【勝田班月報・編集後記】
6401:◇忘年会、クリスマス、忘年会・・・、とうとう暮の内にこの月報に手が廻らず、正月早々に書く始末になりました。 ◇1964年度(本班の第2年度)の研究費申請書を12月中旬に提出しましたが、その一部分を特に多く刷りました。月報と一緒に各班員にお送りします。 ◇1月25日迄に、2月号用の原稿をお忘れなくお送り下さい。 ◇2月15日迄に、各班員とも過去1年間の、業績のKey
pointを要約して(400字1枚位)送って下さい。それに発表(論文及び学会発表を含む)の一覧表もおねがいします。2月28日に小生が当班の
一年分の報告として、括めて書いて持参するのですから、15日迄に必ず送って下さい。前にお送りした昨年度の報告書(印刷のもの)を参考にして下さい。(土井田君は堀川君の分をかくこと)
《巻頭言》
新しい年を迎えて
皆さん、新年おめでとうございます。いま第1頁をかくのに当って、昨年の号をずっと読み返してみますと、実に感慨無量のものがあります。我々はとにかく一生懸命やりました。力足らずして未だ本当の発癌には成功して居りませんが、今年こそは何とかやり遂げましょう。この段階まで来ますと、実際はもう一息なのだと思います。山へ登っても、七合目辺りが一番苦しいし、戦争で云いますと、7分3分で敗けていると思われるときが実は5分5分なのです。この1年の努力で、我々はDABやメチルDABが培地の中で消費され、且、肝細胞の増殖を誘導することを何十回という実験で確かめましたし、培養細胞の復元接種法についてもずい分色々のことを学びました。染色体分析の技術についても、大ぜいの班員が習熟してきました。これらの基盤の上に立って、今年こそは是非、最后の目標、発癌に成功するよう、我々の努力をふりしぼりましょう。今年は間もなく、安村君、奥村君も入班しますし、高木君も秋には帰ってきます。堀川君は、今号の末尾の方にのせたように、アメリカから報告を送ってきて居ます。総力をあげて、最后の突撃に入りましょう。 2年后、といっても実際には1年半后ですが、1966秋には東京で国際癌学会が開かれます。地元の日本人が、それなのにチャチな仕事しか出せないようでは情ない次第ですから我々としては、吉田会長のためにも、日本人のためにも、いま頑張って良い仕事を出して行く義務があるでしょう。そして、それには今の研究テーマを完遂することが一番の早道でもある訳です。頑張りましょう、9164年! この1年の終りに振りかえってみて、自分でも満足できるだけの努力を拂いましょう。
6402:◇新しい年もすでに1月経ちました。うろうろしている間に1年たち2年たち、あっという間に一生も終りです。死ぬときに後悔しないように精一杯、今の一分一秒を大切にしましょう。 ◇昨年の暮から正月にかけて少し飲みすぎたので、1月21日から禁酒を試みています。どうも体の調子が変って困っていますが、続けようと思えばいくらでも続きそうです。但し適当なところで自制できるようになったらまた飲み出そうと思っています。だから我慢できるのかも知れませんが。 ◇このごろ感ずるのですが、班員のなかには、発癌ということを余りに甘く考えすぎている人があるのではないでしょうか。お嬢さんのママゴトみたいなことで大人の仕事をやろうと思ったら大間違いです。 ◇日本光学の倒立顕微鏡を一人前のものに仕上げるのに悪戦苦闘しています。あちらを直せばこちらの不備なところが見付かり、こちらを直せばまた・・・。しかしとにかく国際的にNo.1の倒立顕微鏡を何とか日本の手で作って世界の連中をおどろかせてやる必要がありますから、私も一生懸命で指導しています。設計の連中にはすっかり怖れられてしまいましたが・・・。 ◇窓の外は雨と風。春の近付いてきたことをしらせるようです。来年の今頃はみんなで発癌成功后の展開に努めていうようでありたいものです。
《巻頭言》
Dynamic Cell Biology
これまでの細胞生物学の進んできた歴史をふりかえると、形態学、生化学その他、いろいろな分野から出た専門家が、それぞれの専門を武器として、色々異なった方角から一つの山の頂を目指してきたようなものである。しかし最近、とくに今后我々のとるべき研究態度としては次第にそれらの色々な武器を綜合して、Dynamicに細胞の本態を掴んで行くようにしなくてはならないであろう。
高木君の通信でも、最近の米国の学会では、Isotopeと電顕を組合せた研究法をとる者がふふえてきたという。当然の事である。単に形態学だけの面から云っても、位相差観察、染色観察、組織化学、電顕、顕微鏡映画、Radioautography、蛍光法・・・と、現在駆使できる実験法だけでもかなりある。これらを組合せてdynamicに研究して行けば非常に大きな進歩を期待できるのではあるまいか。
現在の段階ではまだ1研究室でこれらすべてを包含するような研究はやり難い。しかし何もそれを1個人、1研究室だけでやる必要もない。過渡的な方法ともいえるが、要するに一つの材料について、色々な専門技能を持った研究者たちが共同して研究すれば良い訳である。現在のところではそれが一番賢明なやり方であろう。我々がいま作っている研究チームもその一つといえる。しかしこのような場合非常に大切なことは、各分担者が夫々の専門に於てexpertでなくては効果が上らないということである。(10+10+10+8+10+9)の6人を平均して、9.5という成績が出てこないのである。この場合綜合して出される力は、最低の8に抑えられてしまう。時計の歯車でも、一つが具合悪ければその時計全体が具合悪い。自分が仕事を適当にのんびりしても他の人の迷惑にはなるまい、と考えたら間違いな訳で、とにかく共同して一つの事に当ろうとするときは、やはり夫々自分の能力を100%或いはそれ以上に発揮する覚悟でなくてはならない。
