隅蔵 康一
(政策研究大学院大学)
ヒトES細胞は誰のものか、という課題を考えるとき、第一に、「それは細胞の提供者のものなのか、研
究者側のものなのか」という問題をクリアしなくてはいけない。人体由来のサンプルを扱うのであるから、
提供者の尊厳やプライバシーには配慮する必要があるのはもちろんである。しかし、研究者の手によって、
生のサンプルと比べて研究ツールとしての価値が高められた細胞株は、人体由来のものとはいえ、研究者側
に所有権が帰属すると考えるべきである。日本の民法246条のも、この考え方を支持するものである。
次なる問題として、研究成果として生み出された細胞株が、研究者個人に帰属するのか、研究機関に帰属
するのか、複数機関共同研究の場合はどうなるか、という問題がある。これについて、日本や米国の現行の
プラクティスを概観する。
その上で、1998年にヒトES細胞の作成に世界で初めて成功したウィスコンシン大学の事例をとりあげる。
ウィスコンシン大学マディソン校にはWARF(Wisconsin Alumni Research Foundation)という技術移転機
関がある。ES細胞の特許はこの機関によって出願され、米国などで権利化されている。この研究に資金を
提供したジェロン社は、WARFから、ヒトES細胞に関する特許の商業的利用についての独占的ライセンスを
供与されていたが、契約条件をめぐってWARFとの間に訴訟が勃発した。2002年1月に両者は和解に達し、
新たな契約が結ばれた。大学などの非営利の研究機関に対する特許のライセンスとマテリアルの供与は、
WARFの子会社であるWiCell Research Institute, Inc.が行っている。
この事例をもとに、大学と産業界の望ましい連携のあり方、研究の規制と特許制度との関係、マテリアル・
トランスファー契約の活用策と問題点、といった論点について、検討を行う。