【勝田班月報・6111】
《勝田報告》
 腫瘍研究の夢
 1:腫瘍細胞の特性
 細胞を生体からとり出すと、たとえ培養に入れたところで、今日のところでは未だそれが癌かどうかという判定はつけられない。生体のなかで、生体の全身的支配に服従しないで、しかも勝手にどんどん増殖するという点だけが目やすであり、それ以上は判っていない。何故勝手に増殖するのだろうか。二つの可能性がある。第一は全身的な増殖阻止命令をきかない。第二は体液中の栄養分だけで増殖に必要な諸合成をどんどん行なえる。つまり高度の合成能力を具えている。第一の増殖阻止命令の中には、正常の生体内各細胞が受けていると仮定される阻止命令の他に、異種蛋白とみなされての抗体による阻止命令も含まれる。第二の点は、培養の株細胞と非常に良く似ている。しかし株細胞は生体に戻しても必ずしも癌のようには増殖するとは限らない。栄養分が不足なのか、生体の抵抗にやられるのか。勿論淘汰された環境の相違という点もあるが。
 DNAが変化すれば当然そこに作り出されるRNA、蛋白の組成にも変化が予想され、もとの生体に対して抗原性をもつようになるであろう、とは考えられても情ないかな、そのしっかりした証明がまだ出来ていない。これはこれまでの検索法が誤っていた、つまりきわめて粗いオーダーの方法だったからではあるまいか。I131をラベルして正常血清を入れても細胞内には殆んどたまらないのに、免疫血清蛋白にラベルして入れれば、肝癌細胞の内部にたくさんたまるのだから、微妙な検索法さえ見つかれば必ず癌患者血清で癌の診断がつくのではないか、と確信している。近ごろgel内沈降反応が大分問題になっているが、これがどこまで行き得るか。Bioassayのようなやり方の方が結局は成功するのではあるまいか。但し人間という奴はひどい雑種なので、一人一人でまるでその血清がちがうから、非特異的蛋白の吸収ということが非常に難しいかも知れないが。
 癌患者に見られる悪液質のような症状から、癌が生体に対し有害な物質を出していることは当然予想されるが、それがtoxohormoneのような熱をかけたり、その他強引な抽出法に対しても安定なものだけ、とは考えられない。もっと色々な物質が出て、有害な作用をやっているに違いない。我々のparabiotic cultureの結果から見ても、Celophaneを通して阻害作用が行われ得るが、正常と癌と両種細胞を直接接触させて培養すると、さらに強い阻害作用が正常細胞に加えられる、という事実から考えても、このことは考えられるし、さらに又他の細胞の顕微鏡映画から想像するのであるが、癌細胞がその細胞質顆粒などを正常細胞に注射して殺す、或は正常細胞の顆粒を吸取ってしまう、ということも有り得るかも知れない。このような他の正常細胞に対する影響をしらべて行くと、案外そこに癌細胞の共通した特性というものが掴めるようになるかも知れない、と思っている。
 2:癌の治療
 かねてから云っているように、現実的には癌の治療が成功するとしたら、その第一歩はホルモンによる療法であろうと思う。しかし現実的なことは面白くないので、ここに夢を書こう。悪性腫瘍と今日呼ばれるものは、ほとんどが未熟性腫瘍であるが、その細胞内のenergyはほとんど増殖の方にばかり使われ、本来その元の細胞であったときの任務を遂行することを忘れているものが多い。しかもこれは“忘れている"のであって、“失ってしまっている"能力は少いのではないか。つまりその点を利用して、何かの刺戟でその細胞の“分化"の任務を見出させる。すると細胞はあわててその方にenergyを注ぎ込むので増殖の方がお留守になってしまわないか、というのである。まことに夢みたいな話であるが、今日の癌の研究には“夢"がいちばん大切だと私は考えている。
 3:癌研究の今后の方向
 癌研究の最后のゴールは決まっている。それは他の疾病と全く同じで、治療と予防である。しかしそこへ行きつくのが大変で、まず敵を充分知らなくてはならないが、これまでの癌を研究していた連中は本気な人が少いもので、未だに禄なことが判っていない。この敵を追いつめて行くには大別して道は二つあると思う。その第一は癌の方を追うことで、第二は宿主である生体の方を追うことである。これまでの研究者の多くは、この第一の癌細胞のあとを追っていた。しかし、生体は、個体によって発癌性が異なる。つまり同じ刺戟を与えても発癌するものとしない者とある。勿論突然変異の方向が360゚であることを考慮に入れても、なお体液による淘汰の役割の大きいことを否定できない。その抵抗は正常の細胞の細胞単位においてもおそらくは為されているであろうし、一生体としては勿論必死に行われているわけである。従って生体側がどんな抵抗を試みているか、且その抵抗の内でどんなものが有効か、最も効果があるか、その有効な抵抗を何らかの方法で鼓舞してやれないか、をしらべて、第二の道をとるのも、案外結果に早く到達できる方法ではないか、という気もする。
 4:その他
 癌の研究に対して文部省は地方分権的なやり方をとってきた。これまでのボス連はそれをアドバイスしたのかも知れない。しかし癌の研究はこれまでの疾病よりはるかに厄介な代物で、相当広い分野の人たちが本当の意味の共同研究をやらなくては解決つかぬと思う。厚生省では癌センターを作るというが、少くとも研究に関する限りでは、厚生省にやらしたら研究のケの字も成立し得ないことは、予研をみれば判る。文部省及びボス連は大いに考え直す必要があろう。

