【勝田班月報:7007:ラット肝細胞の初代培養クローン化】

《勝田報告》

     
  1. 培養内4NQO処理により悪性化したラッテ肝細胞の染色体(図を呈示)

     培養内で悪性化した細胞系(RLT)はいずれも染色体数の最頻値が2nより数本減少し、これをラッテに復元接種しても最頻値は変らなかった。ところが、この腫瘍細胞を再培養し、長期間継代していると、CulaTC、CulbTCのように、染色体数にばらつきが生じ、且高3倍体がふえてきた。ラッテの移植腫瘍の、染色体数のばらつきや、3倍体附近にピークのあるものの多いことも、腫瘍化したあとの副次的は変化である可能性の大きいことを示唆する。

     

  2. 染色体核型(写真を呈示)

     RLT系は核型に大きな乱れは現われず、対(pair)を作る染色体がかなり残っている。しかし正常ラッテの核型にみられないものとして、大型のSubtelocentricのpairがしばしば認められる。どんな理由か判らないが、これがpairで現われる点は面白い。



 

:質疑応答:

[吉田]この系は腹水型として動物でも継代できるのですね。この染色体の核型分析を見ると基本的にはラッテのセットをそのまま持っているようです。新しく出てきたように見える大きなサブセントリックの1対は2つの棒状の染色体がくっついて出来たもののようですね。

[勝田]この間の組織培養学会で出されたコルセミド処理によって生じる染色体異常についてのデータを考えると、染色体標本を作るのにコルセミドなど使っていいものだろうかと不安に思いますが、どうでしょうか。

[吉田]4時間位の短時間の処理では染色体に影響はないとされています。

[勝田]本当にG2に影響がないのですか。

[吉田]G2にはもう染色体のセットは出来ているのですから、染色体のセットには異常は起こさない筈です。しかし自然のものに比べると処理を受けた染色体は短くなっているのですから、そういう異常はあるわけです。又、処理後2回目の分裂になると染色体異常が出てきます。

[堀川]目的によって使い方を充分検討しなければなりませんね。昔は染色体の標本を作るのにコルヒチンを使っていたのですが、コルセミドが多く使われるようになった訳があるのですか。異常を起こす率はどちらが高いでしょうか。

[吉田]コルセミドは動物実験の方から使われるようになりました。コルヒチンより動物に対する毒性がずっと少ないのです。しかし組織培養に使う場合は毒性についても異常染色体の出てくる率についても大差ないようです。

[安藤]染色体の上でのブレイクとかギャップとかは、DNAレベルでも切れているのでしょうか。

[吉田]ブレイクという場合はDNAも切れています。ギャップという場合は染色体の一部に染色性を持たない他の物質が入り込んでいる時があります。

[勝田]どうして同じ染色体を複製出来るのでしょうね。不思議ですね。染色体の出来る過程を電子顕微鏡で経時的に追ったデータがあるでしょうか。

[吉田]無いと思います。実験としてむつかしいのでしょう。分裂期なら分裂期にだけ焦点をあてて調べることはできますが・・・。

[堀川]しかし、今の遺伝学では染色体がどうやって正確に同じものを複製してゆくのかもはっきりしないのですから。全く生物の中ではスゴいコンピューターが働いているのだな、というよりほかありません。



《高木報告》

 腫瘍細胞と対照(正常)細胞の混合移植実験

 No.7005にひき続き、同一細胞株を用いて実験をすすめた。

 腫瘍細胞としてRG18は32代より45代、対照細胞としてRT-9は38代より54代の継代数の細胞を実験に使用した。

 ところが対照細胞として使用したRT-9株の50代目を100万個皮下に復元したところ、44日の潜伏期で3匹中1匹に腫瘍の形成をみたので、一連の実験が一瞬にして、無意味なものとなってしまった。

 又同時にRG18株のTPD50の算定を試みたが、(表を呈示)予想に反してこの細胞は非常に悪性で、現在のところ10個の細胞(細胞をtrypsinizeし遠沈後、mediumに浮遊させてcell countを行い、100万個/ml又は10万個/mlとなる様に稀釋して再度cell countを行う。その後は10倍稀釋で100/mlの細胞浮遊液を作り、その0.1mlを皮下に接種したもの)で腫瘍を形成することがわかった。

 今後の実験にはもう少し悪性度の低い細胞を使用したいが、凍結中の細胞がレブコの事故でたえてしまい、現在手元には、この株しかないので、とりあえず10〜1,000個のレベルで対照細胞を変えて実験を続ける予定である。



