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ピューロマイシンを用いた新たな遺伝子変換ES細胞 選別系の開発



八木 健、谷口 雅彦、三宝 誠(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・高次神経機構)


 マウス胚性幹細胞(Embryonic Stem cell; ES細胞)を用いた遺伝子ターゲティング法により染色体上に存在する遺伝情報を自在に変換することが可能となった。しかし、遺伝子変換技術には未だ幾つかの克服したい問題点がある。その1つは時期組織特異的な遺伝子欠損技術の開発である。殆どの遺伝情報はある組織のある時期に限って用いられているわけではなく、個体発生において重複して用いられている。よって、遺伝子を発生初期より欠損させる従来の遺伝子ターゲティング法では最も初期に欠損遺伝子が機能する組織での異常が問題となる。例えば、学習・記憶に関連すると想定される遺伝子の欠損マウスが発生中に死亡してしまった場合、この遺伝子の学習・記憶での分子機能の解析は困難となる。この問題を克服する方法として現在、時期及び組織特異的遺伝子ターゲティング法がCre-loxP組換え系を用いて開発され応用されつつある。また、このCre-loxPシステムは従来まで困難であった大きな遺伝子欠失、遺伝子導入、転座、重複させた遺伝子変換などをES細胞において得る上でも優れた方法ある。これまでにCre-loxP組換え体をガンシクロビル(GANC)・HSV-tk, hprt・HAT選択を使用して濃縮する方法が報告されている。しかし、これらの方法は2loxP配列間に各々の薬剤選択マーカーを導入する必要性があること、またHAT選別を行う場合にはhprt遺伝子欠損ES細胞を使用しなければならないなどの制約がある。
 我々は現在までにピューロマイシンがES細胞に対し低濃度(0.1mg/ml)・短期間(2日間)で細胞を死滅させることを報告し、puromycin N-acetyltransferase (Pac)を発現することによりピューロマイシン耐性となった遺伝子変換細胞が効率よくキメラマウスとなり、生殖細胞に分化することを報告した。また、この際ピューロマイシンはネオマイシンに対して独立に作用することより、両薬剤耐性を利用して2重に遺伝子変換したES細胞及びキメラマウス、遺伝子変換子孫マウスを作製できることを報告した(1)。
 我々は今回このピューロマイシンを利用した効率的なCre-loxP組換え体選別法の開発に成功したので報告する。ピューロマイシンは短期間で細胞を死滅させる活性がある。この性質を利用すれば、従来の薬剤耐性遺伝子では困難であった細胞内に一過性(トランジェント)に遺伝子導入された細胞を選別できるのではないかと考え、PacとCreが同時にES細胞中で発現するベクター(pCre-Pac)を作製した。このベクターを遺伝子ターゲティング法によりloxP配列を3個導入した細胞に環状で導入し48時間、ピューロマイシンで選別しコロニーを形成させた。その結果、pCre-Pacが染色体に導入していないがloxP配列間で遺伝子組換えを起こしたものが高率に(約50%)得られた。また、この組換え体はICR胚にマイクロインジェクションすることによりキメラマウスとなり、子孫マウスを得ることができた。この結果はpCre-Pacが遺伝子変換マウス作製過程において利用できることを示すとともに、ピューロマイシンを用いることにより今まで困難であったトランジェントな遺伝子導入細胞の選別が可能となったことを示している。この方法は現在まで困難であった大きな遺伝子欠失、遺伝子導入、転座、重複させた遺伝子変換マウスの作製を効率よく容易に行う新たな方法であり、時期及び組織特異的遺伝子欠損マウス作製においても有効な手段となる。また、トランジェントな遺伝子導入細胞の選別法の確立は遺伝子治療や育種において多くの新しい技術に役立ってゆくと期待している。


参考文献

(1)Stable Production of Mutant Mice from Double Gene Converted ES Cells with Puromycin and Neomycin, BBRC 213, 130-137 (1995)