【勝田班月報・6701】
《勝田報告》
 A)“なぎさ"→DAB処理により出現した変異細胞のAzodyes代謝能:
 10月のICCC及び月報でも報告しましたが、“なぎさ"培養后に通常の静置培養に移し、ラッテ肝細胞に高濃度にDABを与えたところ、非常に高率に変異細胞亜株ができました。これらは培地にDABを添加しても代謝しなくなってしまった株が多いのですが、なかに数株、とくに“M"という亜株は反ってきわめて活発にDABを代謝するように変ってしまい、20μg/mlにDABを与えても、増殖しながら3日の内にこのDABをほとんど完全に消費してしまうのです。この消費は光電比色計で、培地をblankにしてDABの最大吸収である450mμでのO.D.でしらべました。
 それではこの培地を生化学的に分析したらどうか、ということから、東大の寺山氏に依頼して、数種の亜株についてその培養后の培地を分析してもらいました。結果は下の表の通りですが、分別定量法について一応、彼の記載をそのまま下に記してみます。
[Benzene(5)+Aceton(2)の混液でAzodyesを抽出し、solventを蒸発させた后、dyesをalminachromatographyにかけ、DAB、MABその他を分別し、各分劃について2N HClで吸収スペクトルを夫々測定し、一応分子吸収度を(max,wave lengthにおける)40,000として計算した。]
 細胞数は夫々50万個/ml、20%CS+0.4%Lh+Dで37℃、4日間培養后の培地。DABは20μg/ml(実際にはもっと少かった)に添加しました。Tweenは0.01%。(表を呈示)
[B、T及び培地では多少、水酸化体乃至polymerらしいazodyeがありましたが、これは培地にもある点から、代謝によって生じたというより、元の使用したDABが不純だったためと思います。その点MABについても同じで、これも混在していたものでしょう。]
 亜株Tは代謝能を失った亜株の典型的な例です。培地だけ(20μg/mlに入れたつもりが、実際は13.5μg/mlだったようですが)のsampleより、むしろ多い位です。Mと比べて非常に対照的です。
 これによって教えられたことは、このような分析の場合には、やはり精製したDABを使わなくてはならないことです。
 今后は、この亜株Mについて、DAB分解酵素の追究に入って行きたいと思っています。
 B)4NQOについて:
 4NQOと4HAQOの吸収について黒木班員がかって月報にかいて居られましたが、我々は4NQOをアルコールではなく、dimethyl sulfoxideで溶くことにしたため、一応その吸収と消長をしらべてみました。
 4NQOはdimethyl sulfoxide(DMSO)できわめて迅速に室温で溶解し、沈澱も生じなかった。これを少量のPBSとさらに塩類溶液Dで稀釋して、日立の自記分光光度計でしらべた処、252mμ(紫外部)と366mμ(可視部)に特異吸収が認められた。Blankには4NQOを含まぬ同様の混液を用いた。終濃度(5x10-5乗M・4NQO)。
 次に4NQOい対する血清及びLhの影響をしらべた。4NQOをDMSOで10-2乗Mにとき、これに9倍容のPBSを加え、さらにこの混液に9倍容のDを加えて、10-4乗Mの4NQO溶液を作った。これに等量のD或は培地(20%CS+0.4%Lh+D)を加えて、一定時間おきに252mμと366mμでの吸収の変化をしらべた。但し、252mμでは培地自体の吸収もあるので、Dを加えた場合のsampleしか測定できなかった。
 (表を呈示)BlankはPBS・5容+D・95容+DMSO(0.5%)で、4NQOの終濃度は5x10-5乗Mであった。中原氏の報告では4NQOを血清と混和すると、SH基にすぐ結合し、4NQOの活性が失われるとされたが、こうしてみると仲々失われないようである。SH基の培地中での数と4NQOの投与量の関係もあるかも知れない。釜洞氏の報告もまんざらホラではないかも知れないことになる。(投与日数の影響について)。

《高木報告》
 私共の月報もすでに80回目を迎える様になったことは誠に感無量である。その間班員各位のうまざる努力の累積が昨年黒木氏のin vitroにおける発癌系を生み出し、今年はこれからいよいよ次のstepにふみだす新しいepochと云えよう。今年の私共の研究室の目標は (1)organ cultureによるcarcinogenesisの実験
