【勝田班月報:6101】
《勝田報告》
 去年の滓
 全く振返ってみると去年は余り良い仕事ができなかった、とつくづく思う。いささか迫力が落ちたかと我ながら情なくなるが、要するに年をとるにつれて次第に雑用が多くなり、考える時間が減るせいもあるのではなかろうか。昨年からつづく仕事の残りもなるべく早く片附けて、今年は思切って良い仕事をやりとげたいと思う。
 今年の夢
 夢だけには終らせたくないが、まず第一に考え、且やり初めているのが、双子の培養管を作り、夫々の管に異種の細胞を入れ、細胞が硝子管に密着したあとで、静かに管を寝かす。すると管の中間につけてある結合部で両方の培養液がまじることになる。これをそのまま静置で培養し、あとで夫々の管のなかの細胞数をかぞえて細胞両種の間の干渉を見ようというわけである。最初にやったのがHeLaとJTC-4Dであるが、7日間培養すると、HeLaの増殖は促進され、高木君の株の方は抑制されている。勿論夫々単独での培養と比較しての話である。但し7日間では顕著な差にはならない。次に現在やっているのがHeLaとサル腎臓細胞であるが、これも似たような結果が出かけている。この仕事には夫々至適培地が同じ細胞をえらばなければならない欠点があるので、次の段階としては両管の間の穴をすり合せにしておいて、そこにセロファン膜をはさんで密着させ、ローラーチューブで回転しながら(液の撹拌のため)培養してみたいと思っている。さてこの培養法を何と名付けてよいか、がまた頭痛の種であるが、いま一寸考えているのは動物実験で2匹の動物を並べて血管をつないだりする実験をParabiosisと呼んでいるので、これをもじってParabioticcell cultureと呼んだらどうかと考えているところである。また、これを何と和訳するかも問題である。何か良いちえがあったら拝借したいものである。これまでの外国の研究では、一つの容器で2種をmixして培養した例はあるが、それではせいぜい形態学的な観察しかできないのに対し、これでは定量培養ができるのが強味で、何とかもっと面白いところまで展開させ、1962年度あたり外国の学会に持って行って、あっと言わせてやりたいとひそかに念願している次第である。この培養法を利用すると、これまで培養のできなかった、例えば人肝実質細胞なども、となりの管に内被細胞を培養しておけば可能になるのではないかとも夢見ている次第である。
 次に狙うのはやはりin vitroでの発癌実験であるが、いちばんさきにその内でもやりたいのは、子宮とか乳腺のような女性性器細胞の培養で、これを性ホルモンで発癌させる方法である。DNA、RNAなどは高木君が狙っているし、まあいちばん可能性のありそうなところを我々が狙うとすれば、こんなところになるであろう。第3の夢はSynchronous cultureで、これのいちばん初めに狙うのはL・P4細胞(Lactalbumin hydrolysateだけで継代している亜株)である。これはDM-12(乃至はDM-120)でよく増殖し、7日間に18倍という例もある。殊に初めの頃はgeneration timeが24時間弱なので、やる方には大変便利なお行儀の良い細胞である。それからAH-130の肝癌やサル腎臓細胞のようなprimary cultureでもぜひやりたいと思っている。
 細胞の栄養要求は現在はL・P4のアミノ酸要求をやっているが、サル腎臓細胞についても低分子栄養物をもっと考えればPVP培地でもっと良くふえるようになるのではないかと思う。これはポリオワクチンを作り、或は検定する人からも大いに切望されている問題である。最近とくに痛感するのであるがやはり各種細胞の栄養要求の比較のような地味な仕事をやっておくと、それが他の仕事にもずい分役立つのである。従ってこの方面の仕事はあく迄つづけて行くつもりで居る。
 新人の巣
 若い研究者を養成することは自分の仕事をすることと同様に日本の科学のために必要なことである。しかも本当にその技倆を信頼できるようなひとでなければ何人いたとて何の役にも立たない。阪大の堀川君が今度漸く大学院を卒業し、1本立になって我々の仲間に入ってくれることになったのは何といっても心強いことであるし、今どきの若い連中の間にも何%かは見込のある人がいることを教えて、我々をほっとさせてくれる効果がある。ことのついでに私の研究室の現在及び将来の陣容を御紹介申上げておこう。小生、高岡君(この3月1日で満10年目になります。オバチャマ)、梅田君(横浜市立大・医学部卒・同学の病理に助手として2年間勤務の后、東大の大学院学生となり当室に常勤)、月岡君(昨春、新制高校を卒業した無口のお嬢ちゃん、もっぱら雑役をやってくれています)。それに国内留学生として古川君(東大小児科・大学院3年、白血病の細胞の培養を志していますので、平木内科のちゃらんぽらんな報告を検討し、もっと本当にしっかりしたデータを出してもらうために好適の人物です)、高井君(阪大・久留外科・大学院2年、古川君と共に本当に仲々しっかりした人物で日本の次の代を担ってくれると信頼できる人です)。それから外国からの留学生として印度Baroda大学・理学部生化学教室・大学院学生(博士課程)Chokshi君と、いま4月までですがChokshi君の研究室の教授Prof.C.V.Ramakrishnanが滞在中です。4月になると、現在東大医学部衛生看護学科の内川嬢が、農学部獣医学科の大学院学生の名を借りて(試験は先日パスしました)入ってきます。この方にはずっと組織培養をやる決心がついて居るようです。5月には東邦大学薬学部を4月に卒業の照屋君(沖縄県)が4月の国家試験を終えて入ってきます。生化学的定量などの方面を受持ってくれます。本当に良い人物、有望な人たちが入って来ますし、現在も居りますので、この一年間の活躍が我ながらたのしみでなりません。

