【勝田班月報:6110】
 A)ラッテ正常組織細胞とラッテ腹水肝癌細胞との間の相互作用:
 Parabiotic Cell Cultureを用い、生体内に於ける正常細胞と癌細胞との間の相互作用をしらべる第一歩として、ラッテの正常肝細胞とラッテ腹水腫瘍細胞(肝癌AH-130及び吉田肉腫)との間の相互作用からまずしらべ初めた。
正常肝とAH-130との間の静置培養(TWIN-D1)での相互作用の結果は前報で報告したので省略し、同じ細胞の組合せを回転培養で試みたところ、殆んど静置と同様の結果が得られた(表を呈示)。この実験では両細胞と同一管に一緒に入れて混合培養した群も2群加えた。単管に入れたのと、双子管の片方に入れて他方は培地だけ入れたのとである。こうしてみると、AH-130の増殖促進、Liverの阻害の現象は、普通のParabiotic Cultureのときより一層強くあらわれた。回転培養であるから培地内の干渉物質diffusionの仕方のeffectとは考えられず、やはり一緒に細胞が直接接し合ったためのeffectと考えるべきであろう。つまり液層を通じてだけでも相互作用はあるが、直接接触し合うともっと強い相互作用があるということで、映画でもとって見ると、AH-130のことだからきっと細胞突起を肝細胞の中に突込んで注射出模しているのではないか、という気がする。  次に双子管の間にMillipore filterを挟んだ場合とCellophaneを挟んだ場合と比較するとこれもCellophaneの方がむしろ強く相互作用があらわれた位で、干渉物質は容易にCellophaneを通過し得ると思われる。
 吉田肉腫は、肉腫だからfibroblast系であり、肝癌とは異なる反応を示すと考え、吉田肉腫−fibroblast、吉田肉腫−肝細胞の組合せもしらべた(表を呈示)。吉田とfibroblastでは、吉田は初めは若干促進されるが、7日后には逆に抑えられている。之に対し、fibroblastの方は(AH-130−肝)の場合と同じように終始明らかに阻害を受けている。
 次にTumorのこれらのもののoriginとは全く関係のないrat kidney cellsをトリプシン消化して作ってAH-130とのparabioticを試みると、静置、回転何れでもKidney cellsは阻害を受ける。殊に回転のときに著明である。元来AH-130には静置よりも回転培養が適しているので、回転でAH-130が非常によく増殖し、そのため受けた干渉も大きかったのではないかと想像される。回転ではAH-130はきわめて増殖促進を受けているが、静置では逆に抑制され、回転の結果と相反した結果になっている。この理由がどうもはっきり判らない。しかしこの判らないところが、将来の鍵になってくれる可能性もある。以上のように、腫瘍とその元の細胞との間には、どうも何か、Virus−宿主細胞の間の親和性に似たようなものがあり、それが転移の場所にも関係していることが暗示されるような気がする。AH-130とfibroblastの組合せは目下準備中である。
B)培養内発癌実験:
 これには雑系ratは使いたくないので、うちのJARの子供をうむのを待っているが、目下余り生んでくれないので、来月までは“子待ち"という状態である。

《高木報告》
 1)in vitroにおける発癌に関する研究
 依然としてJTC-4cellsにDAB 1μg/mlを作用させ続けています。細胞の方は準備出来ているのですが、動物の方が中々軌道にのりません。しかしrat(Wistar king)もどうにか殖えて来ましたし、またhamsterも純系のものを5対予研から頂くことにしましたので、癌学会が終りましたら実験にとりかかれると思います。またDABの外にStirboestrolも用いてみようと思い、目下primasy cultureの準備中ですが、生后3週間のratの腎を培養してみたところでは、epithelial cellsはLT+20%BS及びLYT+20%BSのいずれでも可成りよく発育しますが、PVP+LYT培地では思わしくなく、また培養後4〜5日目からfibroblastが優勢になって来るのが頭痛の種です。
 2)免疫に関する研究