 organを出来る丈長くin vitroで培養すべくガス組成、ガス圧、培養温度、培地組成などの基礎的培養条件を再検討する。この為、新たに機械を試作して検討中であるが、一方現在至適であると思われる条件で皮フを培養して、これにcarcinogenを作用させたものを移植までもって行き、その変化を観察したい。すでに移植実験はtraining中であるので、まもなくこの実験は軌道にのるものと思う。
 (2)黒木氏の発癌実験を再現して、その上で発癌機構の究明に一歩踏出す
これ迄4HAQOを用いた追試は未だcarcinogenesisを起すに至っていない。これはtechniqueの問題もあると思うが、一つにはCO2 incubatorのtroubleがあまりにも多すぎたことによる。ここ当分は安定した癌研のCO2 incubatorで仕事をすすめる予定である。発癌実験を追試しえたならば、その機構を明らかにするため次の方向にすすむことを考えている。
 即ち、高橋の協力の下に、一まず癌化の各時期におけるRNA、DNA含量の変化を観察し、つぎにメチル化アルブミンカラム法によるRNAの分別を試みて癌化と各種RNA合成との関係を明らかにし、癌化の本質の追求に努力する。これまでに正常細胞から癌化の本質をさぐると云う意図の下にDNA及びRNAにつき、その含量や塩基組成の差をみるといった仕事は可成り古くから行われて来たが、これらの成績は癌化へ至る中間の過程についての知識はきわめて乏しい。この意味でin vitroの黒木氏の発癌系は細胞の癌化と核酸代謝の関係を追跡する上に一つの手段として期待出来る。いろいろな問題はあると思うが少しでも目的に近ずきたい。  次に12月来の実験データを記載する。
 1)ハムスター胎児皮フのorgan cultureを再び低温・低湿で行い前報の結果を確かめた。 培養方法は前報と殆ど同様であるが主体を30℃群におきこの群に
 a)H.E.E.2滴、chick plasma 6滴よりなるclotを用いた対照群
 b)同上に4NQO 10-5乗Mol添加(塗布)
 c)同上に組織片支持にサージロンの代りにミリポアフィルター(HA)を用いたもの
 d)同上を空気中においたもの
 e)H.E.E.の代りにC.E.E.を用いたもの
等に分け、これに対する対照として
 f)37℃、高湿度のものを置いた。
d)群を除く全群を10%CO2・90%空気中で培養し、d)群のみは底に水を容れたポリエチレン製の容器に入れて密封し、同じCO2 incubator内に置いて温度を一定にした。培地交換は最初の一週間は行わなかった。それはH.E.E.を用いたplasma clotがなかなか出来なかった為であるが、この点種々検討した結果H.E.E.plasmaをmix后、5〜10分間30℃にincubateすることによりclotingが完全に起ることが分った。室温が下った為にこの様なことになったのではないかと思われる。
 培養結果
 培養前の組織は、今回はすでに出血の始まっている全く生下直前の動物であった為、可成りの分化を示しており、2〜3層の表皮層の上には既に表皮層の1/2程度の厚さに角化層を認め、真皮には多数の毛嚢と少数の毛根をみる。培養4日目のものでは殆ど全群共に規則正しい一層の基底層を持つ3〜4層の表皮層を持ち角化層も1.5倍程度に厚さを増しているが、予想された様に唯37℃群のみ幾分表皮層が薄く基底層の配列も乱れている。4NQO添加群にも特別の差を認めない。8日目に至り上記の差は一段と著明になり、30℃群では全群角化層及び表皮層は更に幾分厚くなり、基底層の配列も規則正しいのに反し、37℃群では表皮はかなり薄くなり、基底層も殆どみられない。
 30℃群間ではH.E.E.、C.E.E.間にも又、サージロン、ミリポアフィルター間にも4NQO添加群にも特記すべき差異を認めなかった。尚、空気中に置いたものは5日目にカビのcontaminの為に培養を中止した。
 今回は前にも記した様に培地交換に失敗した為か、12日目のものではいずれも前回に比しあまり健常でなかったので、これを比較することを止めるが、8日目までの所見からも低温、低湿が皮フ培養に適していることは裏付けられたと思う。
 2)ハムスターの皮フ移植
 培養皮フのハムスターへの復元に至る予備実験として無処置ハムスターの皮フ移植を試みた。用いたハムスターは生后7〜8週のもので体重は約100g、1昨年秋より一腹のハムスターより出発して雑婚により繁殖したものである。方法としては前の班会議で藤井氏により供覧されたマウスの皮フ移植法をそのままハムスターに応用したものであり、graftの大きさは約13mmである。