 

:質疑応答:

[勝田]動物が腫瘍死する所まで観察していないのですか。

[滝井]腫瘍が出来た段階で殺しています。

[安村]動物を使ってタイトレーションをする場合、全部死ぬ濃度、全部生き残る濃度、その中間何段階かという風にチェックしないと後で統計的な処理が難しくなります。

[滝井]ラッテの産児数が1腹10匹位なので、2段階位しか出来ません。

[安村]10匹なら5匹5匹の2段階より、3匹づつの3段階にした方がよいでしょう。

[滝井]細胞1コの接種の成績もみる必要があるでしょうか。

[勝田]吉田肉腫の場合カバーグラスに細胞浮遊液をたらして顕微鏡でみて1コ細胞がいるのを確かめて復元していますね。

[安村]10コ位になると10倍稀釋で作った浮遊液では正確とはいえませんから、接種したものと同量の浮遊液をシャーレにまいて数えるとよいでしょう。

[勝田]対照群は悪性化した系の対照群でなくてもよいのではないでしょうか。もっと培養日数の浅い、途中で自然悪性化する心配のない系を使ったらどうでしょうか。又は別の臓器由来でもよいと思います。

[堀川]どうも組合わせがスカッとしませんね。対照として入れる方はフィーダーのように熱処理とかX線処理とかをして入れたらどうですか。

[安村]角永氏の実験では接種する細胞数を一定にして、その枠内で正常細胞と悪性細胞の比率を変えてゆくというやり方ですね。

[藤井]in vivoだけでなく、in vitroで悪性細胞に正常細胞を加えてみて、悪性細胞の増殖に最も適当な比率というのがあるかどうか調べてみる必要はないでしょうか。又正常細胞が免疫的な意味で、悪性細胞の増殖を抑えるということもあるのかどうか。

[高木]始めは勝田班長の言われたように、ポピュレーションの中に悪性化した細胞が混在していてそれが増えてゆくのか、或いは全体がだんだんと悪性化に進んで行くのか、実験的に確かめたいと思って始めた仕事ですが、正常のつもりで使った対照群が何時の間にか自然悪性化していて無駄な骨折りになりました。

[堀川]動物に接種する前に双子培養しておくというのはどうですか。正常細胞と双子管で飼われることによって、in vitroでもう一歩悪性へ進められるかどうか。



《難波報告》

 この月報では、この秋癌学会で発表予定の仕事を報告する。

 N-21:クローン化した培養肝細胞の及ぼす4NQOの影響

 クローン化した肝細胞を使用して標題に関連する仕事を従来の月報に報告してきた。

     
  1. 濃度の検討。  
  2. 処理時間の検討。  
  3. 細胞障害効果が細胞数に依存する問題の検討  
  4. 4NQOの障害が細胞にどれほどの期間残るか。1)増殖曲線からの検討 2)PEからの検討3)H3-Thymidineのとり込みからの検討。  
  5. 4NQO処理は細胞の増殖を誘導するか。  
  6. 3種のクローン化した肝細胞間に4NQOに対する感受性の差があるか。  
  7. 4NQO耐性の細胞がとれるかどうかの試み。  
  8. 4NQOで悪性変異した肝細胞と、対照細胞との4NQOの耐性の差違(これだけはクローン化した肝細胞を使用していない)。  
  9. 発癌実験の試み。

以上の内容である。以下1.6.7.についての実験データを記述する。

     
  1. 4NQOの濃度の検討

     LC-2のクローン細胞を使用し、以下2実験を行った。まき込み2日目に10〜20万個に薬剤処理細胞数がくるように短試に細胞をまき、2日目に種々の濃度の4NQO in Eagle'sMEM(-BS)で1時間処理後、Eagle'sMEM+20%BS培地にかえ2日間培養を続け細胞数を数えた。結果は(増殖曲線図を呈示)4NQOの濃度が10-6乗Mから10-5乗Mに上がると急激に細胞が死滅することが判った。また10-8乗Mのときには、殆んど細胞障害は認められなかった。

     

