日時:2002年5月17日(水)14:30−17:00
会場:北里大学白金校舎薬学部本館
港区白金台5−9−1

再生医療を支えるもの
―考え方と現実と私たち研究者にできること―

座長 秦宏樹(大会会長,東京逓信病院 産婦人科)
増井徹(国立医薬品食品衛生研究所、細胞バンク)


再生医療という領域が期待をもって語られるようになり,数年が経過しています.昨年9月にES細胞指針が,そして12月には特定胚指針が公表されて,今後の再生医療における考え方がまとまりつつあります.また,今年始めから厚生労働省はヒト幹細胞研究指針の検討を始めています.

再生医療においては,培養技術が大きな柱となります.その点では,本学会の会員の皆様もこの分野での研究に対応していく必要性が生じていると考えております.そして,この分野は科学的に発展途上の分野であるというだけでなく,ヒト胚,胎児を研究対象とすることはタブー視されてきたという歴史があります.現状では倫理的,法的,社会的な議論が充分になされる環境が整っていないと考えております.本シンポジウムでは,特にヒト胎児組織を対象とした研究領域について科学的,法的,倫理的,社会的側面から論じることによって,学会員の皆様,また,その活動の場である一般社会での議論を活性化する一助になればと考えています.

再生医療においては「ヒトの細胞をヒトに戻す」ために,実験動物での培養データーと異なる可能性が考えられ,ヒト細胞の培養条件を検討することが必要となり,ヒトの組織・細胞を研究資源として利用することが必須となります.また,このような「ヒトはヒトで」という研究志向は,ヒトゲノムプロジェクトの進展を背景として,ヒトを解析するツールの整備が進んだこととも深く関わっています.そして,具体的研究対象が幹細胞であり,そのためにヒト胚及びヒト死胎が研究の材料として重要な位置を占めるという状況が形成されました.研究対象として興味深いES細胞は,実用面で安全性・安定性の問題を抱えています.そこで,限定的分化能をもつ組織幹細胞を研究することが重要な課題であると考えられます.限定された分化能が安全性と安定性を確保する面では有利であると予想されているからです.発生学的に考えると体の基礎構造ができ,それぞれの組織が分化を始めた時期の胎児組織を培養することによって,分化能のコントロールが容易で増殖能に優れた組織幹細胞をえることができると考えられています.

胎児という存在がどのようなものであるのか,日本の法律体系の中でも複雑で未解決な問題を含むといわれています.また,自然流産の胎児は生物学的異常をもつ可能性が高く,人工妊娠中絶という状況の中で摘出された組織が重要と考えられるわけですが.人工妊娠中絶という状況は生殖・出産の現場の中で,状況の複雑な当事者・周囲の者にとっても感情的傷害の大きな領域です.そして,妊娠出産の出来る女性の間でさえ「経験した者でなければ理解できない」という言葉で,問題の共有が拒否されてきたという面をもつ領域でもあります.再生医療の様々な研究領域において,有力な組織幹細胞研究の対象となる胎児由来組織がこのような状況で摘出されるものである以上,私達研究者が提供の現場との関係をどのように受け止めていけるものなのかを真剣に模索する必要性も生じてきました.そして,「共有という姿勢」が,人を取り巻く問題にとって重要と考えられている今,私達がどのように関わっていける問題であるのかを論ずることは避けることが出来ないのです.このような国内状況と,否応無くさらされる国際的競争のなかで,日本で研究を推進するために,国際的に見て,日本の状況はどのようなものであるのか.そして,潜在的に人の尊厳という課題を負いつつ,この分野の研究が社会で議論されて,かつ社会の理解の下に進められるためには何が必要であり,私達には何が出来るのかを考え始めることが必要であると思っております.

  1. 日本における「人」の出生までの法的状況につきまして東京都立大学・法学部,石井美智子先生に.
  2. 妊娠中絶を含むヒト組織が提供される状況を踏まえて,倫理的枠組みと問題意識を共有する視点を北里大学・医学部医学原論,斎藤有紀子先生に.
  3. 独立行政法人産業総合研究所ティッシュエンジニアリング研究センターの金村米博先生から実施の現状と研究者の立場からの倫理的問題点について.
  4. 日本産科婦人科学会の倫理委員会における検討の状況につきまして東京大学・大学院医学系研究科・産婦人科学講座の矢野哲先生にお話頂きます.
  5. 指定発言として,諸外国と日本の現状比較について生命科学研究所の島次郎先生にご意見を頂きます.
講演(20分)と指定発言(10分)の後に40分ほどの全体討議の時間を設け,活発な意見交換の時を持ちたいと存じます.

それぞれの先生方の発言は,お立場を代表したものではなく,先生方の経験と検討を踏まえた個人としてご発言としてご理解いただきたいと存じます.


プログラム

再生医療を支えるもの―考え方と現実と私たち研究者にできること―

座長:  秦宏樹(大会会長,東京逓信病院 産婦人科)
増井徹(日本組織培養学会,倫理問題検討委員会,
国立医薬品食品衛生研究所,細胞バンク)


1, 胎児の法的地位?−胚・胎児・人
東京都立大学,法学部,石井美智子
2,胎児組織の研究使用
―日本産科婦人科学会倫理委員会の検討の状況
東京大学,大学院医学系研究科産婦人科学講座,矢野 哲

3,人工妊娠中絶と、胎児組織研究の今日的意味
−先端技術と個人、社会、倫理の問題を考える−
北里大学,医学部,医学原論研究部門,斎藤有紀子

4,胎児組織由来神経幹細胞を用いた基礎的研究
―実施状況とその倫理的問題点―
産業技術総合研究所・ティッシュエンジニアリング研究センター
国立大阪病院 臨床研究部,金村 米博

5,指定発言
三菱化学生命科学研究所,社会生命科学研究室


日本組織培養学会第75回大会
日時:2002年5月17日(金)14:30−17:00
会場:北里大学白金校舎薬学部本館
   港区白金台5−9−1




シンポジウム担当

日本組織培養学会,倫理問題検討委員会

協力委員:宇都木 伸(東海大学法学部),梅田 誠(横浜市中央図書館),小松 俊彦(NPO法人、バイオメディカルサイエンス研究会(BMSA)),

委員:浅香 勲(旭テクノグラス株式会社,サイテック事業部ライフサイエンスセンター),絵野沢 伸(国立成育医療センター研究所,移植・外科研究部),神崎 俊彦((財)ヒューマンサイエンス振興財団),佐々木 澄志((財)食品薬品安全センター秦野研究所),佐藤 敬喜(第一製薬、開発企画部),蓮村 哲(医療法人社団修世会木場病院),秦 宏樹(東京逓信病院 産婦人科),平井 玲子(東京都臨床医学総合研究所腫瘍細胞研究部門),松村 外志張(ローマン工業)

学会外委員:小林 英司(自治医科大学,分子病態治療研究センター,臓器置換研究部),鈴木 聡(HAB協議会,霊長類機能研究所),佐藤 雄一郎(横浜市立大学,法医学教室),宗村 庚修(株式会社KAC)

委員長:増井徹(国立医薬品食品衛生研究所、細胞バンク)