◇もと当室に1年半ほど居た、東大小児科の古川君が1月に入ってからまた暫時当室に出入りすることになりました。よろしく。仲々白血病の培養が旨く行かず、教授に叱られた揚句の処置です。大学院修士コースの内川女史は昨秋から腎盂炎でずっと休んでいましたが、来週位からぽつぽつ出てくると思います。博士コースの菱沢君は滋賀県の田舎でお祖母さんが暮に歿くなられましたので、たった一人のあとつぎの彼は郷里に帰り、何日間だか、毎日お経を自らあげていた由。殊勝になったものです。助手の関口君もこの1月7日でようやく奥さんの喪があけ、当室も今年は色々すっかり片附いて、良い運が廻ってきてくれるのではないか、と期待しています。
 《巻頭言》
 張切ろう、1963年!
 我々培養だけの班ができてから、早いものでもう2年近く経ちました。ここで昨年1年間我々が何をやったか、ふりかえってみましょう。一番大きなことは、DABによる肝細胞の増殖誘導を細胞レベルで見付けたことでしょう。これはほとんどの全班員によって追試されましたが、佐藤班員は追試に成功しています。その他が旨く行かないのは、Technicalの問題と、なれるほどやってみないという回数の問題に因ると思います。しかしここまで追いつめたのですから、あと一息で、今年こそは是非発癌に成功しましょう。1963年という年がTissue Culturistsの間で永久に忘れられない年になるように。そしてそのときこそはじめて“おめでとう”が交わされ得るでしょう。
 さてそれでは今年はどういう風に班として仕事を進めるか、ということですが、主軸はこれまで手をつけたDAB−肝の組合わせによる増殖細胞を、第2次刺戟により何とか悪性化まで持って行くこととし、さらに他の要因(ホルモン、放射線など)による発癌も手掛けておいたら如何かと思います。発癌機構の問題は、体系的に論ずるには未だ生物学的現象論的データが不足している現況ですので、我々としてはできるだけ沢山のデータを集めることが大切と思います。他の要因による発癌は、12月の班会議でも、杉、山田、堀川、佐藤の各班員が手をつけて下さるよう計画にのっていましたので、ぜひ手をつけて頂きたいと思います。DABの第2次要因をみつけることは、小生と佐藤班員とが主体になって探求しましょう。

6302:◇今年は珍しく晴天つづきの、しかも寒い冬ですが、一昨3日(日)には東京でも少し雪が降りました。当室では大学院の内川、Loborantinの田中の両嬢が腎臓の病気で休み、高岡君は暮からの胃下垂の予后に気をつけている最中、関口、山口の両氏及び嬢は風邪、家畜衛生試験場からきている田中君も風邪をひき、菱沢君はときをり、色々の病気にかかり、元気なのは小生一人です(但し、ときに二日酔あり)。 ◇昨年東大医学部を出て目下インターン中の連中の内、3人が当室に大学院学生として入ることにきまりました。外島、真弓、斎藤の三君です。どうぞよろしく。もっともあと10日后の入学試験に落ちると問題は別ですが。その他にも今年は伝研に2人入ります。珍しいことなので皆びっくりしています。それ以外に癌センターの久留さんにたのまれて、横浜国大・生物出身の林嬢という人を約半年間実習させます。この人は卒業前、今月末あたりからすでにこちらへ来る予定です。 ◇昨日、日本光学へ行き、かねて試作中の生物用倒立顕微鏡について、改良点を注意してきました。間もなく第2回試作と、そのテストを経てから一般市販品の製造にかかりますから、実際に出るのは5月をすぎるのではないでしょうか。かなり良いところまで行っています。 ◇では班会議でお目にかかるのを楽しみに。

6303:◇11日午后、日本光学へ行き、倒立顕微鏡の最后の打合せをしました。今度は最終の設計をきめたのですが、実に素直な設計で、しかもすばらしく使い良いものになりました。惜むらくは値段が少し張りますが、世界に誇れる逸品になるでしょう。発売は8月頃になるそうです。 ◇医学会総会のSimposiumに少し映画を入れてやれと思いまして、この頃Mixed Cultureの顕微鏡映画をとっていますが、実に面白いところがとれています。Rat liverのcontrolの株(2nにきれいなピークのある株です)とJTC-1(AH-130系)とを混ぜますと、tumor cellはまるで寄生虫のようにnormal系の細胞にくいついて行きます。どうも細胞質の顆粒を喰うようです。次にprimaryのAH-130とRLC-1を組合せるつもりです。
