【勝田班月報・編集後記】

6601:◇新しい年を迎え、皆さんさだめし新しい想をこらして今年の研究に着手しておられることと存じます。今年も、いや今年こそ関ヶ原のつもりで大いに頑張りましょう。◇昨年のいまごろは私は印度にいました。ずい分前のような気がしますが、まだ1年なのですね。今年もあっという間に秋のUICCがきてしまうことでしょう。今日がUICCの演題申込の〆切ですが、皆さん何か出されましたか。 ◇9月にアメリカへ行く予定と知らせたら、あちこちからseminar依頼の手紙が毎日のように舞込んできます。文部省の短期海外留学のに申込むつもりですが、狭い門ですからどうなりますか。しかし是が非でも今年は行きたいと思っています。 ◇秋の我々の国際会議に備えて、高岡君以下お嬢さんたちも毎日昼食のあとの時間“Labo"をかけて英会話の練習に励んでいます。自発的に質問する練習のため近い内に英語でやる“20の扉"もはじめようかと思っています。皆さんもやっていますか。秋にそなえてこの方もしっかりやりましょう。 ◇Leo Sachsにはやられましたね。しかし黒木君のいうようにpolyomaのcontamiかも知れませんね。我々はいろいろな細胞といろいろな薬剤という多様性で行きましょう。詳細な観察と、よく頭を使って計画を立てることが必要と思います。そして1月位でtransformさせることを狙いましょう。 ◇ラッテの胸腺の細網細胞の株4種の内、RTM-3だけが抗ラッテβ、γグロブリン家兎血清による蛍光抗体法で顆粒が光りませんので、これを使ってin vitroでの抗体産生実験をはじめています。過渡的な方法ですが、死菌をI.P.に入れて数日后のラッテの腹水細胞をとって
RTM-3と混ぜておきますと、2w后位にどうも顆粒が少し光るようになってきました。これも面白いことになりそうです。 
 《巻頭言》
 1966年を迎えて!
ついに1966年がきましたね。この年は日本の癌研究界にとっても、われわれ組織培養による癌研究者にとっても極めて意義深い年です。10月に日本ではじめて国際対癌協会(UICC)の総会が開かれますし、世界でもはじめてですが、国際癌研究組織培養会議が我々の手によって開かれます。癌研究の組織培養界において、こうして日本が国際的にイニシアティブをとるということは非常に結構なことですから、折角開くからには“出席して本当に良かった”という印象をすべての参加者に与えるように、内容の充実した会議にしたいものです。 それと同時に研究成果の上でも、今年こそは各班員ともぞくぞくと培養内発癌に成功し、その発癌機構の研究に突進できるようにしたいものです。来年度の班の申請書をかくため、過去1年間の各班員の成果をふりかえってしらべてみましたが、そのときつくづく感じたのは、みんなもう一歩というところ迄行っているなということです。今年の前半に精一杯の努力をすれば、少くとも4〜5人は発癌まで持って行けるのではないか、ということです。我々の国際癌研究組織培養会議の演題申込〆切は6月ごろにしようと思っています。開催するからには、その国の研究発表が最も目ざましいものであるようにしたいものです。2日間の内、できれば第2日はそっくり培養による発癌機構の研究の発表にあてたいと思います。できれば、というのはそれだけの量の発表があれば、という意味です。そしてそれには当班の班員のすべてが自己の義務をよく認識して粉骨砕身の意気込みで研究に突進する他はありません。本号に黒木君がかいて居られるように、イスラエルのLeoSachsがハムスター胎児細胞を使って培養内で発癌に成功しています。われわれ日本の培養屋がこんなのに負けていてはたまらない次第で、日本ではグループとしてmassiveにいろいろのがわっとできた、そしてその機構も判ってきた、というようにしたいものです。1966年、この記念すべき年こそ我々がそれを成しとげる年にしましょう。

6602:◇皆さん、実験は如何ですか。2月25日に集まる原稿を楽しみにしています。こちらは早速ニトロソアミンの実験をはじめました。しかしDEN,10γ/ml位では細胞は平気で分裂して行きますね。もっと思切って濃度を上げる必要があるかも知れません。しかし
Leo Sachsの報告では、継代は間遠くなったが一応おこなっている位ですから、これで
Murantsが出ないとは云えません。 ◇東京は連日雨が降らず、乾燥オーバーで色々障害の起っている向きもあるようです。全日空の墜落があったり、世の中色々さわがしいようですね。 ◇ラッテが仲々仔を生まないので実験に困っていましたら、やっと最近1腹生まれました。寒いといけないと思って電気ヒーターを飼育室に入れたら、空気が乾きすぎてしまったり・・・動物の飼育も仲々理想的条件というのが判りませんね。天井うらのネズミのように、余り環境を良くしすぎない方がかえってよく生むのかも知れませんね。
◇秋の国際学会の方もやっぱり何やかやと忙しくなってきました。金あつめに今日これから頭を下げに行ってこなくてはなりません。それにしても国内からほとんど反響のないのはどういう訳でしょうね。

