【勝田班月報・6201】
《勝田報告》
1962年を迎えて−
我々だけの水入らずの班が誕生してから1年近くが経ちました。各班員それぞれ、各々のピッチで研究をやってきました。この班の目標はいつも云うように、1)in
vitroでの発癌、2)正常細胞と腫瘍細胞との間の細胞学的特性の相違の発見、3)両者の間の相互作用の研究、の3点にあります。in
vitroの発癌は外国でも狙っているらしい形跡が伺えますので、外国との競争ですし、きわめて有意義な仕事ですので、我々としてはぜひ我々の手で完成したいと切願する次第です。
1年を振返ってみますと、発癌実験に実際にたずさわったのは、九大の高木班員と勝田とだけでした。むずかしい仕事である上に2/7名の仕事量では限度がありますので、4月からは岡山大の佐藤二郎助教授に参加して頂くことにしたいと思います。また現在の班員にも発癌に手をつけて頂きたいと存じます。研究費の配当は6月頃までのその実績によって決めるのが良いでしょう。但し、どうせ発癌をやるなら、株細胞を使ったのではその意義がきわめて薄れますので、ぜひprimary
cultureでやって頂きたいものです。
それから、班会議をやったとき、いつもそのあとの報告号を出すので莫大な苦労をしますので、今后は、こちらの速記は討論だけにとどめ、各自の発表は夫々があらかじめ、この用紙にかいて(何枚でも図や表入りでも結構です)、班会議のとき持参して頂くようにしたいと思いますが如何でしょうか。
今年は厚生省の癌センターが発足し、阪大の久留教授がその病院長に決りました。研究部長は吉田富三教授のようですが、ここでどの程度の基礎的研究まで手をつけるか、我々にも大いに影響のあるところです。我々としては、しっかりした培養研究者を一人でも多く送り込みたいところです。阪大の癌研でも何となく気分が落着かぬことと思いますが、何といっても大切なのは我々の“研究"です。あたふたしないで、じっくり自分の仕事をつづけて欲しいものです。
1962年。この年を我々はin vitro発癌の成功の年としたいものです。培養の世界、癌の世界に永久に記憶されるような。力を合わせて大いに頑張りましょう。
《堀川報告》
1962年の年頭にあたって
皆さんオメデトウございます。
1961年は夢の様にすぎて新しい新年を迎えた訳ですが、今年こそ猛虎の年にふさわしくお互いに大いに頑張りましょう。皆さんも同様だったでしょうが、私にはこの一年間はまったく多忙なものでした。大学という温室から飛び出してまる10ケ月間、研究所というお役所で無我無中で突進して来ました。
見るもの聞くもの全てがめづらしいこのお役所にあっては、人なみに反省したり、考えたりしておれば完全に取り残されてしまうからです。いや仕事をする気持さえなくされてしまうかもしれません。従って私の山登りは途中の木陰で石に腰すえて、ふり反って景色を眺めることはしませんでした。とにかく山頂のみめざして突き進んだ訳です。
こうしてやっとその山頂にほど近い所まで来た時(即ち私にとって或る程度この研究所の利点や欠点がのみこめた時)私は山頂までこの山は登れない事になったのです。(即ち私は次の所に移らねばならなくなったのです。)
先日の賀状でもお知らせしました様に今春3月に京都大学に移ります。理由は私の研究室の室長さんだった菅原努先生が、新設された京大の放射能基礎医学教室の教授として京都に移られたためです。
菅原先生は以前三島の国立遺伝研究所時代にも御世話になった人ですし、又私にとっては阪大の先輩にもあたります。従ってこの先生の旗あげには若輩ながらも私も加えてもらった様な次第です。
然し、京大に移ると言ってもただ単に身体のみ移すだけの問題ではなく無一物の所から新しい研究室を作りあげるのですから大変です。毎日の仕事と平行して次から次とそれ相応の準備をしなければなりませんでした。しかも今後も色々と大きな難問にぶつかるものと思い、簡単に帆を張ってすべり出す事は出来ぬと思いますが、とにかく文句なしに頑張ってやるつもりです。今後の私にとっても大きな試練だろうと思っています。どうか今一度皆さんの御助力をお願いします。