Dynamic Cell Biologyの話が変なところに外れてしまったが、とにかく今后の我々の研究態度として、dynamicに物を掴もうとする、dynamicに物を考えて行く、ということは大変大切なことであると信ずる。そして、いつの日か、この方向を我々の手で高度に進展させて、東京に於てThe
first meeting of dynamic cell biologyを開くようなことが一日も早く到来することをねがってやまない。
6403:◇とうとう癌らしいのができた。何で出来たか、まだ詳しいことは判らないけれどとにかく出来た。数年に渉る努力も結実しかけているわけである。毎日忙しいけれど、この頃はその疲れも全く苦になりません。目下大童で次々と実験をスタートしています。ラッテへも復元しました。生后4日ラッテの皮下です。親にくわれてはいないか、と毎朝心配しながら覗きます。新生細胞はTCのなかで、どんどん増えています。映画もとっていますが、10x10の視野で、RLC-2のシート上に視野の約1/4拡がっていたのが、9時間后には視野の1/2、23時間后には2/3、33時間后には3/4近く、いま49時間后で3/4を超えつつあります。Subcultureもどんどん増やしています。 ◇一昨日午后、岡山の佐藤君からも朗報。DABを10γ/mlで2カ月与えておいた株をDABの無い培地に戻して10日ほどしたら、私のと同じような細胞が現われ、現在どしどし増殖しているとのこと。復元と染色も近い内に試みる由です。この調子で行くと秋の癌学会はTC内発癌のオンパレードになるでしょう。今あらためてまた沁々感じるのは、やはり努力する者が勝だということです。労を惜しんで成果だけ上るわけはありません。良い気持ちで祝杯を上げました(但し自宅で)。あと何回を再現できたときに開ける瓶はちゃんととってあります。休酒して精進したのも良かったのかも知れません。 ◇修士コースの内川嬢もやっと卒論とテストを済ませ、今月末で卒業です。当室での大学院(マスターとはいえ)コースを完全に終了できた第1号です。彼女、4月から新たにできた衛生看護学科の修士にまた入学するそうですが、これは当室とは関係ありません。
6404:◇実に都合の良いことに、今年末Bombayで開かれる予定だったInternational
Meeting of Cell Biologyが来年1月11日〜14日に延期になりました。11月は学会が多いし、12月上旬には当班の第3年度のための申請書もかかなくてはならず、気がかりだったのですが、それも解消するし、癌の合同報告会の前には帰っていられるので、本当にほっとしました。 ◇安村班員がFulbrightの試験をパスしたそうで、目出たいことですが、行くことが本決まりとなって、こちらは川喜田さんと同様頭痛です。 ◇今月から安村班員と奥村班員が加わって月報もにぎやかになってきました。せいぜいお休みのないよう、頑張って下さい。 ◇皆さんお馴染みの内川嬢が修士を卒業して、小石川分院の方へ4月から帰ります。どうもお世話になりました。 ◇このごろ胸腺の細胞に少しcrazyになりかけています。高岡君が数種、株を作ってくれましたので、映画をとったり染めたり、楽しいことです。 ◇Columbia
Univ.Prof.M.R.Murrayさんが、4月上旬東京に出てこられ、4月2日(木)pm6:00〜8:00東大医学部図書館3階で“神経細胞の組織培養"について話をされます。たぶん3日には、当室も訪問されることになっています。6日ごろ仙台と、黒木君から便りがありました。 ◇いよいよあと半月でまた皆さんとお目にかかれますね。仕事の進捗状況は如何ですか。研究条件からいうと、私より良さそうな人が班の内にも数人はいるようですが、大いに張切って頂きたいものです。 ◇安村班員が3極分裂細胞のcloneを作ろう、なんて云い出しました。いずれ班会議のとき披露することでしょう。ではまた、京都で。 《巻頭言》
培養内の発癌
これは我々の班の研究目標出あり、且、発表は少ないが、世界中の癌研究組織培養家が何れも秘かに狙っている所であることは、これまでもしばしば強調してきたが、最近の外国雑誌に次々と発表が現れてきた。その一部は前回の班会議のときお知らせしたが、
1)Powell,A.K.:The effects of 1-(2-dimethylaminoethyl)-2-phenylindene
on
fibrocytes cultivated in vitro.Brit.J.Cancer.17(2):298-303,1963.
2)Berwald,Y.and Sachs,L.:In vitro transformation
with chemical carcinogens.
Nature,200(4912):1182-1184,1963.
これらは細胞の形態に変化が起ったというだけで、細胞を動物に復元接種して、本当に悪性化したのはどうかは確認していない。ところがごく最近のJ.Nat.Cancer
Inst.に次のような仕事が発表された。
3)Evans,V.J.,Parker,G.A. and Dunn,T.B.:Neoplastic
transformation in C3H mousu
embryonic tissue in vitro determined by intraocular
growth. I.Cells from
chemically defined medium with and without
serum supplement. J.Nat.Cancer Inst.,32(1):89-121,1964.