 これまでJTC-4、HeLa及びL細胞間の免疫関係について調べてみた訳ですが、更にFL及びChang'Liver cellも加えて検討してみようと思い、目下家兎を免疫中です。FL細胞の免疫血清は、未だやや日が浅いのですが、採血して他の3種類の株細胞の免疫血清及びratの心臓組織に対する免疫血清と共に異種血球凝集抑制試験を行ってみました。その結果は、各細胞の家兎免疫血清を用いて、血球の凝集がおこった処までの血清の稀釋倍数(titer)を、同一家兎の免疫開始前の血清のheterophile haemagagglutininのtiterで割ったものです。血球浮遊液は各血球を0.5%の濃度に0.01Mphosphate buffered NaCl solutionに浮遊したものです。L細胞の免疫血清については、免疫開始前の血清がありませんためdataにはなりませんが一応ここに記載しました(表を呈示)。もっと数多くの動物を免疫しなければはっきりした結果を云々することは出来ないと思いますが、大体において種属特異性の傾向は出ている様に思います。またここに示した数値は可成り低い様ですが、これは
Gerhardtらのdataをみましても高い値を示す例は比較的少い様です。
 3)その他
 (1)Orotic acidの株細胞に対する効果を調べてみました。さきにPilieriらはHeLa細胞を用いて、Orotic acidは核酸のprecursorとして大した意味はないことを報じており、またSauehuckらはhuman skin、liver、HeLa及びL細胞を、Orotic acidを含む培地で3日間培養して細胞の増殖促進効果はないことを述べています。
 ここに行った実験は、培養と同時に薬剤を作用させ、以後一日おきに新にOrotic acidを作用させて、1週間その効果をみた訳です。するとFL、L及びHeLa細胞に対しては500μg/ml以上の濃度で抑制作用がみられる丈ですが、JTC-4細胞に対しては50μg/mlでやや増殖促進作用がある如く、またChang'Liver cellsに対しても同様でした。増殖促進と云うことになりますと慎重に判定しなければならないと思いますので、再度実験を繰返しているところです。
 (2)伝研から頂いたL細胞が、私達のところでもprotein free mediaで発育する様になったことはすでに報告しましたが、近頃どうにか試験管を5゚の角度においてもあまり浮遊せず増殖を示す様になりました。但、やはり1週間に数倍です。JTC-4細胞は、subcultureする時丈1日1%牛血清を加えてやれば、あとはprotein free mediaで育ちます。
 なおJTC-4細胞のclone cultureは9代で一応止めて、この細胞をふやしています。まもなく奥村先生の御手もとに届けることが出来ると思います。
 昨10月14日、九大癌研拡張記念講演会がありました。今度こちらの化学部門に東京の癌研から遠藤教授が就任され、また病理部門はこれまで通り今井教授の専任と云うことになりました。東京から中原先生が来られて、発癌機構についてのやや哲学的な御話、また名大の宮川教授の無菌動物の御話などあり、有意義な一日でした。

《遠藤報告》
 A)HeLa株細胞に対する性ホルモンの影響
 (1)黄体ホルモン作用物質の増殖に対する影響
 研究連絡月報No6108のはじめに書かれた“HeLa細胞の増殖に対するprogesteroneの影響"の続きをやっています。これまでは塩類溶液として、骨の培養にずっと使っているGey(1936)(G.Cameron“Tissue Culture Technique"(1950)のp.40の表にのっているもの)をそのまま使ってきましたが、HeLaの培養でCa++とglucoseが普通の塩類溶液の2倍であるものを使う積極的理由は何もないので、変えるならまだデータのたまらない今のうちと、Hanksに転向しました。
 そこで追試の意味も含めて、今までと同じ実験をHanksを使ってやり直しています。結果はまだ僅かばかりですから、何号かあとでまとめて書きたいと思います、その方が皆さんからまとまった批判を戴けると思いますので。
 (2)男性ホルモン作用物質及び蛋白同化ホルモン作用物質の影響
 去年の癌学会総会で報告しましたように、TestosteroneはHeLa細胞の増殖は抑制しますが、細胞1ケ当りのLeucine aminopeptidase活性を高めます。これを、前者はandrogenicactivityにより、後者はanabolic activityによると考え、各種のAndrogenとAnabolic
steroidを使って調べてみたいと思っていたのですが、今度10月半ばか11月初めから1人人を得ますので早速やってみます。
 B)Collagen形成とProlinaseの関連
