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ヒト型マウスと疾患モデル



勝木元也(東京大学・医科学研究所)


 近頃「ヒトはマウスのミュータント」という言葉が頭から離れない。そんなこと当然と思われる方や、少し違うと思われる方や、無意味だと思われる方などさまざまだろうが、とにかく頭から離れないのだ。
 私は今、マウスの遺伝子をヒトの遺伝子に置き換えている。これはマウスから見れば、遺伝子にもよるがたくさんの点突然変異が入ったミュータントを作っていることになる。
 そもそも、マウスの遺伝子をヒトの遺伝子に置き換えようとしているには、理由がある。p53という、がん抑制遺伝子は、ヒトのがんの多くで突然変異が検出される。それも、248番や249番のコドンに頻繁に変異が起こり、アミノ酸に点突然変異が生じる。いわゆるホットスポットなのだ。いずれのコドンも、アルギニンをコードしており、ヒトでもマウスでもよく保存されている大切な領域であることも知られている。さて、マウスでは、なかなか特定の臓器にがんを起こしにくいのだが、もう一つ気がついたのは、がんが出来ても、p53に突然変異を見い出すことがきわめて少ないことである。
 ところで、アルギニンのコドンは AGA, AGG, CGT, CGC, CGA, CGG の6つである。さて、ヒトの248番、249番は、それぞれ CGG、AGG である。そして、突然変異は第一文字に起こり TGG となる。TGG はトリプトファンであるが、トリプトファンのコードは、TGG ただ一つである。一方、マウスの248番、249番は、それぞれ CGC、CGA であり、いずれもアルギニンをコードしているものの、ヒトとは異なっている。マウスに突然変異が起こっても、一箇所だけなら決してアルギニンからトリプトファンへの変異は起こらず、249番などは TGA のようにストップコドンになってしまい変異した蛋白質はできないことになる。いわゆるドミナントネガティブ変異がアルギニンがトリプトファンに変異することによって起こるとすれば、マウスでは起こりにくいことになる。
 アミノ酸配列から見るとヒトもマウスも変わらない。しかし、突然変異が起こると、すっかり異なる生物現象を引き起こす潜在的な遺伝情報が隠れていることが解る。すなわち、遺伝子によってはヒト型にする意味がありそうだ。ここまで考えてくると、マウスをがん発生のモデルにするには、突然変異が起こってもヒトと同じように機能する遺伝子に置き換えてやらねばなるまい。
 最近そのうまい方法を確立できたが、できてみると、いろいろアイデアが湧いてきて、近いうちにかなり賢いと見えるような、すなわち、ちらりとヒトを感じさせるようなマウスができるのではないかと夢想し始めている。
 さて、再びここまで考えてみて、これまでにもたくさんのヒト型マウスを手がけたことに気がついた。それは、トランスジェニックマウスのなかにもあったし、ノックアウトマウスからも作れそうである。
 シンポジウムでは、ヒト型マウスと疾患モデルの可能性について論ずる。