Tumorになったかどうかの判定の一法に使えるかも知れません。 ◇今年大学院入学志望の東大卒業生3人は無事入学試験を通りましたので、小生もほっとしています。落ちる人もあるんですから。 ◇13日は雪が珍しくつもって、チェーンをつけない車のために都内の道は交通を妨害され、伝研に出てくるのに1時間もかかってしましました。 ◇今月号から月報の作成にAgfaのcopyrapidの代りにフジのクイックコピーを使うことにいたしました。Negaを1枚作るだけで済むからです。その器械の到着を待っていたので発行がこんなにおくれてしまいました。 ◇会計報告はどうも皆さんが不完全で困っております。来年度首尾よく班が通りましたら、こんどは気をつけて下さい。

6304:◇いちばんはじめにお知らせすることは、さるルートよりの情報によりますと、我々の今年度の班は、問題なく第一候補のグループに入って、パスしたそうです。正式の通知はまだありませんので月報の第1頁にはかきませんでしたが、とにかくよかったですね。これで3年間は大丈夫なわけで、大いに頑張りましょう。少くとも第1年度には何か1種類は発癌に成功しないといけないと思っています。 ◇急に春めいて仕事には絶好のシーズンになりましたね。当室の新顔を御紹介しておきましょう。まず今年入った大学院学生3人の内、外島英彦君が昨日から顔を出しはじめました。TCのトレーニングコースを今日からはじめますが、かたわら電子顕微鏡の練習もやることにしました。他の2人は半月〜1月位おくれます。次にlaborantinでは今春共立薬大を卒業した高浪君というお嬢さんが入り、関口君について目下アミノ酸自動分析器の使い方をならいはじめたところです。内川君はまだ腎盂炎全快せず休んでいます。laborantinの田中君も腎盂炎でしたが、辞めました。山口君は高岡君の愛弟子になってくりくりと働いています。大学院の菱沢君はこのごろ関口君の部屋に入り浸って、核酸の抽出や分析をはじめています。一寸でも手を抜くとすぐ失敗するので“科学はきびしいなァ"なんてぼやきながら・・。高岡君は下宿している家の息子さんが結婚するとかで部屋をあけてくれと、学会の準備最中に迫れれていましたが、大阪から帰って間もなく新しい部屋が見付かり、ほっとしています。小生はへとへとになって帰京しましたが、山のように原稿かきや、年度レポートや、その他その他がたまって待ちかまえており、いまや片端からもりもり片附けているところです。この月報もその一つです。 ◇では5月、岡山で。 ◇5月号月報は4月30日〆切。お忘れなく。
 《巻頭言》
 第16回医学会総会を了えて
 大阪の医学会総会も無事終了、やれやれでした。我々の組織培養のシンポジウムが第1日の午後であったことは本当に幸運でした。1600人収容の大講堂を朝みたとき、これは大分空席が出るだろうと思ったのに、また木下さんの講演が終ったときは大分どやどやと出る人があったのに、終ったとき壇上から眺めたら。空席がほとんどなく一杯でした。ただ残念なのは木下さんに時間をくい込まれて、2時間半の予定が30分短縮し、討論の時間が切られてしまったことです。やはり若干時間がはみ出しても、もう少し一般討論をやらせた方が良かったと思います。内容は皆さん御承知のように、我班の班員の仕事だけが重量感のあるもので、ただ一人の非班員の発表は引立役に終ったのは、お気の毒であると同時に、小生の撰択が失敗だったことで大変申訳なく思っています。
 今期中、私は毎日朝から夕方まできちんと皆聞きましたが、へとへとになってしまいました。第5日などは一般に入りが悪く、しかも後半分位の席は眠っている人だらけでした。5日間というのは少し長すぎると思います。そして分科会は別のときにした方がよいでしょう。それから講演やシンポジウムも一般向けと専門家向けとはっきり分けた方が効果的なのではないかと思います。