C3H/HeN系のマウス胎児全組織の細胞浮遊液をT-15或はT-30瓶で静置培養し、週3回培地を交新して行くと、合成培地に馬血清10%添加すると細胞は増殖し、121〜176日間培養したものでは腫瘍化する。マウス前眼房や筋肉内に接種するとfibrosarcomaを作るというのである。血清を加えない合成培地内ではこのような変化は起らなかった。但し細胞はほとんど増えていないらしい。マウスの、しかも胎児組織を長い間培養していると悪性化しやすいことは我々も承知しており、安村班員も1例経験したことを班会議で報告した。したがって非常におどろくほどのことではないが、何回かくりかえして、期間に若干のずれはあるが、皆同じように悪性化させている点が重要である。これが第1報である点、以后研究はつづいており、ある程度進捗していると考えるべきであるので、油断はならない。我々もどうやら少しは良いところまで来ているので、今年こそはラストスパートをかけて、色々な分担面での発癌に夫々成功するように努力を注ぎたい。
6405:◇こんどの月報には弱りました。京都の班会議のとき持参しなかった人が多くて、しかもそれがあとになっても仲々届かず、こちらは5月4日からの病理学会(仙台)の準備とぶつかって、月末は本当にひどい目に逢いました。原稿をかく人の手間は、班会議の前でも后でも同じ筈です。それなのに括める方は予定を狂わされて非常に迷惑を受ける訳です。もう少し皆さん大人になって、公的なエチケットを守るようになってくれませんか。
◇来年の秋の癌学会は九州に決まりました。九大癌研の今井環氏の由です。はじめて博多で班会議が開けるかどうか、今年の成果如何にかかるでしょう。 ◇京都から夜行で帰京してすぐ追試実験の培養を全部しらべましたら、Exp.Series
CN#4のRLC-2の2本の内1本に新生細胞の最初のcolonyを発見しました。(1964-4-19) TC開始が3-20ですから、30日で4週ちょっとになります。RLH-2の誕生です。すぐケンビ鏡映画にかけて1昼夜ほど撮影しました。これは数日前にsubcultureして2本にしましたが、1本の内は心配でした。RLH-1とほぼ同じ位の期間でできる訳で、仲々再現性があって、しかも短期間で、良い発癌法でした。目下、次のスタートに備えてラッテの血清をプールしているところです。それにしてもprimaryで実質細胞を大量に早く増殖させる方法を早く開発したいものです。発癌に使える迄の方が長くて、大分損をしている次第ですから。 ◇提案ですが、我々の研究発表の綜合課題名がどうも面白くない、と思うのですが、今秋の癌学会のときから、当班の研究課題名〔組織培養による発癌機構の研究〕とずばりそのままに変えたい、と思うのですが如何でしょうか。英文名は〔Carcinogenesis
in tissue culture〕そのままです。
6406:◇今月の月報原稿の到着順:25日(杉、土井田)、26日(佐藤、黒木)、予研の山田、奥村両君は今ごろ書いているらしい。珍しく長い巻頭論文をかいたのでようやく体裁が整いましたが。 ◇RLH-2.transformした2番目の細胞。これはH-1と異なり、増殖がゆっくりですが、近い内に染色体のcheckはできると思います。H-1は土井田君のところへ行ったのも黒木君のところへ行ったのも少し怪しくなって、この頃夫々漸く態勢立直りというところらしいので、いよいよこれから色々データが出てくることでしょう。H-1はラッテでは
Tumorを作らなくてもHamsterでは作るのではないか、と期待していますが。 ◇昨夏きたProf.Moskowitzが日米科学合同のexchange
professorで来れることが愈々決まり、この8月15日から参ります。1年近く居る予定ですので、どうぞよろしく。私のところも狭いので困りますが、できるだけ世話をしてやりましょう。 ◇どうやら今年もパスして少し増額になりましたが、確定申告のときは11人に増えましたので、頭割では大したことはありません。次の班会議までには何とかお金も来ると思います。今年も第1次配給をしたあと、様子をみて第2次以降を決めますからそのお積りで。 ◇急に暑くなったり、逆戻りしたり、体にはこたえますが、とにかく頑張りましょう。今年は癌学会の申込〆切が少しおそくて、8月15日ですから少し助かります。 ◇仙台の病理学会では黒木君に御厄介になりました。抗研をはじめて見せて頂き、仙台の静かな雰囲気をたのしみました。 ◇算えてみますと、この7月号で月報も通算50号になります。班会議記事の他に何か記念編集をやりたいと思いますが、良いアイディアはありませんか。至急寄せて下さい。
《巻頭論文》
“なぎさ現象”より見た発癌機構の考察:
前回の班会議で顕微鏡映画によりいわゆる“なぎさ”地帯での細胞の色々な変化について報告したが、この現象と発癌機構とをむすびつけて再び本号で考察を試みてみたい。
〔なぎさ現象〕
化学的あるいは物理的発癌において、その発癌母地の重要な背景がこの(なぎさ現象)であろう。我々の実験では、培養管を斜面にして静置培養することによって、培養液の辛うじて浸す“なぎさ"の辺りにさまざまな細胞の変化が現われた。すなわち、細胞(細胞質及び核をふくめ)の極端な大小不同、分裂異常(endo-mitosis、endo-reduplication、不均等分裂、3局分裂など)が認められ、核の形態も、分葉状、コブ付、ドーナッツ型などの異常形態が見られ、これらは生きていることが映画で証明された。さらに染色標本によれば、核の染色性の低下や、核の断裂、殊に粒状までの細断も認められた。この現象は再現性がきわめて高い。そして培養(継代なしの)2週から4週にかけて最も顕著に認められ、以后は、継代せずにおくと次第に細胞は変性に傾き、分裂もほとんど認められなくなる。
〔Cytosis〕
発癌機構を考えて行くに当って、非常に重要な手がかりを与えてくれるのは、昨年度の班員であった堀川正克君が研究したL細胞のCytosisを利用しての種々の実験データである(月報No.6302→6307)。つまりL細胞は貪喰能が高く、Lの核も、マウス脾細胞も、エールリッヒの核も貪喰する。そしてこれらからDNAを抽出して与えてやってもLはそれらを自分のDNA合成に利用し、少くとも上の3種細胞のDNAの間では、差異なく、非選択的に利用し、利用度が略等しい。ところがLにX線を2,000γ照射してplatingすると、この場合はcell
