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器官形成におけるホメオボックス遺伝子Msx1およびMsx2の役割



里方 一郎(新潟大学医学部小児科学教室)


 器官形成のメカニズムを解明することは、器官の再生や組織培養による人工臓器の開発などにつながり、また、得られた知見は様々な医療分野に応用されることが期待される。器官形成においては、上皮ー間葉相互作用が中心的な役割を担い、上皮からの因子と間葉からの因子が相互に作用して細胞の増殖・分化を決定し、最終的に固有の器官が形成される。上皮ー間葉相互作用のシグナル伝達に関与する因子としては、FGF、 BMP、 ヘジホッグ、Wnt、ホメオボックス遺伝子、細胞接着因子などが考えられている。私たちは、上皮ー間葉相互作用の認められる組織に発現するホメオボックス遺伝子Msx1およびMsx2に注目し、gene targeting法を用いたMsx1、Msx2、および両遺伝子欠損マウスの作成を行い、器官形成におけるMsx1および Msx2の機能に関する研究を行っているので紹介する。
 マウスのMsx遺伝子は、Drosophilaのmsh 遺伝子 のホモログで、Msx1、Msx2、Msx3がクローニングされている。Msx1およびMsx2は、発生の初期には、原条の中胚葉と外胚葉に、その後、神経板外側、神経管背側、神経堤に、さらに発生が進むと、前脳・中脳・後脳の背側、下垂体、髄膜、顔面突起、眼、耳、鼻、歯、心臓、乳腺、毛嚢、肢芽、子宮、生殖結節など多数の器官形成過程において、主に上皮ー間葉相互作用の認められる部分に重複しながら発現するため、これらの器官形成に何らかの役割を担っていると推測された。Msx3の発現は、神経管の背側に限局し、Msx1およびMsx2の発現部位と重複する。
 Msx1欠損マウスは、口蓋裂、下顎骨の低形成、歯の発生停止、耳小骨の1つのつち骨の短突起の欠損、前頭骨、頭頂骨および鼻骨の軽微な形態異常などの異常を示し、生後24時間以内に死亡したが、脳、心臓、四肢などの異常は認められなかった。これは、発現の時期、部位がMsx1と重複するMsx2が、脳、心臓、四肢などにおいてMsx1の機能を代償するためと推測された。
 Msx2欠損マウスは、運動失調をきたし、生後4-9週の間に大部分が著明な発育不全を示し死亡した。小脳の低形成(内顆粒層およびプルキンエ細胞層の形成不全)、歯のエナメル形成不全、毛嚢および胃の発生異常などが認められた。Msx1欠損マウスで認められた異常や四肢、心臓などの異常は認められなかった。
 Msx1・Msx2両欠損マウスは、embryonic lethalで、胎生17.5日頃までに死亡した。神経管閉鎖不全による外脳症、両側性顔裂、唇裂、口蓋裂、歯の発生停止、眼および耳の異常、胸腹壁欠損、心奇形、四肢の奇形(合指症、多指症、橈骨および腓骨の欠損)、胸腺および副腎の異常が認められた。
 以上の結果より、Msx1およびMsx2は、中枢神経系、頭蓋および顎顔面、心臓、四肢など多くの器官の形成に重要な役割を担い、一方の遺伝子が機能しない場合、その機能を代償し得ることが明らかになった。
 さて、ノックアウトマウスによりMsx1およびMsx2の個体レベルでの機能はほぼ判明したが、分子レベルでMsx1およびMsx2が関与するシグナル伝達経路を明らかにして、細胞および個体レベルでの機能を説明しなければならない。上皮ー間葉相互作用のシグナル伝達経路に関しては、上皮で産生されたBMP4およびFGF4が直下の間葉におけるMsx1およびMsx2の発現を誘導することが報告され、BMP4およびFGF4が、Msx1およびMsx2の上流に位置していることが明らかにされていた。ホメオボックス遺伝子産物は、DNA結合タンパクであり、何らかの標的遺伝子に結合して転写調節を行うと考えられているが、Msx1およびMsx2の標的遺伝子および下流遺伝子については、これまで不明であった。私たちは、Msx欠損マウスを用いた研究により、Msx1の下流には、Msx1→Bmp4→HMGボックス遺伝子Lef1、Msx1→細胞接着因子syndecan 1、Msx1→MyoDの3経路が存在することを明らかにした。また、Msx2欠損マウスの小脳および歯の発生異常には、アポトーシス異常が関係すると考えられ、Msx2とアポトーシス関連遺伝子との関係を調べている。
 今後、成長因子、ヘッジホッグ、細胞接着因子および他のホメオボックス遺伝子との関係をMsx欠損マウスを用いて調べ、器官形成におけるMsx1およびMsx2の役割を分子レベルで一層明らかにして行きたい。