6305:◇先日、College de FranceのProf.E.Wolffが来日しました。実験発生学の専攻で、organ cultureをやっておられますので、都内の培養屋さんたちに集まってもらって、5月2日、伝研の会議室で討論会をひらきました。彼は映画2本とスライドではなし、あと小生が4月1日Symposiumのをしゃべりましたが、列席の方々からは何もdiscussionが出ないので、いささかがっかりしました。関西でも同様の会を開くようにarrangeしました。 ◇本号のp13〜16は武田薬品の“実験治療”というパンフレットの4月号に小生がかいたもので、月報はじまって以来はじめてのカラー頁にしてみたいと思って挟みました。 ◇今月は仲々原稿が集まらなかった上に、文部省からの班の正式の通知が数日の内にくるらしいと判りましたので、発行が少しおくれました。 ◇今年入った大学院の三人もようやく顔がそろい、大学院の内川君も病気がなおり、目下当室では全スタッフが顔を出しています。計10人と家畜衛生試験場からの留学生・田中君とで、11人になります。ラボランチンの山口君はようやくTCトレーニングコースを卒業しましたので、染色体分析の他に、RLP-1株の栄養要求をしらべてもらうことにしました。内川君はRLC-1株の栄養要求と、佐々木研で作った色々のラッテ腹水肝癌の培養スクリーニングです。大体の増殖率と壁への附着性をみるのです。 ◇米国Purdue大学のMoskowitz教授は7月1日に来日し、5週間滞在ということにきまりました。いずれ皆さん方のLab.も見学にまわらせて頂くことと思いますのでよろしく。 ◇前頁にのせたように高木君紹介のDr.Dalyという人も5月末頃現われそうです。 ◇ではあと10日后に岡山で。皆さん元気に頑張って下さい。 
 《巻頭言》
 新研究班・認可さる!
 本日、待ちにまった文部省よりの書類が届きました。まだ内定通知ですが、よほどのことがない限り、これはこのまま正式に決まると考えてよいものです。思い起すと、昭和34年度に癌の宮川班の一隅に生まれた数名の培養屋のグループが、次の昭和35年度には釜洞班の半数を占めるにいたり、さらに昭和36年度には純粋に培養屋だけの班が認可され、昭和37年につづきました。こんどはいよいよ第二次培養班の誕生というところです。実にうれしい限りですね。しかも研究費が増額になって・・・。このようなことは如何に我々の仕事、成果が期待されているか−を如実にあらわしていると考えるべきでしょう。壁につき当っている癌研究に突破口を作るため、断乎、われわれは全力を集中し、国民の期待に応えなくてはなりません。それにはまずこの第一年度になんとかして一つでも発癌に成功することです。今年度から、断然精選主義をとりたいと思います。協力的でない、或は研究を怠けるような班員は来年度は他の人と交代してもらいます。研究には言訳は成り立たない。研究者の生命、研究者を価値付けるのは研究だけです。このきびしさを我々はよく自覚しましょう。
 
6306:◇そろそろ暑くなってくる気配です。今の内にしっかり仕事をやっておきましょう。 ◇シンポジウムと研究会と、佐藤班員は大奮闘で大変だったと思います。しかし非常に成功で本当によかったですね。それから夜の部では大阪にも増してすごい豪華版で一同は恐れ入るばかりです。班員一同に代って御礼申上げます。 ◇印度から手紙がきて、ボンベイのDr.Mrs.RanadiveとバロダのProf,RamakrishnarとでCell Biologyのシンポジウムを1964-1965に計画しているそうです。UNESCOから金を出させて各国から人をよぶらしいのですが、私に日本代表として出ないかというのです。禁酒国でコレラもあるので考えてしまいますね。目下思案中。 ◇高木君が云ってきたProf.Dalyが今日現われました。
