【勝田班月報・編集後記】
6501:(印度講演旅行のため編集後記を書く暇なし)
《巻頭言》
新年おめでとう!
また新しい年がめぐってきましたね。振返ってみると昨年は仲々良い成果を上げました。発癌の研究班として着実に第2年度の予定をほぼ遂行しました。愈々今年は第3年度に突入するわけで、薬物による発癌もぜひ完成したいものです。いやおそらく出来ると私は感じます。皆さん、しっかり頑張りましょう。
第3年度の申請の、分担課題と分担者名を次に記します。研究を拘束されないような題名をつけました。なお予研の山田班員と、東北大抗研の山根績氏とは、ウィルスを用いたい御希望なので、山本正氏の癌ウィルスの班に入れて頂くようにしました。
組織培養による発癌機構の細胞病理学的研究 勝田 甫
〃 病理発生学的研究 佐藤 二郎
〃 細胞免疫学的研究 高木良三郎
〃 内分泌学的研究 奥村 秀夫
〃 細胞化学的研究 高井新一郎
〃 細胞生物学的研究 黒木登志夫
〃 細胞遺伝学的研究 土井田幸郎
〃 組織化学的研究 堀 浩 以上 8名
こうやって眺めていると、色々な専門家がいて、実にすばらしい組合せです。今年は夫々の特色を生かし合って、実際的な共同研究をおこなうことを特に心がけましょう。秋の癌学会にはぞろぞろ皆の名前が並ぶようにやりたいものです。それには、今からはじめて夏までには一通りデータが揃う位のつもりでやらなくてはなりません。2月の夫々の班会議のときには、このことをかなり具体的に相談いたしましょう。皆さん夫々考をねっておいて下さい。
今年は我班の、この研究題名での最后の年です。いよいよ最后の突撃に入る年です。もはやためらうことは許されません。身を粉にして頑張りましょう。もうラッパが鳴りわたっています。聞えるでしょう、突撃ラッパが!
6502:◇1月号はとうとう編集後記をかく暇なく出発してしまいました。さて帰ってきてみると、2月号用のこの貧弱な原稿はどうですか。1月号も薄く、2月号も薄く、一寸留守をするとこの調子では、あきれ返ります。 ◇帰ってきてすぐこの号を発行するつもりでしたが、印度ですっかり胃を痛めて回復に1週間かかりました。連日辛い印度料理で、初めはなるべく避けていたのですが、肉類はそういうのに入っているし、食わないと痩せるので(55kg→50kgにやせました)、とうとう手を出したらすっかり胃をやられました。 ◇日本は、水もきれいで美味いし、物は一杯あるし、まったくパラダイスです。惜しいことに皆それを余り痛感しないで、時間を無駄にすごしているようです。
《巻頭言》
印度より帰りて−
1月11日から14日にかけてBombayで開かれた国際細胞生物学会(ユネスコICRO主催)に招待され、その后印度各地を講演旅行し、帰途タイ国のバンコックでも医科大学で講演をおこなって約1月の不在の后日本に帰ってきました。
私にとっては初めての外国旅行なのでずい分色々な教訓をえました。また班会議の機会でも利用してスライド(カラー写真を840枚とってきました)で色々御説明しますが、印象のうすれない内に痛感したことから拾って若干感想を記しましょう。
1.学問的レベルについて
印度は仲々科学研究が盛んです。欧州から招待されてきた連中は何れも調子を落した話をしていました。ユネスコからの“科学的低開発国の研究を促進するため”という招待文句を間に受けすぎたのでしょうか。植物の組織培養をやっている人の多いのには特におどろきました。日本の10倍以上でしょう。癌をやっているのも居ますが、とにかく培養屋人口はかなりなものです。しかしそれらの成果の何%が信頼できるか、という点になるとまだ問題はかなりあるでしょう。信頼できるデータを出しているような処ではやはり、かなり基礎的データを目下コツコツためているところ、という感じを受けました。そして、例えば、いわゆるLeighton
tubeなど自分で円形回転管から作っていました。(中共との紛争から輸入が極度に制限されていることと、一般工業のレベルがまだ低いためです。)
