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牛体外培養胚の無血清培養とその応用



星 宏良((株)機能性ペプチド研究所)


1.はじめに

 近年、牛胚体外培養技術の進歩により、In Vitro での胚発生事象が分子・細胞レベルで解明されつつある。また、牛体外培養胚の生産は、体外受精卵移植による優良仔牛の大量生産、雌雄判別受精卵による仔牛生産、核移植操作によるクローン牛の作出、生理活性ペプチド遺伝子を導入したトランスジェニック牛による医薬品の生産、など実用的畜産先端バイオテクノロジーの重要な基盤技術として注目されている。
 牛胚の体外培養には、通常動物由来(主に胎児牛)血清を基礎培地に添加する。培地に血清を加える利点は、胚発生促進活性物質の供給、抗酸化剤による生物ラジカルの消去、培地のpH や浸透圧の調整、などが考えられる。しかし血清培地だけでは、多くの場合、牛胚は8-16細胞期で発生停止することが知られている。発生阻害を改善するために、卵管上皮細胞や卵丘/顆粒膜細胞などの体細胞を胚と一緒に培養(共培養)する工夫がとられている。体細胞の効果として、イ)培地中に胚発生促進物質を合成・分泌すること、ロ)培地に含まれる、ないしは胚の代謝により発生した毒性物質を消費して解毒化すること、などが考えられる。一方、培養に血清や体細胞を用いる欠点として、イ)血清ロットにより胚発生率に大きなばらつきがある、ロ)血清中や体細胞では未知因子による相互作用により正確な胚発生作用機序の解明が困難である、ハ)生体材料使用によるウィルス、細菌、マイコプラズマ汚染の危険性、ニ)胚とは別途に体細胞を培養する手間がかかる、などがあげられる。
 本報告では、成分既知無血清培地を用いて、牛胚の発生に影響を及ぼす要因について解明し、体外受精卵移植に利用する牛培養胚を効率的に生産する無血清培養システムについて紹介する。


2.培養中の酸素分圧

 最近、生体内の受精や着床前胚の発生の場である卵管内の酸素分圧の測定が可能となった。酸素分圧は、動物種や性周期により多少異なるが、2−8%程度と報告されている。多くの研究者は、牛体外培養胚を5%CO2/95%空気、加湿条件(この場合の酸素分圧は約20%)で、培養しているため、高酸素培養による酸素毒性が懸念される。我々は、無血清培養系で牛胚の発生と培養器内の酸素分圧の関係について調べた。体細胞を共培養として使用しない場合、5%の酸素分圧で培養したほうが、20%酸素分圧に比べて有意に胚盤胞形成率が高かった。一方、卵丘/顆粒膜細胞の共培養条件では、20%酸素分圧の方が、5%酸素分圧より高い胚盤胞形成率を示した。この結果は、胚だけの培養では、20%酸素分圧は胚発生毒性を示すこと、体細胞は細胞増殖や代謝作用で多くの酸素を消費するので、共培養の場合、20%酸素分圧の方が胚発生率が高いと考えられる。


3.胚のエネルギー源として利用される糖質 

 市販の動物細胞培養用基礎培地に含まれるグルコース量は、胚発生に対して阻害効果を示すことがわかった。ピルビン酸、乳酸を添加した無血清培地を基本として、胚発生に至適なグルコース濃度を検討した。TCM199培地は、牛体外培養胚の基礎培地として広く用いられ、1mg/mlのグルコースが添加されている。胚盤胞形成率を調べたところ、体細胞の共培養のない場合、胚発生における至適なグルコース量は0.4mg/mlで、1mg/mlの濃度では強い胚発生阻害効果が表れた。体外培養胚におけるエネルギー代謝研究が進み、受精直後の母性遺伝子発現時期(Maternal genome expression)には乳酸やピルビン酸が主なエネルギー源として消費され、初期胚発生後期の胎児遺伝子発現時期(Embryonic genome expression)では、グルコースが主なエネルギー源として利用されることがわかってきた。


4.ペプチド性胚発生促進因子

 近年、細胞成長因子が胚促進活性を示すことが報告されている。我々の研究でも、FGF-2とTGF-β1が、牛体外受精胚の発生を有意に増加させることを認めた。さらに、卵丘/顆粒膜細胞の培養上清から胚発生促進活性を示す組織性メタロプロテアーゼインヒビター(TIMP-1)を同定した。また、鋭敏なRT-PCR法により発生時期の違いによるTIMP-1、コラゲナーゼ遺伝子発現を調べたところ、胚発生後期の桑実胚と胚盤胞にのみ発現が見られ、それ以前の胚には検出できなかった。両者のタンパク質の遺伝子共同発現が、後期胚、特に胚盤胞形成の発生・分化に重要な役割を果たしていることを示唆している。


5.おわりに

 牛体外培養胚の発生に影響を与える要因として、他に、培地に使われる超純水の水質やリン酸塩の有無、培養液中のエンドトキシンレベル、などが報告されている。
 牛体外培養胚の生産効率をみると、無血清培地でも血清培地に劣らず胚生産できるまでに培養系の改良が進められてきた。体外受精卵移植により生まれたヒツジや仔牛の平均体重が重く、難産や早産が多いという事例が報告されているが、血清培地で生産した胚に原因しており、無血清培地ではこのような問題が起こらないことがヒツジで報告されている。胚の生産効率だけでなく胚の品質という観点から、体外培養胚の生産に、無血清培地を利用する必要性を感じる。