6603:◇ここ半月以上、Businessに忙殺されました。班研究と機関研究の報告書はかかなくてはならぬし、アメリカへ行く旅費の申請もあちこち書かなくてはならぬし、秋の学会のための問合せの返事や登録など・・・。3月中旬まではこれがつづきそうです。 
◇高井君がDr.Liebermanのところへ今春出発するそうです。どうも班としては困ったものです。他の班員方はその分もしっかりやって下さい。 ◇高岡君はこのごろ蛍光抗体法に凝って、さかんに「光った、光った」とよろこんでいます。春の病理学会とTC学会にはその成果もお目にかけられることでしょう。

6604:◇4月はじめというのに、やけに寒い日があるかと思うと急に暖くなり、また寒くなったり、桜の花もいつ咲いて良いのか、今年は大分迷ったようです。 ◇光研社製の新型CO2フラン器が入りました。特徴はコンプレッサーを使わず加温は温風循環式で、その空気の一部をとってCO2をまぜ、フィルターを通して内部に吹込みます。ですから雑菌の入り方はずっと少くなります。価格は60万円。なお、温度のレギュレーターはサーミスターを使い39℃になると電源の切れる安全装置もついています。使用テストはこれからです。 ◇オリンパスにも倒立顕微鏡のアイディア提供をたのまれ、この方はできるだけ安く簡単にして、routineの作業につかえるようにしろ、といったのですが、最近試製ができてきました。とても使い易くて当室では大好評です。ステージは固定。対物はx4とx10(3本レボですからx20も使えます)。単眼鏡筒なら6万円、双眼なら8万円で、6月ごろ一般発売になるでしょう。倒立の「ペン」というところです。試験管の底もよく見えます。◇2月号から月報の印刷にゼロックスを使っています。手間がはるかに省けますが、図などで広い面積を黒くぬったりすると、そこはよく出ませんので、柱グラフなどは斜線を入れる方が良いようです。なお編集の都合上、原稿を適当に切り貼りしたりいたしますが(例えば今月号の永井班員の分)、失礼の段、平に御寛容下さい。 
 《巻頭言》
 新班の発足にあたって
 この4月1日から顔ぶれも大分新しい第3次勝田班が発足する。生化学者や免疫学者も加わって、班の研究活動は一層多彩になることが期待される。しかし何といっても戦闘力の中心は、歩兵にもあたる組織培養の専攻者であるので、油断なく一層の努力を払われるよう、おねがいしたい。
 今年はUICCの総会が東京で開かれる上、我々の主催する国際癌研究組織培養会議も初めて東京で開かれる。このような会議はこれまで一度も開かれたことがないので、おそらくこれが契機となって、以后4年ごとの総会のたびに第2回、第3回と開かれるようになるのではないかと想像される。その第1回を我々の手で開くということは、考えても全くうれしい話である。
 しかしいくら会議を開いても内容が貧弱では意味がない。さいわい外国からはかなりの大物がやってきてくれるので助かるが、問題は国内の方で、折角日本までくるのだから、日本の研究者が何をやっているのか知りたいのは当然であろうが、余りお粗末なのを見せたのでは反って逆効果になってしまう。主催者としていちばん頭の痛いのがこの辺である。外国の方は6月下旬に演題をきめ、抄録もそれまでに出してもらう予定であるが、日本の方はそれ迄に見通しがつくかどうか大変疑問である。
 この班は癌研究にたずさわる精鋭の組織培養家を集めている筈である。したがって日本人の発表の大半はこの班の班員がおこなうことになる筈である。私もそれを期待してやまないが、果して実際にそれがどうなるか、発表できるだけのデータを掴めるか、この班の内の何人が登壇できるか、不安がなきにしもあらずである。そのためには今が大事なところなので、これから夏までは特に必死になって研究に没頭して頂きたいと念願してやまない。