  2. 3種のクローン化したラット肝細胞の各系間に4NQOに対する感受性の差があるか

     現在発癌実験に使用しているLC-2、LC-9、LC-10の3種のクローン化細胞の4NQOの感受性の相違をしらべた。その際4NQOの濃度を3.3x10-8乗Mに上げた場合にLC-9系にやや耐性があるように考えられたので、更にもう一度実験を行った。実験条件は3.3x10-8乗M 4NQOを含む培地4mlに細胞をまき込み、シャーレはFalconを使用した。前の実験では4NQOの濃度は10-8乗M、3.3x10-8乗Mで、4NQOを含む培地は5ml、シャーレはガラス製のものを使用した。(表を呈示)今回結論されることは、LC-9は、3種のクローン間では一番4NQOに対して抵抗性があり、LC-10は非常に4NQOに対して弱い、すなわち感受性が高いことが判った。LC-2はこの2者に比べ4NQOに対する反応性にバラツキがあるよう思える。この現象は、正確なことは現在判定できないが、このクローン間の染色体数の分布に一致するようである。即ちLC-2は低四倍体を中心に幅広い分布を示し、LC-9は39、40に60%のモードを示し、LC-10では42に54%のモードを示している。現在この3種で発癌実験を行っているが、もし発癌現象に差違がみられれば面白いと考えている。

     

  3. 4NQO耐性株が得られるかどうかの試み

     LC-2系のクローン化した細胞を使用し、(スケジュール図を呈示)4NQOの処理を行いそしてコロニーの形成率を見た。即ち、4NQO耐性の有無をチェックする為に経時的に10万cell/plat、/10-6乗M 4NQO in Eagle's MEM 5mlまき1週間培養し、その後4NQOなしの培地で1週間培養して形成されるコロニー数を数えた。その結果は、この実験条件では4NQOに耐性を示す細胞はつくられていないように思える。この際シャーレあたり10万個の細胞をまいたので、すっきりしたデータが出なかったのではないかと考え、次に4NQO処理1回、2回、3回目の少数細胞を3.3x10-8M 4NQOを含む培地で1週間、更に4NQOなしの培地で1週間培養しPEをみた。この実験は現在2回行っているが、どうも4NQOに対して有意に耐性の増加を示していない。

 もう一題の演題は

 N-22:旋回培養法を利用して試験管内発癌の指標を探す試み

     
  1. 4NQO変異細胞と4NQO非処理対照細胞との細胞塊の大きさの比較  
  2. その細胞塊への形成と培養期間との関係  
  3. 細胞塊の組織再形成の有無及び特種染色  
  4. 細胞塊形成の機構、1)細胞膜に依存するか、2)細胞産生物質に依存するか



 

:質疑応答:

[安村]耐性をみる実験の場合、薬剤処理後に生えてきたコロニーを拾って次の処理をしたのですか。

[難波]コロニー1コを拾って次の処理をしたのではなく、生き残って増えてきた幾つかのコロニーを全部集めて使いました。

[安村]なるほど、それでは矢張り耐性が出来ていないということですね。

[難波]安村先生のAH-7974を使ってのコロニーレベルの仕事では、コロニーLとSと、それぞれ単層で増やした時の形態のちがいはありましたか。

[安村]Lの細胞の方が平たく広がっていましたね。しかし質量は差がありませんでしたし、増殖度も同じでした。もともと肝細胞は生体内でも2核細胞や大きさも大小のものがあるのですから、培養細胞でいろいろな形態をもっていても不思議はないと思います。

[梅田]他の薬剤で耐性ができるかどうかみられましたか。

[難波]みていません。

[梅田]4NQOそのものの毒性の問題があるのではないでしょうか。4NQOは細胞内に取り込まれると直ちに4HAQOになってしまう。耐性が出来るとするなら、4HAQOに対する耐性が出来るのではないでしょうか。若しこういうやり方で4HAQOに対する耐性が得られるとるすと又面白くなると思います。

[堀川]仲々難しい問題ですね。1つは4NQOか4HAQOかという問題、1つは細胞膜の問題があります。薬剤耐性の場合始から耐性のある系があって、ラベルした薬剤を使って取り込みを調べてみるとちっとも取り込んでいないという事があります。それなどは膜の問題だと思いますが、しかし4NQOでは取り込まない細胞があるとは考えられませんね。私の実験からも感受性には違いがあっても4NQOの取り込み量には違いがみられませんでした。