colonyは全く形成されないが、LのhomogenateやDNAを与えると、colonyが作られるようになる。しかし、脾やEhrlichのhomogenateではcolonyはできない。この堀川君のデータから示唆されるところは、前半の実験、すなわち健全なLでは、とり込んだ核成分は高分子のままではなく、少くともnucleotidesのレベルまでは分解して利用する。(だから細胞の種別による差が出ない)。ところがX線をかけられたりして、代謝系が混乱し、半死半生状態のLではDNAをある程度高分子型のまま利用する。しかし同類のLのなら利用できるが、Ehrlichや脾のように、かなり構造の異なるDNAでは利用できない。・・・ということであろう。とにかくCytosisということが、DNAの細胞間授与に一役買い得るということは非常に面白いことである。
〔なぎさ発癌の理論的解析、とくにDegenerativeDNAとDisordered
synthesis of DNAについて〕
上記のように、なぎさ処理により細胞核に色々な著変があらわれ、核の断裂もみられるが、このような細胞がこわれ、核の細片(或はDNAの高分子片)が液中に出て、それがcytosisによって他の細胞にとり込まれ得ることは充分に推察できる。それを取込む細胞が健全な(regulated)DNA合成を行っている細胞ならば、このDNAは分解されてから利用されるであろう。ところが同じように(なぎさ)でアップアップしているのであれば、そこのDNA合成は当然disorderedのものであり、堀川君のデータのように、高分子のまま使わざるを得ないこととなる。同一培養内の細胞であるから、この場合、高分子のまま使い得ると考えてよい。こうしてtransformationが成立する。その上、映画で示したように分裂異常、特に不均等分裂や3極分裂などが行われているのであるから、(なぎさ)には各種各様のmutantsが輩出するのは当然である。そして、それらのmutantsの中から、そのときの培養条件下でよく増殖できるような細胞(mutant)がselectされて行くことになる。従ってこの場合ラッテの体液に近い培地組成を使う必要性が強調されるのは当然であろう。
〔DegenerativeDNAの理論的背景〕
ここで私の呼ぶ“degenerative"ということばは、生化学関係では余り用いられないであろう。“変性"を意味する病理屋の言葉であり、私はdegradation、depolymerisation、その他、高分子DNAの色々な変化をすべて含める意味でここに用いている。高分子DNAが放射線や発癌剤によって如何に変性されるか、色々な想定がおこなわれているが、その一端をここに紹介しよう。
1)Butler,J.A.V.: Effects of X-rays and
radiomimetic agents on nucleic acids
and nucleoproteins. CIBA Foundation symposium
on “Ionizing Radiations and Cell
Metabolism" ,P.59-69,Edit. :Wolstenholme,G.E.W.
& O'Connor,C.M.,J. & A.Churchill
Ltd.,London,pp,318,1956.
High energyの放射線が当っての放射線が当って、ionizationが起ると、H2O→H、OHと分れ夫々がDNAを構成する色々な分子に、分子レベルで色々な作用を与えて変化を起す。
2)Alexander,P.: In the discussion to the
speech by Butler described above.
(p.74-76.).
(図を呈示)図のように、Double strand構造のDNAに放射線を照射すると、矢印のように、やられるところがあっても中央の水素結合でつながっているため、構造は外見上保たれている(但し上のように両strand共同じ位置でやられると別)。そこでureaで処理してH結合を切ると、つっかりばらばらにdegradateしてしまうのである。
3)Hoffmann,T.A. and Ladik,J.: A possible
correlation between the effects of
some carcinogeic agents and the electric
structure of DNA. Cancer Res.,21: 474-484,1961.
DNAのdouble helixのある部分に放射線あるいは発癌剤によってelectric
chargeが起り、+同志、あるいは−同志にchargeするので反撥し合ってhelixが切れるという考えである。 4)Lawley,P.D.:Effects
of alkylating agents on nucleic acids and
their relationto other mutagens. The Molecular
Basis of Neoplasia. Univ.Texas Press,Austin,pp.614,1962.(p.123-132).
Alkylating agents(例えばnitrogen mastardのような発癌剤)がDNAに作用し、guanineと結合してalkylguanineを作ると、これはもはやguanineとして働かないので、次の
duplicationのときこれに相当するところのG-Cpairが作られず、切れたり或は元とは異なった構造のDNAが出来ることになる。
5)Hsu,T.C.:Mammalian chromosomes in vitro:XVI.Analysis
of chromosome breakagesin cell population
of the Chinese hamster.Canadian Cancer Conference,5:
117-127,Edit.by Begg,R.W. et al.,Academic
Press,N.Y. and London,pp.479.1063.