6605:◇班会議及び月報原稿については前月号にかいてあります注意をよくごらんになって下さい。班会議のときは、抄録のあとに討論を入れますから空欄があっても良いのですが、ふだんのときはなるべく頁一杯にかいて空欄を残さないようにして下さい。編集のときに大変に手間がかかりますので。(空けとくから原稿の到着順なんか書かれてしまうんですぞ。) ◇4月末日広島での病理学会のみぎり、夜間正常ならざる状態にて洋式バスに入ったため、スリップして肋骨2本位にひびを入れ、バンソーコーで胸を固定されて、小生は目下大変おとなしい状態にあります。それにつけても、翌日よろこんだ人の多かったこと。博多までには少しは大きな声の出るようにしたいと願っています。ではあと10日后にお目にかかるのをたのしみに!

6606:◇結班間もなく我班の班員に人事異動があり、岡大の佐藤助教授は今迄いた癌研・病理の教授に昇任、伝研の勝田は新設の癌細胞学研究部の教授に昇任。何れも4月1日附。東大・教養の永井班員は4月15日附で助教授に昇任となりました。初めて勝田班が独立したときには、班長以下総員が助手級であったのに、現在は助手は2人きりです。班も少し老いぼれたかな。 ◇部長になったら、たった一つ部屋を増やしてもらえました。そこはいままで居た2階の突当りですが、私がそこに追いやられることになり、顕微鏡映画撮影装置2台と、図書類と一緒に引越すことになり、この間から大変な引越しさわぎで、仕事も妨げられるし、月報の発行もおくれるで、閉口しています。只今の部屋のメンバーを御紹介しますと、私と助手の高岡君、技術員に星君と石木君の2女性、その手伝いが内田君、秘書が宗沢君で、女性5人に男が1人となりますが、理学部生物化学の大学院学生・松村君、目下インターンの山田君がときどき来てくれますし、台湾高雄医学院の周先生が滞在していますので、どうやら面目を保っています。では又班会議で。

6607:◇班会議后、連日悪戦苦闘し、7月10日午后9時30分、勝田班長はアメリカへ旅立ちました。最后までカメラを廻しつづけて、既成のフィルムの中の気に入らないカットを一つでも取り替えようという勝田班長の執念にふりまわされて、我々手下のものは身の細るここ数週間でした。そして翌日、電報は次のようなものでした。
 NMI NAGARA BUJI TSUITA KATSUTA
これは原文のままで、タイプのミスではありません。
とにかく最后に録音したフィルムは仕上りの声も聞かずに持って行かれたのですから、どんな声が出てくるやら・・・心配しています。
前号で書かれていましたように、留守は女性5人で守っておりますから、ボディガードに自信のある方はどうぞ、来室歓迎いたします。(留守番頭)

6608:☆暑中御見舞い申し上げます。 ☆やっと編集後記にまでたどりつきホッとしたところです。月報は原稿を出すのも大変だが、まとめるのもまた一苦労。今までの勝田班長の苦労がわかりました。 ☆班長は元気でアメリカを歩きまわっているようです。しかし、国内航空のストで予定を大幅に狂はせられたのではないかと心配です。 ☆7月14日の毎日新聞に佐藤教授(春朗)が大きく紹介されて以来、我が研究室はマスコミにかきまはされ、それが一息ついたと思ったら「家伝の秘薬」についての共同研究の申しこみなど、おかしな手紙が迷いこんで来るさわぎです。(黒木登志夫) 
 《巻頭言》
 米国西部における組織培養研究の現状
 LosAngelesのCity of Hope Medical Centerを振り出しに、Southern California
University、SanFranciscoのBerkeleyのDept. of Zoology、DenverのUniv. of Colorado(Puck's Lab)及び、Dept. of Pathology、National Jewish Hospital、Indianaにきて
例のProf.MoskowitzのいるPurdue Univ.、Dept.of Biological Sciences・・・と各地の研究所、殊に組織培養室の在り方をつぶさに眺めてきました。Dr.Puckは留守でしたが、その施設はよくみせてもらい、その電気関係の器械を改装或いは自製しているのには感心しました。Coulter式にcell suspensionから細滴を作り、それを滴下の途中で荷電させ、さらにその下に電場をおいて落ちるdropletを振り分け、細胞の大きさによって2群の
suspensionに分けているのです。coulterで粒子分布を測ってはじめ(図を呈示)実線のようだったのが点線のようになってしまいます。いろいろなこと、synchronous Cultureなどにもつかえます。しかしDr.PuckのところではTCそのものには余り力を入れていません。精密なCO2incubatorを作っている位がせめてもです。(pH.meterをつけ放し、温度、
pHのぶれ、などを自働的に記録しています。)
愉快だったのはColorado大学の病理をあちこち案内されている内、或室の机の上に例の私のtwin tubeを改悪したのがおいてあり、案内役のDr.LaViaがこれはこういう意味のもので・・・と説明しはじめたから、一寸お待ちなさい、これのoriginalは私が1961年にはじめたのだと云ったら若い男が信用せず。それではその会社のカタログを持ってきてごらんなさい、と持ってこさせてみて、私たちの論文(Paraの第1〜第3報)の載っているのを見せてやったら、すっかりシュンとなってしまいました。
 大体において西部では、ごく僅かの機械的設備を除く他は、培養そのものに於ては感心する所はありません。Southern Calif.Univ.の病理のDr.Sherwinが組織片をカミソリで薄切して培養し、映画にとって切片の染色標本と比較していたものが一寸面白かった位です。 Seminarもこれまで5回やり、大分なれてきました。勿論原稿なしにスライドでしゃべって行くのですが、当地にいた藤田君がすっかり感心してくれましたから、御想像下さい。