《高木報告》
 これまでの知見によれば、癌細胞が相対的に正常細胞と異なっている点はいくつかあげることが出来るが“癌細胞とはかかる細胞である"と言う絶対的な特性をあげることは、先ず不可能でせう。そして唯、癌細胞は、形態学的に、生物学的に、その他いろいろな面から、正常細胞と較べてvarietyに富んだ無統制な細胞であると云うことは言えると思います。現在の段階で若し一つの細胞を取出して、それが正常細胞であるか、癌細胞であるか判定するとすれば、それは全く無理な話で、この議論はあくまでも可能性の域を脱し得ないものと思います。
 私は前に一度“正常細胞とは"と云う討論をした時に“正常細胞とは・・・その細胞が構成している臓器或は生体そのものが正常に振舞う時、その細胞は正常とみなされるのであって、これらの細胞は生体内で増殖その他の機能がうまく調整されているものである”と云う考え方をとりました。そこでこの様な考え方をすると、癌細胞は生体内にあって何等かの原因でこの正常な生体機能から逸脱した細胞ということも言えそうです。そうすると、これら逸脱した細胞は自分勝手な生き方をする訳ですから、いろんな点でvarietyにとんだ、無統制な細胞になるのはむしろ当然で、この意味からは、癌細胞に一定した特性を見付け出すということは、それ自体無理があるのかも知れません。組織培養株細胞が、形態学的のみならずその他の点でも癌細胞と似通っていることは、これら株細胞が“生体の統制をはなれた細胞”と云う癌細胞の一つの特性(?)をみたすものであることに考え至れば、納得できることと思います。こう考えて来ると、何が癌細胞をして生体の統制から離れしめるかというその原因が、つまり発癌因子ということにもなって来そうです。そして細胞がこの様な因子の影響をうけて生体の統制から離れ、しかもautomaticityを発揮するまでには、長短、差こそあれ、いくばくかの日時を必要とするものと思われます。このことは動物による発癌実験により、或は株細胞≒癌細胞とすれば、この株細胞の樹立に或程度の日数を要することなどによっても裏書きされるのではないかと思います。ではその因子としてどの様なものが考えられるか? 要は上述の状態に細胞をもって行くものであればよいのですから、一つのものとするよりいろいろなものがあっても構わないのではないでせうか。但し、これらの因子がattackする点は一つかも知れませんが・・・。ウィルス、放射線、ホルモン、その他化学的、栄養的因子などすべて含まれて来ると思います。(ここに云うウィルスですが、これは将来ウィルスについての考え方が違って来ることも想像されますが、現在、普通我々が考えているウィルスと云う意味にとって頂きたいと思います)これを細胞単位で考えると、正常細胞に或る種のenargyが繰返し(?)与えられてその細胞の(おそらく核酸)にirreversibleな変調を及ぼし、それがひいては細胞をdedifferentiationの状態に導き、癌の発生をみるのではないか。従ってこれから細胞レベルの研究を進めて行くとすれば、どうしてもmolecule以上のorderの処を追及しなくてはならなくなるのではないでせうか。
しかしこの様に一つの細胞の癌化を追い求める一方、癌はあくまで生体に出来るものであるという事実からhost-parasite relationshipと云った生体を一つのものとした大きな見方もしなくてはならないでせう。つまり癌化に至るまでの、または至った後の生体側の変化ん探索も切りはなせない問題で、この意味でimmnological approachも大切なものとなって来ます。そしてこのことは当然治療とも関連して来ることで、発生した癌を可及的選択的にattackするagentの探究も大切でせうが、生体側の免疫学的状態の変化もさぐり、すべての体細胞が生体の統制下、正常に機能を発揮している状態を崩さない様にする、つまり予防方面の研究も極めて重要なものであると思います。
以上まとまりのないことを書きました。命題とピントが合っていない様で申訳ありませんが、私の頭の中にある癌というものに対する漫然たる考え方の一つで、小さな夢とまでは行きません。


編集後記


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