ハムスターの細胞株B-14を継代して、1日、2日、3日后に染色体をしらべると、前代の培養日数(max.14日)が長いほどchromatidの切断が多く見られ、14日培養では平均1.66%に認められた。しかしこの%は2日以后急速に減少するので、こうした細胞は以后は増殖できぬと考えられる。とにかく、培養が古くなるとDNA分子が不安定になるらしい。
このHsuの知見は、なぎさcultureでの我々の知見をback
upするもので、我々はそこにさらに斜面による“なぎさ"地帯を作ったので、この変化がaccelerateされたものと考えられる。Hsuは14日までしか培養をおこなっていないが、惜しいところで、もう少し古くまでやれば、なぎさ的細胞変化を見出すことができ、或はtransformationも起ったであろうにと考えられる。Hsuは古いcultureでは滅多に分裂をしないから、subcultureする前にはchromatid
breaksの起る機会が無かったのであろう、と云っているが、我々のように映画をとっていればもっと色々のことが判っていたであろう。(このCanad.Cancer
Conf.の5巻というのはこれ以外にも色々のが載っていて、我々には興味の深い論文が多い。)
以上のように、放射線照射によっても、発癌剤によっても、或は陳旧培養によっても、何れもChromosome或は高分子DNAにbreakageが起り得ることが示されているので、発癌機構に関するこのなぎさ理論(DegenerativeDNAの細片がDisordered
DNA synthesisの細胞にcytosisによりとり込まれ、組込まれ、mutantを作る)は割に広く各種の発癌にあてはまるのではないか、と感じさせられる。そしてTumor
virusの感染の場合も、似たところが考えさせられるのである。例えばVirusがmonofunctionalに一方のDNAstrandの一点に作用した場合、それがsingle
strandとなってduplicationをおこした場合、Virusの結合した
nucleotideの相棒はduplicateされず、そこに異なったstructureのDNAができるということも考えられるし、最近よく報告される染色体上の異常もこれに基いて考察できる。
〔なぎさ理論の実験的証明〕
以上記したように、この理論はかなり普遍性を持ったものではないか、と考えられるので、なぎさ培養、放射線照射、DAB処理など、この線に沿って色々のもので証明して行くことに今年度は努めたいと思い、計画も進めている。
6407:◇いつの間にか夏に入りかけています。暑くなるとまた能率が落ちますので、今の内にと、せっせと働いています。 ◇今月は第50号記念で、米国留学中の高木君から珍しく月報の報告を送ってくれました。堀川君は忙しいらしく、とうとう間に合いませんでしたので少し前にきた手紙をのせました。2人ともよく仕事をしているようで何よりです。 ◇この夏から一年間当室に留学にくるPurdue
UniversityのProf.Moskowitzのために
technicianを探していましたが、慶応病理の大学院2年の笠原正男君が、培養技術の実習旁々きてくれることになり、6月22日からすでに高岡君にギューギュー仕込まれています。スポーツマンの好青年ですので皆さんよろしく。 ◇東大・理学部・生物化学科からきていた松村君は6月上旬にTraining
courseを卒業し、目下母教室に自力で無菌室を“作って"います。いよいよCollagenのbiosynthesisがはじまることでしょう。 ◇伝研に新しいcopyの器械が入りそうなので、この号のcopyも最后まで待っていたのですが、間に合いませんでしたので古いのでcopyします。 ◇夏休が近くなり、医学部の学生さんたちが盛にやってきはじめました。高岡君はこのところ幼稚園の園長です。 ◇倒立顕微鏡もタイマーもヒーターも、全部試作品でなく、本物に変り、毎日毎日小生の机の横で顕微鏡映画の撮影が日夜連続でつづけられています。いずれまた面白いのをお目にかけましょう。
《巻頭言》
月報第50号発行記念号
我研究チームが毎月発行している研究連絡月報も、いつの間にか本号で50号と通算されるに至った。この機会に一度、我々の歩いてきた路(それはまっしぐらの一筋の路であったが)を振返ってみることは、今后の進展のためにも、非常に有意義であろう。
いま、月報ファイルのNo. を開いてみると、月報第1号は、No.6001、1960-6-17発行となっている。その巻頭に、月報を発行するに至るまでの我々グループの歴史が簡単に記されているので、ここに再録しよう。勿論これは文部省の研究班としての歴史で、我々の共同研究の歴史はそれより遥かに古いことを附言しておく。
“癌研究班に於ける組織培養研究グループの歴史:
癌研究に組織培養がきわめて有用の研究法であることは当然であるにも拘わらず、昨 年度以前はこの班に1名も組織培養研究者は参加していなかった。そこで昭和34年度の 綜合研究の申請にあたって、勝田を中心にして組織培養研究グループが新班編成を計画 した。しかしこの申請は全面的には認可されず、癌研究班の内の放射線研究グループに、 勝田のみを収容しようとしたので、その他に高野宏一(現在在米)、奥村秀夫(当時、東邦
大、解剖)、の両名も収容してもらい、各員10万宛の研究費(勝田は後に5万円追加)をも
らって発足した。この班における3名の立場は全く自由であり、放射線の仕事を考慮に 入れる必要、義務は全く負わされなかった。昭和35年度編成にあたり、新たにウィルス 研究者と組織培養研究者とを合わせて一つの班を作ることになり、上記3名がそちらに 移ると共に、さらに3名(遠藤浩良、高木良三郎、伊藤英太郎)を加え得たのである”