6609:☆7月8月があっという間に過ぎ去り、来月はICCC、UICC、11月は組織培養学会、12月は癌学会と出歩くことが多くなりそうです。堀川さんのいうように、少し学会が多すぎるかも知れません。能率的にこれらの学会をさばきたいものです。 ☆今号で臨時編集は終りです。月報編集の苦労と楽しさが少し分りました。 ☆来月からは月報は勝田先生あてにお送り下さい。おくれないように。 
 《巻頭言》
 米国と日本人研究者
 米国やカナダへ来てみますと、ずい分沢山の日本人研究者が働いています。しかし大部分の場合、彼らはテクニシャンのように扱われています。地方大学の人など、テクニシャンの地位でもOKときている人すらあります。しかし独立した研究者であっても、発表のときにはボスの名前を一緒につけ、或はボスに論文をかいてもらったりするので、どんなに良い仕事をしても、それはボスのアイディアによるものと考えられ、ボスの声価をあげこそすれ、やった日本人の名前など決して知られないのです。ボスにしてみれば、日本人は頭は良いし熱心によく働くし、それに数年たてば帰国してくれるので先々の心配までみてやる必要がない。まことに使い易い相手です。それでは独立したLabを持ったらどうか。少数ながらそういう人もいます。しかしボスとなると頭の痛いのが金集めです。研究費が仲々入ってこないのです。日本とちがってテクニシァンから何から人件費もすべて研究費から出さなくてはなりません。自分の給料までです。こちらではアングロサクソンが一番えばって、次がユダヤ人です。これらが夫々コネをつくって金を分けるのですから、日系が入りこむといっても容易なことではありません。なぜそんな苦労までしてアメリカへ来たがるのでしょう。日本人の研究者をこちらへ留学させる目的をこの辺でしっかり考え直さなくてはならない、と私は沁々感じました。こちらにいると、研究の能率は決してあがりません。純粋にそのことだけ考えるわけには行かず、生活に馴応することや、色々日常のことにわずらわされます。渡米して神経衰弱になる人のあるのも無理ないと思います。日本で仕事を10やれるとすれば、こちらでは5か6でしょう。だから少し専門をやりはじめてごく若い人が何か特殊の技術を身につけるためか(日本だってできなくないと思います)、一応establishした人が視察や意見交換のためにくるか、この二つ位に絞らないと、日本人は利用されるだけになってしまうでしょう。后者にしても語学の試験ぐらいやった方が良いと思います。ニューヨークなどへ来る教授連は唖でツンボで、一緒に写真をとって帰るだけ、という人が多いそうですから。
 皆さん、お元気ですか。先月の月報はひどかったですね。来年は班を解散しましょうか。私はきわめて元気で、いまニューヨークにいます。これまで18回セミナーをやってきました。何れも大変好評でした。大いに国威を発揚しています。こちらの培養は大したことなし。日本に習いにくるべきです。