 現在chick embryoの各種臓器についてprolinaseとleucine aminopeptidase活性を測定し、更にそれぞれDNA、RNA及びHyproを同一sampleについて定量しています。現在までの所ではcollagen(厳密にはHypro)の多い組織はProlinase/Leucine aminopeptidaseのratioが高いので、想定した通り何らかの関連がつかめそうです。
 そうしたら、JTC-4とJTC-4D、或いはJTC-6を使ってかなり直接的にProlinaseとCollagenformationとの関係を追求できそうな気がします。その節は、細胞の供給をよろしくお願いします。(これについては研究連絡月報No.6004 p.6〜7に少し触れられています)
 C)「中だるみ」と「真剣勝負の気魄」について
 確かに月報面に現れた限りでは「中だるみ」を否定しません。併し、「真剣に癌と面をつき合わせて勝負しようとしない」わけではありません。
 私達東大・薬学・生理化学教室のスタッフに関する限り。正直の所「数オーダーも上の厄介な病気」の癌と「真剣勝負」できる実力をまだ持ち合せないのです。
 そこで、私達は先づ“癌の具体的な理解”をモットウにして
   The Morphology of the Cancer Cells
by CH.Oberling and W.Bernhard
(The Cell ed J.Brachet & A.E.Mirsky Vol, )
の勉強会を始めました。素人の輪読ですから、解らないとGeneral Cytologyで勉強し直したりで、遅々として進みませんが、それでもみんな「真剣」にやっています。
 これが終って、癌が如何に正常な細胞と違うか、いや如何に区別がつかないかがわかったら、次に癌の生化学を勉強する予定です。
 このような勉強の結果、癌について何が知られており何が知られていないかを知った時、恐らく“組織培養による正常及び腫瘍細胞の研究”が欠くことのできないものであることを痛感し、そこに本当の「真剣勝負の気魄」が生れることと考えています。

《堀川報告》
 L原株細胞を種々の物理化学的要因(例えばMitomycineC、8-azaguanine、紫外線およびγ線)で処理した場合、細胞分裂および核酸、蛋白合成にどの様な影響がみられるか。然もこの様な処理を数十継代繰り返した後には(それぞれの要因の作用機構の違いによってそれぞれ出現過程は異なるが)耐性細胞が出現することはこれまでに度々報告してきた。
 耐性細胞の出現の模様がどうであろうとこの様な要因でもってL原株細胞からまったく性質の異った変異細胞を分離することは非常に興味ある問題で、現段階では前述の“各要因の作用機構"と“耐性細胞の分離の過程"に重点を置いて仕事を進めてきたため、変異細胞の特性を詳細に分析するところまで来ていない。仕事と云うものは一足飛びに行かないのが残念で、或る程度基礎的な所をしっかりつついておかないと後から出て来る結果を解決する時に苦しむからまあ仕方はない。
 御存知の様にMitomycinCはantibioticsとしてバクテリアE.coliに於いてはDNA合成を特異的に抑えることが知られており、又紫外線、γ線はmutagenic actionを有する強力な大砲、8-azaguanineはRNAの前駆物質として生細胞内のRNAの1つの素性に入って行くものだ。従ってどれをみても変異細胞を生じさせるに最も都合のいいものの様に思われる。
 この様な強力な作用を持つ要因に対して耐性細胞は平気で生存出来る様になる。一方これらの耐性細胞はこれ迄調べた範囲では非常に広範囲な点でL原株細胞からも、又同じ変異細胞間でもそれぞれに異った特性を示して居る。例えば最近になって同研究室の共同研究者、土井田幸郎君がこれらの変異細胞間の細胞核学的分析を始めたが、非常に興味ある結果を得た。その一例を示すと、
L原株細胞       →染色体peak63本  Fragment無し
L8-Az(8-aza耐性細胞)  →染色体peak65本と68本 未同定
LMit(MitomycinC耐性細胞)→染色体peak63本  Fragment大多数
LUv(紫外線耐性細胞)   →染色体peak63本 Fragment無し
Lγ(γ線耐性細胞)    →染色体peak49本  Fragment大多数