(このウィルスとの寄合世帯は釜洞班と呼ばれていたが、1年后の昭和36年度には分離独立して、組織培養だけの班を結成することができた。)
月報の第1号→第3号は、Ditto刷りで、あまりきれいな出来上りではない。第1号を繰ってみると、“組織培養内悪性化のための研究”という言葉がすでに現れて居り、そのためにまず正常の細胞株を作ろうと計画している。当時としては仕方のない考え方であろ。う。高野班員は細胞の凍結保存のテストをはじめている。高木班員は腫瘍組織のマイクロゾーム、リボ核蛋白、デオキシリボ核蛋白などの分劃を抽出し、これを正常由来の細胞の培養への添加を試みている。
なお組織培養内発癌研究の発表として、一連の総合題名を付けることが、このとき既に決められている。第6002号で面白いのは、細胞の腫瘍性はさることながら“正常性”とは一体何かと皆で論じあっていることです(寄稿)。このころ、株細胞は原組織の特性を保持していることがある、として、JTC-4、JTC-6などについて膠原質産生能を共同でしらべ、連名で癌学会に発表しました。遠藤班員は勝田との共同研究として、HeLaを用い、性ホルモンの影響をしらべはじめている。奥村班員はLやHeLaの無蛋白培地亜株の染色体分析をおこなっている。第6004号(9月)からはAgfaのCopyrapid判で月報を作りはじめたので、現在よりもきれいなcopyが得られている。昭和35年9月3日、伝研で行われた組織培養グループだけの第1回の班会議の速記が第6004号にのっている。毎号一人で書くのにうんざりして、各班員のかいた原稿をまとめて綴じるようになったのは、第6005号からである。そして第1回の月報寄稿星取表もこの号に現れている。このころ、勝田はL・P1のアミノ酸要求をしらべて居り、高木班員は腫瘍分劃をJTC-4に加えて悪戦苦闘している。第2回の班会議は12月20日、癌学会の翌日開かれ、報告と例年度の申請について相談している。
月報ファイルNo. は、1961・1月からで、この巻から初めて年12册宛揃い出した。昭和36年度は(組織培養による正常及び腫瘍細胞の研究)という総合課題名で、班員は7人(勝田、遠藤、奥村、高木、伊藤、高野、堀川)。ここに初めて勝田班として組織培養が完全独立した。堀川班員は大学院を卒業して放医研に移った年である。第6102号には、勝田がはじめて
Parabiotic cultureについて報告している。高木班員は(PVP+LYT)の培地を用い、添加したRNA分劃のJTC-4による消費をしらべている。高野班員は殊に腫瘍のcrude
extractを与えている。この年度から年5回の班会議がはじまり、第1回は5月14日、阪大癌研でおこなわれた。この第1次勝田班の研究目標は三つに大別され、1)培養内発癌、2)正常・腫瘍細胞間の相互作用。3)正常及び腫瘍細胞の特性の比較であった。1)でも2)でもないのは3)に入った訳である。研究費は120万で各人15万宛、高木、伊藤両班員の旅費が6万円、中央費9万円であった。班会議では発癌実験のための詳細な分担が決められたが、結果的には少数の班員がこれを実行しただけであった。この年は、勝田は正常・腫瘍間の相互作用の研究に全力をあげ、発癌に用いるための正常ラッテ肝細胞の培養の研究もおこなっている。高木班員は前半はRNA分劃の添加を粘っていた。堀川班員はL株を使って、色々な耐性を作ったり、耐性細胞の発現機構をしらべている。高野班員は10月30日、米国に“帰った”と記載されている。この年、勝田は4NQとラッテ肝を組合わせたが面白い結果が得られず(DABとラッテ肝)に変えたところ、年度の終りに近くなって、俄然DABによる増殖誘導の事実が見出され、大いに活気がついてきた。
月報ファイルNo. (1962)の第1号の1頁に“班会議のあと全部を一人で書くのはかなわないから、自分の演説の分は自分でかいてきてくれ”と記してある。よくこれまで辛棒したもの、と今にして思う。この年から佐藤、山田両班員が加わり(高野班員と山田班員と入れ代り)、計8人で160万円にふえている。但し昨年度の“悪平等”にこりて、この年の配分は、15万円、10万円、5万円と3段階を作り、あとは成績により第2次配給という制度に変っている。
高木班員はJTC-4にDAB、ハムスター腎にStilbestrol、・・・色々の組合せで頑張ったが、渡米のため11月で中途挫折してしまった。あとは杉氏がバトンタッチして今日に至っている。佐藤班員は呑竜ラッテにDAB、メチルDABでenergischによく働き、いずれも増殖誘導のおこることを見出している。堀川班員は京大に移り、Lに他の核を貪喰させる仕事をはじめている。奥村班員は凍結保存による細胞の淘汰の問題を染色体分析によってしらべ、
遠藤班員は相不変HeLaとホルモンをしらべている。勝田はDABで増殖を誘導したラッテ肝に、さらに第2次刺戟を色々と加えて試みたが、仲々真の悪性化に至らず、その現状を、12月4日、大阪で開かれた(発癌の生化学)のシンポジウムで報告している。
昭和38年度は、第1次勝田班が2年つづき、発癌について何か出そうなことが判ってきたので、班を解散し、改めて(組織培養による発癌機構の研究)として、新しい班を申請することとし、班員は勝田、佐藤、山田、伊藤、堀川、杉、黒木の7人で出発した。真の意味の初登場は黒木班員である。奥村氏は勤務先の都合上、この年は入班しなかった。これまでの月報ファイルにくらべ、この年のNo. はずしりと重くなっている。熱心に仕事をやり、詳細に報告する人が増えてきたからである。勝田と佐藤班員は(ラッテ肝-DAB、メチルDAB)の組合せで奮闘している。結局この年にはまだ復元接種試験陽性の細胞変化は得られていないが。杉班員は(Golden
