【勝田班月報・6301】
《勝田報告》
 §日米癌化学療法討議会§
 さる12月20日21日と麻布の国際会館で、約50人の完全なclosed systemで行われました。ガリオア・エロアの返済すべき金を、日本のために使ってよいということで、科学のみならず、教育と経済についても、日米協力委員会というのができ、科学委員会では日米各10人宛が出席して、理工農医について討議した結果(医では吉田教授)、癌の研究を当分行なおう、ということになったのだそうです。そして、そのprojectsは、第1が化学療法、第2が癌の地理病理学的研究で、化学療法が主体ですが、まず、信頼性のある、普遍性のスクリーニングの方法をきめ、共通の言葉としようというのが歩み出しのようです。今回の討議会では、主に日本におけるこれまでの色々なScreeningの方法の紹介と、米国における方法の説明がありました。なお日本におけるこの仕事をはじめる場所として、佐々木研究所を足場にしてやって行きたいと、吉田教授は云っておられました。その理由は、1)癌研究の古い歴史を持っていること、2)民間研究所であるから人的支流が容易であること、であり、しかし元来は両国政府のやることであるから、将来は独自の機関を作るよう政府に要請する、とのことでした。Screeningには動物実験の他に、組織培養を非常に重視してきたこと(アメリカに於ても同様)が注目されました。それ故にこそ私などが呼ばれたのでしょう。これまでより遥かに重視するようです。アメリカではEagleの作った株KBを使っているようです。日本では動物の移植tumorの初代培養を使うのがほとんどでした。どちらが本当のヒトのtumorに近い性質を示すか、色々問題になる点もありますので、そこをかなり突いたところ、NIHからきたDr.Leiterもやっきになっていました。
 日米合同科学討議会での結論
 日米科学協力委員会は、癌化学療法の共同研究に関する勧告を行ったが、この勧告に基き、1962年12月20日、21日両日、東京において、日米合同癌化学療法シンポジウムが開催された。日米両国における癌化学療法スクリーニングの各種の方法が、総括的に検討、評価された。この学術的討議の結果として、参会者全員は次のような要望を提出することに一致した。
1.日米間に相互に共通する「基準スクリーニング方式」を実施するためのサービスセンターを日本に設立すること。このセンターの活動が確立するまでは、日本政府は、この機構を、民間機関として設置するのが適当であると考えられること。
 2.「基準スクリーニング」を構成すべき各個のスクリーニング術式を選定するために、日米実行小委員会を設置すること。
 3.米国癌化学療法サービスセンターは、日本側から推薦される試験方法を採用して、新たなスクリーニング方式を追加設定する。
 4.日本政府は、日本サービスセンターの活動のために必要な供給源として、遺伝学的純系動物の開発、保持、繁殖の機構、腫瘍及び培養細胞株の保存供給機構(銀行)、さらに動物の保健機構等、必要な機構を設置すること。
 5.両国において新薬剤が開発された場合には、できる限り速やかに情報の交換が行われるべきこと。
 6.新しい薬剤が別個の方法によって開発された場合は、何れの国における場合も、基準方式にかけて試験し、その効果が両国において等しい基盤において判断、了解されるようにすること。
 7.癌化学療法の問題のうち、その時々に適切な課題をえらんで、日本又は米国において随時シンポジウムを開くべきこと、このシンポジウムは大体1年に1回位が適当と考えられること。
 8.日米両国は研究者の交換計画を確立し、科学協力の基盤の拡大を計るべきこと。
◇第2日最后にこのような結論がまとめられた(そのとき私は不在でしたが)。もう少し基礎的研究の援助もうたうべきであると我々は考えられるが・・・。
 §文部省癌班長会§
 12月15日に癌の綜合研究班の班長と数名のGuests(川喜田、山本正、滝沢、石館その他の各氏)でclosed systemの一種のSymposium(or放談会)をひらきました。Palace Hotelでやったのですが、仲々面白く、一日中あきずに猛烈なDiscussionがありました。何れも一言居士ばかりなので、発言したければ手なんか上げずにさっさと黒板を占領する必要があるほどでした。はじめに川喜田教授が、滝沢教授を“仮想敵国"と見なしながら、癌ウィルスの話を意気軒昂にやっていたのですが、小生がウィルスでできる癌の細胞はいつも似た性質のものができるのではないか。つまり一定の方向性があるのではないか。一般に例えばDABなどによる肝癌では、その都度色々なものができ、つまり方向性のないのが癌の特徴の一つ、と考えられているのだが・・・と云いましたろころ、急にしょげてしまって、そのときはそれほどとも思わなかったのですが、22日、日米合同の昼食のとき机に並んだところ“あれは痛いことを云われた。あれから川喜田さんと夜おそくまで銀座でのみながら嘆き合った(慰め合った?)。"と山本氏。“どうも君たち病理屋はウィルス屋を憎んでいるらしい。悪いウィルス屋とばかりつき合うからだ。"と川喜田教授がのたまいましたので、早速“そうです。安村君とつき合っているからでしょう。"と答えました。