Microspectrophotometryなど、器械を自分で組立て、染色法の検討(Feulgenなど)からがっちりやっている研究所もありました。頭の良いのは居ますし、本もよく読んでいます。ただ未だ経験が少し不足、いわば実戦不足で、手のきちんと動かせるのが少いということです。それともう一つの欠点はせっせと働くのは少い、ということです。土曜日は休むし、夕方は5時から6時ごろになると皆帰ってしまうようです。“我々日本人は予算や設備の足りないところは努力でおぎなっているのだ。日曜だって月に一度位しか休まない”と云ってやりましたら、初めは“我々だってそうだ”なんて云っていましたが、国際学会が済んでから研究施設に毎日のようにこちらが出掛けて行ったとき、こちらは朝9時前から行って、誰々から順に出勤してくるか観察したり、夕方も暗くなる迄討論をやめないで続けていたら、向うももはや見栄ぱりは云わなくなり、日本人にはかなわんということを認めたようです。実際の行動で示してやった訳です。
タイ国は印度に比べるとはるかに経済的に豊かな国ですが、研究という面ではこれからやっと研究がはじまる、というところでした。現在は日本をはじめ外国の研究者が滞在して研究者の養成をしているところです。
2.研究設備について
仲々立派なのがあります。BombayにあるTata
Memorial Institute for Fundamental
Researchesなどは医科系ではなく、数学、統計などが主で、分子生物学もごくわずか入っていますが、コンクリの5〜6階建のホテルのような建物でした。全館air-conditionedで、広いロビー、きれいな食堂、応接間のような図書室などには壁画や彫刻が並び、図書も科学だけでなく、藝術に関するようなものも集めて一般的教養のレベル向上につとめている、というのが自慢のようでした。他には、これほどでないにしても、かなり良く整っているのがかなりありましたが、何と云っても、猛暑を防ぐにはやはり困るようで、ルームクーラーを入れてあっても、いちばん暑いときには防ぎ切れないようです。それと輸入制限で色々な実験材料や薬品の入手には本当に困っているようでした。
3.会話について
印度では200種以上の言葉があるので、科学的集会だけでなく、講義もすべて英語でやっているようです。だから英会話には熟達している者が多いのですが、同時にそれがいわゆるIndian
Englishというので、すごくなまりの入ったのも多いのです。私の講演のとき座長は英国のDr.John
Paulでしたが、質問がよく判らないのがあって、彼にきいたら彼にも判らない、というのがあった位です。
しかし、外国へ行くのに或一定のところに何年か落着いて研究する場合はまだしもですが、国際学会などに出て行くには、相当会話の練習をして行かないと、討論などまるっきり出来ないで、何の為に行ったのか判らなくなります。慶応の中沢君がアメリカに居たころ、日本の某大の教授がやってきて、これがオシでツンボで出来ることと云ったら向うの教授と一緒に写真をとっただけなんで、なんで日本の政府はこんな奴をよこすんだ、なんておこってきましたが、本当です。反って恥さらしです。私の経験では、日本にいても毎日英語をしゃべっていたのですが、それだけでは不足で、やはり、4、5日してからはじめて本当に慣れてきました。日本語を忘れなければダメです。入ってきた英語をそのまますっーと受入れて、考えるのも英語で考えてしゃべる。だから最后まで困ったのは数字でした。スーッと来ないのです。nighteenぐらい迄は良いとして、fifty
sevenというと頭の中で57とかき直してしまうのです。その間に向うは先に進んでしまっています。会話は決して速成がききません。だから今から1日も早く練習をしはじめて下さい。
6503:◇今朝の新聞に次の記事が出ていました(2月24日・読売・ガン研究に1千万円、科学技術庁)。科学技術庁のは呼水で、問題はそのあとの、文部省と厚生省と第1年度1億円宛の研究費です。きわめて有効に使えるように考えてもらいたいものです。 ◇仕事は学会でしゃべっただけでは駄目です。論文にかいて出版しなければ何の価値も認められません。仕事をまとめたら、きちんきちんと書いて行くようにしましょう。私も今年前半は、たまっているのを一挙に片附けるつもりです。 ◇伝研では昭和40年度に“癌細胞学研究部”という講座が一つ新設されること、文部省より内示がありました。 ◇次号からは北大の堀浩君が顔を出すことになります。山田班員からはこの最終号にも原稿を頂けませんでしたが、どうも永いこと御苦労様でした。御自分に一層合った研究グループのなかで、一層仕事をのばして行かれるよう期待します。 ◇2月末ともなるとやはり日の永くなったことを感じます。今日は東京でも少し雪がチラチラとしましたが、またすぐ止んでしまいました。どんどん春の近付いてくる感じです。これから夏までに大いに仕事を頑張っておきましょう。