hamster-Stilbestrol)をつづけたが成果なく、堀川班員は前半L細胞の喰作用を利用して形質転換を図っているが、10月2日にはWisconsin大学へ留学にでかけてしまった。今となってみると、班のためには非常に惜しいことであった。この年は、4月には医学会総会で組織培養の演者5人の内3人を当班が占め(しかも格段と評判が良く)、5月には佐藤班員が岡山で組織培養学会の研究会開催を引受け(癌と組織培養)のシンポジウムでは名司会と評された。新入の黒木班員はハムスターポーチを利用しての、腫瘍の異種移植の基礎的データをがっちりとしらべ上げて行った。なお、この年の研究費は210万円で、大分増額された。
昭和39年に入り、発癌実験は俄然進展した。勝田が偶然に“なぎさ”培養で細胞の変換を見出し、その原因究明につとめ、追試実験でも同期間の5週間でやはり変換が起こり、100%ではないが再現性をたしかめた。そして前月号に発表したような、発癌機構に関する“なぎさ説”が誕生したのである。
この知見と理論は、他班員の発癌実験にも、その計画立案に有効に生かし得るものであるし、且活用されなくてはならない。第2次勝田班も、しかし、これでどうやら看板通りの実績を上げられる見通しがついて、ほっとしたものである。
昭和39年度は、研究費は230万円に増額された。1年休班した奥村君もまた新たに加わり、各種正常細胞を初代からcloningしてpure
cloneでのきれいな発癌実験を可能にさせるべく努力してくれている。前年度后半から客員となっていた安村氏も、今年度からは正式の班員として加わったが、惜しいことにこの夏から渡米されることに急に決まった。ただ在米中の高木氏が12月頃には帰国して、ピンチヒッターの杉班員と交代されることは心強い。関口班員は今年度はじめての入班であるが、7月16日から癌センターの室長として栄転することに決まった。しかし国内のしかも東京にいるのであるから、班会議には出席できるし、月報にも8月号から寄稿することになっている。
月報を出しはじめてから、かぞえてみると4年2月になる。その間毎年5回宛班会議を開き、月報と会議とで、たえず班員間の連絡を緊密にとり合い、励まし合ってきた。他の綜合班では班会議をせいぜい2回、よくて3回、ひどいのは1回(例えば1960のときの釜洞班)というのもある。私としては、綜合研究班というものは、こうあるべきものである−という一つのモデルをおこなっているつもりである。それが良かったか悪かったかは(もちろん各個人の能力にもよるが)、班としての成果で評価されよう。班員が互いに切磋琢磨し合うということは非常に有意義なことである上、同じ畑の、しかも他機関の研究者に自分の仕事がたえず認識されているという自覚は、孤独感によるスランプの発生を防止する。将来たとえ班の結成が許可されないような不幸(我々自身がしっかり仕事をやっていればそんなことは起らないのだが)に陥ったとしても、月報だけは少なくとも続けて行く価値があろう。
癌研究はこれからである。発癌機構が判っても、次には治療とか予防の問題が控えている。とにかく画期的な治療でなければなるまい、ということは想像がつくが、そこでもまた我々の決死の努力が要求されるであろう。とにかく癌という代物は、少くとも我々の代で解決して、次代までこの苦労を持越させてはならないものである。そのためには、並々の努力などでは絶対に駄目である。よっぽど疲れた場合以外は、日曜でも祭日でも研究をつづけなくてはならない。家庭奉仕などは死んでからゆっくりやれば良い。(ただし、癌をやっつけられれば、これは実に大きな意味での家庭奉仕である。)
昭和39年度もすでに1/4が過ぎた。あとで振返ってみて、あああの年はよく仕事をやったと、自分でも満足し、悔いのない年にしよう。
今后とも班員各位の奮励努力を期待して止まない。
6408:◇今年の研究費には驚いた。5月何日までに確定申請を出せば6月末までに金を交付するなんていうので、皆さんも一刻も早いことをのぞんで居られることと思い、学会の忙しいときに時間をさいて無理して書類をかいて出したのですが、6月下旬はおろか、7月になっても何も云ってこない。折角班会議を延期して待ったのに、それにも間に合わない。8月1日の朝とうとうしびれを切らしてこちらから出向き文部省の助成課の方に同道して頂いてやっと会計で手に入れた始末。しかも7月27日に発送したという交付通知書は8月1日に到着。料金後納なのでスタンプがなく、本当に27日に出したものかどうかの証拠もない。だいいち、1月以上もおくれているのに速達でもないし、書留でもないから途中紛失したらそれ切りである。一体これは誰の責任なのだろう。どこかに自分のなすべき義務をなおざりにした奴が居るにちがいない。悪くかんぐれば、1月余、金をねかしてその利子(膨大になる筈)で会計の穴埋めをした、ということも考えられる。とにかく国民の金をあずかって一刻も早くそれを役立て研究を促進しようという気がないのだから、こんなのはさっさと辞めさせるべきである。とにかく8月22日の班長会議ではじっくり事情をきいてみます。このさわぎで今月は月報の発行が少しおくれました。来月からはまたきちんとやりましょう。 ◇Purdue
UniversityのProf.M.Moskowitzがまたやってきました。8月6日羽田着。こんどは1年近くの滞在ですから皆さんと大分お近付きになれると思います。よろしく。 ◇関口君ががんセンターに移り、そのあとの助手に高岡君が8月1日附で昇任の予定です(手続に1月位かかります)。これまたどうぞよろしく。高岡君のあとには、来春日本女子大の家政科学科を卒業する武田宣子君が入る予定で、この夏には手伝いがてら勉強にきてくれています。 ◇小生の横の机の上にケンビ鏡映画撮影装置があり、これが昼も夜も年中まわっているので、送風式incubatorのため小生の部屋は猛烈な高温になり、いたたまれず、遂にcoolerをつけました。ついでに大部屋にも一つ附けて、その代りこの夏は休暇なしだぞ、と宣言したところです。何はともあれ今年は快適な夏になりました。