 a)5匹宛2腹計10匹のハムスターのうち同腹同志移植したもの8匹につき、2匹は繃帯の締すぎで翌日死亡、4匹は繃帯が抜けてgraftは既に落ちていた。繃帯の抜けなかった2匹は1週間后に繃帯を取り去ったが2匹ともgraftはtakeされていた。異腹同志移植2匹のうち1匹は呼吸困難で死亡、残る1匹はtakeした。
graftのtakeされたものでは2週間をすぎた現在、2〜3mmの発毛を認める。graftは頭尾の方向を逆にしてあるので発毛が完成しても見分けられるであろう。結局この群では3/10死亡、残る7匹のうち、3/7がgraftをtakeした。
 b)次に異腹同志3匹宛、計6匹を夫々移植したが呼吸困難で死亡2匹、繃帯が抜けてgraftが落ちたも2匹、残2匹は10日をすぎた現在、大体graftはtaeされたようである。生残ったもののうち2/4はtakeしたことになる。今後更にテクニックが向上すればtakeされる率はもっと高くなると思う。

《佐藤報告》
 新年お目出度得。今年も仲よく元気で頑張りませう。
 発癌実験についてDABの方はい結果は未だでませんが、今年はなんとか区ぎりをつけようと思っています。研究室で難波君がラッテ細胞←4NQOを試み始めましたので、少し報告しておきます。
 ◇1.4NQOをエタノール及びDimethyl sulfoxide(DMSO)を溶媒としてみました。DMSOの方がよくとけ5x10-2乗Mで美麗に溶けます。此より高濃度は未だ実験していません。溶媒そのものの毒性も未だ調べていません。10-2乗Mでエタノール及びDemethyl sulfoxideにとかされた4NQOをPBSで1000倍稀釋し日立分光光電比色計で吸収をとると、Peakは共に251〜252と360〜364との間にありました。(現在機械に少しノイズがあるため正確なPeakはもう一度調べます)。
 ◇2.ラッテ胎児組織の培養
 生まれる直前のembryoの頭をとり、ハサミで細切後Trypsin法で細胞を集め、TD15一本宛200万個の細胞を入れ、0.4%LD+20%BSで培養を始めた。
 ◇3.Primary culture後、72時間にエタノールにとかされた4NQOをPBSで稀釋して30分37℃に投与した。10-4乗M、10-5乗Mではdegenerative cellsの方がliving cellsより多く、10-6乗M、10-7乗Mではliving cellsの方が多かった。10-4乗Mのものは投与後3日の観察で殆んど全部の細胞が死亡。10-5乗Mのものでは残った細胞が増殖して来た。controlは増殖しており観察中。
 長期観察及び復元実験は細胞形態の短期観察を終って後行う予定。
 胎児のfragment培養は実験材料を得る迄に日数がかかるので今の所行っていない。
 ◇4.動物実験によると4NQOをとかす溶媒によって発生してくるTumorが異るといわれている。念のため、ラッテ新生児の皮下に下記の如く4NQOを接種しておいた。
 50μg(溶媒エタノール)3匹。100μg(溶媒DMSO)3匹。

《三宅報告》
 ヒト胎児皮膚のSponge Mtorix Cultureに際して、発育する角化層の厚さ、量の問題、時間の問題について、ここしばらく、発癌物質を与えることとは別に検索して来ました。Rollerdrumを用いる廻転培養で、培養液と気体(95%O2+5%CO2)ではみて来たのですが、これを静置培養にかえて、気体に触れているものと、終始培養液に触れているものとの差をみるために、tubeの中に植片をtandemに並べて、37℃と30℃(高木博士にならって)の2つの孵卵器で1週間の培養の後固定、HEの染色をみてみました。この方法ではRoller drumを用いる培養にくらべて、角質層の菲薄さが目立ちました。殊に気体にばかり角質の表面がふれて、MtrixになるSpongeが湿潤している状態のものが最も悪い結果を得ました。温度については、これからtestをかさねる決心ですが、30℃の方が悪い様です。これから気体をNにかえたりすることで、角化が気体や温度と、どの様な相関に出現するかということを追いたいと考えています。