6504:◇春めいて暖かくなるのは良いですが、学会シーズンで落着いて仕事のしにくくなるのは困りますね。◇3月22日(月)午后、伝研の会議室でアメリカのDr.I.R.Konigsbergにきてもらって、東京近辺の培養屋が集まり、話をきかせてもらいました。“Cellular
differentiation in clones derived from embryonic
muscle cells" というので、Chick embryoのmuscle
cellsをバラバラにしてシャーレにまき筋センイに分化して行くのを観察した仕事で、仲々面白い話でした。結論は要するに筋の細胞から筋センイができ、Fibro
blastsからは出来ない、ということになりますが、技術的なこともかなり詳しく説明してくれたので有益でした。しかし例によって日本人は討論のときだまり返って、面白いのか面白くないのか、さっぱり反応を示さない人が多く、残念でした。こういうのは折角きてくれた人に対し失礼だと思います。たまたま上京していた大阪の川原氏など(失礼ながら)下手な英語でも、どんどん質問していました。こういう態度を見習うべきだと思います。◇川原氏は培養学会の演題がたりないと云って、それを探しに上京したのですが、無事目的を果し、学会はシンポジウム無しですが、5月15日午后、16日丸一日と、一日半を使うそうです。私もインドのスライドを土曜の夕方やることになりました。高木君もMemphisのTC-Lab.のスライドを見せます。
《巻頭言》
UICCで国際雑誌を発行:
1965年度からUICC(Unio Internationalis Contra
Cancrum)が癌研究の国際雑誌を出すことに決まり、Editorial
Boardは各国からえらんで28人です。日本では太田邦夫教授がなりました。誌名は“International
Journal of Cancer" Chief EditorはFinlandのProf.E.A.Saxenで原稿は彼のところへ送ることになっています。年6回発行で各号100頁位の由。初めは原稿がたまっていないから出るのが早いと思います。投稿規定が私のところへ来ていますから、御希望の方があればお知らせします。内容は基礎的研究が主体です。
国際癌研究組織培養シンポジウム:
1966秋の東京におけるUICCの国際癌学会を利用して、出席する外国研究者のなかから組織培養をやっている人をえらび、会期中あるいは会期直前に、標記のようなシンポジウムをやりたいと思っています。ただこれをUICCの事業の一端とするか、それとも別個のものにするか、吉田富三教授を通じて目下UICCと交渉しています。とにかく確実に開くことは開きます。余り大ぜいでなく、Closed
systemでやりたいと思っています。
国際組織培養学会:
1966年の9月に米国で米国組織培養学会が中心になって開くよう計画しています。
Dr.EvansとDr.Sanfordがco-chairmenで、7 half-day
sessionsを持つ予定です。42人を招待し、全部で350人に制限する由です。開催地はペンシルバニア州のBedford
Springsです。この42speakersというのは米国人を含めてですから、日本からは果して何人呼んでもらえるか、です。金は大分集める気のようですから、外国人には当然旅費が出るものと思います。
Dr.Margaret R.Murrayより禮状:
昨年暮から夏にかけて、彼女の要請により、我々は手分けをして培養の仕事の別刷を集め、中沢君が括めてリストを附して彼女に送ってくれましたが、合計3,000あって、その半分は未だ知らなかったそうで、“日本人がある事で、助けようと云ったら、それは本当に助けることだ、ということが判りました。他のどこの培養学会もこれほど雅量があり且精力的に協力してくれたところは無かった”と大変なよろこび方でした。皆さん、本当に御協力ありがとう御座いました。日本人に対する評価がさらに高められた一歩でした。
