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マウス生殖細胞の起源と増殖、生存の制御



松居 靖久(東北大学加齢医学研究所 分子発生研究分野)


 生殖細胞は増殖、生存において厳密な制御を受けているように思われる。胚発生の初期過程で現れる始原生殖細胞は、初めは数十個の細胞集団に過ぎないが、その後活発に増殖し、数千倍にまで数が増える。しかし胎齢中期以降増殖は停止し、その上半分以上の生殖細胞は細胞死を起こすことが知られている。雄では生後、細胞分裂を再開し、幹細胞の精原細胞が個体の一生を通じて自己複製的に増殖するとともに分化し、精子を作り続ける。ここでもまた、多くの生殖細胞が細胞死を起こす。このような生殖細胞の増殖や生死のスイッチング機構や、多数の細胞が死んでいく生理的意義には生殖細胞の癌化との関連においても大きな興味が持たれるが、これまでほとんど分かっていない。
 始原生殖細胞の発生に最も重要な役割を果たしている因子の一つとして、レセプターチロシンキナーゼc-KitのリガンドであるSteel factorがあげられる。また、その急速な増殖には、造血細胞などでよく知られているように、Steel factorと協同的に働く複数の増殖因子が重要である。しかし、これらは培養系では確かに効果があるものの、Steel factor/c-Kit以外は、実際に生体内での増殖、生存の制御に働いているかどうかははっきりわかっていない。そこで始原生殖細胞の増殖、生存に関わる新しい情報伝達分子を同定する目的で、始原生殖細胞由来の細胞株であるEG細胞のmRNAを材料にキナーゼ遺伝子のクローニングを行った。キナーゼ活性領域の保存配列に対するプライマーを使ってRT-PCRを行い、成体の生殖巣で特異的に発現する3種類の遺伝子を得た。このうち、レセプター型チロシンキナーゼをコードするSkyについては、雄の生殖隆起でのみ始原生殖細胞で、またそのリガンドのGas6が生殖隆起の間質細胞で発現し、さらにGas6が培養下で始原生殖細胞数を増やす効果があることを明らかにした。これらの結果からGas6/Skyによる情報伝達系が、始原生殖細胞の増殖制御や性分化にに関与していることが示唆された。また非レセプター型セリン・スレオニンキナーゼをコードするPlk1およびGek1は胚発生時には生殖隆起全体で弱く発現するが、生後は生殖巣においては減数分裂期の生殖細胞で特異的に発現することを見いだし、減数分裂における機能が示唆された。
 次に生殖細胞の細胞死の分子機構と生理的な意義に対する手がかりを得るために、いろいろな細胞系で細胞死を抑制する作用のあるBcl-2に注目し、その遺伝子を精原細胞で過剰発現するトランスジェニックマウスをつくった。その結果、ほとんどの雄が生殖能力を持たないことがわかった。その精巣では、外来Bcl-2の発現により本来起こる精原細胞の細胞死が抑制され、この細胞が異常に蓄積していた。この結果から、精原細胞の生死はBcl-2により影響されうる経路によって制御されていることが明らかになった。しかし、蓄積した細胞は精母細胞に分化する事ができず、また長く生き続けることもできずに精巣から消失していき、週齢が進むとともに一部の精細管でほとんどの生殖細胞が欠落してしていた。これらは細胞死を無理に抑制することで精原細胞自体に不都合が生じたり、精原細胞が異常に蓄積することによりセルトリ細胞との正常な関係が乱される事などが原因として起こることが考えられる。