【勝田班月報・6310】
《勝田報告》
A)RLD系株細胞の染色体数に対する培地無交新の影響:
前号の月報p.4第1行にRLD-2、RLD-4、RLD-6(これはRLD-5とかきましたが、6の誤りです。同p.3下から5行目のRLD-6は逆に5です。御訂正下さい。なおついでですが、p.4のB)項内のS(Subtelocentricとしたのは“Submetacentric"に御訂正下さい。)
同頁3行目にRLD-1#3(4nになった群)と、何れものさらに培地無交新をおこなって細胞が生えてきつつあると書きましたが、これらの細胞について染色体をしらべたところ、大分前とは変ってきたことが判りました。(図を呈示)斜線が処置前の染色体数の分布、黒く塗ったのが前号p.3にかいたように('63-4-13→5-12)と('63-6-11→7-11)と2回に渉って無交新をおこなったあと、生えてきた細胞の染色体数の分布です。RLD-1,4n:これは4倍体が非常に多く、46%もあったのですが、上の処置后はこのピークは非常に低くなり、むしろ43〜44本が高くなり、全体にバラツキが出てきました。この系は(RLD-1,4nA)と命名しました。RLD-2:42本に大きなピークがあったのですが、処置后はピークが低くなり、数の少ない方へバラツキが増えた感じです。この系は(RLD-2,A)と命名。RLD-4:42本にあったピークが41本に移り、シャープなピークとなり、その他数の少ない方へバラツキが増えた感じです。(RLD-4,A)と命名。RLD-6:これは標本は作ってあるのですが、処置前の染色体数がまだかぞえてありません。(次の班会議までには算える予定です。)
処置后のは、22ケしかかぞえてありませんが、41本がピークで、バラツキ少なくチンマリとまとまっています。(RLD-6,A)と命名。
以上の標本は、処置后約1月目に継代し、継代后TC3日の63'-8-29に揃って標本を作った。数の上での分散から考えると、RLD-1,4nAがいちばん、この中では可能性があるように思われるが、細胞の形態からみると、RLD-6が少し変っている。というのは、細胞質の突起が出来たり、頂度Hepatomaのように活発に歩き廻りそうな形の細胞がかなり混ってきたからで、その内これは映画にとってしらべてみる予定です。なお処置前のRLD-1,4nはすでに撮ってみましたが、まず運動性はほとんどありませんでした。RLD-4は全体的に継代のときトリプシンがとても効き難い株ですが、処理后もきれいにシートを作り、仲々細胞間の粘着力を失いそうに見えません。しかし、AH-7974などは余り動かず塊を作りますから(運動性=腫瘍性)とそう簡単には云えぬ訳です。なお図で、斜線と黒線とは別個の表を重ねたように描いてありますから、夫々の頂点が夫々の実際の細胞数です。
(B)ラッテ腹水肝癌AH-7974の培養:
AH-130が変ってしまって、硝子面に伸展しなくなり、増え方も悪くなったので、正常肝とのparabiotic
cultureに使うために、別の適当な系を探していましたが、既報のように硝子面によく着く系がいくつか見出されましたので、その内からAH-7974の培養テストをはじめました。この細胞の特徴は腹水の中で塊を作っていること、培養の初め数日間は硝子面に着く細胞が非常に少いが、その后急にふえて、1週間もすると硝子面に一杯になります。いわば一種のlagがあるわけです。(図を呈示)それを初代でcountしてみますと、やはりlagが出ます。それで初めにinoculateした細胞が大分死んでいたかというと、そうでもなく、viablecountでサフラニンでしらべたが、殆んど全部生きています。だからこの培地で増える細胞と増えない細胞の2種類が、腹水系の中に混在しているのかも知れないと考えられます。だから培地を変えればこのlagのなくなる可能性もあると思い、目下pyruvateやinsulinを加えてしらべはじめたところです。
図でみると、primary cultureの方はinoculumの内、せいぜい2〜30,000ケ位しか生きていないようにとられます。初代はトリプシン無し、第2代への継代のときだけモチダトリプシン200u/ml室温で10分間かけました。
《佐藤報告》
発癌実験(A)
これまでの研究でDAB or メチルDAB→ラット肝で組織培養上増殖促進がおこる事。それらは株化できる事がわかったが、1μg/1mlの濃度では(100〜200日)の連続投与でも今の所(最近Suckling