“具体化する国際ガン研究機構”吉田氏ら12権威招きリヨンで専門家会議毎日・夕刊: 皆さんも御承知でしょうが、上のような報道が色々な新聞に出ていました。
ドゴールが云い出したことだそうですが、アメリカに対する捲返しの意味で、欧州が中心になっているものです。
吉田教授も招かれているようですが、UICCとの関係をどうするのか。余りいくつも同じようなものを世界に作っても、対立するような結果になったは困ると思います。
吉田教授が“各国の意向を十分聞いてくる”と云って居られるのは仲々含みのある言葉だ思います。学問の世界に政治が飛込んでくるのは本当に困り者ですから。
6505:◇今月は奥村君を除いては全班員の報告が入りました。黒木君もいよいよ発癌実験の準備に入ってくれたようで何よりです。堀君の仕事も面白そうで班会議がたのしみです。 ◇岡大の佐藤班員のところに同大の病理から助手が一人入り手はじめに伝研に半年留学して組織培養の技術を4月12日から実習しています。難波正義君です。よろしく。それから同じ日から、高岡君の自由学園の後輩が1人入って高岡君の弟子になりました。石木寿美子君です。これまたよろしく。高岡君はいま大変御満悦です。 ◇いつも班会議の速記で高岡君が十二指腸潰瘍を悪くしますので、東大・理学部・生物化学科の大学院生の松村外志張君にこんどから速記をたのむことにしました。また班会議のとき、生化学方面の顧問として東大教養学部生物学教室の永井克孝君に出席をおねがいすることにしました。◇秋のTC学会は私のところでやることになりましたが、10月上旬の予定です。9月はいつも台風で予定が狂いますから。シンポジウムは〔癌と組織培養〕で半日でなく、丸一日にするかも知れません。内容が決まり次第、班員の方にも課題提供をおねがいするかも知れませんが、その節はどうぞよろしく。すばらしい内容のものにしたいと念じて居ります。◇第12回の班会議は6月下旬よりも7月上旬の方が良いかも知れませんが、皆さん御都合いかがですか。 ◇来年10月のUICC国際癌学会の前日と前々日を利用して癌研究国際組織培養学会を開く計画は、あとの出版のことがありますので母団体を探していたのですが、日本癌学会が“主催”することを同意してくれました。但し出版以外には一切、金も手も貸してくれません。大いに皆さん手伝って頂かなくてはならないと思います。どんな人を呼びたいか、御指名がありましたら、なるべく早く私にお知らせください。
《巻頭言》
肝癌発生の抑制と促進
この4月下旬に長崎大学で日本病理学会総会が開かれ、その宿題報告の一つに、阪大病理の宮地教授の“わが国の肝癌−とくに肝硬変との関係について”という報告があったが、このなかで我々に特に関係の深そうなデータとしてラッテによる実験的肝癌の発生の諸データがあったので紹介する。
まず第一に面白いのはDAB発癌に於て、ラッテに与える飼料の蛋白量及び蛋白の質如何によって発癌率になかり差があるということで、例えば0.06%DAB食を40週与えた場合、飼料の蛋白が
1)カゼインでは肝癌発生は3/19、2)カゼインのキモトリプシン分解物では5/19、3)カゼイン型アミノ酸では1/13、4)カゼイン型アミノ酸で低トリプトファンでは8/18、
5)トリプトファン添加のカゼイン水解物では4/9であった。またDAB、180日で、カゼイン食で肝癌30%肝硬変15%に対し、ツエイン・リジン食では肝癌80%肝硬変45%であった。
0.06%DABに0.006%Sudan を添加すると、肝癌は33%から11%へ、肝硬変は30%から
0%に抑えられた。エチオニン併用では、0.045%DAB、25週食で4週后に肝癌は9/19であるのに対し、DAB食の前に0.25%エチオニン食を6週与えると、12/19と増加した。但しエチオニンのみ与えて29週后の成績は肝癌0/9。別の実験でエチオニンだけ31週与えた場合は、4週后に3/16の肝癌があった。ヂメチルニトロサミン(DMN)も促進効果があり、0.08%DAB13週食后、13週さらに后に肝癌は9/21であるのに対し、あとの13週にDMNを0.006%与えると、18/28となった。DMNのみ13週与えたのでは0/23であった。但し別の実験ではDMNの期間までDABを与えた(26週)方が少し発癌率が高かった。また別の実験ではDMNが逆にはっきり抑制効果を示し、0.05%
DAB26週食のあと7週后では17/29(♂)、6/34(♀)であるのに、DMN