【遠藤報告】
 (1)塩類溶液の処方は間違っていませんか?
 こういう失礼な設問をしたのは決して皆さんのお仕事についてではありませんから、まず怒らないで読んで下さい。
 昨年中は雑誌「蛋白質・核酸・酵素」(共立出版)からやいのやいのとせっつかれ、とうとう“生化学領域の生物学的実験法”なる実験講座のトップを飾り(?)、“組織培養法”を執筆することになりました。というわけで正月も原稿に追われて過ごしたのですが、更めて塩類溶液の処方を調べてみて、あまりに成書に誤りが多いのに驚かされたのです。これは勝田さんの「組織培養法」のお手伝いをした時にも感じたのですが、自分の責任で別に表を作ってみて又々痛感させられたわけです。
 例えば、
(1)“戦後の日本の組織培養研究者を大いに裨益した“という“Tissue CultureTechnique”(G.Cammeron)では、Earle(1943)のNaH2PO4H2O・0.125・・・これは無水塩の値で、1水塩なら0.14である。 Buffered Saline SolutionというのにpHがはじめか違ったら困る。
SimmsX7のCaCl2(Anhydrous)・0.147・・・これは2水塩としての値である。lower calcium contentを特徴とするSimms soln.がそれ程低カルシウムでなくなるのは大変困る。
(しかし、これらは組織培養法(勝田甫)では改められていますが、でも、HanksのCaCl2 0.20g/lは、現在殆ど0.14g/l(血清のイオン・カルシウム濃度5mgCa/dlと等しくするため)が用いられているので、改訂版ではそうした方がいいのではないでしょうか)
 この他、処方の誤りではありませんが、higher calcium content(血清の総カルシウム濃度10mg Ca/dlと等しい。即ち現在一般に用いられているHanks等の倍量)を特徴とするGey(1936)は、引用文献のAm.J.Cancer 27 45(1936)の何処をみてもその処方がのっていないのです。これは他の人にも調べてもらったので私の見落としではありません。これはそんなことで勝田さんの表からは除かれたのだろうと思いますが、この「組成のGey's BSSはDifcoから市販されており、御丁寧にもカタログの文献はやはり上記のものになっています。実はこの組成を私はずっと使っているので困っていたのですが、この処方が“Cell and Tissue Culture”(J.Paul)に載っているのです。ところがGey(1945)となっているくだりで文献はありません。同書ではGey(1936)も収載しており、これはまさしく上記AM.J.Cancer 27 45(1936)で記載された処方になっております。どなたかGey(1945)の文献を御教え戴けませんでしょうか。
 この“Cell and Tissue Culture”(J.Paul)は初版1959年ですが、すでに改訂版が1960年に出ているのを御存知でしょうか? 全く貧乏な研究者泣かせですが、随分内容の変った所や、全く新しい章もあり、確かに良くなっております。新版が1980円だったと思いますが、比較的安いので御求めになることをおすすめします。
(2)しかし、内容はユニークで面白いこのPaulの著でも、二三のTableは全くめちゃくちゃです。丁度今手許にこの本がないので明示できませんが、塩類溶液の組成にもCameron以上に誤りが多かったと記憶しています。又合成培地の表に至っては、Medium199のアミノ酸のdl体を用いたものがMedium858ではl体で半量になる筈なのに、全部同量の記載になっています。
 只、Parker先生のために辨じておきますと、“Methods of Tissue Culture”(1950)には全く誤りがありませんでした。尤も、収載された塩類溶液の種類は少ないのですが。
しかし、兎に角あのねれた内容からして、さしもとうなずかされました。
 (2)CEEのGrowth-promoting activityに関する若干の知見
 これまではchick embryo temurの培養に“Dynamic medium”を使ってきました。これは、0日には9日のCEE、2日には11日のCEE、4日には13日のCEEというように(9日の鶏胚の場合)、培養組織のageに相応するageのCEEを使う方法です。これは9日のCEEだけを使うより良いことは前にみているのですが、初めから培養組織のageより高いageのCEEを通して使うことは試みていなかったので、大分古い話になりますが、“Dynamic medium”と13日のCEEを通して使った場合を比較したことがあります。この時は、定量の結果、明らかに13日のCEEで初めから培養した方が骨形成はよくなっていました。(未発表)
 そこで、CEEのossification-promoting activiyがembryoのageによってどのよう変化するかをみるために、9日のCEEを対照として10、11、12、13及び14日のCEEと比較してみました。勿論、馬血清はpoolして、この一連の実験には全部同じものを使いました。しかし、結果は11日にきれいなピークが出て、13、14日に至っては9日より遥かに劣っておりました。この結果は前の予試験と全く相容れないものです。結局最も違う実験条件といえば、血清の異なることで、亦々natural biological fluidの固体差にいじめられる破目になりました。 時間がないので詳細は次号にでも書きたいと思います。
 又、別個にCEEのUltrafiltrateの化学的分析を進めています。当然のことながら、Hyproを除くnaturally occuring amino acidsはみなありそうです(しかし、Kirk一派のreport
ではtaurine,serine,glutamic acidしか記載していないのはどうしてでしょうか)。更に、これも当然のこと乍ら、nucleotide(nucleosideかもしれない)もかなりの濃度に含まれています。現在その同定を行っています。