[安村]4NQOに対する感受性において異なる二つの系の染色体数が違うようでしたね。

[勝田]あまり染色体とは結び付けない方がいいでしょう。

[安村]いや、染色体の数のバラツキの広いものの方が4NQOに対して強いというなら、何か意味づけられるか・・・と考えたのです。

[勝田]この仕事はもともと化学発癌の爪痕を耐性という面から探そうとした訳で、そういう意味からは望みがありませんね。そろそろ我々の仕事も或る所までゆきついてしまったようです。次の段階をどうしたらよいか宿題にしますから皆さん考えてきて下さい。



《梅田報告》

     
  1. Hamster embryonic cellに3HOA(3-hydroxyanthranilic acid)を投与して継代しているN#29F細胞は相変わらずコンスタントに増殖している。形態的には以前よりやや細胞質のひろがったepithelioidの細胞に変ってきた。増殖率は1週間で約2.5倍である。この系でのControlはその後増殖を示し、1週間で1.9倍になる。3HOA処理後6月21日現在で257日になるが、最近行ったSoft agar法でもcolony形成は示さなかった。Controlでもcolony形成は示さなかった。Inoculumは10万cells/dish。Hamster cheek pouchへ100万個cells投与により2週間でまだ腫瘤形成は認められない。Softagar法で最近HeLa細胞についてのCFUは8.2%であった。

     

  2. 月報7004に報告した同じHamster embryonic cellにHOAを投与した系(N#34J)の累積増殖を示す(図を呈示)。KA、XA、3HOK投与例とcontrolは培養が切れて了った。このN#34J細胞の増殖率は1週間で6倍を示し、N#29Fより早い。4月5日HOA投与、開始後123日目にplateにまいて生じたcolonyから4系列のcolonyを拾い、目下培養を続けているが、2系列は増殖が早く他の2系列は増殖がやや遅い。之等すべてsoft agar中でcolony形成しなかった。詳しくは次号に報告の予定である。形態的には細長い典型的なfibroblastの形を保っている。Hamster cheek pouchに100万個接種して2週間になるが、まだ腫瘤形成は認められない。

     

  3. 7004に報告したT#217H細胞(Hamster Suckling lung)も増殖を続けているが、N#29F細胞と似ており、増殖率は一時8.1x/wであったのが、2.1x/wと下り、それに伴い形態的にepithelioidに変ってきた。6月21日現在で177日になるがSoft agarにcolonyを形成しない。

     

  4. 月報7005に報告したT#211D細胞(Hamster embryonic cells)は非常に良好な増殖を続け、現在1週間で11倍となる。controlはその後増殖が止り切れて了った。形態的にはfibroblasticの形を保っているが、まだSoft agar法でcolony形成は認められない。Hamsterのcheek pouchには100万個接種して1ケ月半になるがまだ腫瘍形成は認められない。6月21日現在211日になる。目下Cloningを行い、増殖の早い系を拾うことにしてある。

     

  5. 今回新しく報告する系で、ハムスター新生児肺培養にNitrosobutylnrea(昨年度癌学会報告、p59、小田嶋)10-3.0乗M培地を2日毎に3回交換して計6日間作用後継代を続けている細胞の増殖が盛んになった。しかし1週間に3倍で、形態的には増殖が横這いになった頃は大型の細胞質のひろがった顆粒の多い細胞から成っていたが、増殖がconstantに増えだした頃より、fibroblastic cellが優位になった。この系はまだsoft agarでのcolony formationはcheckしていない。

     

  6. Hamster embryonic cellにrubratoxinB(肝、腎、更に増殖細胞といろいろな器官に多彩な病変を起すmycotoxin。発癌性はまだ報告されていないが検討中)を32μg/ml培地で3回培地交新した系(T#211F)もconstantな増殖を示し始めた。増殖率は1週間で2.2倍でそれ程早くないが、これから性状を検討する予定である。

     

  7. 以上6系列以外にも発癌性の証明されている2種の薬剤投与でconstantな増殖を示すようになった細胞系がある。(Hamster suckling lung)

     

  8. 上の結果を綜合するとtryptophan代謝産物のうち一番proximateと考えられている3HOAと、AAFのproximateの形と考えられているN-OH-AAFと、Nitrosobutylurea、更に発癌性は証明されていないが多彩な病変を惹起するrubratoxinBでgrowth-promoting effectのあることが証明された。そのうち2系列では薬剤処理後目立ったlagがなく、constantな増殖を示した。他の4系列では一時増殖が止ったかに見える時期が続き、処理後120〜150日頃より増殖が再現し、constantな増殖を示す様になった。前者は最近epithelioid、後4者はfibroblasticな形態を示す。3HOA、N-OH-AAF処理後の4系列については再3のsoft agar法による検査でcolony形成を認めず、Hamsterのcheek pouchへの移植実験でも腫瘍形成に致らない。