 このときは学問の他に、研究費申請についても若干の説明があり、がんの特定研究の研究対象に“化学療法"が入っていないのは怪しからんと、盛んに石館氏が文部省の人たちをいじめ、あまりひどいので小生は“これまで別枠の予算の大部分をとっていたのに、一寸もラチがあかないからこの辺で少し方向を変えてみよう、としたのでしょう"と云ってやりましたら、となりに居た藤井隆教授に“君は云いにくいことをずい分ずけずけ云う人だなあ"と妙な感心をされました。なお“こうしたことの相談役に誰かが決まってなると、ボスが自分の子分にだけ金をやることにならないか"という話に、吉田教授が“この頃はそんなことはあるまい"と答えたところ、阪大の山村教授が“本人が云うんだから、これほど確かなことはあるまい"と大笑いになりました。お正月らしく笑話をならべまして・・・。
 §研究報告§
 A)発癌実験:
 12月の班会議のとき報告したように、DAB-正常肝の組合せで、誘導されて増殖してきた細胞は、腫瘍性も認められず且細胞自体にAtypieが少いので、第二次刺戟を色々と試み、Atypieを起させてみることを計画した。RoutinelyにPrimaryの生え出しを使うことは仲々能率がよくないので、株化したRLD-1を使ってAtypieを起させるFactorのスクリーニングをすることにした。
 方法は小角瓶を直立させ、底に小さなcoverslipを入れ、細胞と培地を1.5ml入れる。一定期間培養后、タンザクをとりだし、ギムザ染色して細胞の形態をしらべ、効果をたしかめる。この方法はやってみたら仲々便利な方法だった。
 Exp.1: 培地の上に流パラを入れ、気層と縁を切らせる実験。
1962-12-7より4日間放置・・・あまり形態に変化なし。
 Exp.2: 培地を交新せずに放置する実験(1962-12-7より)
4日后: 核の大小不同が現われ、4倍体に相当する核もみられる。多核は少い。
6日后: 核の大小不同さらに顕著。核にくびれのある細胞が少し目立ってくる。
8日后: 核の不整形化がやや目立ち、核にこぶのついたものが増えてくる。
    数ケの核をもつ細胞もふえてくる。
10日后:多核が増え、核の不整形のものが非常に目立つ。
14日后:細胞はほとんど変性壊死。
17日后:培地交新。(以后週2回宛)
25日后:新しい細胞集落の形成を発見。この細胞は2核が多い。
 Exp.3: 第2回目にもDABをかける実験(1962-12-12より)
DABを1、3、5μg/mlに4日間与えたが変化を認めず。
 Exp.4: 流パラ、Chick Embryo Extractの影響をみる実験(1962-12-13より)
1.CEEを10%に加えたところ(流パラなし)、4日后には細胞はほとんど死。
2.流パラ重層(CEEなし)をさらに長期にみると
 7日后: 変化なし。
 11日后: 週2回、1.5ml宛新培地を追加。
 20日后: 核小体が小さく且数のふえている細胞が多くなった。
(注意)これらのExp.にはすべて通常の培養法のものを対照におき、比較観察している。
 Exp.5: Rat liver extract、Rat serumの影響(1962-12-19より)
RLE 1%、RS 5%何れの群も9日后にみると、多少核の大小不同がある程度。
RSはCalf Serumより反って増殖がよい位。
 Exp.6: 乳酸添加の影響(1963-1-3より)
乳酸を0.01%、0.1%に加えると、培地のpHは夫々7.4、6.8と下がる。しかし補正せずにそのまま培養。結果はあまり変化を与えず、反って形態がきれいなほどであった。pHのeffectか、乳酸のeffectか判らぬが、面白い現象である。しかし傍道に入りそうなので、この問題はしばらく手をつけないことにする。
 Exp.7: サリドマイド添加の影響(1963-1-9より)
 サリドマイドはグルタミンやビタミンBの拮抗剤で、奇形児を作るので有名だが、やっと手に入れてテストを開始した。(遠藤班員に感謝する。)
 以上の実験結果を総括すると、1)培地交新をせずに放置して、新生してくる細胞をつかまえる(Exp.2)のと、2)流パラを入れ培地を加えて行く法(Exp,4)とがどうやら有望かも知れぬので、今后は殊に前者の法を何回かくりかえすことを試みる予定である。サリドマイドは勿論内心大いに頼みにしているが、結果はまだ判らない。
