上皮細胞の創傷治癒機構
増井 徹:国立衛生試験所・変異遺伝部・第3室(細胞バンク)
上皮細胞の創傷治癒は増殖調節のあらゆる場面を含む魅力ある現象である
.我々はその機構を明らかにするために正常ヒト上皮細胞のoutgrowth培
養法を確立した.この系では細胞は移動と増殖のコーディネーションを保
つことによって上皮組織(細胞のシート;以下outgrowthと呼ぶ)として
同心円状に増殖する.この系でoutgrowthの外側のプラスチック培養皿の
表面に溝を設けることによって細胞の移動を阻害してoutgrowthの拡大を
妨げると、シート全体の増殖が停止する.この培養系では細胞が密に接触
を維持しつつ増殖するのでcontact inhibitionという用語は不適切である
.我々はこの増殖停止法をDulbeccoの定義に従いtopoinhibitionと呼んで
いる(密度依存性増殖停止機構).さらに、一旦増殖停止したシートの一
部を掻き取ると増殖を再開させることもできる.このシステムは増殖開始
、増殖維持(移動と増殖のコーディネーション)、増殖の停止という創傷
治癒の諸相のモデルとして優れたものである.
この系ではEGF受容体システムを介したオートクリン増殖機構
によって増殖が維持されていることを我々は明らかにした.しかし、
topoinhibitionにおいてEGF受容体システム活性に変化は見られない.
topoinhibitionでは増殖促進システムを抑制することによって増殖停止す
るのではなく、アクセルとは独立のブレーキを使っていることが明らかと
なった.そこで、topoinhibitionの分子機構を明らかにするために増殖停
止時に発現が上昇する遺伝子をサブトラクション法によって
eti-1(epithelial topoinhibition inducible)をクローニングし解析を進
めている.癌細胞株ではeti―1の発現が低下したり、失われていること
、対立遺伝子欠失を示唆する結果を得た.さらに、密度依存性の増殖停止
機構を持つアフリカミドリザルの腎臓由来の正常様上皮細胞株Veroで
は強い増殖抑制活性を示す.一方、ヒト癌細胞株ように密度依存性増殖停
止機構の働かない細胞ではごく弱い増殖抑制活性しか示さない.これらの
結果よりEti−1がtopoinhibition機構の一部として働いている可能性
が高く、新しいがん抑制遺伝子と考えている.Eti−1はショウジョウ
バエのがん抑制遺伝子Warts/Lats、酵母のWee1等の細胞分裂変異株を相補
するXenopusの遺伝子Xpmc1、マウスのPax3、と短い相同領域を持つことが
明らかとなった.特にWarts/Latsは上皮の異常増殖というeti−1の破壊
変異体に期待される表現形を示すことから、この領域の役割について注目
して解析を進めている.
abstruct received by e-mail on March,10, 1997
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