     以上の様な結果から判断するとすれば、之等物質はこのHamsterのfibroblast in vitro系でgrowth-promoting actionしかないと云えるかも知れない。しかし我々のtechniqueの違いからこの様な結果をまねいているのかも知れない。目下4NQO処理によるin vitro carcinogeneisisの実験を進行中であるので、その結果により上記のことがはっきりと云えると思う。(各実験の累積曲線図を呈示)



     

    :質疑応答:

    [安村]4NQOによる培養内悪性化の実験で黒木氏のデータでは、ハムスター胎児細胞はどの位の期間で悪性化していますか。

    [梅田]大体1〜2カ月ですね。

    [安村]これらの薬剤が動物実験のレベルで発癌性があるかどうか確かめておく必要がありますね。殊にハムスターに対して・・・。

    [梅田]ハムスターに対して発癌性があるかどうか、分かっているものもあり、分かっていないものもありますから、調べておきます。

    [安村]処理後、細胞の形態は変わりませんでしたか。

    [梅田]増殖がモタモタしている間は平ったい形の細胞でしたが、どんどん増えるようになってからは、センイ芽細胞らしくなりました。

    [安村]培養細胞が悪性化した場合、始の発見はたいてい形態変化ですね。形態変化なしに悪性化したというデータがあるでしょうか。

    [勝田]ハムスター細胞を使った場合は知りませんが、ラッテ肝細胞は染色標本では全く形態変化がみつかりませんが、映画でみると動きが違います。

    [安村]次に軟寒天内でのコロニー形成によって悪性化を知るには、100万個/シャーレの接種量からみないと、つかまらない場合があります。

    [梅田]私の実験は10万個から稀釋していますから、もう一段多い方をみる必要があるわけですね。

    [堀川]こういう種類の仕事は労ばかり多くて大変ですね。一番効率のよい発癌剤を選ぶにはどういう方法が一番よいでしょうか。コロニー形成率でみるのがよいか、形態変化でみるのがよいか・・・。

    [吉田]目で見ていてパッと変化を知る方法はないものですかね。

    [勝田]それは、無いことを保証しますよ。

    [安村]今のところ、一義的に発癌とむすびついた現象はありませんね。たまたまハムスターではパイリング アップという現象が悪性化と平行しているらしい事が見つかったので、仕事が進んでいるわけです。



    《堀川報告》

     培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構(23)

     前報では熱処理またはhydroxyurea処理をうけた細胞で相当までにDNA合成能を低下させた状態においても、その後に4-HAQO処理によって切断されるDNAの一本鎖切断を再結合し得る能力をもつことを示したが、今回はこの仕事に関連してpuromycin処理後の細胞について得られた結果を報告する。

     10μg puromycin/mlを含む培地中で前もって72時間培養した細胞を(10μg puromycin/mlという濃度は基礎実験から得られた濃度であるが、ここではそれらの実験については省略する。) 1x10-4乗M 4-HAQOで30分間処理し、その後同濃度のpuromycinと1μci H3thymidine/mlを含む培地中で培養し、各時点で細胞をとり出し、細胞内DNA中に取り込まれたH3\TdRの活性を測定した。(図を呈示)結果を、前報と同様に対照区(puromycinや4-HAQOで全く処理されていない細胞群)の24時間目における全放射活性を100とした場合の各実験の活性でみると、puromycinで前もって72時間処理され、次いで4-HAQOでDNAの切断をうけ、しかる後、puromycin存在下でDNA合成能をみたものでは、対照区の1/350にまでその活性が低下している。又同時にpuromycinのみで処理された細胞群や、4-HAQOのみで処理された細胞群(この場合はH3TdR取り込み時にpuromycinは存在しない)では対照群に比べて、取り込み能は、それぞれ1/20または1/100にまで低下している。

     では、このように前もって72時間puromycin処理をうけた細胞ではその後に起こる4-HAQOによって切断されたDNAの一本鎖切断をpuromycin存在下で再結合しうるか否かということが問題になってくる。この点をalkaline sucrose gradient法によって、検討した結果、此のような条件下では全くと言っていい位に再結合は認められない。