TCはまだほんの一寸やっただけで、本職はNeurologistです。余り面白い話はありませんでした。スライドと映画をみて、そのあと山田君も加えて八芳園に昼食をとりに行きました。この前にも日本へきたことがあるといいながら、どうも日本料理は苦手のようでした(5月28日)。 ◇Purdue大学のProf.Moskowitzはいよいよ7月1日pm3:25.羽田着の飛行機でくることに決まりました。7月一杯滞在の予定です。下旬にはあちこと廻ると思いますので、その節はどうぞよろしく。 ◇新入歓迎と送別会をかねて、5月25、26日と当室の一同、箱根へ行ってきました。自動車3台です。雨の予報が見事に外れて助かりました。さて帰ってきた翌日、大学院の真弓君だけがいつになっても現われません。たまりかねて仲間が昼食のとき電話をかけると(きている人あるかい)(きてないのは君だけだよ)。あわててやってきましたが、その顔。旅行のあとはの骨休めと思っていたようです。 ◇家畜衛生試験場から内地留学にきていた田中訓が5月一杯で帰ります。アミノ酸分析器担当の高浪君も辞めます。

6307:◇7月下旬から来る筈であった米国Indiana州LafayetteのPerdue大学、Dept.of Biological Sciences:Prof.Merwin Moskowitzが突然先週電話をかけてきて、予定より早く日本に着いた、という始末。7週間滞在するそうですが、来月になると暑くてとても旅行なんかできないから、今の内にしとけ、と云って23日から関西の方へ押出してしまいました。堀川君のところにも御厄介になっている最中かも知れません。どうぞよろしく。背の低い、人の良い男で、42才です。ここでDiscussionし、仕事のやり振りを眺め、さらにできたら何か仕事もやりたいらしいです。 ◇うちで純系化中のラッテは遂にbrother-sistermakingで第19代が生まれました。9年位かかった訳ですが、今年中に20代に入れるかも知れません。高岡君(ラッテのカーちゃん)はすっかり御機嫌です。日本ではじめて純系ができる訳ですから。しかし彼女を憂うつにさせるのは今年入った大学院学生の連中で、“ボクらには権利はあるが義務はない"なんてぬかすんですから、彼女ならずとも頭にきます。 ◇文部省の研究費の扱いが厄介になったのは困ったことです。研究の自由闊達さが大いに阻害されるわけで、こんど癌の班長会議でもあったら、その所存をよく聞いてきます。 ◇いよいよ暑い季節になってきましたね。そのとっぱじまりに班会議をやるのですから申訳ないと思いますが、かんべんして下さい。せめてクーラーが効けばよいのですが窓をあける方がましという次第では。 ◇先月も月報を休んだ山田班員に、今月こそ必ずと催促したら、やっと今朝届けるというので待っているところです。

6308:◇まず9月号の月報の原稿についておねがいしておきます。〆切は8月31日までに当方着のこと。 ◇7月26日午后2時からProf.Moskowitzを囲んで在京の培養のメンバーで集まりました。彼の仕事の話をきき、それを中心に討論しましたが、Prof.Wolffのときよりは少しは話がはずみました。 ◇うちの部屋でまず驚かれると思うことは、今年入った3人の大学院学生を出したことでしょう。“我々はtakeするだけでgiveはしない"などと公言する始末なので、とうとう3月目に腹にすえかね、“ここはオレの研究室だ。この部屋の者になって一生懸命仕事をする気のない者は出て行ってくれ"とやらかしたら、皆出て行ったという訳です。といっても本来の指導教官のところに行った訳ですから形式的な変化はありません。こちらも良い勉強になりました。ほっぽど気心の知れた者を、それも1人宛入れるようにしないと、このごろの連中はグルになって云うことを聞きません。ホッとしたところです。

6309:◇ようやく涼しい気候になりかけてきて、ほっとしたところですね。これからはせいを出して仕事に張切りましょう。今月号は夏の間の総決算というところで、仕事をやった人からは原稿が届き、そうでないところからは音沙汰なし。はっきりしたものです。 ◇癌学会も近付いてきて皆さんも忙しくなってくることでしょう。仲間の顔が見られるということでも10月が待どおしい気持がします。 ◇オリンパスの顕微分光光度計が入りました。まだ不完全な器械ですが来号あたりで少しデータをお目にかけましょう。 ◇東大・理学部・生物化学科・野田研究室の松村外志張という大学院修士課程1年の大学院学生がいまTCの実習にきています。Collagenの研究に利用したいのだそうです。熱心な人ですから、どうぞよろしく。 
 《巻頭言》
 日本の学術雑誌はこれで良いのか?
