S1-5
リゾリン脂質による動脈硬化発症の分子機構
祖父江 憲治
(大阪大学大学院 医学系研究科 神経細胞医科学)
動脈硬化発症における血管中膜平滑筋細胞の形質転換(分化・脱分化)とそれに伴う細胞増殖および運動能の
獲得は、血管内膜肥厚の主因である。血管平滑筋細胞を培養するとすみやかに脱分化する。従って、これまでの
培養血管平滑筋細胞の研究は全て脱分化細胞が用いられてきた。われわれは、血管平滑筋細胞形質転換の分子メ
カニズムと動脈硬化発症因子の検索を目的に、血管平滑筋細胞特有の形態・機能・平滑筋細胞分子マーカーの発
現を指標として、IGF-Iとラミニンを用いた分化型血管平滑筋細胞培養系の確立に成功した。この培養系を用いて、
血管平滑筋細胞の分化・脱分化型形質は、PI3キナーゼ/プロティンキナーゼB (Akt)系(分化シグナル)とERK
およびp38MAPK系(脱分化シグナル)の力のバランスにより決定されることを明らかにした。また、上記シグナ
ル伝達系下流に位置する血管平滑筋細胞特異的転写装置として、Nkx3.2(NKホメオ転写因子)・SRF・GATA6の存
在を明らかにした。 さらに、同上培養系を用いて血管平滑筋細胞脱分化因子の検索を行い、不飽和リゾホスフ
ァチジン酸(LPA)が生体内に存在する主要かつ強力な脱分化因子であることを同定した。酸化LDLおよび動脈硬
化巣においても高濃度の不飽和LPAが形成および存在する。不飽和LPAによる血管平滑筋細胞脱分化は、上述の
ERKとp38MAPK系の協調的活性化により誘導され、不可逆的である。さらに、in vivo で不飽和LPAは著明な血管
内膜肥厚を形成し、この血管内膜肥厚もERKとp38MAPK系の活性化に伴う血管平滑筋細胞脱分化による血管内膜
肥厚であることを明らかした。われわれの研究結果から、酸化ストレスに伴う不飽和LPA形成と血小板活性化に
よる局所的不飽和LPA集積は、動脈硬化発症および進展に大きな役割を果たしている可能性を示した。