 発癌物質を作用させることについては、皮膚の培養の条件をよりよくするために、昨年末以来、考案して来たのですが、spongeをplasma clotで硝子壁に附着する方法では、何の打開の道をえませず、Rat tail collagenに植えて、これに発癌物質を加えようとしています。一度Spngeに植えて、これに発癌物質を作用させ、その上で、また、この間、班会議で、少し触れました様なatypicalな細胞を、これから切り離して、新しく培養をするという迂遠な道を省略したいと思ったのです。昨年末から、このCollagenを硝子壁に親和性を保たせることに何度か失敗をくりかえしました。
 本年は、何とか、このatypicalな細胞を取り出したい一心です。角化をみてゆかうというのは、本筋からはなれて了うことです。発癌物質を添加する方法も、溶媒をかえ、濃度をかえ、細胞をみてゆく方法も、光学顕微鏡から、電顕のレベルに入り、用いる同位元素も、ととのえて、やりとげたいと考えています。

《黒木報告》
 明けまして、おめでとうございます。
昨年は後半を学会台風に吹き荒らされ、何が何だか分らないうちに終わってしまったような気がします。しかし、前半には仕事も調子にのり、ともかく第一段階の発癌に成功した年でもありました。丁度、登山に例えれば、班の仕事はpolar method(極地法)に似ているのではないかと思っています。勝田隊長のもとでbase campを築き、attack campまで次々に積み重ねる、そして、最後に何人かがattackするという方式に似ていると思っています。
 しかし、登山と異るのは、われわれの目的とするものは、独立峰ではなく、山脈のごとき、あるいは山塊のような、大きな相手であり、attackよりもrouteの重要視される事でしょう。 ともあれ、今後2〜3年の間にchemical carcinogensによるin vitro transformationは急速な発展を予想されます。UICCの発表のみでも、McArdleのDr.Heidelberger、NCIのDr.DiPaolo、Sloan-KetteringのDr.Borenfreundらがかなりのところまで来ています。私としても彼らに遅れをとらないよう頑張るつもりです。そのためにも、日本にいた方が得と思い、Dr.Heidelbergerその他からの招待は一応断りました。
 仕事の方は、established cell lineを用いる実験系を開発することに重点をおいています。現在もっている細胞は、Todaro,G.J. and Green,H.によってestablishされた3T3cellsです。まだ4NQOは添加していませんが、2月の班会議までには何かdataが出るかも知れません。初代培養を用いている限りは、実験も限られ、進歩もおそいと思いますので、何とかして3T3で成功させたいものです。
 もちろんhamsterの初代へcarcinogenを添加する実験も続けていきます。この方は技術のstandardを作ることに努めます。すなはち、もっとも短期間で悪性化させる方法は何か、HA-1〜HA-7の時間(transformする)のばらつきを少くすること、cloneによる分析などです。carcinogenのmarker(VirusのT antigenのようなもの)も何とかみつけたいものです。これがあれば、spontaneous transformationもこはくありません。
 ともかく能率よく余り学会にかきまはされず、落ちついて仕事をすすめたいものです。
《螺良報告》
 新年おめでとう御座います。昨年は何やかにやと忙しい年でしたが、今年はもっと静で能率の上る年になってほしいと思っています。
 さて今年どう仕事を進めるかということよりも、今の所昨秋留守勝の後片づけの仕事の方が多いようです。当方も本来は癌ウィルスの動物レベルの仕事から細胞レベルへと進路を求めて培養に入ってきたので、本業をどうするかはよく考えるべき問題だと思ひます。乳癌や白血病ウィルスを培養するという試みも昨年の結果では必ずしも有望とはいえないと思っていた矢先、モロニー白血病ウィルスからdefectiveな肉腫ウィルスが分離されて、先般彼がこのウィルスを置いてゆきました。之を用いると細胞レベルの仕事ができるのですが、既に米国ではかなりやっているので、私の場合どの様な進路を見出すかを目下考慮中ですが、とにかくこのウィルスに用いる為に、乳癌のmono-layerの培養系と、動物としては黒木君の所からもらったBALB/cをふやして次の仕事に準備中です。