 わたしたちが外国の学術雑誌をよむとき、沢山の雑誌のなかから、やはり良さそうなものだけをえらんでよんでいる。とても読みきれたものではいからである。同じようなことが、日本で出している欧文の学術雑誌についても云えよう。どういう訳か、日本の大学や、研究機関、学会などでは、それぞれ欧文雑誌を出している。その数たるや、合計すると相当なものになろう。しかしその内のどれだけが果して有効に読まれているであろうか。折角欧文で出し、主要な外国研究機関に送っても、図書室の隅でいたずらに下積になっている日本の学術雑誌が如何に多いことか。そしてそれらの多くは文部省の科学研究費に援助されているのである。
 どうしたらもっと有効に学術雑誌を活用できるか。その一つの手は、群小雑誌の統合と権威のあるEditarial boardの設置であろう。我々の領域でいえば、“Exp.Cell Res."のような内容の雑誌を作り、医学、生物学、その他、細胞のレベルでの仕事の良いものはみんなこれに載せるようにする。学会ごとの雑誌などはやめてしまう。医学と生物学とひっくるめて合計10種類だけの雑誌を作り、それにだけ金を注ぎ込む。これらの雑誌はこれまで既刊のどの雑誌とも関係なく、新しく作らなくてはならない。それ以外に各学会で出すことは勝手である。援助しないだけのことである。
 もう一つの方法は営業雑誌の形式で発行することである。“Cancer Reserch"や“Exp.CellRes."のように代金をとる。優秀な研究及び医療器具などの広告ものせる。しかしこれとて補助なしにはやって行けないであろうが、各学会からの抵抗は少くてはじめられる。民間からの補助も大いに期待する。手はじめに、“Exp.Cell Res."のような内容の雑誌を一つこの手で作ってみるのも良いのではあるまいか。
 このようなことは当然学術会議あたりで討議して早急に何かの手を打つべき問題と思われるが、どうも学術会議も学者政治的なさしさわりが色々とあるのか、その様子が見られないのは残念なことである。
 いかに立派な仕事をしても仲々それが国際的に認められないというのは本当に残念なハンディキャップで、是非何とか打開したい点である。しかし同時に、こんどは、いくら新しく雑誌を作ってみても、それに立派な仕事をのせなければやはり誰もよんでくれなくなる。やはり我々としては、雑誌を権威付けられるような、しっかりした良い仕事をどんどん出すということがまず根本的に必要なことと云わざるを得ない。
 
6310:◇今年度もいよいよ半ば近くとなり、研究にも良い気候となってきましたね。皆さん頑張っておられますか。あと半月で癌学会と班会議。久し振りで顔を合せられますね。(顔が合せられない)なんてことのないように、しっかり仕事をしておきましょう。
◇堀川君も渡米で、しばらく逢えないことになりましたが、彼のことですからあちらでも大いに頑張ることでしょう。活躍と仕事の成功を祈りましょう。 ◇10月から千葉大・放射線科の助手、長沢初美嬢が実習にこられました。当分居る予定ですので皆さんよろしく。◇岩波書店からやんやと催促を受け、いよいよ小生のの培養の本の改訂版を出すことにしました。この秋にせっせと準備します。いろいろアドバイスをおねがい致します。 
◇今月も月報原稿の少いこと恐れ入りました。毎月かく人の顔ぶれが決まってきたようですね。 ◇三田村先生の御病気と御葬式で、この8月下旬から9月末にかけ、テンヤワンヤでした。木下良順さんから手紙をもらいましたが、木下さんは小学校、中学、高校、
大学、東大病理、留学先のドイツの教室と、ずっと三田村先生の跡を歩いたそうです。外国へ洋行せぬ前に純国産の仕事で医学博士となったのは三田村先生が初めてではなかろうか、とのお便りでした。 
 《巻頭言》
 巨星墜つ!