6409:◇今月から月報原稿を催促しないことにしましたら御らんの通り。小生を除いて他は到着順に並べました。奥村君のは25日の夜およくに届きました。 ◇今年の研究費のおくれた理由については、事情は次の班会議のとき説明しますが、要するに文部省の人たちがふだん接する人たちは、そう研究費にあくせくしないような人たちばかりだから、下々の台所の苦しいやりくりなんか身に沁みて分らない、ということらしいです。 ◇月報原稿はよこさんでも研究はチャンとやっているんでしょうね。男一匹、一生をかけてどんな絵をかき上げるか、死ぬ時は笑って死にたいものだ。身を粉にして頑張ろうぜ。
◇フィルムをつめかえる10分余位だけ止めるだけで、あとは日夜連続で顕微鏡映画撮影をつづけています。 ◇暑さも少し峠を越えたので、廊下の隅で飼育しているラッテもようやく仔を生みはじめ、RLH-2の復元接種に使えるようになりました。結果は9月26日の班会議で。 ◇この夏の水のひどさ! 研究者一同は東知事を告訴すべきである。
6410:◇月報の編集が終るとやれやれとほっとします。老眼鏡をかけながらこれをかいている姿を御想像下さい。 ◇先日の班会議は、小生は小生なりに得るところがありました。たとえば黒木君のデータなど、そのような仕事は散発的にこれまでも見られたとは云え、やはり身近の細胞でsystematicにやった成果を、Histologyと一緒に示してもらうと勇気が湧いてきます。この次はぜひ、ラッテの大きくなるのを待ってコーチゾン処理してRLH-1をうえてみます。そしてラッテを何代か継代した后で無処置のラッテに植えてみるつもりです。土井田君のデータもこんど持って帰ったRLH-2の核型と比較してみると非常に物を云ってくるでしょう。大阪勢もようやく態勢が整ってきたし、これから半年間、大いにラストスパートをかけましょう。奥村君にも兎50匹分をさし上げますから当分実験をやってもらえる筈で、ぜひホルモン発癌に入ってもらいたいものです。 ◇いまこれをかいている、となりの机の上で映画装置が廻っています。RLC-2の2核の肝細胞がどんな分裂様式をするのか見てみよう、というわけです。この2月ごろから本当によく映画をとりつづけてきました。“なぎさ”細胞の変異の状況を映画にとって見付けられたことも、日本光学の倒立顕微鏡ができたから初めて可能になったことであり、研究というものと、機械、器具の発達とは切っても切れない仲で、もちつもたれつ、synergismで進歩して行くものであるということを改めてまた痛感する。
6411:◇あっと云う間に10月もすぎてしまって、まったくおどろくばかりの月日の早さです。11月も学会が多いのでまたたく間でしょう。そして師走がきて、ジングルベルが鳴って今年もおしまい。それを繰返していれば、あっという間に定年。はかないね。 ◇フィンランドのヘルシンキ大学・病理のProf.Erkki
Saxenから、こんどUICCでinternationalな癌の雑誌を出すことになり、自分が編集長になった。ついてはこれ迄のよしみでEditarialCommitteeなどについて意見をきかせろ、と云ってきました。これは本当に良いことなので大いに激励しておきました。そしてEditorial
Boardともなると、事務的にもきちんきちんとやれる人でないと困るので、東大病理の太田教授を推薦しておきました。 ◇伝研の他の研究室にいまタイ国のシュポンさんという医学者がきていますが、この人と話していたら、タイにもTCをやっているCell
biologistsが3人おり、その内2人は癌をやっているというので、日本の培養学会に入会をすすめる手紙を書きました。将来はアジア諸国をまとめての、Asian
Tissue Culture Associationを作らなくてはなりませんから、その第二歩目(第一歩はインド)です。 ◇インドといえば、小生のインド行きもだんだん日が迫り、国際学会后の講演旅行のスケジュールもあちらから送ってきましたが、3日の内1日は飛行機に乗っている(時間の関係から旅行は全部飛行機です)ほど、忙しい旅になりそうです。現在の予定ではBombay、Baroda、Delhi、Agra、Hyderabadとまわるつもりです。研究所の一番多いのはBombayのようです。タイ国と連絡が取れたら、帰途にバンコックに2日ほど寄って講演と見物をし、2月上旬帰国ということになりそうです。2月号の月報をどうしようかな、と今考えているところです。発つのは1月7日か9日のAirIndiaのつもりです。今からとても気がかりなのは、伝染病ことにコレラなんかもらいやしないか、ということと、禁酒国なので、外人旅行者にも少量しか配給割当がないということです。どなたか凍結乾燥したウィスキーなど売っているところを御存知ありませんか。 ◇オリンピックも余り混雑せずに済んでほっとしました。実物を見たのは花火だけでした。開会式の夜、伝研の窓からよく見えました。
6412:◇今号は伊藤君の寄稿や山田君が武田製薬のパンフレットに出した別刷も加わって大分にぎやかです。 ◇なぜ今号の発行がこんなにおくれたか、その理由はぜひ聞いておいてもらいたい。それは先月の班会議のとき、皆が要旨をかいてもってこなかったからです。三島から帰ってすぐ月報をあの月の中に括める予定にしていました。12月に入ったら来年度の研究費申請書をかかなくてはならないからです。それなのに12月になってからやっと送ってくる始末で、私は来月居なくなるから、研究費の申請の方をさきにすっかり整えて、それから月報にかかった次第です。他人に迷惑をかけないように心掛けましょう。おかげで印度へ送る原稿も未だ一行もかいてない次第です。 ◇予防注射だの買物だのと忙しい思いをしています。2月の班会議のときにはスライドもお目にかけられるでしょう。では皆さん、お元気で、良い新年を!