の様でBiochemicalな分析に先だって興味ある結果を出している。いづれ次回の組織培養学会の際に詳細は報告する予定である。LMitとLUvは染色体数からみると予想に反して原株細胞と差がなく、L8-Azでは2つのpeakを示す。一方最も大きな差のあるのはLγで染色体数が原株より14本も少くなることが分った。又LMitとLγでは染色体の切断が多くFragmentとして耐性細胞分離後数ケ月経つ今日でも各progenyに出て来るところを見ると何らかの形でこの様なFragmentも細胞分裂の際duplicateして来るのではないかと云う疑問を生じさせ、今后の問題として残されている。
 さてこの様な耐性細胞がBiochemicalな素性及び代謝の面で互に差異があるかどうか今後の仕事に大いに期待している訳であるが、肝心のマウスに対する発癌実験はこれ迄マイナスの結果しか得ていない。何か小さなシコリの様なものでも出来てくれると後は占めたものなのだが・・・。然し考えてみればその様に簡単なものでもなさそうだ。発癌というものは入れる側の細胞だけの性質で起きるものでなくHost animalの何らかの機構に変化が現われた時(例えば外来の細胞を受けつけやすい状態に変化した時)或るlatent activityを有した細胞(現在我々が癌化させようと努力している細胞)を入れた時、activeに生体内で増殖しやがて腫瘍として発現するのではなかろうか。
 この様な複雑な問題を考慮に入れて今後はあらゆる角度から堀りさげて仕事を進めてみたいと思う。

《高野班員さよならの挨拶》
 細胞を通じて長い間の御附き合い誠に有難うございました。といってもアメリカ大陸はジェットに乗れば僅か14時間、時間的距離では汽車で行く九州より近い位です。お別れを言うのが大仰な感じですが、現実にこのグループを一応離れるわけですから、やはり一言御挨拶したい気持ちもあります。
 「君もいよいよアメリカの土になりに行くか」とか「アメリカの土人になるつもりか」とか「何故日本人がアメリカの為に働くのか」といろいろうるさいむきもある様です。併し之はあく迄個人に属する問題で、強いて答えを求められるなら、「他の遊星に人が飛び出す時代、地球人が地球の上の何処にいようと同じこと」と返事する迄です。だが現実に国の境があるではないかといわれれば、誠にその通りですが、それは政治上経済上でのこと、細胞をいじる世界に国境はありません。いじられる細胞といじるhomo sapiensだけの世界でよかろうと思います。それ以外の因子は各研究者個人の問題で、この世界でのおつき合いは、この世界に限るべきだと考えます。細胞にツカれた者どもが、それを唯一の共通点として自然に集まったのが研究グループの真骨頂で、他の点では個々が独立した烏合の衆で一向に構いません。うって一丸としたり、総力を集結したり、緊褌一番したりしなければ駄目なら、何処か間違っているのでしょう。
 それから、本当にツカれた者同志の間では喧嘩にならずに無制限の討論が出来る筈です。個人の思想、感情が相違しても、共通の広場に出ての議論なら、どんなイヤな奴とでも出来る筈です。嘘やハッタリや見栄があれば、話し易い相手とだけ狃れ合いをすることになりましょう。それは自分自身に余剰因子が多過ぎることを意味します。飽く迄実証主義者である筈の我々は事実にのみ頭を下げましょう。たとえ他人のデータでも、経験の浅い人の口から出たものでも、要は年期の長さでなく仕事の内容そのものということです。
 限られた数の人々の間だけでも、何ものにもとらわれない本当に自由な議論の場があって欲しいと思います。各々が色の違う見方考え方をしながら、それを構わず出し合って、利用出来るところは利用し合う、それが独立した研究者の集まるグループの本当の姿であり、この雰囲気が漂っている限り、能力に応じた成果は必ずあがるものと思います。
 小生がこれから知らぬ他国で、どの様な道を歩いて行くか、それは小生自身にも分りませんが、仕事をする上の自由の度合が少しでも大きい可能性を求めて動くのは短い一生が終る迄変らないでしょう。自分の眼の黒い中に自分の生きる場所を少しもでよくしてみたい。之が今回の実験の動機です。島国生れの日本人が大陸の真中での研究生活にどの様なadaptationを示すか、之も一つのテーマでしょう。
 何はともあれ、皆さん、のびのびと自由に能率をあげて下さい。現実の世界のかけひきはとも角も、事実を素直にうけとる自由な眼で頑なな癌細胞をあっちからこっちから可愛がってやりましょう。細胞に乾盃!!




編集後記


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