     ここで興味あることは4-HAQO処理を含めて熱処理、あるいはhydroxy-urea処理をした場合には対照区のDNA合成能のそれぞれ1/555または1/750にまで細胞内DNA合成能を低下させることが出来た。しかるにこれらの条件下では総じて完全と言っていい位に、一本鎖切断の再結合は起り得た。一方、今回のpuromycin処理では対照区のDNA合成能の1/350にまでしか低下出来ないにもかかわらず、4-HAQO処理によって切断されたDNAの再結合は起り得ないという結果が得られた訳である。

     以上の結果は正常DNA合成系と修復DNA合成系は、やはり全く別個の過程と考えるべきで、こうした条件下ではpuromycinによって修復DNA合成系に関与する酵素あるいは酵素群の生成は抑えられるために、切断DNAの再結合は進まないと考えるのが妥当ではなかろうか。



     

    :質疑応答:

    [安藤]X線とH3のβ線とを同じとみたわけですね。

    [堀川]そうです。

    [勝田]4NQO処理でアンスケジュールドDNAを認められるのはどの位の時間ですか。

    [堀川]約1時間です。

    [勝田]それでは処理後もっと短い時間の取り込みも調べておく必要がありますね。

    [永井]X線の量を増してゆくとランダムになってしまうのですね。

    [堀川]私共の場合、治療用のX線を実験に使っているものですから、10,000r照射するのに1時間もかかります。勿論いろいろ注意し乍ら実験していますが、そういうドースレイトの大きさから来る乱れがあるのです。しかし又化学物質の場合は、処理時の細胞濃度、処理後の残存物の問題など細かい調整が必要ですね。

    [永井]4NQOの処理濃度が高くなると、DNAの一本鎖切断が時間的におくれてくることも大きな問題ですね。



    《安藤報告》

     SDS−プロナーゼによるDNAピークの蛋白含量について

     月報No.7006に報告したように、これまで使用されて来た動物細胞DNAの分析法であるいわゆる寺島法は問題があった。すなわち連続的なphosphodiester結合をしているDNAとして分析しているのではなくpronase感受性な結合、すなわち蛋白を介してDNAが結合し一見巨大分子として遠心場で沈降しているにすぎなかった。この点は更に他の蛋白分解酵素その他の方法によって確認しつつある。詳しくは次の機会に報告します。

     次にこの結合蛋白はどのような性格のものでありどのような機能をもっているのであろうか。DNAの複製、DNA上の遺伝情報の発現との関連は?等々種々の問題を提起している。先ず今回は蛋白含量を正確に測定してみた結果である。方法は蔗糖密度勾配遠心で得られたDNAピーク(プロナーゼ±で)をpoolし、ホルマリン固定をした後にCscl中で密度平衡遠心を行い、そこで測定された密度から蛋白含量を計算する方法である。(結果図を呈示)FreeDNAと各ピーク分劃の位置を比べると明らかに後者はFreeDNAよりも軽い密度の側にskewしている。したがってこれ等の蔗糖密度分劃は完全にFreeのDNAではなく、密度を軽くするような物質とのcomplexである事を示唆している。そして、この物質はpronaseの作用その他の事から考えると蛋白と思われる。蛋白とすると次の式に当てはめてその正確な含量を計算出来る。

     (計算式と表をを呈示)結果はPronase±いずれの場合も蛋白含量0−2.3%となる。

     Chromatinの中のDNA対蛋白比は1.0〜1.5くらいである事、この蛋白の殆ど全てはhistoneである。一方ここで分析された本物質の蛋白含量は2.3%、したがってこの蛋白はhistoneではないと思われる。今後この蛋白のより詳しい性格ずけを急ぎたいと思う。



     

    :質疑応答:

    [勝田]4NQOとプロナーゼが共存した場合、4NQOがプロナーゼを失活させるという事は考えられませんか。

    [安藤]それも考えられます。しかしこの実験では先ず4NQOで30分間処理してからプロナーゼ処理をしています。4NQOは処理後30分で細胞内には4NQOの形で残っていないというデータを持っていますから、この場合はプロナーゼの失活は考えなくてよいと思います。

    [勝田]4NQO処理後のアミノ酸の取り込みはみてありますか。

    [安藤]みていません。

    [難波]パパイン、トリプシンではどうですか。

    [安藤]まだみていません。

    [堀川]プロナーゼと4NQOがDNAを同じように切断するというデータは、私のデータの説明にも役に立ちます。アンスケジュールドDNAの取り込みについては、まだはっきり説明出来ませんね。

