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発生工学的手法を用いた遺伝子突然変異検出用
トランスジェニックマウスの開発



能美 健彦(国立衛生試験所・変異遺伝部)


 突然変異は、発癌、遺伝的疾病、老化の原因と考えられており、実験動物の体内で起こる、さまざまなタイプの突然変異(塩基置換、フレームシフト、欠失変異)を迅速・簡便に検出し、分子レベルで解析しうる実験系の開発は医学生物学研究を進める上で有用である。近年、外来遺伝子をマウス受精卵に導入し個体にまで発生させるトランスジェニックマウス作製技術が発達し、大腸菌由来のレポーター遺伝子を組み込んだ突然変異出用のトランスジェニックマウスが開発されるようになった。トランスジェニックマウスを用いる突然変異試験は、原理的にはあらゆる臓器における遺伝子突然変異を検出することができ、かつ変異の特徴を分子レベルで解析できる優れた特徴を有している。しかし現在市販されている変異原試験用のトランスジェニックマウスは、試験実施にかかる費用や労力また変異検出能などで問題点が指摘されており、未だ十分には普及していないのが現状である。こうした状況を打開するため、我々は突然変異検出用の新しいトランスジェニックマウスgptΔを作製した。このマウスの特徴は、2つの異なる選択法(6-thioguanine (6-TG) selectionとSpi-selection)を用いて、異なるタイプの変異を迅速に検出しようとすることにある。すなわちこの試験系では、大腸菌gpt遺伝子をレポーターとする6-TG selectionを用いて点突然変異(塩基置換、フレームシフト)を検出し、ラムダーファージred/gam遺伝子をレポーターとするSpi-selectionを用いて欠失変異を検出する。実験法を概略すると、まずこのトランスジェニックマウスを変異原で処理した後、ゲノムDNAを各種臓器から抽出し、in vitroパッケージングによりトランスジーンをラムダーファージとして回収する。回収したファージは2種類の大腸菌に感染させ、異なったタイプの変異体を検出する。@Creリコンビナーゼを発現する大腸菌YG6020に感染させ、gpt遺伝子を含む領域をプラスミドに転換させる。その後、プラスミド上のgpt遺伝子に変異を持つ大腸菌を、6-TGを含む培地を用いてポジティブに選別する(6-TG selection)。この選択法は、野生型のgpt遺伝子を持つ大腸菌は6-TG存在下で死滅する事を利用している。A一方、マウスから回収したファージをP2溶原菌(XL1- Blue MRA P2)に感染させ、red/gam領域に欠失を持つファージを選択的に検出する(Spi- selection)。この選択法は、野生型のラムダファージがP2溶原菌にプラークを作れないこと(Spi+: sensitive to P2 interference)を利用している。
 作製したトランスジェニックマウスの臓器からDNAを抽出し6-TG selectionおよびSpi- selectionを用いてマウス体内で生成した突然変異体を検出した。無処理マウスの骨髄からDNAを抽出し、gpt遺伝子突然変異頻度を調べると1.7 - 3.3 x 10-5であった。マウスをエチルニトロソ尿素(ENU 150 mg/kg、単回腹腔投与、7日目に屠殺)で処理すると骨髄のgpt遺伝子突然変異頻度は対照値に比べ4−7倍上昇した。無処理群、ENU処理群についてgpt遺伝子突然変異を自動DNAシークエンサーを用いて同定すると、無処理群では検出された変異の約60%が塩基置換であり、それ以外は順方向反復配列(direct repeat)間での欠失や同一塩基配列中での欠失であった。これに対しENU処理群では、検出された変異のほぼ全てが塩基置換であり、特にA:TからT:Aへのトランスバージョン変異が無処理群に比べ顕著に増大していた。一方、無処理マウスのSpi-突然変異頻度を調べると、その頻度は骨髄(1.4 x 10-6)、精子(1.1 x 10-6)ともgpt突然変異に比べ10倍以上低かった。脾臓では93万個のファージについて検索を行ったが、Spi-変異体は検出されなかった。しかし、マウスをガンマー線照射すると脾臓のSpi-突然変異頻度は顕著に増大した(5 Gy, 1.4 x 10-5; 10 Gy, 1.2 x 10-5; 50 Gy, 2.0 x 10-5) 。Spi-ファージのDNAについてPCR法を用いて調べると、red/gam領域に欠失を起こしているファージが多数検出された。以上の結果から、今回作製したトランスジェニックマウスgptΔは、in vivoで起こる点突然変異と欠失突然変異の検出および解析に有効であるものと結論した。

本研究は、以下の諸先生との共同研究として行われたものである。

加藤基恵1)、鈴木宏志2)、松井道子3)、山田雅巳3)、増村健一3)、渡辺雅彦3)、4)、鈴木任3)、堀谷尚古5)、上田音也2)、澁谷徹5)、池田日出男6)、祖父尼俊雄3)(1チリ大学、分子生物、2中外製薬、探索研究所、3国立衛生試験所、変異遺伝部、4国立ガンセンター、生化学部、5食品薬品安全センター、遺伝学研究室、6東京大学、医科学研究所)