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ヒト抗体を作るトランスジェニックマウスの開発:
医療用抗体の開発を目指して



西 義介(日本たばこ産業(株)生命科学研究所)


 ヒト抗原に反応する「完全ヒト型抗体」を自在に作製する技術は「医療用抗体」の開発にとって重要なマイルストーンである。その理由は、二つある。第一に異種抗体に対する抗原性の問題である。現実的な解決法として、「マウス抗体」に替わる「キメラ抗体」や「ヒト化抗体(humanized ab)」が作製されている。しかし、これらはマウス抗体断片を依然含み、「HAMA (human anti-mouse antibody) / HACA (human anti-chimeric antibody)反応」を引き起こす。第二は現在の技術ではヒト抗原に反応するヒト抗体の作製は自己免疫疾患のような例外を除き、極めて困難な点である。
 発生・生殖工学の最近の進歩は目覚ましく、動物個体、特にマウスに対する様々な遺伝子操作を施す技術が出現した。ジーンターゲティング技術と巨大遺伝子の導入技術を用いてマウスの液性免疫系をヒトに置き換えたトランスジェニックマウス(XenoMouse)が創成された1。このトランスジェニックマウスを用いた抗体の作製方法は「免疫寛容」と「HAMA / HACA反応」を克服して、ヒト由来の組織を抗原とするヒト型モノクローナル抗体を作製しようとする斬新な試みである。


XenoMouseの創成法

 方法は5段階に分かれる。1)イムノグロブリン(Ig)重鎖(IgH)遺伝子不活性化マウスの創成。2)Ig軽鎖(IgK)遺伝子不活性化マウスの創成。3)ヒトIgH遺伝子導入マウスの創成。4)ヒトIgK遺伝子導入マウスの創成。5)これらマウスの交配による”マウス由来Ig遺伝子不活性化、ヒト由来Ig遺伝子導入マウス”の創成。IgHおよびIgKの不活性化マウスの創成にはジーンターゲテイング法、ヒトIgHおよびIgKの導入マウスの創成にはヒトゲノムを組み込んだ酵母人工染色体(YAC)ライブラリーからクローニングされたヒトIgHおよびIgK遺伝子を用いた。ヒトIgHおよびIgK遺伝子を含むYAC(HPRT+)を保持する酵母をHPRT-のES細胞とスフェロプラスト融合し、HAT選択し、ジーンターゲテイング法と同様な方法で生殖系列を得た。当初創成されたXenoMouseはヒトIgH, IgKの生殖系列のDNA配列の内、H鎖はVH5個からなるVH(5)-D-JH-Cm-Cd配列(~220 kb)、K鎖はVK3個からなるVK(3)-Ck配列(~170 kb)を導入したマウスで、ヒト抗体レパートリーの産生、抗原特異的な抗体の産生等が確認された(第1世代XenoMouse)。


第2世代XenoMouse

 今回、ここに紹介するマウスは第1世代XenoMouseよりもさらに多くのヒトIgH, IgK遺伝子領域を導入したマウスである。このマウスはヒトIgHl, IgKの生殖系列のDNA配列の内、H鎖は約80%のVH配列とD-JH-Cm-Cd-Cg2配列 (~1020 kb)、K鎖は32個のVKとJ領域およびCk配列(~880 kb)を持つ。これらのコンティグは酵母のハプロイド間のメイティングにより、オーバーラップYAC間のホモローガスリコンビネーションで1本のYACにして導入した。なおCg2遺伝子はターゲティングによりIgH遺伝子に付加した。


第2世代XenoMouseの抗体産生能について

 1)Flow cytometryの結果、このマウスは末梢血中に総数で野生型(C57BL/6Jx129)マウスの60%に相当するB細胞を持っていた。これらのB細胞はすべてヒトのm鎖を発現し、その内60%はヒトのd鎖を発現していた。これらのB細胞の内、75〜80%はヒトk鎖、15〜20%はマウスl鎖を発現していた。この割合は脾臓、リンパ節でも同様であった。ELISAの結果、血中ヒト抗体産生量も数100mg/mlと野生型マウスの数10%に相当した。
 2)免疫原非感作XenoMouseリンパ節から得たIg遺伝子のトランスクリプトの解析の結果、多数のヒト遺伝子に由来するレパートリーが見出された。
 3)ヒトIL-8, ヒトEGFリセプター、ヒトTNFaを免疫原としてXenoMouseに感作したところ、それぞれ抗原特異的なヒト抗体(IgG2k)を産生した。これらのマウスからハイブリドーマ法で抗原特異的なヒトモノクローナル抗体(IgG2k)を産生するハイブリドーマを得た。これらの抗体はそれぞれの抗原に対し、強い中和活性を示した。


文献

1. Green, L. L. et al., Nature Genet., 7: 13-21, 1994. 

[本研究は米国Cell Genesys, Inc.およびCell Genesys, Inc.(現Abgenix, Inc.)とJT Immunotech のジョイントベンチャーXenotech, Inc.にてなされたものであり、Xenotech, Inc.の助成を受けた。本講演は前記3社の合意に基づいてなされるものである]