6610:◇ICCCが迫ってくると、やはり何やかやと雑務に追われ、その上飛入りの外人訪問客があったりして本当に閉口します。ではお元気でICCCとUICCで。
 《巻頭言》
 The Second Decennial Review Conference of Tissue Culture(Bedford Meetings)に出席して:
 10週間に渉るアメリカ・カナダ諸研究所歴訪を了えて、5日前に帰国しました。最后の
1週間はBedfordでの学会でしたが、その前の9週間に計22回の講演をしました。週当り
2.5回位の割です。3種の話題を用意して行きましたガ、帰って計算してみると頂度どれも同じ位の回数話していました。各地に沢山の友人、知人ができたし、研究上にも直接色々の話をきき、意見の交換も充分にできて、本当に有意義な旅行でした。
 あちらの研究上のレベルについて、一言でいいますと、組織培養に関する限りでは全く大したことありません。向うがこちらに習いにくるべきです。培養関係の研究室では親玉が女性というところがかなりありましたが、そういうところは研究上のアイディアの点で全く駄目です。但し生化学に於ては仲々優秀なのが沢山いました。生化学者が細胞培養に興味をひかれはじめていることは大変なものです。しかし彼等には腕がありません。そこで日本人を借用という訳で、ずい分あちこちの研究室で日本の培養屋の紹介をたのまれてしまいました。
 Bedfordはペンシルバニアの山中にある小さな村で、軽井沢のような避暑地です。そこに仲々大きなホテルがいくつかあって、その一つで学会が開かれました。プログラムも提示しますが、シンポジウム形式で、午前に一つ、午后(或は夜)に一つ、という具合にやりました。
 Waymouthのは合成培地での培養ですが、すごくlagがあって死んだ細胞の成分が使われているのではないか、と思われました。Amosのは細胞の分化を維持するのにアミノ酸、ビタミン、ホルモンなどの他に、未知の物質が必要だろう、という話でした。Bellの話は、主に
Chick embryosを使っての実験でlens placodeのoptic cupの形成に阻害剤やC14uridine
のとり込みなどから、普通のribosomeの他に、蛋白合成をする他の新しいribosomeを見付けたということでした。SuttonはLeighton tubeにAralditeを入れてそのまま包埋してしまい、60℃から0℃に急に冷やして合成樹脂を剥し、それからブロックを切り出して電顕用の標本を作っていました。Golgiでlysosomeの合成が盛であり細胞膜からlysosome内の
enzymesが外へdischargeされること、2核の細胞には、核の間の細胞質に細胞膜が残っているのが認められたこともあるなどが面白いところでした。Pitotは細胞の色々な酵素活性、殊にtyrosine transaminaseやserine dehydraseについて、Rueber H-35を用い、in vivoとin vitroとの比較をしていました。Gartlerは色々な株18種(ヒト由来)についてG6P
dehydrogenaseその他の活性をしらべ、ニグロはstarch-gelで分けるとG6PD(typeA)がslowbandとfast bandの2本に分れる。つまりtypeAはニグロにだけ見られるもので、HeLaはニグロ由来であるから(+)。ところがChang liver、Detroit-6、HEp6その他、殊にHeLa樹立以后5年間に作られた株は、しらべた18種すべてにtypeAがあって、HeLaのcontamiらしいと発表し、大変な反論を買いました。EarnesはHistochemistryで細胞の特性をしらべようとし、adult human tissue、主にbone marrowのprimary cultureを使い、Histchemistryで示せるものとして、Alk.P、AcP.、Est(αNA)、Est(NANA)、β-gluc.(NASBI)、β-gluc.(8-HQ)、AtPase、AminoP.(β-LN)、Dehydrs:SD、LD、B-OHBD、G6PD、GlutD.があるがmacrophage(Monocytes)ではAlk.P.以外は全部存在すること、右図(箒星状)のような細胞にはAlk.P.が(+)、Glycogenはfibroblastsその他色々の細胞にみられるからmarkerにならない、などと主張しました。
WestfallはC3H由来で合成培地で継代している6clonesについて、その自然発癌について報告しました。Grobsteinの仕事はやはりがっちりしていました。Epithelio-Mesenchymal
interactionを培養内でしらべOrganogenetic interactionのtime courseを追っていました。Abercrombieは相も変らずcontact inhibitionで、大分皆からやっつけられました。
HerrmannはChick embryo muscle(leg)のcultureで、胎生日齢の進むにつれてin vitroの増殖は落ちるがDNA当りのmyosin合成量はふえることなどを紹介しました。DeMarsはヒトの細胞、とくにfibroblastsを用い、X染色体の行方を追い、G6P.Dとの関連にふれ、inactiveXもFeulgenでうすく染まり、且replicateされること、静止核のheterochromatinはG2期の細胞だけ見られたことなどを報告しました。Hayflickはspontaneous transformationの大部分はウィルス感染によるものであると力説し、Sanfordは培地組成を重視、FCSよりHsSの方が細胞が変り易く、embryoではmouse>hamster>ratの順にtransformしやすいと述べました。