    [勝田]前にも言いましたが、電顕レベルでみておく必要があります。処理後に或る種のアミノ酸を特異的に取り込むかどうかということも、アミノ酸をラベルしておいて取り込ませ電顕レベルのオートラヂオグラフィでみられるのではありませんか。

    [永井]プロナーゼの阻害剤を使ってどうかということも、みておく必要がありますね。それから4NQOが直接にアミノ酸の化学結合を切るというより4NQOが附くことによって、細胞内のプロナーゼ活性のようなものがひき起こされるとも考えられますね。

    [難波]アミノ酸とアミノ酸の間が切れるのですか。アミノ酸とDNAの間が切れるのですか。

    [梅田]SH基の問題はありませんか。

    [吉田]ヒストンとは関係ありませんか。又リンカー間のDNAの長さはどの位ですか。

    [安藤]ヒストンはありません。DNAは5x10の8乗の長さに切れます。

    [永井]プロナーゼは無差別に蛋白を切りますから、他の色々な蛋白分解酵素で特異的な所を切るかどうか、調べてみる必要もありますね。

    [松村]プロナーゼが切ったということだけで、リンカーとしてのアミノ酸があると簡単に言い切ってよいものでしょうか。プロナーゼで切ってしまうと細胞を殺してしまいますから、そういう形でDNAが切れていると考えられませんか。

    [勝田]若しアミノ酸が切られているとすると、DNAの修復はどういう形で行っていると考えますか。

    [野瀬]必ずしも縦につなげるリンカーと考えなくても、DNAの束をたばねる形の蛋白かも知れません。

    [堀川]リンカーとして説明する事は易しいのですが、まだ色々と問題はありますね。

    [永井]4NQOとリンカーとの関係は、4NQOがプロナーゼ処理の時と同じ大きさにDNAをきるという一点だけですね。リンカーがあるというのは、うなずけますが、4NQOとリンカーとの関係は、まだはっきりしているとは言えませんね。

    [勝田]4NQOで処理した場合、ヒストンは切れますか。

    [安藤]ヒストンの問題は塩濃度を変えることによって除外出来ますから、この場合考えなくてよいと思います。

    [梅田]アルカリの方はやってみましたか。

    [安藤]やってみたいと思っていますが、技術的に大変難しいのです。どうしたら信用できるデータが出せるか問題です。リンカーの事は今までも大勢の人が問題にしながら、結論が出ないまま、過ぎてきたことなので、十分慎重にやりたいと考えています。

    [梅田]二重鎖の場合の切断がバラバラにならないでピークになるということの理由は、少なくとも説明できますね。

    [吉田]化学発癌剤が細胞をアタックする場合、細胞の中へ入ってライソザイムを壊すのでしょうか。

    [安藤]4NQOの場合ラジカルが出来て、ラジカルを生ずるものが発癌性があるとされています。松村さんの協力で、アンチラジカルを使うとDNA切断を抑える事が出来るかどうか実験を計画中です。



    《山田報告》

     今月も引続き、細胞表面の抗原抗体反応を細胞電気泳動法により測定する方法を基礎的に検索し、直接培養細胞を使って居ませんので、その実験成績を簡単に書きます。

     同種抗体(血清中)の検索に引続き、免疫物質を産生すると云われている感作脾リンパ球様細胞とtarget cellとしてのAH62F(ラット腹水肝癌)とを直接接触させた後の、癌細胞の変化を細胞電気泳動法により検索しました。AH62F 1,000万個 I.P.移植後(ラット)5〜6日目に脾摘出し、前報で書いた様に脾細胞浮遊液を製作。AH62F 200万個に対し感作脾細胞4,000万個(20倍)を混合し、これに正常ラット血清(自然抗体を吸収したもの)0.5mlたしたもの、そして細胞を同様に混合した後に、56℃30分非働化した正常ラット血清を加へたもの、更に脾細胞とAH62FをそれぞれTwin tubeの片方づつに入れ、血清を含む上澄のみが、Twin tubeの窓に挿入されたミリポアフィルター(孔径0.45μ)を通して交通させる様にした、3つの組合せの細胞群を同一条件で37℃、30分、Slow agitationした。其の後Slowの遠沈により可及的にAH62Fのみをそれぞれ集めて、その細胞の電気泳動度を10mMのカルシウムを含むM/10ヴェロナール緩衝液中にて測定した。それぞれの平均泳動値及び、その測定標準誤差を表に示します。(表を呈示)