一昨年4月からこのメンバーの一員に加えていただき、金曜日には東大伝研組織培養室の抄読会に出席させてもらって、私自身従来の狭い学問領域から大きな視野にたって研究を押し進めねばならぬことも教わり、千葉から目黒までの道のりは決して楽なものではありませんでしたが、得る所も又非常に大きかった事を確信します。決して一人で狭いわくにとぢ込んでしまう事無く、大勢の人と議論し、意見を交すことこそ、そこに進歩があるものと思います。
ことに現在我々の取り組んでいる“試験管内で正常細胞を腫瘍化させる”仕事にいたっては非常に困難な問題であろうと思います。何故ならばガン発生の原因をウィルスとみるいわゆる「ガン・ウィルス起原説」がかなり有力になって来た今日、腫瘍化されたガン細胞からウィルスが検出された場合は勿論のこと、腫瘍化されたこれらのガン細胞からウィルスが見つけられない場合でもこの腫瘍化がウィルスによるものであるという説明が或る程度妥当化されて来たからです。
細菌学に於ける原則と同様に腫瘍化がウィルスで起るということを証明するには次の3原則が成立しなければなりません。
第1にガン細胞にウィルスがいなければならない。第2にそのウィルスを純粋に取り出すことが出来なければならない。第3にこの取り出したウィルスを用いて同じ型のガンが出来るかどうかを比較し確認しなければならない。
確かに動物の腫瘍の或るものにはウィルスがある(ポリオーマウィルス)。だが人間の悪性腫瘍からウィルスが見つからないのが現段階で、白血病なりリンパ腫の或るものはウィルスと考えらておるとは言え、このウィルスを証明する事が出来ていません。従ってガン・ウィルス起原説」がかなり有力になって来たとは言え、全部を「ウィルス起原説」にもち込むのは早計でしょう。又もし「ウィルス起原説」が正しいとするならばその説の確かさを裏づける我々の実験も必要だと思います。従って今一度力強くスクラムを組んで我々の目ざした腫瘍化の問題につきすすんで、正否を確かめようではありませんか。
私は今年の実験計画として次の様な、(1)従来のL細胞の耐性細胞の仕事を押し進めて、体細胞に於ける遺伝情報の伝達機構解明。(2)従来の株細胞と新しくマウスから正常細胞を取り出し、これらの腫瘍化を追い、同時にこれを発生と分化の観点から考察する。(3)人間細胞に於ける細胞遺伝学的ならびに遺伝生化学的研究。を考えております。
3月から場所こそ変りますが、意志はまったく変りありません。Distributionが少しばかり広がっただけの事で、むしろ今後の発展を考える時決してマイナスになる様にはやらぬつもりです。このメンバー全員の意志は私の胸の内にも強く刻みこまれています。うんと頑張りますよ。どうか今後共に連絡を密にして、大いに議論し、意見を交わして、助け合い、大いに頑張って行こうじゃありませんか。年頭にあたり以上の事をお願い致します。
《伊藤報告》
あけましておめでとうございます。本年も何卒宜敷くお願い申上げます。
昨年暮近く当方の久留教授が国立癌センター病院長に就任される事が本極りとなり、何かと落着かぬままに新年を迎えました。
久留先生は一応本年三月迄大阪大学教授を兼任されますが、後任については未だ全然噂も無い状態です。でも吾々のやって来た仕事は其の后も久留先生と連絡をとりながら神前先生の御指導を受けて続けていく筈になって居ます。
小生年末年始に帰省して居ました為最近のデータはありませんが、前回の研究会后の成績を報告致します。
吾々のS2分劃をTrypsin処理して后、IRC50のColumnにかけて素通りする部分にL・P1の増殖促進効果を認めましたので其後、更にfraction
Collectorを使ってこの素通り分劃を4つの分劃に分け、夫々について活性を検しますと、第3番目の分劃に活性を認めます。又同様にしてIR50に吸着される部分を5つの分劃に分けますと、第2、3番目の分劃に活性を認めます。以上の有効分劃は何れもNinhydrin反応で得たpatternの第2番目のpeakに相当します。又至適濃度は何れもS2に比して1/5程度になりますので、幾分かpurifyされたものと考えます。 但し此の様にして分劃すると、有効分劃でも、その活性がS2その物に比してやや低くなりますのでこの点尚検討が必要と思はれますが何れにしても此の方法で更に進める積りです。
