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トランスジェニックブタの作出および応用:
乳腺をバイオリアクターとした有用タンパク質生産システムを中心に



柏崎 直巳((株)ワイエスニューテクノロジー研究所)


 トランスジェニック技術は、これまで主にマウスで遺伝子機能解析に利用されてきたが、ブタへも応用されるようになった。アニマルバイオリアクターとしてミルク中へ生理活性を有するヒトのプロテインCを生産させたり(1)、ヒトへの異種移植のドナーとしての開発を目的に、ヒト補体抑制因子遺伝子が発現しているトランスジェニックブタが作出され、その心臓のヒヒへの移植試験により、異種移植で問題となる超急性拒絶反応の回避に成功している(2)。


[なぜトランスジェニックブタか?]

 ブタは生産性の高い家畜であるばかりでなく、生理学的、解剖学的にヒトに類似し、実験用動物としても重要な動物である。また、その繁殖特性(表 1)、さらには遺伝子導入、トランスジェニックの応用などの人為的操作に対する社会的、倫理的な許容性が高いことから、ブタは遺伝子導入のホスト動物として非常に適した動物である。

表 1: ブタの繁殖特性
多産性:平均産子数10
周年繁殖早熟:性成熟 6-7カ月
短い世代間隔:年間平均分娩数:2回
妊娠期間:約 4カ月
高泌乳能力:1日5-8 リットル


[トランスジェニックブタの作出および応用]

 ブタへの遺伝子導入方法は、DNAを受精卵前核へ注入するマイクロインジェクション法が唯一実用的なものである。しかし、その作出効率は低い。DNA注入胚は、発情同期化された受胚雌へ外科的に移植することにより、その約10%が子豚へ発育する。そして誕生した子豚の約10%で導入遺伝子がインテグレートし、その約半数で導入遺伝子が発現する(3)。founder個体の約80%はその導入遺伝子を子孫へ伝達するが、約半数の生殖系列がモザイクである(4)。このマイクロインジェクション法によりHammer JW et al., (5), Brem G et al.,(6)が 1985年にヒト成長ホルモン遺伝子を有するトランスジェニックブタについて報告して以来、これまでに約25の作出例が報告されている。初期の研究では、成長・産肉性の改善に焦点があてられ、主に成長ホルモン遺伝子が導入された。さらに生産性に影響を及ぼす疾病に対する抵抗性の付与も試みられた(7-9)。また、ブタのミルク中(1)あるいは血液中(10)へ生理活性を有するヒトタンパク質を生産させることが報告され、ブタがバイオリアクターとして優れた動物であることも示唆された。医学面でも、ヒトへの異種移植のドナーの開発を目的にヒト補体抑制因子遺伝子がさかんにブタへ導入されている (2,11,12)。この他にも疾患モデルとしてのトランスジェニックブタの作出も報告されている(13)。


[トランスジェニックブタ乳腺での有用タンパク質生産システムの開発]

 我々は、トランスジェニックブタ乳腺で有用タンパク質を効率的に生産するシステムの開発をおこなっている。このシステムの導入遺伝子の発現調節領域を評価する目的で、ウシのaS1カゼイン(baS1CN)もしくはb カゼイン(bbCN)遺伝子の発現調節領域とヒト成長ホルモンのゲノム遺伝子(hGH)との融合遺伝子を導入遺伝子とし、マイクロインジェクション法でトランスジェニックブタの作出を試みた。さらに、導入遺伝子の乳腺での発現を新生子ブタの乳腺をバイオプシーしてRT-PCR法で調べた(14)。
 その結果、 baS1CN/hGHまたはbbCN/hGH を有するブタを作出できた。DNA注入・移植胚数に対するトランスジェニックブタの作出効率は、0.6%であった。また、baS1CN/hGHを有する雄子豚の乳腺において、その導入遺伝子の発現を確認した(15)。


[今後の展望]

 ブタの特性から、ブタ乳腺をバイオリアクターとした有用タンパク生産システムの応用が今後期待される。また現在、ブタにおける遺伝子ターゲッティング法の開発が精力的に進められている。この開発により医学面での応用が加速するであろう。さらに、ブタの重要な形質に関連した遺伝子の同定・分離もおこなわれており、食料資源・環境問題の側面から、トランスジェニック技術が広範に応用されていくであろう。


[参考]

1) Velander WH et al., (1992) Proc Natl Acad Sci USA 89: 12003.
2) Lancaster RT et al., (1996) Proc 13th Int Anim Reprod Congr: P26-3.
3) Wall RJ (1996) Theriogenology 45: 57.
4) Nottle M B et al., (1996) Proc 13th Int Anim Reprod Congr: P26-2.
5) Hammer RE et al., (1985) Nature 315: 680.
6) Brem G et al., (1985) Zuchthygiene 20: 251.
7) Weidle UH et al., (1991) Gene 98: 185.
8) Lo D etal., (1991) Eur J Immunol 21: 1001.
9) Brem G (1993) Mol Reprod Dev 36: 242.
10) Swanson ME et al., (1992) Bio/technology 10: 557.
11) Fodor WL et al., (1994) Proc Natl Acad Sci USA 91: 11153.
12) Rosengard AM et al., (1995) Transplantation 59: 1325.
13) Petters RM et al., (1996) Invest Ophthalmol & Visual Sci 37: S699.
14) Hirabayashi M et al., (1996) Mol Reprod Dev 43: 145.
15) Kashiwazaki N et al., (1996) Proc 13th Int Anim Reprod Congr: P26-1.