 この9月17日午后6時17分、三田村篤志郎名誉教授が伝研病院で歿くなられた。大部分の班員は面識もないと思うが、単にこの伝研病理の大先輩という意味からでなく、立派な研究者としてぜひその研究生活の概略を皆さんに紹介したいと思う。
 和歌山県出身、東大卒業後、青山内科に約2年居られた后、東大病理に移り、約1年して伝研に来られた。以后定年退職まで東大病理と伝研とをたえず兼任して居られたが、実際の研究はほとんど伝研でなさった。特徴は、非常に研究領域が広いことと、おどろくべき洞察力を持っておられたことである。
 細胞学では、生体染色、超生体染色を使い、日本における細胞学の黎明期を作られた。例えば血中のカルミン細胞、即ち組織球が血液の正常成分とは認め難いことを、すでに1916年に指摘し、また当時細胞内の顆粒は糸粒体のみ、とされていたのを、糸粒体の他に中性赤で染まる“変粒体"も存在し、これが消化的機能をいとなむらしいことを見出しておられる。腎臓に関しては、その生理的機能からまず研究し、(糸球体が排泄を、主部細尿管が主として吸収をいとなむこと)を実験的に1924年頃立証(日本腎臓学会の唯一の名誉会員だった)。Nephroseほ病変は退行性ではなく進行性の病変であることも指摘された。肝では急性肝萎縮症を詳細に観察し、ラエンネック氏肝硬変と同一種の疾患であることを見出されたが、この記載など今日に至るも改める点が全くないほどである。血液学では臨床的に急性リンパ性白血病と診断されるものが、実は骨髄性白血病にすぎないことを見出された。伝研に入ってしばらくは長与教授を助けて恙虫病の研究に従事し、30篇以上の論文を発表しておられるが、特に恙虫病の病原体を初めて発見したことと、その媒介者の恙虫に5種類あることも見出された功績は大きかった。第4性病の病原体も、唯一例の剖検例をくわしくしらべ上げ、組織球内に存在するにちがいないことを見破り、後にそれを証明された。日本脳炎の病原体の研究は、最も先生が永年の努力を注いだ研究で、約80篇の論文を発表されたが、本病が蚊によって伝播され、しかも本病の流行的出現が蚊の媒介によってのみ惹起されることを発見した。このときも蚊の各種についてその媒介性をしらべられ、先の恙虫の研究と併せ、我国における衛生動物学の開祖となられた。昭和29年には学士院賞、今年の2月には学士院会員となられたが、特発性気胸のあと、心筋梗塞、胃潰瘍出血を併発して遂に他界された。
 研究以外にも洞察力が強く、たとえば太平洋戦争のはじまったとき、頂度所長でおられたが、所員を集めて(この戦争は、初めの内は景気が良いかも知れないが、その内きっと段々負け戦になってくるから、そのつもりでいるように)と話されたほどである。
御年76才とはいえ、まだ頭脳は明晰で惜しいことであった。

6311:◇またまた岡山で班会議を開いて佐藤君に御迷惑をおかけしてしまいました。班員一同に代り厚く御礼申しあげます。 ◇それにしても癌学会も大きくなりすぎましたね。癌治療学会というのを仮に作ったところで、果して臨床関係者がみんなそちらへ移ってくれるかどうか、一寸あやしいと思われます。だから演題の方で制限して行くより他はないでしょう。培養学会の運営法は特にこの頃あちこちで好評です。はじめたころ、あのやり方をあく迄主張しておいて本当によかったと思います。じっくり話し、聞き、討論し合うのでなければ学会をひらいてもその意義が非常にうすれますからね。 ◇今回の班会議での黒木君の報告は、努力賞に本当に相当する良い仕事でした。どうもありがとう。大いに我班の班員に役立つと思います。この前岡山で開いたとき、プランを決めたその予定をきちんとやってくれたことは立派です。 ◇今年度も半ばをすぎましたが、ふりかえって見れば登った高さは未だ知れたもので、情なくなりますね。しかしこれからまた半年、大いに頑張りましょう。来年度ごろには班員間の共同研究がぼつぼつ出てくるのではないかと予想し期待しています。 ◇この夏きていたProf.Moskowitzが来年またやってきたいと云ってよこしました。こんどは9月から約1年間です。parabiotic cultureをやるんだと張切っています。班員の間でも何か一緒にやれたら、とひそかに希望しています。 ◇段々目が効かなくなって、月報を作るのに一苦労です。今号は字を少し大きくしてみましたら、大分仕事が楽になりました。 ◇来月号は良いデータが集まりますように。