ratsにinjしていますが結果はまだ分りません)正確な意味での発癌には成功していません。ラッテにinjして癌を形成さす事が先決問題ですが、DAB→ラット肝組織培養でDABの側がどの様に変化するかを見て従来の動物実験側と比較して見る事も必要と思い、実験を始め未だ僅かではありますが我々の実験に力を与えると思うので書き記します。
1)DABの溶解はTweenがうすいと安定しません。従来の濃度の4倍では確実にとけています。
2)DANと血清(牛)ではベンゾール抽出で僅かに抽出液で減少します。4日間の37℃ふらんきincubateでも僅かに減少します。
3)第1回の予備実験は成熟ラットを用いましたが(生后69日♂)溶液中のDAB(測定値1.03μg/ml)のものが4日間に0.27μg/mlに減少していました。第2回の予備実験は(生后18日♂)使用、増殖促進結果と比較するために、(1)対照
7本、(2)DAB1μg/ml 4日 7本、(3)DAB1μg/ml
8日 7本、をつくりDAB実測値1.16μg/mlを入れた処、4日目の液で(2)0.23μg/ml、(3)0.24μg/mlとなっており第1回目の実験と同様液中からのDABの著明な減少が見られた。更に第8目の測定では、(2)群は0.04μg、(3)群は0.99μg/mlのDAB再投入のものが0.16μg/mlとなっていた。即ちDABの消費された4日めの液をかえて更にDABを投入しても著明にDABが消費する事がわかった。
発癌実験(B)
メチルDABの濃度を変化させて長期投与する方法として先づC10D株に1μg/ml、4μg/ml、10μg/mlを夫々17日間投与しタンザク法でしらべた処、1μgのものでは従来通り増殖し続けるが10μg/mlでは増殖を著明におさえられている。細胞核には余り強い変化はないが細胞質は大きな空胞(?)が現れ崩壊している。この場合耐性細胞は残る様なので10μg/mlのものは更に液替を続行して居る。形態学的な変化から見てTweenのものは影響も考えられるので(即ちDABμgとTween濃度が平行している。)、目下10μg/mlにおけるTween濃度で同様の実験を出発します。生体の条件と比較したとき分裂し増殖する事はDABの蓄積?にも影響するでせうから、出来れば血清等の濃度をさげて、或はそれによってコントロールして同じ容器中でDABを与えて見ようと考えています。
発癌実験(C)
染色体のパタンによる変動は依然続けています。従来のものを続けて見ていますがこの方には強い変化はありません。10月の班会議にまとめます。新しい株でのパターンを一つだけ書いておきます(図を呈示)。生后20日のラットを用いた実験、1962
12-27日出発したもの。著変は対照実験でも染色体パターンが右偏している。原因は上下のパターンで使用血清が途中で変動している事にあるのではないかと思っています。C35対照と同血清のものがすぐ株化しますのでパターンを見て見ます。長期を要していますので変動の原因が充分つかめるかどうかは分りませんが、できる丈条件を記載していって培養上における3N体の問題も解決する様努力します。
《黒木報告》
Mouse Ascites Hepatoma MH129P、129Fの培養
C3H mouseのascites hepatoma MH134、129P、129Fは転移実験における優れた材料として知られてはいるが、まだ培養は成功していなかった。最近、これらのうちMH129P、129Fが相次いで培養され、又その二三の特徴も明らかになったので、ここに簡単に述べてみる。(129Fも129Pとほぼ同様な経過特徴を有するので129Pをのみ記述する。)
実験材料
MH129P、FはC3H/HeNmouseのspontaneous hepatomaを腹水化したものである。
(佐藤春朗1956) 培養に用いたのは第301代の腹水。
培養経過
◇1963年6月8日培養開始。角ビン使用。接種細胞数10万個cells/ml、100万個cells/bottle、培地Eagle(1959)+B.S.50%
培養当初の10日間は、壁につく細胞は極めて僅かであり、大部分の細胞は浮いている。しかし、この浮游している細胞をcountし乍ら追っていくと、次第に細胞は巨大化し(直径30〜50μ)やがて変性消失してしまう。
◇15日目より培地を20%B.S.+80%Eagleとし、週1〜2回の培地交換を続けた。40日頃までは、壁についている細胞はfibroblast様細胞と円形の細胞の二種類あり、その数は極めて少い。培地のpHもそのままである。