6611:◇皆さん、お元気出すが。小生は一向にお元気でなくても困ります。この夏の海外旅行と秋のICCCとのダブルパンチですっかり身体の芯まで疲れてしまったらしく、朝など早く起きれません。休養などとると反って疲れが出て動けなくなると思い、ずっと続けて仕事をしています。◇インドのIndian Cancer Research CentreのDr.BapatとDr.Bhiseyが当研究室に滞在中で、あちこち見学に行っており、皆さんにも大変御世話になってありがとう御座いました。Dr.Bhiseyは12月1日発の飛行機でボンベイに帰ります。皆さんに呉々もよろしくとのことです。 ◇この秋は本当に学会が多くて、本当にもう学会には飽きましたね。もう御馳走さま、と云いたいところですが、まだ来月には癌学会が残っています。早く平常ダイヤに戻して仕事の能率を上げたいものです。 ◇私の部屋の窓の前で、いま新館建築の工事が進められていますが、基礎の杭打ちだの何だのと、うるさいこと、振動のあること、私の部屋は伝研中で一番被害を受けています。 ◇また来年度の班の申請をする時期になってきました。こういうものを書かされると、過去1年間に何と遅々とした歩みしかしなかったか、沁々反省させられます。早く何とか“機構”の研究まで持って行けるように力を合わせて頑張りましょう。では又、来月の班会議に。 
 《巻頭言》
 国際癌研究組織培養会議(ICCC)を了えて:
 皆さんの御協力で我々の学会ICCCも無事に、しかも大成功裡に終ることができました。本当にありがとう御座いました。癌に関する組織培養の国際会議としては、これが世界で初めての企てであり、しかもそれが日本に於て開かれるというので、外国の研究者にもずい分関心をもたれていましたが、参加者すべてが満足してくれるような学会をもつことができたのは、日本人として本当にうれしいことです。会議の運営が本当にスムースに行って参加者に不快感を与えなかったことは、一重に皆さんの御協力によるものです。心配していた討論も、はじめの演題から活発に出ましたし、皆さんが云いたいことは一応みんな云ったような感じでしたし、満腹感を与えたことは事実のようです。欧米人は一般にお世辞がうまいから云ったことをそのまま信用できませんが、関係のない第3者を通しての批評でも、とても良い会だった、と云ってくれていますから、まあ本心と考えて良いでしょう。おめでとう御座いました。
 なお、この席上で発表された成果の内、黒木班員の成果が翌日の新聞にセンセーショナルに取扱われていましたが、共同通信・科学部の伊藤氏が各紙に流した記事では、それが班研究の一部であり、他班員の色々な知見の上に立って築き上げられた成果であることを、不充分ながらもほのめかしていましたが、A紙の記事はこのような背景を全く無視して、むしろ培養瓶など触れたことがないと思われるような人の成果として扱っていたのは笑止のいたりでした。いつの世にも、どの世界にも新聞に名の出ることを無上の悦びとするような連中が居るものです。
 我々の研究そのものと同じように、こうした会議もやり放しでは何にもなりません。あとにそれが刊行されてこそ、一仕事済んだことになります。これからこの会議の論文の印刷発行の準備にかからなくてはなりませんが、まだ原稿の入らないのもあって、事務的に世話のやけることです。出版は、東大出版会の手で単行書の形式で発行する予定です。書名は“Cancer Cells in Culture"としようと思っています。ある期間までに原稿の入らない論文はオミットしてしまうつもりで居ります。

6612:◇学会さわぎの年も愈々終ろうとしています。来年は落着いて仕事をしましょう。がっちりと。 ◇当研究部の助教授が決まりました。東大の薬学部出身で、水野傳一教授の教室の助手、安藤俊夫君です。若冠32歳ですが、これまで8年半、RNA代謝を研究してきた男です。3年間ChargaffとGarenの処に留学し、この7月に帰国したばかりです。どうぞよろしくおねがいします。クリスチャンですから私と一緒に呑み歩く心配はなさそうですから、その点は御安心下さい。この部屋の仕事には大変興味を示していますから、良い相棒になると思います。そして今后は薬学系の大学院学生も入ってくることになりましょう。 ◇窓の下で新館の建築が進んでいます。目下地下室の床ができて、それに柱が立ちはじめたところです。はて、いつ入れることになりますやら。ではよい新年を!