再生肝、鶏胚についても同様方法にて検討を行って居ります。
◇高井君は重症患者を沢山受持って毎日フーフー、現在の所株の維持で手一杯と云ったところです。
◇以前、当研究室で仕事をして居られた青木先生は、現在成人病センターに勤務して居られますが、勤務を終ってから主として夜、当研究室に来られて仕事を続けて居られます。昨年十月頃からC3Hマウスの自然発生乳癌の培養が出来る様になり、これに対する各種ホルモンの影響をみておられます。又遠藤先生に何かとお教えを願うことがあると思いますが、宜敷くお願い申上げます。
◇又当院の放射線科及び第一外科からも人が来て、夫々各自の目的に沿った仕事を始めました。段々に人が多くなって部屋が小さく思われる程です。
《山田報告》
またどうぞよろしく
組織培養のレベルで細胞の変異を考えようとするとき、当然somatic
cell mutationを検出できるような実験システムにならなければならないと思うのですが、現実の問題として技術が仲々思う程進んでおりません。2年前私がDr.Puckのところにゆく時、この辺の問題を解決できないか、又実際にどの程度にやっているか知りたいと思って、そのためにはどうしてもDr.Puckのところにいって見なければと出掛けたのですが、この点に関する限りは失望して帰ってまいりました。
まづ細胞を1個づつのsuspensionにして新しいシャーレに培養した時、理論的には100%のplating
efficiency(以下p.e.)がなければ全細胞集団を扱はずに常に偏った集団を選択して使っていることになります。ところが、実際に常に100%近いp.e.が得られるのはDr.PuckのところでもHeLa-S3
cells−NI6HHF mediumのシステムだけでした。彼の所で46本の染色体を維持したまま培養をつづけている“正常細胞等"ではかなり改良したメデウム(たとえばF8HCFCなど)を使ってもp.e.は20〜50%で、その上増殖がやや不定という次第で染色体の数、形以外変異研究には使用できない現状でした。
又HeLa-S3 cellにしても、p.e.を100%にする目標で作られたメデウムN16HHFにしても30%の血清成分(human
& fetal calf serumそれぞれ15%づつ)を含むもので、いささかメデウムを単純化しようとする研究方向には逆行している感じで、p.e.を100%にするためのアガキのように思われました。このメデウムではbiochemical
mutantをいじることがためらわれます。勿論この血清成分から2つの蛋白成分(fetuin及びalbumin)を取り出して、それらで置換できるのですが、まだスッキリしない感じです。
ごぞんじのようにDr.Puckのところでは、Dr.FisherによってS1という高蛋白質要求株がHeLaの母培養から分離されております。その先をどのように進めているか興味をもってきいてみたのですが、Dr.FisherはS3のDNAにするtransformationを試みてうまくゆかなかったまま、やめてしまったとのことでした。
Dr.Puckは遺伝子レベルの研究はまだはやい、染色体レベルでやらなければならない仕事がたくさんあるので、それを済ませてから次に進まなければ、ときわめて落ちついております。彼のところに小児科とかけもちで染色体専門のassistant
professor(Dr.Robinson)がおり、材料をはこんではintersexその他の染色体異常を丹念にしらべております。また46本の染色体数とXの形態を維持したまま正常組織細胞を培養する努力も営々とつづけております。X線の細胞障害機作の研究でも染色体異常が主因というのが彼の年来の主張でした。とにかく彼は現在のところ染色体にcrazyで、またここにauthorityが一人できあがりつつあるといった感じです。
Colorado大学の生物物理教室には、この染色体レベルのcytogenetics−あまりうれしくない表現ですが−の他、Dr.Lermanはpneumococcusを使ってbacterial
transformationを、Dr.Morseはphaseを使ってBenzar流のchromosomal