 Replicate CultureでのDAB添加実験(C#30、1962-11-20より)
 このExp.をはじめたことは前号のラストにかいたが、18日ラッテの肝を細切、80、150のメッシュを通して得たcell suspensionを34,000核/tubeで短試に分注。DABははじめの4日のみ。70本中45本にDAB。1μg/ml。4、8、10、13、15、17、19、25、30、37、41日后にcell count。Controlでは15日迄はinoculum sizeのまま保たれ、17、19日と少し減り出し、30日后には0に近く落ちてしまった。DAB群は15日后に3本中1本に、40ケの核の内10ケの核が新生した細胞の核らしい形態を示した。19日迄はcontrolと略同じ経過を辿ったが、25、30日にもなお細胞はかなり残り、30日目の3本中1本では明らかに新生細胞の核と思われるものが25,000ケ/tubeあった。しかし、37、41日后かぞえたtubeではExp.Cont.共に、生きている核は一ケも認められなかった。細胞数とtube数をもっとふやせば確率がよくなると思われるが、とにかくReplicate cultureでも行けることが判ったのである。
 B)ラッテ腹水肝癌AH-13の培養:
 AH-13は毒性がつよく、腹腔にあまり細胞のたまらない内にラッテが死ぬ。正常肝との
Parabiotic cultureを試みたいため、これまで色々培養を試みたが、旨く行かなかった。ところがCalf serum10%+Lh0.4%+Dの培地に、黒木君のpyruvicacidを0.01%加えたところ、カーブが上昇し1週間に4倍増殖を示した。同君に感謝したい。

《佐藤報告》
 班員の皆様、明けましておめでとうございます。昨年は班長以下皆さんの愉快な又気力あふれる会合に出席し色々と勉強させて頂き研究に対して大きな刺戟となりました。本年も宜しくお願いいたします。
 昨年中DAB→ラッテ肝に対する生体外発癌に関して実験を繰り返し色々の結果が判明して来ました。本年はこれら実験結果の中から発癌(動物復元可能)の最短距離を探しだして班研究の有終の美をかざりたいと思っています。又昨年までは培養そのものの技術的問題等に実験を集中しましたので本年は文献やその批判に時間をさきたいと思っています。
 次に昨年末の実験結果を報告します。勝田班長からの宿題(DABの短期投与)
 ◇C34 1962-12-22=0日 ラット生后15日、DAB調整は1962年11月4日 使用牛血清は原液のものと同じ、液交換は対照は4日目。
 結果は(表を呈示)、8日目の所見及び17日目の所見はラットのAgeの比較的若いものではDAB1μg/1mlの投与では1日間>2日間>3日間>4日間の順位で増殖本数が多く且1本当りの増殖細胞数も明かに多い。Controlは13日所見で増加の傾向が見られるが組織片1個当りの細胞数は少い。少しでも増殖(Epithelial)が見られたものを記載した関係上13日目4/5と忠実に記載したが1本当りの量及び全体観からは2/5〜1/5と記載する方が事実に近い様である。将来株化し得ると考えられる増殖(Epithelial)の点からは17日目の結果が最も正しいと考えられる。17日目の成績は、DAB1日間5/5、2日間4/5、3日間4/5、4日間3/5、controlは1/5であった。
 ◇C35 1962-12-27=0日 ラット生后20日(C34と同腹)。DAB、血清及び実験方法はC34と全く同様。8日目の結果(Epithelicalの増殖傾向のもの)DAB1日間0/5、2日間2/5、3日間4/54日間1/5、control1/5。12日目(増殖確実のもの)、DAB1日間0/5、2日間1/5、3日間2/5、4日間1/5、control 0/5であった。
 ◇C34、◇C35では結果が現れさうですから8日間まで実験を組んでもう一度やってみます。 DAB実験の長期のものの概括は(表を呈示)、C8のContr.Exp.、C10のContr.Exp.、C17の
EXp.、C21のContr.、C22のExp.、C22のメチルDAB、C23のExp.、C20のExp.が株化あるいは殆んど株化しています。その中の5系列については染色体数を調べましたが、分布は2倍体近辺に広がっています。

《杉 報告》
 あけましておめでとうございます。