0.006%を同時併用すると、1/13(♂)、0/18(♀)となり、DMNだけでは3/31(♂)、0/33(♀)であった。その他チアアセトンアミド0.035%併用は促進、タンニン注射も促進。
四塩化炭素の併用も著明に促進した。またDABを連続投与すると肝癌が多く、断続投与すると肝硬変が多くなった。
我々の発癌実験に於ても、発癌因子の相乗効果を狙って、何種類かを併用することも考えておいて良いのではあるまいか。
6506:◇今号は研究費の確定申請やら何やら、色々なものが一ぺんにやってきて、いささか発行がおくれました。欠席の堀班員はあとから報告を送ってきましたので、23頁に入れました。しかしやっぱりスライドか標本を見せて説明して頂かないとね。 ◇とにかく今回の班会議は全く記念すべきものでした。佐藤班員もあれだけ熱心にやってきていたのですから、そこで腫瘍ができた、ということは本当に結構なことで、佐藤班員の努力も報いられました。何とか、あとは再現性が主張できるようにしたいものです。 ◇班会議へ行く前にnewbornsの色々なところへRLH-1〜4を入れて行ったのですが、これがどうも面白いようです。腹腔へ入れたRLH-1とRLH-4では腹水がたまりかけていますし、殊に后者の方は分裂がかなりあるcell
islandsがみられます。あとはラッテの死ぬのを待つばかり。癌学会〆切には間に合うでしょう。その他なぎさとDABを組合せたのが面白いのですが、これは来月の月報にかきましょう。予告篇まで。 ◇Prof.Moskowitzは7月末に帰米の予定ですが、その前に日本婦人と結婚式をあげる由です。私も未だ逢ったことがないのですが、若い御婦人で仲々activeな人のようです。いま幸福の絶頂のような顔をしています。
◇今年は山極・市川両先生の世界最初の人工発癌の50周年記念です。奇しくも我々が培養内発癌に成功しつつあるというのは山極先輩の霊のおみちびきかも知れません。(市川さんはなお御存命)。
6507:◇梅雨どきの雑菌シーズンですが、皆さん如何ですか。仕事が新幹線みたいにならぬよう祈ります。 ◇当室に滞在中のProf.Mosikowitzはこの間とうとう結婚しました。アキ子さんという人です。7月7日の班会議のときには出席して、是非皆さんにgood
byeを云いたいと申して居ります。7月28日横浜発の船で帰米します。彼の仕事を手伝っていた笠原君も6月一杯で慶応病理に帰ります。 ◇先日、50年前の山極さんの発癌第1報のレポートを探していましたら、たて書きでカナ入りなものですから、佐藤班員のところから来ている難波君が、「ウァーこれはヨメンですネー」と悲鳴をあげました。昔の論文をみていると面白いのがあります。吉田、木下のアゾ色素発癌当時のを見ていましたら、京府大の田中秋三氏が、癌の本態について「それは化学物質なりと余は信ず。しかもその化学物質は硫黄そのものなりと信ず」というのがあって、思わずふき出しました。昔から変だったんですね。 ◇伝研の将来計画も着々と第2次が進行し、東大の昭和41年度概算要求にも組込まれ、今度こそは文部省をパスさせようと張切っています。医科学研究所創設です。◇今月は佐藤班員が大量なデータを寄せてくれました。仲々面白くなってきました。何とか別の株を使っての再現がうまく行くと良いですね。1種類だけですと、その株に何か
Virusのようなものがcontamiしていて出来たなんてことにならないとも限りませんから。
◇日本光学の倒立で写真や映画をとる方におすすめしますが、フィルターにZissの(口惜しいですが)干渉フィルター#467807を使ってごらんなさい。解像力がぐんと上ります。このフィルターは吸収ピークが非常に細長いピークになっているからです。 ◇医学コースに入ってしまった学生をつかまえても仲々うまく基礎に入ってこないので、今年は教養の1年生をつかまえることにしました。7月初めから2人やってきます。しかしこういう何も知らん連中に話をするのは実にむずかしいことですね。 ◇Exp.Cell
Res.,37(3):552-568,1965のSndstromの論文をみても、本号P.14に紹介した本のBangの章をよんでも、外国の連中は肝実質細胞の培養、まして株化なんでまるで出来ないのだから愉快ですね。
◇では7月7日に!