mapをつついていますが、それらが一本化されて哺乳動物細胞のgeneticsとしての大きな流れとなるには長い年月を要する、あるいはどの程度可能なのか疑問のように思われました。
いうまでもなくColorado Univ.だけがこの方面の研究室というわけでなく、いろいろの所でこのような仕事がいろいろと試みられています。Pen.Univ.PittsburgのDr.Lieberman&
McArdel Memorial Institute(Madison,Wisc.)のDr.Szybalskiなどが、そのfrontiermenですが、まだまだつっこみの程度と考えられます。
このように考えてきますと、僕たちがやらなくてはならないことがまだ沢山あり、特に方法論的な問題で早急に解決しなくてはならないこともあるわけです。さらに日本ではCO2-incubator1つにしても文献をたよりに見よう見まねで作ったものがあるだけで、温度のチェック、流量計など実験器具の改良、整備から取りかからなくてはならないのです。大いにやるつもり−皆さんと一緒に−で帰ってまいりました。またどうぞよろしくお願い致します。
《高木報告》
“新しい年を迎えて”
私共の研究班が発足してから二年たちました。勿論始は釜洞班に寄寓した一年でしたが、兎に角志を同じくする者が一つの班にまとまっていよいよ三年目に入る訳です。この二年間の歩みをうり返ってみて、私自身全く御恥しい次第です。私共の目標とするProductionof
malignancy in tissue cultureは始の覚悟通りやはり一筋縄では行かぬ代物の様です。 しかし過去は過去として私共は常に前進しなければならないと思います。私は臨床の内科にいます関係上、多くの癌患者に接し、またその悲惨な最後を見届けることも屡々です。その中で、骨と皮ばかりの手をのばして私の手を握りしめ“先生、癌治療の決定版は未だ出来ませんか、未だ出来ませんか!!”と死ぬるまで毎日の様に叫びつづけていた一患者は、特に私の脳裡をはなれず、全く鞭打たるる思いがしております。来る一年も道は遠いかも知れませんが、一歩一歩着実に歩みを進めて行きたいものだと思います。
さて今年の計画ですが・・。発癌実験と免疫関係の仕事をすることはこれまでと変りありませんので、昨年年末ratを使って2〜3甲斐こころみてみましたが、どうもうまく行かず、そこで割につきやすいhamsterを目下増産これつとめている訳です。現在どうにか20疋位にはなりましたが、これではまだまだで、何とか早く増えてくれないものかと懸命です。子供が大きくなり次第数疋を使ってさしあたり株細胞の移植をこころみてみたいと思っています。
発癌剤としてはこれまで通りDAB、stirboestrolなど、その外にこれはこちらの癌研と一緒の仕事になると思いますが4NQOも用いたいと思っております。用いる細胞はJTC-4、それにratの肝、腎、hamsterの腎・・・のprimary
cultureと云った処を考えています。勿論昨年来DABを作用させ続けて来たJTC-4もあるのですが、これはあまり時間が経ちすぎましたので、復元実験の出来そうな時期に合せて再スタートしたいと思います。
免疫関係の仕事としては、まずこれまで調べて来た株細胞相互間の免疫学的つながりを、もっと多くの株細胞についても検討すると共に、これらの間に存在するとされている種属特異性或いは臓器特異性が、細胞のどの部に主として存在するのか、Ouchterlony法,Immunoelectrophoresesを用いて少し掘り下げてみたいものと思い、昨年年末ぼちぼち抗原の精製に着手しています。これまでの文献をみますと、癌組織の抗原の検討は誠に粗雑であり、従ってその前に一先ず株細胞について、その抗原性の検討をしたいと考えている訳です。 また皆様に何かと御迷惑を御かけすることもあると存じますが、何卒よろしくお願いいたします。
次に私共の研究室に、今年4月より大学院生が一人入ることになりました。梶山盂浩君と云います。これまで杉君と2人で絶対的時間の不足をかこっていた訳ですが、これでどうにかと云った処です。今后共よろしく御願いします。
編集後記