 昨年末から高木班員渡米のあと代理として班会議に出席していましたが、今度申請する研究班には正式の班員として加えて戴くことになりました。どうぞ宜しくお願いします。高木さんもあちらで元気にやっているそうですので御安心下さい。ところで研究の方は年末にかけて高木さん渡米後、雑用が増えたり研究室の人手が少くなったりで、こと志に反して殆んど進展していません。新しい年を迎えてこれではいけないと決意を新たにしているところです。幸い段々と落着いてきましたので新しい実験にとりかかります。
[発癌実験]
 私の手で昨年やりましたもののそのごの経過を報告しますと、
 golden hamster kidney←→Stilbestrol
Exp.1 生后28日、S(1μg/ml)。培養4日目−18日間・22日目。(第2代へRT6本→2本)
18日目:S群2/2中1本はかなり、C群1/2。32日目:両群とも増殖の兆なし。41日目:細胞殆んど脱落。
 Exp.2 生后36日。S(1μg/ml)培養初日−22日間・22日目。
22日目:S群2/6にepitheloid cell(E)が優勢の部あり、C群殆んどfibroblast like cell(F)が主。42日目:両群ともかなり(第2代へRT6本→3本)。2日目:両群とも少し、僅かに
S群がC群に比べ優勢?。12日目:S群3/3中1本は非常によくEの部がみられる、C群3/3 Fが大部分。
 Exp.2では2代に継代した後の細胞の拡がりは殆んどが母組織を中心にしているのでこれは増殖とはいいきれないと思われる。しかし12日目に於るS群では1本が明らかによく生え且つC群にみられないEがかなり優勢に出つつあることから希望がもてる。
 golden hamster liver←→Stilbestrol
 Exp.1' 生后28日。S(1μg/ml)培養4日目−28日間・32日目。
32日目:S群2/6 Eが中等度。C群殆んどなし。63日目:両群共に増殖の兆なく変性に傾く。 現在まで用いるhamsterの性についてはあまり考慮していませんでしたが、文献によるとstilbestrolをgolden hamsterの皮下に与えてrenal tumourを作るのは雄であり生体と試験管内では条件が異なるとはいえ雄を用いた方がより適切と考えられるので、この点にも留意したいと思います。又stilb.は逆にprostateやbreastのcancerの治療にも使われており、このへんのところはdosisの問題やいろんな条件がからんでむつかしく、我々の実験でも作用させる期間とか問題はいろいろあるでしょうが、これを解析して行くのが組織培養をやる者の1つの使命だと心得てやるつもりです。
[免疫]
 株細胞の家兎免疫血清による諸種動物赤血球凝集反応については、そのご日本猿血球について行いましたが結果は次の通りで(記載法は既報に準ず)、抗MS血清に最も高く抗人由来細胞血清にもいくらか出ています。抗HeLa:2、FL:3、Chang:3、JTC-8:1、JTC-4:0、L:0、MS:4。以上の様な血球凝集反応に並行して蛍光抗体法や堀川班員のやっておられる様な
Ouchterlony法を用いたりしてやる準備をすすめています。
 臨床教室は人が多くて予算が少く、そのため機械器具が思う様に揃いませんが、実は蛍光顕微鏡のいいのが今まで教室になく困っていましたところ、近く入る予定ですのでそれがきたらやることにしています。大体今後の方針としては前回の班会議で与えられた課題を中心に発展させてゆくつもりですが、私自身が未熟でいろいろ勉強したり教えられたりすることが多いと思いますので宜しく御指導をお願いします。

《堀川報告》
 新年おめでとうございます。
 研究に学会にあるいはミーテングにとあけくれた1962年とも別れをつげ、新たに1963年の正月を迎えるにあたり、まず年頭の御挨拶を申し上げます。
 かえりみるに、1962年は私にとっては1961年同様に目の廻る程多忙な一年でした。千葉の放医研に滞在すること一年にして、翌1962年の春には京大に転勤しなければならぬ状態になり、それ以後は試験管一本ない新設講座で新しい研究室造りに日夜追い廻されていた様な状態でした。従って私には、in vitroでの発癌という大きな課題をになっておりながら、充分に任務を果せなかったことを心苦しく思います。正直なところ、この2年間私のやった仕事はどれだけだったか。勝田、佐藤、高木先生その他の方々に比してはるかに微小なものだったと反省しております。
 たしかに私共は助手という立場で自力以外にasistantがいない、これは研究者にとって何よりも大きな弱点であると思います。あの様な方法でやってみたい、この様に改良した方法を駆使してみたいと思いは色々浮んでも、結局は追いついて行けなかったというのが偽のないところでした。この点同じ立場の遠藤さんはまったく私と同じ苦境にあったと思います。
