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YAC導入によるトランスジェニックマウス作製と応用



要 匡(熊本大学医学部 遺伝発生医学研究施設)


 トランスジェニック(Tg)技術は,外来遺伝子の発現により物質産生や生体内での蛋白機能の解析を可能とした最も重要な技術の一つである。しかし,これまでのTg技術は導入可能なDNA長が50kb程度であったため,遺伝子本来の発現を量的・質的に再現できないといった限界があった。それは,哺乳動物の遺伝子は制御領域も含めると50kb以上に及ぶことが多いので,全てを含む形で導入できないためであった。特にクラスターを形成し広範囲に発現制御の行われる遺伝子群の発現や数百kbに及ぶシス調節因子の解析はマウス生体内で再現不可能であった。
 1987年にOlsonらにより人工酵母染色体(YAC)ベクターが開発され巨大DNA操作が可能となり遺伝子操作の技術が飛躍的に進歩したが,1993年,このYACベクターを使用したDNAがマウスにも導入可能であり,かつ,生殖細胞への伝達が可能であること,つまりYAC Tgマウスの作製が可能であることが示された。
 このYAC Tgは遺伝子本来の制御領域や,複数の遺伝子群を同時に導入できるため応用範囲が広く,従来不可能であるとされていた様々な生体内での解析ができるようになった。さらに,遺伝子発現を本来の発現と同様に再現できるため,遺伝子の量効果の解析や未知の遺伝子発現による遺伝的変異マウスの原因遺伝子の同定といった可能性ももたらした。また,YACは現在までの酵母での遺伝学的バックグラウンドを用い,点突然変異の導入や改変を容易にできるため変異導入といった観点からも多くの可能性をもっていると考えられる。
 このようにYAC Tgは,多くの応用性,可能性をもっているが実際の作製については種々の問題があり必ずしも普遍的,一般的な技術として確立されていない。そこで今回のシンポジウムでは,このYAC導入およびそのTgマウスの作製全般について主に技術的側面から解説を加えたい。
 現在までに行われている導入法は,マイクロインジェクション法(注入法),リポフェクション法,スフェロプラスト融合法,Ca共沈法,電気穿孔法等があるが,まずそれぞれの方法の長所および短所について述べる。その後,我々の研究室で行っている注入法を中心に具体的な手法を解説する。第一に最も重要なYAC DNAの単離・精製について問題点をあげ,その解決法を示す。YAC DNA単離の際最も問題となるのはDNAの断片化であり,その原因と対策を中心に解説する。次にYAC DNA単離に伴う問題,特に酵母染色体の混入について解決法を述べ,さらに実際の受精卵への注入および得られたマウスにおける導入YACの検出法に関して問題となる点と様々な解決法を我々の研究室で行っている方法も含め解説する。
 最後にYAC Tgを使用した例を現在までの報告例および我々の研究室で現在進行中の研究を紹介し,YAC Tgのもつ応用性についてまとめてみたい。