◇45日目(8月2日)浮游細胞が急激に増加、countしたところ30万個cells/mlあった。(trypanblueによる生死判定では10%が死細胞。)
このため、浮游状で増殖する細胞と考え、以后浮游細胞のみを選択的に継代、現在10代102日である。
一方壁についている細胞は、fibroblast-likeであり、その数は増えていない。しかし今日までその細胞を選択すべく、浮游細胞を除きながら培地交換を続けた結果、現在fibroblastのfull
sheetを得ることが出来た。しかし常に浮游細胞が混在し、両者を確実に分離することは出来ていない。
培地の問題
培地は15日目まで50%BS、15日より53日まで20%、53日以降は10%及び5%と血清量を漸次減らして来ている。5%でも10%でもその増殖は同様である。(5%の場合は最初の1代のGrowthは悪かった。)
現在、血清量を更にへらし、又Eagle培地の方も少しづつ変化させ無血清培地にまでもっていくため準備中である。
増殖、移植性、染色体
増殖は早く、そのGeneration timeは21時間前后である。更にこの増殖は少数細胞の場合でも、同様維持されている。即ち接種細胞数を10,000、1,000、100、10cells/mlとしたとき、そのGrowth
curveへ平行となる。
移植性は低下しているようである。100万個cellsをC3H/HeN
inbredに移植して、tumor growthは6/6、tumor
takeは2/6である(移植後50日現在)。その詳細は細胞数を変えて検討中である。
染色体分析は正確にはみていないが、heper
diploidy、大きいV型染色体をもっている。 この細胞のように浮いて増殖するものがあることは、株化に際して見逃さないよう一応気をつける必要があろう。現在まで知られているものとして、吉田肉腫、MN肉腫、RS(山根研究室、Reticlosarcoma患者の腹水)がある。壁につく細胞と比べるとき、長所も短所もあるが、今后、その所を生かすような実験を考えてみたいと思う。
《堀川挨拶》
一足早い秋のおとずれに、どこの研究室もいよいよはりきって実験を開始されたことと思います。特にこれからのシーズンは、癌学会をはじめとして種々の学会が開催されるシーズンとあって皆さん方も多忙な毎日を送っておられることと思います。
私が発癌実験グループの一員としてこの班に加えていただいてから早くも2年半近くになりますが、この間微々たる力でほとんど何の役にもたたないまま今日まで来てしまいましたことを深くおわび致します。おかげさまで渡米の準備も一応完了し、来る10月2日羽田空港からMadisonに向けて出発することになりました。
癌学会、遺伝学会、そして更に多くの学会をま近にひかえながら、出席出来ないままで出発することにいささか心淋しいものを感じますが、これもいたしかたのないものなれば、いさぎよく次の研究室をめざして飛び立つことにします。念のためMadisonでの私の研究室のAdressを記しておきます。何かいいニュースがあったら知らせて下さい。勿論私の方からもこの月報には時々原稿を送らせていただいて、アメリカでの新しい情報をお知らせさせていただきたいと思います。
私の滞在する研究室は遺伝生化学を主体にやる所で直接発癌の問題とは関連がないかもしれませんが、ここにはDr.Szybalskiのように体細胞でTransformationに成功したような人もおりますので興味のある情報が得られると思います。
一方私の留守の間は前回の班会議でも御承認いただきましたように土井田幸郎君が私の代りに頑張ってくれると思います。留守中を守ってくれる土井田君も多忙のため多大の期待をかけられることは不可能かもしれませんが何卒私同様よろしくお願いいたします。
発癌機構の解明ひいては癌の治療といった問題は今世紀の最大の焦点であり、特にウィルスによる発癌がしきりと証明され、更にその機構が究明されようとしている現在、化学薬剤による細胞レベルでの発癌機能の研究はウィルスと共に発癌の機構を解明するに最も良き手段と考えられます。それはウィルスと化学薬剤も一見正常細胞の異ったSiteを攻撃しているように見えても、その底にある発癌の本体には共通性があると考えられるからです。
どうか大いにファイトをもやして人類の宿敵である癌の本体究明のため頑張って下さい。私も十二分に頑張って二年後に元気な姿でお会いすることをお約束します。
発癌グループならびに日本組織培養学会 万歳!! 大いなる発展を祈ります。
1963年9月23日
編集後記