 然し、研究者にしてこの様な云い訳をするのは私自身の努力の足りなかった為で、今年こそはこの様な問題を打開して班員の一人として先日も報告しました様な私なりの方法論で大いに力を発揮したいと思います。
 従来分子生物学の主な研究対象はビールス、バクテリア、それにバクテリオファージといった微生物に向けられていました。そして今後もしばらくはこの傾向は続くとしても近い将来、分子生物学の主要路線はかならず動物細胞の発生と分化に向けられ、そして人類最大の的であるガンと取り組んで実社会への貢献の足がかりを作ることは間違いのないところであると思います。この様な事態に先んじて今日我々がin vitroで発癌という問題と取り組むことは、癌の本体をつかむ上にも大いに意義深いことであると信じております。幸い一昨年暮から放医研の土井田君も当教室の助手として加わってくれましたし、今年こそは大いに頑張って行きたいと念願しております。よろしく今年もお願いします。

《山田報告》
 本年もどうぞよろしく
 新年早々あまり楽しい話ではないのですが、昨年暮2月ばかり細胞の培養がうまくゆかず、屡々HeLa細胞のp.e.が0%ということがあり、あれこれ疑って調べてゆくうちに、雑菌混入につきあたりました。原因としては、1) Millipore FilterのGrade HA(穴の大きさ0.45μ)は一応滅菌用として売出されているものの小型の球菌を通す危険がある。 2) Millipore Filterのpyrex filter holderは二面のスリ硝子で濾過膜をはさんでPinchでとめるだけなので、過度の過熱によってガラスに歪みが生じ、濾過膜の周辺より液を吸い込む危険があるのではないか。このことは今池本に確かめてもらっています。実際にはPH(0.30μ)で滅菌できていない事を認めました。 3) 最後に勝田さんには叱られそうな話ですが、抗生物質の使用は雑菌の検出を遅らせ、発見した時には広く汚染されてしまっている。
 以上の手落ちの重なりで2月ばかり無駄にしてしましました。自戒のために書きました。 ◇◇もう一つのことはWistar Instituteから送られてきたhuman deploid cell strainのことです。WistarではHayflick及びKoprowskiによってこのdiploid cell strainを使ったpolio vaccineが作製され、WHOのきも入りで世界各国で研究できるように配布の手順ができ、予研の手のはやい部長が早速に申込んで入手したのですが、その維持をまかされたものです。かなり手がかかること(週2回、1本を2本にsubcultureせねばならない)、又結構その維持が難しく、いささかもてあまし気味ですが、私個人としても実験に使いたいので、give & takeで引受けたわけです。その送り状によると、50代継代をつづけると増殖能力が失われる、すなわちunlimited growthという事が特徴で、これが所謂株化した細胞(彼らはcell lineと呼んでいます)と異る点で、このような培養によってのみdiploid cellの維持が可能であるという見解は、経験論的ですが、面白いと思います。3〜4日でSubcultureすると細胞数はおよそ2倍になっていることが認められますので、この株が切れるまで、培養開始より約半年間という事になり、その間個々の細胞は2の50乗に増殖することになります。この2の50乗という数字は10を虚としますと約10の15乗で、細胞のwet weightを10-6乗mgのorderと考えますと、大体100kg〜まで1個の細胞が増殖し得る計算になります。これらのdiploid cell strainはembryo由来ですので、受精卵が人間1個体まで発育し、それぞれ分化し、又repairを活発に、あるいは組織によっては緩慢に行って、やがて死に到るまでに産生する細胞数と近い数字を示すことは、何か細胞の寿命を暗示するようで、話題になりそうです。私のところで維持している細胞の寿命をできるだけ延ばすよう−しかしモーロクしないように−精々心掛けるつもりです。
 なお、original reportはExp.Cell Research,25,585-621,1961に出ております。標題はThe serial cultivation of human diploid cell strainsです。
 ◇◇最後に高野の住所をかきます。時にくる手紙では、元気でやっております。仕事はInterferonのこと、又もとのvirus屋さんにもどったようですが、本人は癌屋のつもりでおりますので、どうぞお見忘れなく。


編集後記


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