《奥村報告》
 年頭に際して(1961年)−
 1960年は苦難の多い年でした。私共の教室にいた10人ほどの研究者が旧学位制度の期限が終るということで大混雑、そのアオリを受けて否応なく動きまわり、心身共に疲れ果てた次第です。確か昨年の年はじめに、私は「今年こそ自分の研究を計画通りに・・・」と決意し、スタートしたはずなのに、過ぎた一年をふり反ってみるとあまりにも淋しい心境です。昔の諺に「99里を半ばとす」というのがありますが、この論法から私の昨年の研究の進展を計算しますと計画の約35%をしたことになります。約1/3の目的しか達成することができなかった事になり、あとの2/3は今年に持ち越したことになるのです。そこで私は今年の年頭に際して考えた事は、今年は165%の仕事をしなければならないということです。大いに頑張るつもりです。
 1961年の研究は昨年度の研究であった無蛋白培地と細胞の遺伝的性質との関係をひきつづき追究して、細胞の栄養要求と遺伝的性質の密接な関連性を明かにしたいと考えています。この命題を追うのに最も重要な事は正常細胞、腫瘍細胞のいづれにおいてもゲノム分析を可能にすることであります。しかし、このゲノム分析は今まで動物細胞において殆んど行われておらず、非常に難しい問題です。もしこの点を明確にすることが出来るならば組織培養において極く一般的にみられる染色体の変異性の問題もなかり解決されると思います。又癌細胞の変異における複雑さも単純化されてくるにちがいないのです。ともかく、今年は出来る限り努力に努力を重ねて種々の難問解決のために奮闘いたしたいと心算しておりますのでよろしく御教示下さい。
「現在はMonkey kidney細胞の2種培地(1.血清培地、2.無蛋白培地)によるPrimary culture時のchromosome patternの分析を行っておりますがやはりserum mediumの方がchromosome numberの変異が多くLやHeLa細胞でみられたのと同様な現象が得られております。来月の会議までにはかなりはっきりした事が言い得るようになると思います」