 というわけでウィルスによるtransformationに力を入れると、とても化学物質にまで手がまわらないので、42年度は一応勝田班と離れるのが妥当ということになりますが、勿論培養の仕事は今後も続けてゆきますから、どうか従前同様に皆様の御教示を賜りたいと思って居ります。
 しかしながら化学物質も全く諦めたわけでありません。というのはこちらでA系による肺腺腫誘発の動物での仕事があり、それに合せた細胞レベルでの癌化の仕事をしたい目標をもっているのです。ただし昨年1年は之は夢に終ってしまいましたが、ただ年末にやった事を一寸報告しておきます。
 乳癌や睾丸間細胞腫はYLHで割に容易に生えるのに、肺腺腫はかなり困難なことは福岡での班会議の時にお話し、それについていろいろの提案を頂きました。その後Y抜き等でやってみて目ぼしい結果は得られませんでしたが、12月20日にA10432♀に移植した肺腺腫を摘出(移植後171日目)して、Eagle MEMにコウシ血清を10%加えて培養したところ、翌日から既に単層に発育を認めた。之はTD-40を5本用いてすべて同様の結果がえられた。
 (写真を呈示)写真に示すように、やや細長い細胞が並んでいて宛も腺細胞のようにみえる。この様な細胞は今までの培養でみられなかったものである。
 今までは平らにひきのばされた細胞質の大きな細胞をみることが大部分であった。尤も培養細胞の中には濃縮したものや、顆粒がでたものもあって、之等が今迄と同様の結果をとるか、或はそうでなくうまく発育をつづけてくれるかは今の所見込はわからない。
 しかし12月30日には5本のうち、1本のPA7-10005をA系の1匹に戻し移植をする所までこぎつけた。
 残念乍らこの時に他の培地で培養していないので、果してEagle培地がYLHよりよかったかどうかはわからないし、また今までより肺腺腫も継代世代が進んでいるので、細胞側の条件も同一でない。従って比較の材料がないが、とにかくPrimaryだけは上皮性らしいものが生えたことまでで年を越した次第である。

《堀川報告》
 1967年の新春をむかえ、班員の皆さんおめでとうございます。過去3度の正月をアメリカで過ごしてきた私にとっては、今年の正月は久し振りに日本の地で、しかも郷里の松山において少くとも3日間は総べての雑念を忘れてむかえることが出来たということで、満足感にひたっております。
 じっと静かに目を閉じて過ぎ去った1966年をふり返ってみるとき、それは実に多忙な一年だったと思います。自分の実験計画をたて、給料の値上げをどのように成功させるかだけを熟考し、客分として扱われていたアメリカの生活は特別としても、日本での研究生活には余りにも雑事が多すぎる。帰国後はこれが日本だ、とにかくどのような多忙をもきり抜けて研究面において立派な成果を出すのが日本での真の立派な研究者であると自分の心に云いきかせつつ、ここまでやって来たような訳ですが、あまりにもひどすぎる。これではユニークな仕事も生まれようがない。とにかく何とかしてほしいものですね。これだけは年頭に当って大いに叫びたいですよ。と云って日本のような貧乏国ではいくらガタガタ言ったところでどうなるものでもない。現在の段階では文句を云う前にまあ残っている雑事でも片付けて実験にとりかかるのが賢明な策のようです。さて新春をむかえるに当り、私も私なりに夢を抱いています。まず今年は培養細胞を用いて[放射線障害回復の機構]をとことんまでつついてみたい。この仕事はこれまで機会のあるごとに報告をしてきたので、皆さんの記憶の内にも少しはとどめていただいていると思います。昨年の予備実験から一応の方向がついてきたのでグングンと押して行きたい。ところで第2の仕事はin vitroでの[発癌実験]です。この問題はこれまで幾度かやろうやろうと考えながらもいろいろの事情から出発出来なかった仕事ですが、今年こそは是非着手して出来得る限り良き成果をおさめたいと念願しています。私にとっては未知の分野だけに、これから一歩一歩地固めをしながら前進させていかねばならない難問でしょう。とにかく夢は夜にまかせるとして、頑張らねばならない。今年ももう一年あれこれと不平を言う事なしに、もくもくと仕事をやり、稔り多い一年であるよう頑張ることを新年にあたり、ひそかに願っている次第です。皆さん今年もよろしくお願いします。そしてうんと頑張りましょう。

編集後記


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