     非活性の血清を加へたもの、及びTwin tubeで細胞間を分離したものをそれぞれ対照として活性血清を加へて脾細胞とAH62Fと接触させた場合の電気泳動度の差は、感作脾細胞との接触によりAH62Fの泳動度は有意の差を持って低下してゐますが、正常ラット脾細胞との接触ではこの変化が起りません。

     この変化は感作された脾細胞の表面に存在する抗体がAH62Fと接触することにより、その表面の抗原と反応して起きたものと考へます。しかもこの反応は補体或ひは正常血清に含まれる何かの物質を必要とすると考へられます。

     従来細胞結合抗体は補体を必要としないと考へられて居ますが、この実験成績のごとく接触30分後の変化を測定観察してゐる様な成績の報告はありませんので、この反応の補体の意義についてはなほ不明な点が多く、或ひはこの実験で検出される変化は従来知られて居る細胞結合抗体と同じものかどうかわかりません。少くとも細胞電気泳動法では移植後3〜7日目の血清には流血中に抗体は検出されません。



     

    :質疑応答:

    [山田]細胞性抗体というものについて、どう考えますかね。

    [藤井]細胞性免疫というのは、フモラールな抗体が細胞表面に附着することだとされていますね。

    [安村]免疫と一口に言っても病気の場合にもいろいろありますね。血清抗体で話がつかなくて、リンパ球を移すことによってプロテクト出来るものもありますしね。

    [勝田]マウスとかラッテ由来の培養細胞の場合、同種の血清が細胞の増殖を阻害することがあります。補体の問題以外に血清自身の細胞に対する影響も考えておく必要がありますね。脾臓からリンパ球をとるのはどうしていますか。リンパ球だけと言えますか。

    [山田]脾臓をつぶして、ガーゼで濾過して小さなものを選んでいます。リンホイドcellであって、リンパ球だけではありません。



    《安村報告》

     ☆ラット肝細胞の初代培養からのクローン化の試み(つづき):

     月報No.7003に“これまで得られた結果はかんばしくありません。Cloneがとれそうでいま一歩のところで足ぶみ状態というところです”と書きました。また討論のところで“試験管の方は増殖してくれませんでした”と答えました。

     3月ごろまでの経過では、それぞれの系Hepro-1,2,3,4ともシャーレにまいた細胞は増殖をつづけてきたのにどういうわけでか、コロニーの中心部からnecrosisにかかり継代が困難になってきたところでした。“かんばしくありません”と書いたときはもはや継代が絶望的であると判断したために、そう報告したのでした。そのご、九死に一生というわけか、待てば海路の日よりというか、Hepro-4-1の一部分(それも、すべてシャーレにまいたあとシケンカンの残りカスに培養液を加えておいたもの)が(試験管に残っていた部分)が増殖をはじめてきたのに気付きました。

     6月11日になって思いきってトリプシン消化後その細胞をシャーレにまいてみました。予期に反して(たいへんさいわいなことに)よく増殖して再びコロニーを作ってくれました。なんと昨年10月4日以来実に8か月ぶりということです。これから順調に増殖してくれることを望んでいます。細胞形態は初代の上皮性の形態とかわっていないようです。しかしいまのところ形態以外に肝実質細胞であるという証明はなされていません。

     細胞数の絶対的な不足のため、具体的な実験がまだくめない状況です。いづれ細胞増殖が進んでから報告できると希望をもっています。希望だけに終らないようにしたいと希望しています。

     細胞集団の中には2核の細胞やら、細胞の大小があります。これはin vivoでも肝に普通にみられるそうですから気にすることはないと思っています。分裂像も100xの一視野に多いところでは3〜4コもみられます。細胞質内に顆粒が多い。



     

    :質疑応答:

    [山田]昔、佐々木研の井坂氏が、動物継代のラッテ腹水肝癌の肝癌島の中にセンイが見られると言ったことがありましたね。

    [三宅]本当のセンイかどうかは銀で染めて見ればすぐ分かります。

    [高岡]岡山の株にしても、安村先生のクローンにしても1コから増やしたものが、染色体の面からみても、形態的にみてもずい分バラツキがあるのですね。

    [安村]肝細胞の場合には、正常でも2核や何かがあります。染色体数の分布も、2倍体は60%位です。