6508:◇今年度の研究費、未だ来ません。毎年おくれて困りますね。何とかもう少し仕事に支障のないように出来ないものでしょうかね。8月9日にパレスホテルで癌関係の班長会議があります。そのときよく相談しておきますが。それから今年度は、この班長の連絡班である〔癌の基礎的研究〕班が解消し、〔腹水化腫瘍諸系の細胞遺伝学的研究〕班がその任を兼ねることになりました。やはり合同の報告会やシンポジウム、その他、略昨年通りに行われる予定です。 ◇今年度は研究費の扱い方が若干変りました。いずれ送金するときその注意書を一緒にお送りしますから、よく注意して御よみ下さい。 ◇この1月ほどは論文の書き通しでした。2篇半ほど書いたら、UICCからこんど発行するInternational
Journal of Cancerの〆切が迫ってしまい(7月一杯にHelsinkiに届くこと)、途中でそれにかかって、やっとぎりぎりで26日朝にNAGISAの論文を発送することができました。その前の数週間というものは毎晩伝研で12時寸前までタイプを打って疲労の極に達しましたが、何とかやっと仕上げました。これで約1月間に3.5篇書いたことになります。残りの0.5もこの月報の上りしだい仕上げにかかる予定です。 ◇今号から、この頁を除いて、字が変わっているのにお気付きでしょう。やっと代りを見付けたところです。まだ不馴れで読みにくいと思いますがお許し下さい。その内だんだんに上手になると思いますので。
◇9月上旬に東京で国際生理学会があり、培養屋も若干来るようですから、東京で半日位講演会を開きたいと思っています。では皆さん、お元気で。
6509:◇先日の班長会議のとき“発癌機構の研究をうたっている班が大分多いようであり、且生化学者の考えている発癌と病理乃至生物学者の考えている発癌との間にはまだ谷間があるように思われるので、そこを一緒に話し合える会を持ったら如何”と提唱したところ“それならお前が立案してやれ”ということになり、12月上旬に開くことになりました。一切を委されましたので、あまり多人数でなく且closed
systemでやりたいと思っています。出席御希望の方がおありでしたら至急御一報下さい。 ◇やっと研究費が届いて(それでも他の班よりは早い方ですが)やれやれです。当班は昨年度よりも減額となり、不本意な思いですが何とか頑張りましょう。先日の班長会議のとき“研究計画もそれに必要なスタッフも班長が揃えるのだから、成果がうまく上らない班の班長は懲罰にしたらどうだ”と云ってやったら、皆あわてて反対していました。愉快だね。がん関係は他の分野よりも(少いとはいえ)研究費を多くもらっているのですから、余程そのことを自覚して謙虚に行動せねばならぬ、ということを暗示してやったのですが、仲々真意の判らぬ人もあるようです。 ◇学校の夏休で東大の教養学部の一年生(理三)が二人、学部の二年が二人、実習に来ています。みんな熱心にやっています。 ◇ラッテの新生児に復元接種しながら足の爪を切ってマークしている高岡君“ハイ次は腹這いにして右の手の爪”これに対するネズ公の反論が右図の通り(イラスト・腹這いでも仰向けでも右手は右手だよ!!)。
◇ついでにもう一つ、先般モスコビッツ教授の送別会を伝研内でやったとき、日本人である新婦と「試験製造室」の前を通りかかったところ「まァ、この部屋は試験問題を作る部屋なんですね!!」マイリマシタ。 ◇愈々秋になって研究に好適のシーズンです。皆さん、いよいよスパートして行きましょう。
6510:◇今月は月報がすっかりおくれてしまいました。月はじめの組織培養学会の研究会の準備、とくにシンポジウムの座長役なんかですっかり疲れた直后、癌学会の準備があり、その間にはちょっと編集する暇がなく、帰ってきてからやっとはじめたのですが、今号はごらんのように分厚い号なので、すっかり手間どってしまいました。もう月はじめの研究会はこりました。次回からは月末にして、その原稿を次の月報に用いるようにします。◇癌学会では高木班員に大変お世話になりました。2、000人以上集まって、癌学会も全くマンモス化しすぎて困り物ですね。生化学、ウィルス、と続けていた人はすっかりくたくたになったことと思います。◇TC学会も10年の歴史を持つことになったわけですが、この独特の運営法はやはり若い人に評判が良いようで何よりです。来春は福岡ときまりました。高木君も仲々大変と思います。我々もできるだけ多く参加して盛会になるようにして上げたいものです。 ◇最近日本光学で新しく顕微鏡のカメラ装置を作り目下テスト中です。
6511:◇〔がんブーム〕とか〔がんノイローゼ〕などと急に世の中がさわぎ出したが、おかしなものである。我々の班の研究費など昨年より減らされたし、第一、金を出しさえすればそれだけですぐ研究の成果がすぐ上ると思うのがおかしい。前にもかいたことだが、建物や施設は1年で揃えられても、肝腎の研究者は即製できない。どうしても一人前にするには10年や20年はかかる。それだって打率は10割ではない。10人仕込んで1人と考える方が安全である。それにも拘わらず政府は研究所の助手の定員をふやそうとしない。否むしろ、伝研などは減らされつつある。おかしな話である。全く、成ってない話である。
