S1-2 骨格筋幹細胞(筋サテライト細胞)の多分化能とその制御機構
橋本 有弘
(三菱化学生命科学研究所 幹細胞研究ユニット)
哺乳動物において、骨格筋は肝臓とともに強い再生力を有する器官であることが知られている。骨格筋再生
系の主要な担い手となっているのは、筋サテライト細胞と呼ばれる「筋組織幹細胞(muscle specific tissue stem
cell, 筋TS細胞)」である。骨格筋が損傷を受けると、筋サテライト細胞は活性化され、増殖を開始し、筋前駆
細胞(筋芽細胞)としての性質を示すようになる。筋芽細胞は分裂・増殖しつつ、損傷部位に遊走し、互いにあ
るいは既存の筋繊維と細胞融合することによって、筋繊維の新生および修復に寄与する。 私たちは、マウス筋
サテライト細胞の初代クローン培養系を樹立し、筋サテライト細胞が筋繊維のみならず、骨芽細胞および脂肪細
胞にも分化しうることを証明した。また、この多能性筋前駆細胞(マルチブラスト、multiple tissue blast)が、
異なる細胞系譜の決定に必要な複数の分化決定因子を潜在的に発現していることを明らかにした。さらに解析の
結果、複数の分化決定遺伝子を発現するマルチブラストが、分化刺激に応じて「必要のない分化決定遺伝子」の
発現を停止することが示された。私たちは、これらの結果をもとに、細胞分化における決定の転換
(transdetermination)とは全く異なる、新しい分化決定・転換機構を示すStock options model(「選択枝をと
っておく」という意味合いをこめて、経済用語をもじって命名した)を提唱した。 私たちは正常ヒト筋細胞の
初代クローン培養にも成功し、マウス筋細胞と同様に多分化能が保持されていることを証明した。私たちの分離
した正常ヒト筋細胞は、ヒト筋疾患の発症機序解明のみならず新たな治療法開発にとっても、重要な解析系を提
供するものと考えられる。