《伊藤報告》
 総合研究班一年の集計の時期も迫って来ましたが、振返ってみると早いものです。
 臨床医としての仕事をやりながらの研究で思うにまかせない事も多く、仕事の進行が全く遅々として居り、その範囲も狭くグループの皆様方の御報告をみる度に吾ながらいささか不甲斐なく思はれます。
 又、連絡事項、月報の原稿等いつも遅れがちで勝田先生にはお叱りを戴く事の多い年度でしたが、何とか発表出来る成果を得られましたのは、勝田先生始め皆々様のお陰様と感謝致して居ります。
 今年は少しは時間に余裕も出来ますので、変った方面の事(人癌の培養)等もやって見度いと思って居ます。又班員として班長を始め、他の方々に御迷惑をおかけする事の無い様、精々の努力を致す覚悟です。何卒次年度も宜敷くお願い申上げます。

《高野報告》
 12月の癌学会の後の第2回報告会に出席出来ず残念でした。御一同にも御迷惑をおかけしたことと申しわけなく思っています。12月15日に父を亡くし、長男である立場から葬式に引続く後始末に追われて何も出来ませんでした。1960年は2月に部屋の火事騒ぎで4月迄機能停止。引き続いて引越しで落ち着かず正常にもどったのは6月以後でした。細胞株がナマのも凍結保存中のも大体無事だったのは不幸中の幸でした。Paper類が火災そのものより消防の“水害泥害"で大分やられ之は回収不能のままです。変な年といえば個人的には次男坊が眼の負傷に続いて虫垂炎で入院、前記父の死去とともに要するについていない年でした。1961年の訪れとともに公私ともどもスッキリと能率増進を期待していたら正月早々今度は長男が虫垂炎で手術、おまけに小生自身ヘバリだかハヤリカゼだか寝込む始末で余りよき新年でもなさ相。いやな事はまとめて済まし1961年は2月からのつもりで、これから張切ります。Transformation、resistancyとデリケイトな問題を中心に手不足、金不足をかこちながら、結局は余り変りばえしない自分のペースでとに角前進ということになるのでしょう。御一同の御健闘を祈りつつ雑感以下の雑文で御容赦願います。
 P.S.わが研究室の名前が“癌室"から“細胞病理室"と変りました。理由はおよそお役所式形式的なもので、勿論小生の発案ではありません。看板が変っても中味は同じですからどうぞよろしく。尤も旧態依然では困りものでtransformation進捗のオマジナイと思って張切ることにします。重ねてどうぞよろしく。

《高木報告》
 1961年の新春を迎え、身も心も新に研究へのスタートを切られた事と存じます。昨年以来科学研究費の整理その他でバタバタいたしましたが、どうやらひとかたついてホットした処です。今月のは報告にはなりませんが、昨年末の伝研の会合の時の追加などさせて頂きたいと思います。
 1)培地中のRNAを測定する実験で、遠藤先生の・・・E260で測定すればRNAの分解した形のものでも塩基部分があればかかって来るのであるから、nativeのRNAを云々する場合にはこの様なやり方は意味がないのではないか・・・という御意見にについて、こちらに帰って測定法を検討した処、Shneiderの方法はNo.6005に記載した様に、PCA不溶のRNAを測定する事になり、分解した塩基部分は捨てる事になるので、この様な心配はないのではないか、つまりこの方法により測定したものは分解していないRNAのみと考えられますが如何でしょうか。
 2)Bilirubinの培養細胞に対する影響をみた勝田先生の御仕事で、血清蛋白と結合する問題について・・・山岡教授に話してみました。・・・
Bilirubinは血清蛋白と結合しやすい。しかもAlbumine分劃とよく結合する。この結合にはpHの影響が大である。たとえばpH7.4と云った場合には、血清Albumineの等電点は6.4位であるから、これは(−)に荷電する事になり、またEstaerの形のBilirubinは(+)に荷電しているからくっつきやすくなる訳である。以上は山岡教授の話のうけうりですので、左様御承知下さい。
 なお今月21日(土)に九州癌研究会なるものがございます。例のHydroxyprolinの演題とこれまでの細胞免疫学的研究のdataをまとめて2題出題しました。                              


編集後記


 Click [X] after reading.