6312:◇炭鉱が爆発したり、飛行機が落ちたり、汽車が脱線したり、とうとうケネディが射たれ、揚句のはてに、その犯人が殺されるとは、末世の感濃厚ですね。ことにKennedyの死は、それが世界中に色々な形で反映してくることでしょう。我々の世界でも、研究費その他の外資導入にどんな変化をおこすか、まだ現在では一寸想像がつきません。
◇今号には発癌実験のことは書きませんでしたが、班会議のとき報告します。ハムスターポーチも早速まねしてやってみています。29日夜行で広島へ行き、原医研で細胞に中性子をかけてきます。Primary culture、第2代、株化したものと、各種取揃えて持って行きます。近い内にCO60γもはじめます。とにかく何が何でも今年度内に少しは見通しをつけたいと、手当り次第に何でも使ってみます。黒木君の今号のデータはとても有益です。しかしハムスターポーチにもつかない、なんてことになるとがっかりですね。 ◇高木君からの便りを掲載しました。最近での米国の動向がある程度うかがえて面白いですね。 ◇マグネチック・スターラーでとても具合の良いのができました。低速回転がよく効いて、培養にはもってこいです。(¥16,000、東京都港区赤坂青山南町6-46、中島製作所)SM- 型です。 ◇これから来月中旬まで、どちら様も大変でしょう。小生もこの班の来年度申請書類の他に、機関研究二つ請負されて、書類作りにフーフーです。しかし一字一字が金になると思えば辛いのもガマンしなくちゃならないのでしょう。日本人ももっと秘書を使うのが一般的にならないと能率が上りませんね。     
 《巻頭言》
 発癌実験の反省と計画
 培養内の発癌を試みだしてから約2年余、班の最大目標としてからすでに8カ月が経ったが、この辺りでもう一回、踏んで来た路をふりかえって、研究態度を反省してみる必要があるように思われる。
 我々はいわゆるChemical carcinogenesisを試みてきた。細胞をとり出して生体外で発癌剤を作用させる。細胞と薬剤との間の反応は起るが、生体の他の細胞が同じ薬剤で同時に作用を受けて、それがもたらす変化の作用も念頭におかなくてはなるまい。生体実験でも、目標臓器の他に、同時に発癌剤で障害を受ける必要のある副次的臓器が見付かったら面白いし、我々の方にも役立つ。
 今年度のはじめ頃は、自分の持っている細胞が果して癌化しているのかいないのか、癌化はしているが動物につかぬだけなのか、その辺に大きな不安があった。しかし最近の黒木班員の努力でハムスターポーチが復元部位として非常にすぐれていることが判ってきたので、この方の見通しは大分明るくなった。勿論この方法は黒木班員が見付けた訳ではないが、身近かの人が見近かの材料でそれを確かめてくれると、我々は非常に信頼できるわけである。
 我々はホルモンと放射線も大いに期待していたが、どうもこの領域の開拓は後れた。来年度は奥村君が再び入班して性ホルモンに着手してくれるので、この面も活発になるであろうし、またしたいものである。
 これまでの細胞の扱い方は、一つの細胞集団として扱ってきた。しかし今后のことも考えてみると、一ケ一ケの細胞について、それが前癌状態に入ったかどうか、というレベルまで持って行けるようにしたいものである。これはそう容易なことでないが。
 今年度も第3四半期が終りに近付いている。この際、12月の発癌のシンポジウムで、他人の色々な話を聞きながら我々の想を練るのも、また大いに有益であろう。
6312終わり