◇この秋は学会の連続で月報の発行がだいぶおくれてしまった。申訳ない次第である。それにこりて、第14回の連絡会は月末に持って行きました。その材料で12月号の月報を作ります。1月号は12月末か1月はじめに原稿を送って頂いて作ります。 ◇先日12チャンネルのテレビの〔乳癌は全治するか〕というのに、例の肝細胞と肝癌細胞を混ぜて撮した顕微鏡映画のフィルムを貸してやったら、それを見てあちこちから依頼がきます。マスコミというのはどうしてこんなに泥縄を好むのでしょうね。これもおかしな話の一つである。◇土井田君も11月1日朝の飛行機で無事に羽田を発ちました。高岡君が見送りに行ったら、小さな子供さん二人をつれて大変のようだったそうです。子供連れは船の方が良いですね。
6512:◇こんどの班会議は“班としての問題を班員全部が、自分たちの問題として真剣に考え、討論した”というところに非常に大きな意義があり、他の班の班会議では決してみられないような、立派な班会議でした。そして今后も、大きな問題の出たときは同じようにやりたい−という希望の班員が沢山ありました。班として一応、実態の把握ができ、今后の方針も立てられた、ということは成功だったと思います。どうもありがとう御座いました。 ◇来年度の新班の班員の内、皆さんにお図りしないで決めた方が1人あります。免疫の方も・・・という声によってえらんだのですが、伝研外科の藤井講師です。移植免疫をやっておられますので、頂度我々がいま問題としている色々な点についてアドバイスを頂けると思います。来年度の第1回の班会議は5月福岡ですので、及川(杉村)、永井、藤井の諸氏には御出席いただけない可能性がありますので、その代り、2月の班会議のとき出席して頂くようにしたいと思っています。 ◇来年度の新班の班名は前と全く同じですとまぎらわしいので順序を少しひっくり返しました。苦心のほど御了解ください。
◇UICCの〆切も迫りました。皆さんもお忙しいでしょう。大いに頑張って良い新年を迎えましょう。
《巻頭言》
細胞の培養内悪性化
かって紹介したが、Intern.Rev.Cytol.Vol.18,p.249-311にSanfordがこの題名でreviewをかいている。これは仲々教えられるところの大きい記述である。Goldblatt
& Cameronの例の嫌気培養によるラッテ・センイ芽細胞の悪性化についても、これはcontrolが1種しかなく、また似たことを彼女がマウスの細胞でやってみたが変化が起らなかった、と書いている。またtransformationということをはっきり云うためには、細胞をcloningしてから使わなくてはならない、さもないと、初めからそのcell
populationの中に混っていたことを否定できないことを強調している。彼女はマウスのセンイ芽細胞のcloneを作り、これを17系に分けて長期培養し、その間におけるspontaneous
transformationを復元でしらべた。その結果、18月間に、2系はtumorを作り、7系は時々tumorを作り、8系は作らなかった。これは有名な実験である。またunpublished
observationとして、C3Hのadult mouseのskin
epitheliumの株でもspontaneousな悪性化の起ったことを記している。
復元接種の項でToolanが人の悪性腫瘍をコーチゾン処理した異種動物に接種したがtakeされなかったこと、Lの1cloneは、C3Hにはtakeされるがheterologousにはtakeされぬことなどから、cortisoneやX線の効果の限界を説いている。また、培地の組成如何で同一系の細胞でもtakeされるようになったり、されなかったりすることも記している。
発癌剤による悪性化の記載はほんのわずかで、1頁余しかない。しかし、注目されるのはBenevolenskaya(1948)の仕事の紹介で、mouseのfibroblastsにメチルコラントレンを投与すると、可移植性肉腫になった、という報告である。Mogilaも同様の結果をラットの
fibroblastsで得ている。これはラッテに復元して、19月及び21月后に肉腫を得ている。しかしこれらではcontrolの培養が中途で失われているので果して発癌剤による変化か否か確定できない、としている。
結論には、これまで得られている報告では、発癌剤によってたしかに悪性化したと認め得るような例のないこと、ウィルスによる発癌でもウィルスがspontaneous
transformationを促進したのでなく、本当にoncogenic
virusとして働いたのだと云える論文は少数である、と述べている。